聖なる夜の過ごし方



「クリスマス?」
怪訝そうなアリオスの声が廊下に響く。
「あ、そっかー。
 もしかしてアナタのいたところってそういう習慣なかった?」
「ねぇよ。んなもん」
「ふぅん…。
 アンジェ、楽しみにしてるのに可哀想〜…」
執務室へと向かう途中。
偶然会った補佐官との世間話にアリオスは眉を顰める。
なぜ自分が責められる気分にならなければならない?
しかし大切に想う少女が楽しみにしているのだから、それに付き合ってやらないと
彼女ががっかりするだろうことも想像できてしまう。
そんな事態は絶対に避けたい。
転生してから臆面もなくアンジェリーク第一を身上とするアリオスは仕方なくレイチェルに訊ねた。

「で、そのクリスマスとやらはどういう日なんだよ?」
「ん〜。私が今ここで教えてあげてもいいんだけどネ〜」
楽しそうな笑みでレイチェルはもったいぶる。
「アナタ、確かこれからあっちの宇宙に行くんだよね?」
「ああ」
出発の挨拶をしにアンジェリークの執務室に顔を出すところだったのだ。
「あちらの皆様に聞いてみなよ」
色々教えてくださるはず、と微笑む少女にアリオスは今度こそ本気で嫌そうに眉を顰めた。
「てめー、面白がってるだろ」
しかし、しれっとレイチェルは受け流す。
いつも飄々としていてなんでもこなしてしまう彼に知らないことがあるのは珍しい。
こちらが有利に立てる機会など滅多にないのだ。
「この状況、面白がらずにどうするのよ?」




そして、クリスマスイブ。
アンジェリークは頑張って仕事を早めに切り上げ、キッチンに立っていた。
「…美味しくできたかな…」
味見をして満足そうに頷く。
「よし、ちょっとおしゃれしてアリオスのとこに行こうv」

ノックの音にアリオスはドアを開けてやった。
「よぉ、できたか?」
「うん。お待たせ」
「お前のことだから日付変わるかと思ったぜ」
「そこまで待たせないよぉ」
ワゴンに乗せて運んできた料理をテーブルの上にセッティングする。
いつもなら給仕係によって食堂に用意される食事も今日は特別で…。
アンジェリーク自らが作り、二人きりで席に着く。
いつもはお酒には手を付けないけれど…シャンパングラスにシャンパンを注いで
今日くらいは、と微笑む。
「メリークリスマス。アリオス」
「ああ」
澄んだ音を立ててグラスが触れ合う。

一口シャンパンを飲んだ後、アンジェリークはふふ、と笑った。
「そういえばアリオス…クリスマスがどういう日か分かった?」
「あ?」
「レイチェルに宿題出されたんだって?」
クリスマスなど今まで聞いたこともないアリオスにレイチェルが仕事のついでに
向こうの宇宙で勉強してくるようにと言ってやったとか。
くすくすと楽しげに笑う少女にアリオスは憮然と言う。
「あいつ…お前にしゃべったのかよ…」
「うん。でも、私に聞いてくれても良かったのに」
「お前に聞いたら意味がないだろうが」
「?
 そういうもの?」
「そういうもんなんだよ」
不思議そうな少女にアリオスはそれだけ言って追求を避けた。
彼女が楽しみにしている日を自分は知らないなんて言ったら
内心がっかりさせてしまうだろうと簡単に予測できる。
できれば同じように自分も準備をして少女とこの日を過ごそうと思ったのだが…。

「だけどなぁ…。
 あいつも無茶な宿題出すぜ」
「そう?」
今はあちらの宇宙に出かけている補佐官を憎らしげに思いながらアリオスが呟いた。
「大体のことは分かったけどな…。
 どうにも掴みきれねぇ」
「そんなに難しいものかしら?」
今日のメインである鳥料理を口に入れてアンジェリークは首を傾げる。
「皆様はなんて仰ってたの?」
「どいつもこいつも…見事にバラバラなんだよ。
 ったく、バカにしてやがんのかと思ったぜ」
思い出すのも嫌だとばかりにアリオスは仕事に行った時のことを話し始めた。


「ご苦労様、アリオス」
金の髪の女王がにっこりと微笑んだのを合図に仕事が終わった。
アリオスとしてはさっさと帰るべき場所に戻りたかったが、今回はそういうわけにもいかない。
内心渋々と女王と隣にいる補佐官に声をかけた。
「なぁ、もうすぐ『クリスマス』だろ」
「ええ、そうね」
楽しみだわ、と笑う彼女にアリオスは訊ねた。
「『クリスマス』ってなんだ?」
一瞬、彼女は信じられないとばかりに目を丸くしたが直後にいつもの笑みを浮かべた。
「そうよね。宇宙が違えば風習も違うわよね」
「クリスマスと言うのは…」
「恋人達のイベントよっv」
「陛下…」
ロザリアの言葉を遮って女王は拳を握りしめて主張する。
「それも間違いではないですが、本来はもっと敬虔な…」
「あらだって、信仰心だけでこんなにわくわくできないわよ」
「…ジュリアスに聞かれたらまたお説教ですわよ…」
額を押さえる補佐官と楽しげに頬を染める女王を見比べながらアリオスは呟いた。
「…結局なんなんだよ」
数秒ロザリアが考えるように黙った後、逆にアリオスに訊ねた。
「貴方は何をきっかけにクリスマスの意味を知りたがっていますの?」
「何って…。
 俺のアンジェリークがクリスマスとやらを楽しみにしてるらしいが、
 生憎、俺にはそれがなんだか分からねぇ。
 知らねぇって言ったらきっとあいつは笑って教えてくれるだろうが…
 それってどこかでがっかりするもんじゃねぇか?」
だから知りたいのだと告げる。
「ほらっ、やっぱり恋人達のイベントの方よっ」
勝ち誇ったように女王がロザリアに言う。
「アリオスったらアンジェリークの為に…恋人の鑑ねぇv」
しみじみと言われ、居心地の悪さを感じたアリオスはくるりと踵を返した。
「もういい。あんたに聞いたのが間違いだった…」
「アリオス、陛下の答では心許ないでしょうから
 他の者にも聞いてみた方がよろしいかもしれませんわ」
「そうさせてもらう」
「ロザリア、アリオス、2人ともひどい〜。
 私間違ってなんかないわ!」
言い合いを始める2人に背を向けてアリオスは宮殿を後にした。


「ふふ…陛下らしいお答えね」
アンジェリークはその時の様子が容易に想像できると微笑んだ。
「お祭り好きなあの女王のことだしな」
「それで…他の方にはお話聞いたの?」
「まぁな。
 適当に歩いて会ったやつには聞いてみたが…。
 その結果、余計分からなくなったぜ」
「?」
「本来の意味ってのは主の誕生を祝うってやつだろ。
 だがこれは新宇宙で言うならお前の誕生日にした方がつじつま合う気がするがな」
「そう…かな」
言われてみれば…と気付くのんびりさにアリオスは僅かに口元を緩める。
「宗教的なイベントかと思えば女王が言ったような恋人達のイベントって答も
 多かったし、家族で過ごすものだと言うやつもいたし」
聖地にいる面々を思い出し、誰がどの答を言いそうなのかアンジェリークは思い浮かべる。
それだけでもけっこう楽しいものがある。
(ちゃんとした由来を教えてくれるのはルヴァ様とかエルンストさんとかよね。
 オスカー様は絶対恋人達のイベントでしょうし…。
 マルセル様やランディ様は家族で素敵なクリスマスを過ごしたんでしょうねぇ)
「まぁ…共通点はこんな風にクリスマス用の料理とケーキ食って
 プレゼントを贈りあうとか、だな。
 統計的に考えるとどいつもこいつも思い思いに楽しんでるようだな」
「うん。私もアリオスにプレゼント用意したよv」
話しながらほぼ食事を終えたため、アンジェリークはプレゼントを取り出した。
「お酒好きなアリオスのために取り寄せました。
 向こうの宇宙の緑の守護聖様秘蔵のワインとワイングラスですv」
ソムリエを気取ってプレゼントを差し出し、
どう?とアリオスの反応を待っている少女が可愛くてアリオスはふっと微笑んだ。
「サンキュ。ありがたく頂くぜ」

少女からのプレゼントを受け取ってアリオスも包みをアンジェリークに渡す。
「アリオスも…用意してくれたの?」
「何の為に事前調査したと思ってんだよ」
「あ、その…知らないから調べてるだけだと…
 まさかこういうイベントごとに付き合ってくれるとは思ってなくて…」
面倒だと思ってるのでは、とちょっと不安ですらあったのだ。
「今の俺はお前が喜ぶならなんだってしてやる。
 そう言っただろ?」
「アリオス〜」
嬉しさに潤む瞳でアンジェリークはアリオスに抱きついた。
「ありがとう。…開けていい?」
「ああ」

「わぁ〜。素敵なショールv」
「気に入ったか?」
「もちろん!
 明日から使わせてもらうね」
あちらの聖地では常春だがこちらはちゃんと四季が巡っている。
部屋は十分に暖まっているため寒くはないが、気軽なパーティー用の肩の出る
ワンピースを着ているアンジェリークにショールを掛けてやる。
「アリオス、ありがとう〜」
無邪気に喜ぶ姿は女王の時には決して見られない、自分だけに見せるもので…
それを見られるだけでこちらも満足だと思える。
だが、その気持ちに偽りはないがそれでもまだ欲しいと思うものはあるわけで…。

「似合う?」
アンジェリークはソファでくつろぐアリオスの前で上機嫌でショールを身体にあてている。
「似合ってる似合ってる」
「もう、気のない返事ぃ」
おざなりに答えるアリオスにアンジェリークは頬を膨らませる。
ここまで付き合ってくれたのだ。
もうちょっと付き合ってくれてもいいのに、と。
「ほら、いつまでもふらふらしてないでこっち来いよ」
そんなアンジェリークにはかまわずアリオスは少女を招いた。
「せっかく俺がクリスマスとやらを勉強したんだからな」
「アリオス?」
「クリスマスってのは大切なやつと過ごす夜なんだろ。
 だったら俺はお前以外とは過ごさねぇよ」
まっすぐ見つめてくる金と翡翠の瞳にアンジェリークはその場から動けなくなる。
「私も…私もアリオスとだから、すごく楽しみにしてた…」
「お前はモノなんか用意しなくても…
 俺にお前と過ごす聖なる夜ってのをプレゼントしてくれたんだ。
 だったら俺もお返しをしないとな」
ふっと見せた笑みが何か企んでいるようで素直に近寄れず、立ち止まってしまう。
「ほら、来いよ」
「でも…」
「いつも俺が行ってるじゃねぇか。
 今日くらいはお前が来いよ」
「……っ…」
逆らえないその瞳と声にアンジェリークは頬を染めて近付く。

「アリオス…」
半ば予想はできていたけれど…。
予想できたからこそ素直に近付くのを躊躇ってしまっていたけれど…。
それでも彼の誘いは拒めない。
彼の手の届くところまで近付くと、瞬間技で抱き寄せられソファに押し倒された。
「あ、あの、アリオスっ」
白い肩に口接けるアリオスにアンジェリークは慌てて声をかけた。
「なんだよ…」
「アリオスは…結局クリスマスをどういうものだと理解したの?」
どうしてすぐこうなってしまうのだろう。
これではいつもと変わらない。
アンジェリークはアリオスにそう訊ねた。
「元は宗教的なものでも、今は恋人達が盛り上がるための口実なんだろ?
 そう聞いたぜ」
「な……」
確かに事実そうなのだがあんまりきっぱり言われると罰当たりな気がしてくる。
「だ、誰よ。そんなことアリオスに教えたの〜」
「女王とオスカー」
「………」
「どうせあっちはあっちで楽しんでるだろうよ。
 俺達は俺達の過ごし方で聖夜を楽しもうぜ」
「な、なんか違う〜」
途中まではとってもいい雰囲気だったのに〜、と零すアンジェリークにアリオスは
いつもの不敵な笑みを浮かべた。
「ちゃんとクリスマスらしくプレゼントしてやるよ。
 『忘れられない一夜』ってやつをな」
「っ!!」



不覚にもその魅力的な笑みに見惚れてしまって、何も言い返せなかったアンジェリークは
「やっぱり私がクリスマスを教えてあげた方が良かったかも…」と後々レイチェルにぼやいたとか。
しかし、レイチェルが一体どんなクリスマスを過ごしたのか、と訊ねたところ
アンジェリークは真っ赤になって口を噤んでしまったらしい。
(つまり人には言えないコトってわけね)
察したレイチェルは肩を竦めて追求をあきらめたとか。


                                            〜 fin 〜




毎回頭を悩ます季節ネタ…。
今回のネタ出しはネオフェス4でした。
ここで使おうとあえて日記には書かなかった部分です。
アリオスの愛のメッセージ、夜の部からです。
クリスマスなんてばかげた騒ぎはくだらない…と言いつつ
実はアンジェちゃんと過ごす気満々じゃないか、という感じでしたね(笑)
アンジェ以外とクリスマスを過ごす気はないとか、
いつも俺が行ってるんだからお前が来いとか、
忘れられない一夜をプレゼントするとか…。
…なんかこう羅列すると恥ずかしいですねぇ。
でも今回のネオフェス、全体的に大人向け発言が多かったですよ(笑)
まぁ、とにかく印象深かったところをポイントに
当サイト風味に仕上げてみました。
しかしこの内容…敬虔なクリスチャンには怒られそう…。

本当はあちらの宇宙もリモちゃん達だけではなく
守護聖様とアリオスの会話も書きたかったですが、
それやるととりとめもなく長くなりそうなので…。

あ、ちなみにプレゼントのショールは皆様お察しの通り
CD『LOVE CALL』からです(笑)





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