Sanskrit Shower


流れゆく砂の惑星。
最後の守護聖、ジュリアスとルヴァが捕らえられている。
しかし目的の洞窟に到着する前に一晩野宿することとなった。
「焦る気持ちは分かりますが、皆ろくに休まずにきたので体力を回復する
 ことを優先させた方がいいでしょう」
ヴィクトールが皆(特にアンジェリークや年少組)を気遣い、そう提案した。
「そうだな、ここなら岩山の陰になって風もそうないし…。
 ここ以外に風除けになりそうな所もない。今休んでおいた方がいいだろうな」
オスカーも賛成し、はやる心を抑えて休憩を取ることとなったのだ。
 
野宿の場合、見張り役が交代で1人から2人。
そしてアンジェリークの寝る場所は男性陣の気遣いで一番端、
その近くは年少組であった。
今夜はオスカーとオリヴィエが見張りをしている。
彼らは攻めてくる敵がいないかを見ているのだ。
だから彼らからそっと離れるアンジェリークには気付かなかった。


「………」
皆から少し離れた、岩が散在する所でアンジェリークはぼんやりと月を見ていた。
座るのにちょうど良い高さの岩に腰掛け、月の光を浴びている。
月を見上げたまま瞳を閉じ、月光を受けている様子は
さながら1枚の絵画のようだった。
「!」
ふいに気配を感じ、振り返る。いつのまにか敵に囲まれていた。
「大サソリ…」
常に持ち歩いている蒼のエリシアを握り締めるが不安を隠せない。
敵は数が多いのに、こちらは1人きり。
「さて、どうやって戦おう…」
焦る気持ちとは裏腹に頭は冷静だった。
最初のうちはどうしていいのか分からずただ焦るだけだったが、
徐々に戦い方を覚えていった。
戸惑う自分を庇いながら口の悪い彼が教えてくれた。
効果的な魔法は…と一瞬だけ考え、杖を振りかざした。
 
「のんびりしてるとやられるぞ」
「アリオス!」
既に剣を抜いて駆けつけたアリオスは無駄のない動きで
あっという間に戦闘を終わらせた。
「あ…アリオス。ありがとう…」
見惚れていたアンジェリークは我に返ってお礼を言う。
「…このバカ。なんだってわざわざ1人でこんなとこに来てんだよ」
アンジェリークは自分が悪いのは分かっているが、アリオスの言葉の
悪さについ頬を膨らませる。
「アリオスこそ…」
「お前が深刻な顔して誰にも気付かれないように
 こっそりと抜け出すのが見えたからな」
どうしたのかと思えば何をするでもなくただぼんやりとしてるし、
と続けるのを聞いてアンジェリークは顔を赤らめる。
「なっ……ずっと見てたの?」
「いつもぼけっとしてんだろ。
 いまさら恥ずかしがることもないんじゃねぇのか」
さりげに失礼なことを言っている。
「…それでもっ…恥ずかしいわよ」
 
アンジェリークはアリオスに背を向けてまた岩の上に座った。
「おい…」
まだ帰る気はないのかと咎める意味を含めてアリオスは呼びかける。
「う…ん。いいよ、アリオス戻ってて。
 今からはちゃんと気をつけておくし…」
最後に言いにくそうに付け足す。
「考え事したいし…」
一瞬揺らいで見えた不安そうな顔にアリオスは思わず口を開いていた。
「何かあったのか?」
アリオスはアンジェリークの隣、一人分の距離をあけて背中合わせに座った。
「アリオス?」
「戻れって言われたからってお前一人を置いていけるわけねーだろ」
アリオスもまたアンジェリークに背を向けたまま続ける。
「話して楽になるなら聞いてやる。
 1人で考えたいなら俺はいないもんだと思っておけ。
 見張りだけは譲れないからな…」
「………」
「…なんだよ。
 お前に何かあったら奴らがうるさいだろうが」
まじまじと見つめるアンジェリークの視線から逃れるように顔まで背けて言う。
そんな彼を見て笑いがこみ上げてくる。

「もぉ…。だから1人になりたかったのに…」
アンジェリークは座る向きをアリオスの方へと変えて、困ったような顔をする。
彼の背中へ呟く。
「アリオスもみなさんも優しいから…」
自分が弱っていると皆、それぞれのやり方で励ましてくれる。
一度1人で冷静に考えようとしていたのに…。
「結局私は甘えてしまう」
笑顔の消えてしまったアンジェリークとアリオスは正面から向きあった。
「私…本当は不安でしょうがない。
 いまだに守護聖様も全員助けられずに…。
 戦いだって足手まといで…」
何度目の前の青年に助けられただろう。
「皇帝とだって……。でもそんなこと言えない。
 笑顔でいなきゃ…て」
泣きそうな顔で、でも決して涙を零すまいとしているのが明らかに分かる。
華奢な身体にのしかかる不安に押しつぶされそうで…。
 
「お前のそんな顔は見たくない」
アリオスはアンジェリークの頭を引き寄せ自分の肩口にあてた。
「ア、アリオス?」
突然のことにアンジェリークは慌てて離れようとしたが出来なかった。
触れているのは後頭部にあるアリオスの大きな優しい手だけ。
なのに動けなかった。 
「泣きたいなら泣けばいい」
「でも…」
「今なら誰にもお前の泣き顔を見られない。
 …俺でさえも、な」
「…アリオス」
不安を抱えていてもそれを面に出すことを自らに禁じていた。
それなのにこんなにも簡単にアリオスは泣き場所をつくってくれる。
 
「弱いことは悪いことじゃない。
 弱さを盾に逃げつづけることはまずいけどな。
 お前は違うだろ…。前を向いて決して逃げない」
「………」
「逃げないからこそ息抜きは必要だろ。
 無理してコケたらしょうがねぇ。
 むしろ足手まといになるぞ」
甘やかすだけでなく、正しいと思えることを遠慮なく言ってくれる。
「アリオス…ありがとう…」
堪えていた涙が止めど無く流れ落ちてアリオスの肩口を濡らした。
それでも声を殺して泣く少女を思わず抱きしめようと腕を伸ばしかけた。
が、一欠けらだけ残っていた理性がそれを止めた。
 
(何を考えているんだ…俺は)
彼女はそのうちエリスの器にするための存在。
蒼のエリシアの力を手に入れるために生かしている存在。
それだけのはずだった。
しかし…彼女と過ごす時間が長くなるにつれて別の感情が生まれていることは
誤魔化しようのない事実だった。
気付かないフリをしていたが、それも時間の問題で
結局は彼女への想いに戸惑うだけだった。
彼女はエリスに似ていない。
そしてそこにこそ自分は魅かれていく。
(今なら、この想いが育つ前ならまだ間に合う。
 彼女に本気で溺れる前に…)
 
アリオスがそんな葛藤をしているとは露知らず、アンジェリークは微笑んだ。
「ありがと。だいぶ落ちついた。
 泣いたらすっきりした」
「そうか。じゃあ顔洗ってさっさと寝ろよ。
 目ぇ真っ赤だぞ」
「う…そうする」
二人で皆の所に戻る途中、アンジェリークは急に立ち止まり
アリオスの背中に話しかけた。
「ねぇ、アリオス…」
「なんだ?」
「…明日、ジュリアス様とルヴァ様を助けたら……抜けてもいいよ?」
「守護聖様が揃えば俺は用なしって?」
「えっ? ち、違うっ!
 そうじゃなくて…」
そういう風にもとれるのか、と遅まきながら気付き慌てて否定する。

「そうじゃなくて…お二人を助けたら皇帝と戦わなくてはいけないのよ?
 そこまで危ないことに巻き込めないわ…」
「危険率でいやぁ、お前の方がよっぽど危なっかしいだろうが…」
「…そうだけど。私はやらなきゃいけない立場だし」
俯いて消え入りそうな声で言う。
「あなたを危険な目にあわせたくないの…。
 これ以上一緒にいちゃいけないと思うの…」
蒼のエリシアを握り締め、アンジェリークは思い切って素直に話し始めた。
「あと半分…は私のわがまま。
 アリオス、意地悪で、口が悪くて…優しくて頼りになるんだもの…。
 他の誰とも違う…。
 私…あなたを本気で好きになったら、と思うと怖い」
アリオスは微かに目をみはる。
同じ思いを抱えていたなんて…。
「私は新宇宙に帰らなきゃいけないのに…。
 あなたを攫っていってしまいたくなる…。
 その前に、もう……」

「…男のセリフだろ、それは」
「……そ…かな…?」
泣いて別れるのではなく、罪と分かっていても一緒にいることをすでに選べる。
そう宣言する少女の瞳に力強いものを感じた。
やはり女王なのだ、と。
そして同時に思う。
やはりエリスとは違う。
むしろその違うところに魅かれていく。
 
「!」
突然のことにアンジェリークは硬直した。
一瞬後、真っ赤になって唇をおさえる。
「アリオスっ!」
「…お互い本気になったら、ちゃんとしたのをしてやるよ」
からかうように笑う彼はどこか自嘲気味にそう言った。
「……?
 今のはちゃんとしたのじゃないの…?」
初めてだったのに、とぼんやり呟いている彼女の様子に苦笑する。
「あっ、私が心の準備できてなかったからだ。
 違う?」
「ちげーよ。
 …お前怒ってたんじゃねーのか?」
「んー…怒ってないよ。びっくりしただけ。
 『たった一人の大切な人』まではいかなくてもアリオスのこと好きだもの」
なんでもないことのようにサラリと言う。
素直な少女の瞳になぜか全て見透かされそうな錯覚を覚える。
自分が企んでいる悪事も、血で染まった手も、封じ込めようとしている想いも…。


「………」
「な、なによ…。
 別に愛の告白してるわけじゃないんだし、そんなに驚かないでよ」
アリオスに見つめられてアンジェリークは慌てて付け足す。
そして皆がいる方へ戻る道を再び歩き出す。
アリオスは苦笑しながら後に続いた。
「だいたいアリオスは言葉を惜しみすぎなのよね。
 恋愛感情じゃない『好き』なら日常的に言えるでしょ。
 …さっきの答えだって教えてくれないし」
「まだ言ってんのか」
「だって……」
「だって、なんだよ?」
「……ファーストキスだったのよ。
 なのに本当のじゃないみたいに言われたら気になるわ」
拗ねたように言うアンジェリークにアリオスは吹き出した。
「そりゃ、ごちそうさま、だな」
「もうっ、アリオス!」
「クッ、お前、本当にお子様だな」
「どうせお子様ですよ。
 だから教えてくれたっていいじゃない」
 
「知りたいか?」
だからさっきからそう言ってるのに、と言い返そうとして
アンジェリークは後ろを振り向いた。
「………」
月の光に照らされて立っているアリオス。
見惚れるほどの容姿にではなく、その瞳の真剣さに捕らわれる。
さっきまでのからかうような表情はどこにもなかった。
「え…と…」
そのギャップにアンジェリークは戸惑いを隠せない。
アリオスはただ返事を待っている。
無言の挑発。
のるかどうかは自分次第。
そしてアンジェリークは頷いた。
 
流れる雲が時折月を隠す。
まるで雲が輝いているみたいだ、と
アリオスを見上げ、その背景の空を見てそんなことを思った。
「目は閉じるもんだぜ」
唇が触れ合う寸前にアリオスがからかうように言った。
「……んっ……アリ…オ…ス……」
初めての情熱的な口接けは彼女には刺激が強すぎた。
驚いて、ちょっと待って、という代わりにアリオスの肩のあたりを叩く。
だけど彼は止めたりはしなかった。

「………」
アリオスの胸にアンジェリークは思いきりため息をついた。
力なく彼によりかかり呼吸を整えている。
アリオスは両手を彼女の肩にかけ、支えてやっている。
「大丈夫か?」
笑いを押し殺したような問いに彼の顔は見ず答える。
「ダメ」
今彼に支えられてやっと立っているのだ。
彼の腕がなければ途中で座りこんでいただろう。
「…ずるい…アリオスなんで平然としてるのよぉ…こんな…」
「教えろって言ったのはお前だろ」
「言ってくれるだけでよかったのに」
「言えるかよ」
どちらからともなく、くすくすと笑い出す。



「…月が人を狂わすってのは本当かもな」
手を出すつもりはなかった。
気持ちが伝わるのを恐れて抱きしめることさえできなかったというのに、唇は奪えたなんて。
我ながら呆れてしまう。

「…そうかもね」
一度目はともかく二度目も許してしまうなんて。
彼を好きになるべきではないのは分かっているのに。



二人とも内心複雑な笑みを交わす。
「ま、とりあえず…もし次があるなら、お互いが本気になって…
 …引き返せなくなったら、だな。
 この俺がお子様のお前相手に」
空気を変えるようにアリオスは冗談めかしてそう言った。
アンジェリークもそれに気付き、普段通りに答える。
「そうね。万が一にでも…そうなったら」
「さぁ、帰るぞ」
「うん」
二人は嘘をついていた。
お互いに相手に対しても、自分に対しても。
すでに想いはもう止めることなどできなくなっていた。
それでも自分の立場を分かっているが故に、止めようと努力をしていた。
そう自分に言い聞かせたり、実際に口に出したりすることで。



アリオス…ごめんなさい。
私、嘘をついたの。
私はアリオスのこと好き、て言ったけど…違う。
あなたは私みたいなお子様の言うセリフじゃないって笑うかもしれないけど、
私はあなたを愛してる。
だって『好き』とは違うんだもの。
みなさんと同じような『好き』じゃなくてあなただけへの特別な気持ち。
ずっと一緒にいたい。
そしてあなたが時々見せる辛そうな寂しそうな表情を取り去りたい。
幸せにしてあげたい。
そう思う気持ちがなんなのか最初は分からなかった。
でも気付いたら認めてしまうこともできなくて。
私は新宇宙の女王だし…。
今はこうやって自分もあなたも騙してる。
もう少しだけ時間をちょうだい。
覚悟を決めて選択するから。
この想いを捨てるか、守り通すか…。
だからそれまでの間だけでもこの思い出を宝物にさせて。
私は一生忘れない。
とてもびっくりしたけどすごく嬉しかった今夜の出来事を。



悪かったな、アンジェリーク、そして…エリス。
俺は嘘をついた。
俺はもうすでにエリスの器としてのあいつは必要ない。
求めてしまうのは、アンジェリーク、お前自身。
この俺を攫うと言い切った…弱さも強さも持ち合わせた少女。
しかし俺はいずれお前が倒すべき相手。
この想いは消すべきだった。
消そうとした。
なのに…。
迷う自分がいる。
当初の予定通り、お前への想いとともにアリオスを消すか。
全てを捨ててお前を攫っていくか。
お前達を騙すつもりで仕掛けた『アリオス』という罠。
しかし捕らわれたのは俺の方。
愚かなことだと我ながら思う。
だけど運命というのは皮肉なもんだな。
いまさら、それも悪くないと思う自分もいる。
いずれにしろ、どちらかを選ばなくてはいけない時がくる。
どちらを選んでも俺は忘れないだろう…。
月にではなく、お前に狂わされた愚かな俺の過ちを。




二人がお互いに自分の感情に降服するのはもう少し先のこと。
それまではひとつの特別な思い出。
丸い月と輝く雲の下。
心の中でだけ、お互いを求め合った。
同じ気持ちを抱いていた二人の最初の罪。


                                   〜fin〜


きっと最初から最後まであっただろう二人の心の中の葛藤を。
でもうちの二人はその葛藤を
抱えながらも自分の気持ちを受け入れます。
別れの時がくるのを覚悟して。
それを受け入れるのは漂流イベントあたり…
という設定で書こうかな、と思っています。

タイトルはLa'cryma Christiから「Sanskrit Shower」
このイメージで書きました。
もし機会があればお聴きくださいな。

ちなみにジュリ様とルヴァ様が最後に
救出される設定なのは私の初プレイ時のせいです。
とりあえず端から助けていったら彼らが最後になっただけという…。
 




BACK