世界はふたりのために


「……今度はなんだよ…」
夜も更けた頃、静かな部屋に響いた小さな電子音。
アリオスは手にしていたグラスをテーブルに置いた。
音の発信源はレイチェルに渡された連絡用の携帯端末。
『連絡用』と言えば聞こえは良いが、アリオスにはどうしても
パシリ専用伝言板としか思えない用途となっていたが…。
億劫そうにソファから立ち上がり、端末を開いてメールの内容を確認する。
しかし、アリオスが予想していたような仕事の件ではなかった。
「なんだ、あいつからかよ」
アリオスは口の端を上げ、再びグラスに口をつけた。



「よぉ、今度の日の曜日は確か俺の仕事はなくて、お前は執務が入ってたよな?」
「え? うん」
お風呂から出てきたアンジェリークは『来い』と差し伸べられた腕の中に
素直に収まりながら首を傾げた。
「ごめんね。もうしばらくは忙しいかな…」
今までとても執務など出来る状態ではなかったため、溜まっている仕事がたくさんある。
あまり長い間放っておくことも出来ない。
かと言って回復したばかりの彼女に無理をさせるわけにもいかないので、
毎日少しずつ仕事を片付けることになったのだ。
「ばーか。お前が謝ることじゃねぇだろ。
 だいたいお前はもっとちゃんと休養取るべきだろうが」
溜め息混じりに華奢な身体を抱きしめると、彼女はくすくす笑いながらアリオスを見上げた。
「大丈夫よ。少しの間、デスクワークするだけだし。
 明日は会議だけだし…それに…」
こうやって包み込んでくれる人がすぐ側にいる。
アリオスの腕に触れてアンジェリークは微笑んだ。
「それに?」
続きを促すアリオスの瞳に今更ながら恥ずかしくなって視線を逸らす。
「それに…レイチェルがよくやってくれるし、守護聖達もがんばってくれてる。
 エンジュも本当にがんばってくれてるわ。
 皆が協力してくれてるもの。大丈夫よ」
真っ直ぐな眼差しが恥ずかしくてアリオスのことだけなぜか言えなかった。
「へぇ…」
大人気なく不機嫌オーラを放つアリオスにアンジェリークは慌てて付け足す。
「も、もちろんっ、アリオスにだって感謝してるのよ?
 その、上手く…言えないんだけど…」
「別に俺のご機嫌なんざ取らなくてもいいんだぜ?」
「アリオス〜…」
だったら拗ねないで欲しいと思いつつアンジェリークは困った表情でアリオスを見上げる。
予想通りなのに飽きない少女の反応。
アリオスは皮肉げな笑みを浮かべた。
「くっ…冗談に決まってんだろ。
 お前の気持ちは分かってる。
 それくらいで本気で怒るかよ」
「………そう」
けっこうどうでも良いことで怒るクセに…と胸中で思ったが、
それを言ったら本当に怒りそうなのでやめておいた。
時々アリオスの方が子供な気がするアンジェリークだった。

「お前が予定入ってて俺が暇だってんなら、ちょっと出かけてこようと思ってな」
まだ少し濡れている栗色の髪を撫でながらアリオスが話を元に戻した。
「うん、どうぞ?
 私に断らなくても良いのに」
自由な時間はどこに行っても良い。
縛りつける気はない。
帰る場所がここならそれだけで嬉しい。
正式にアリオスが女王直属の人間となった時に彼女本人から言われていた。
守護聖の拝命の儀式とは違い、宮殿の人間もいない、
補佐官もいなかった二人きりの誓いの儀式。
謁見の間ですらなかった。
誰もが気軽に通り抜ける中庭で。
誓ったのは女王への忠誠だけではなかった。
「一応言っておいた方が良いだろ。
 またエンジュが遊びに連れてけって言ってるんだよ」
「あ、そうなんだ…。
 うん、いってらっしゃい」
律儀にアリオスは毎回報告してから出かけていた。
アンジェリークも特に驚くこともなく頷いた。
「あいつの相手もなかなか面白ぇからな。
 行ってくるぜ」
「うん…」
前に自分がアリオスとデートしたのはいつだっただろうか。
ふとそんなことを思ってアンジェリークは表情を曇らせた。
自分が出歩けない体調だったりしたので、会ってはいるものの
一緒に出かける機会など最近はなかった。
(いいなぁ…エンジュ…)
こんなに愛されてるのにどんどん欲張りになる。

「ったく…」
「ふぁ…〜〜アリオスっ」
俯いていたアンジェリークの鼻を摘んで少々強引に上を向かせたアリオスに
思いっきり抗議の瞳を向ける。
「お前が、俺に、あいつの面倒をみろ、っつったんだろうが」
一言一言区切るようにアリオスが言う。
「そうよ…」
『大変な使命を一生懸命やってくれてる良い子なんだし、
 私も妹みたいに大事に思ってる子なんだから、
 いつもみたいな無愛想はダメよ?
 邪険にしないで仲良くしてね』
他人を寄せ付けようとしないアリオスにそう注意したのは
他でもないアンジェリークである。
「俺の仕事が入ってない時で、なおかつお前が予定入っている時で、
 あいつからの誘いがあった時につきあってやってる程度だ。
 んなカオする必要がどこにある?」
「…分かってる。分かってるよ。
 分かってるけど…しょうがないじゃない…。
 もう、見ないでよ。今私すっごくヤなカオしてるもん」
アンジェリークはぷい、と顔を背けてしまう。
「私だって…アリオスとデートしたい…」
拗ねる時ですら愛らしい少女をキツく抱き直してアリオスは喉で笑った。
「くっ…こうしてしょっちゅう会ってんじゃねぇか」
互いに仕事があるが、一緒に過ごす時間は決して少なくない。
むしろ多いと言える。
「でも『デート』じゃないもん…」
「あいつのも『デート』とは言えねぇけどな」
どっちかと言えば散歩だな、と苦笑する。
じゃれつく子犬を散歩に連れて行ってやるような…。
「………」
む〜…と未だに複雑な顔をしている少女の頬に触れる。
「お前が嫌なら断っておくが?
 久々に昼寝でも楽しませてもらうぜ?」
「それってただの私のわがままじゃない。
 別に止める理由はないもの。
 行ってエンジュの気晴らしに付き合ってあげて」
「………」
信頼されているのだと思う。
これだけ可愛く妬いてくれるのだから悪い気もしない。
それでも微笑みすら浮かべてあっさりOKする少女が
独占欲の強すぎるアリオスには分からなかった。
(マジでバカがつくほどお人好しだよな…。
 俺がこいつの立場ならぜってー許さねぇぞ?)


「ねぇ…」
「ん?」
「エンジュとのデートってどんな感じなの?」
躊躇いながらようやく訊ねたアンジェリークにアリオスは肩を竦めた。
「別に。ただセレスティアに行って、話して…。
 ああ、そうだな。
 あいつもお前といい勝負できそうなくらい食い意地張ってるからけっこう笑えるぜ?」
「私そんなに食い意地張ってないもん…」
頬を膨らませる少女にアリオスは意地の悪い笑みを浮かべ訊ね返した。 
「気になるか?」
「え…?」
「俺とあいつが出かけるのが」
アンジェリークは頬を染めて視線を泳がせた。
「え、だ、だって…。
 アリオスのことだから心配はしてないけど…」
愛されている自覚はある。
それでも気になることはあるのだ。
ますます真っ赤になってアンジェリークは口篭ってしまった。
「なんだよ?」
「だって…アリオスとデートすると…その……キス、とか…
 えと…それ以上のこと、とか…いっぱいするじゃない?」
と言うよりもそれしかしてない、の方が正しいかもしれない。
百歩譲ったとしてもそっちがメイン…くらいである。
今までの経験からして、どこでデートしても結局はそういう流れになってしまう。
そんなデートしか知らないアンジェリークだからこそ…。
「だから…他の子とはどんな風に過ごしてるのかなぁ…って」
「………あのな…」
純粋に見上げる瞳にアリオスはちょっとだけ反省した。
本当の本当にちょっとだけだが。
アンジェリークらしい、彼女に合わせた健全なデートなんて
してやった記憶がない…気がする。
自分と出会わなければ、同じくらいの年頃の少年としたかもしれない
清いオツキアイなど到底無理な話である。
アリオスは溜め息を抑えつつ答えてやった。
「普通に話しながらそこら辺歩いてるだけだって。
 デートって言うほどのもんじゃねぇっつってんだろ」
「ふぅん…」
「ムダなこと考えてないで、さっさと仕事終わらせるんだな。
 そしたら次の日の曜日にはどこか連れて行ってやるよ」
「ホント?」
ぱっと明るくなった顔を満足そうに見つめ、意味ありげに微笑む。
「ああ、あいにくお前用のエスコートしかできねぇけどな」
「私用?」
きょとんとしているアンジェリークを金と翡翠の瞳が面白そうに捕らえる。
「もれなくキスもセックスもついてくる」
「っ!」
妖しいまでに綺麗な笑みとストレートすぎる言葉にアンジェリークは真っ赤になる。
口をぱくぱくさせるけれど…言葉は出てこなくて…。
「…っ……楽しみに…してる、ね…」
ようやく出たそれは肯定の言葉だった。
「アンジェ…」
はにかみながらも、頷くアンジェリークがたまらなく愛しくて…。
赤く染まった頬に触れ、唇を重ね、深く口接けた。
「なぁ、アンジェ?」
「…んっ…なぁに?」
甘い吐息と言葉を紡ぐ唇に囁いた。
「今日だけ例外にしねぇ?」
「え…」
アンジェリークの体調が戻るまでは控えていたコト。
平日は手を出さないと暗黙のルールが出来ていたのだが…。
「お前が可愛いこと言うから離してやれねぇ…」
「…う、うん…いいよ。
 …私も…その………」
続きは再び与えられたキスに遮られた。
結局、この日が解禁日となってそれ以降は平日も休日もなくなったのだが…。
それに気づいたのは鋭い補佐官殿だけのようだった。





「それじゃー、今日の会議は終わり。
 オツカレサマ☆」
休日だと言うのに聖獣の宇宙の守護聖全員が集まった会議は
順調に運んで予定よりも早く終わった。
早く終わったわりに内容はよくまとまっていてレイチェルは満足げに微笑んだ。
「みんなありがとー。
 これすぐにまとめ直して研究院に持ってくよ」
「あー、終わった終わった。
 俺様の貴重な休日を使っての会議なんだ。
 しっかりまとめとけよ?」
「なによー。偉そうに。
 なんならアナタにやってもらっても良いんだけど?
 光の守護聖様?」
「んだとぉ?」
「この方にそういった仕事は向かないと思いますが…。
 レイチェル、私がやっておきましょうか?」
「ありがとう、エルンスト。でも大丈夫☆
 そんなに大変でもないしネ」
「皆、本当にありがとう。
 ごめんなさいね、休日なのに…」
「陛下…どうかお気になさらず。
 貴女の為に私達がいるのです。
 それに私は休日も陛下とお会いできて嬉しいですよ」
「あー、フランシス。陛下を口説かないの。
 そういうコト言ってるとまたアリオスがご機嫌斜めになるんだから程々にしてよね。
 じゃあ、アンジェ。私ちょっとコレ片付けてくるわ」
守護聖達を追い出しながら、レイチェルは手に持っていた書類を軽く持ち上げた。
「うん。ありがとう」
「いいっていいって。それよりアナタはゆっくり休んでなよ?」
「はぁい」
アンジェリークは賑やかに席を立って行く彼らを笑いながら見送った。

「なぁ、陛下?」
そろそろ自分も退室しようかと思ったところに声がかけられた。
「あら、ユーイ。
 どうしたの?」
わすれもの?と首を傾げると子犬のような真っ直ぐな瞳に見つめ返される。
「それは俺のセリフだぞ」
「え?」
「元気なフリしてたけど、ずっと元気なかっただろ。
 体調悪いなら無理はしちゃいけないんだぜ?
 また倒れたら元も子もないしな」
「だ、大丈夫よ。身体はもう本当によくなったから…」
純粋に心配する眼差しにアンジェリークはどきりとする。
本人の性格同様真っ直ぐな瞳に見透かされてしまいそうで…。
「そうか?
 それならいいけどさ」
「ありがとう。本当に…大丈夫よ」
心配されるようなことではないのだ。
こんなことで心配をかけてはいけないのだ。
今頃エンジュとセレスティアで過ごしているだろうアリオスのことを考えて落ち込むなんて…。
「私もまだまだ未熟者だわ、って思っただけよ」
「ふーん、まぁでもここには俺を含めて未熟者しかいないだろ?
 やれることをやればいいさ」
あとは成長するだけだしそっちの方が気が楽だろう、と
笑ってみせる彼にアンジェリークも微笑む。
「そうよね」
「おうっ」
ようやく明るく笑ってくれたのが嬉しくて…元気な風の守護聖は深く考えずに提案した。
「そうだ、気晴らしに出かけるか?
 陛下が好きそうな美味いケーキ屋見つけたんだ」
「まぁ…」
「元気が出るぞ」
無邪気な笑顔にアンジェリークは苦笑した。
アリオスに散々言われてることだけど、私ってそんなに食いしん坊に見られてるのかなぁ。
そう思ったけれども…純粋な気遣いと好意が嬉しくてアンジェリークは頷いた。
「せっかくだから、連れていってもらおうかしら」



「次はねー、『カフェ・オランジュ』に行きたいな。
 一度行ってみたいと思ってたんですよ」
「散々遊んだ後に…お前って本当に元気だよな。
 でもって遠慮がねぇよな」
「えー、だってアリオスさん相手だとこれくらいでちょうど良いじゃないですか」
「なんだよ、ソレ…」
「言ったまんまの意味ですよーだ」
不本意そうなアリオスにエンジュは肩を竦めて先に歩いていった。

「ん〜、どれにしよう。目移りしちゃうなぁ」
おしゃれなカフェでエンジュはメニューを眺めて真剣に迷っている。
アリオスは誰かさんに似てるよな、と思いながら言ってやった。
「知ってるか?
 ここって一日個数限定のデザートとかもあるんだぜ?」
「え、じゃあまずそれチェックしなきゃ」
そう言われたら気になってしまう。
すかさずその限定デザートを探す少女にアリオスは呆れた口調で呟いた。
「お前もそういうのに飛びつくタイプかよ…」
「アリオスさん?」
いきなりうんざりした様子のアリオスにエンジュは首を傾げた。
「そういえば意外に詳しいんですね。
 甘いものって食べないんだとばっかり思ってたけれど…」
「俺は好きじゃねぇんだけどな…。
 まぁ、こっちの話だ。気にすんな」
「?」
以前、どこからか情報を仕入れたレイチェルがここの限定デザートを
仕事帰りにでも買ってこいと携帯端末に送ってきたことがある。
「ふざけんな」と返したら
「アンジェに食べさせてあげたいんだもん」と速攻で切り札を見せつけてくれた。
結局いいように使われていると思いつつも従わざるを得なかったのはまだ記憶に新しい…。
レイチェルに顎で使われている、とアリオスが言っているのは
冗談ではなく本気の本音だったのである。

ようやくメニューが決まったのでウェイトレスを呼ぼうとアリオスは店内を見やった。
しかし見つけたのはウェイトレスではなく、新しく店に入ってきた二人連れ。
「なにやってんだ、あいつら…」
鋭く細めた瞳と、不機嫌そうに低くなった声。
「アリオスさん?」
彼の視線を辿ってみれば…。
「あ、ユーイ様…と…陛下?」
いつものドレスではなく、そこら辺の少女達と同じようなラフな格好をしているが…
それは紛れもなくこの宇宙の女王陛下だった。
「陛下が出歩くなんてめずらしー…」
というかこんな風に気軽に出かけてしまう人だなんて知らなかった。
「本当にな」
憮然とした声と表情でアリオスはエンジュの呟きに頷いた。



「あ、ここ知ってるわ」
メニューを開いてここの目玉でもある限定デザートを見て、アンジェリークは目を丸くした。
「来たことあるのか、陛下?」
「ううん。ないけど…前に買ってきてくれたのを食べたことがあってね。
 うん、すごく美味しかったの覚えてるわ」
連れてきてくれてありがとう、とふわりと微笑む。
「陛下が喜んでくれたなら連れてきたかいがあったぞ」
にっと笑うユーイにアンジェリークも微笑み返しながら人差し指を自分の口に当てた。
「でもユーイ?
 ここでは私のこと『陛下』って呼んじゃダメよ」
「ええっ。じゃ、なんて呼べばいいんだ?」
「エンジュと話してる感じで良いのよ」 
「無茶言うよ…」
「そう?」
アンジェリークはそんなに難しいこと言ったかしら、と首を傾げている。
プライベートではとても親しみやすすぎる女王にユーイは肩を竦めた。
「俺が陛下のこと、『オマエ』とか『アンジェリーク』とか呼んだら
 速攻で制裁くだすヤツがいるからなぁ」
「え〜?
 アリオスはそんなことじゃ怒らないと思うけど?」
「何も知らないってのはある意味罪だよなぁ」
きょとんとしている女王を見てユーイはやれやれと溜め息を吐いた。
「あんな独占欲強いオトコ、そうそういないぞ?」
「?」
女王の側に守護聖が揃ったのは喜ばしいことだが…
彼女の側に他の男がいるような状態をアリオスが歓迎できるわけがない。
言外に「俺の女だ、手を出すな」と常に彼が牽制しているのは
アンジェリークだけが知らない事実である。
「こんなのん気な彼女もそうそういないけどなぁ。
 そっか。ってことは釣り合い取れてんのか」
最初はこの二人が恋仲だと聞いて驚いたけれども
けっこう似合いの二人なのかもしれないな、とも思った。
アンジェリークは一人納得しているユーイを相変わらず不思議そうに見つめ返していた。

しかし、お目当てのケーキが目の前に運ばれてくるとぱっと明るい表情になる。
「美味し〜v」
「こっちのもなかなか美味いぞ」
「本当美味しそう〜。もうどれもこれも食べたくて…でも食べきれないし。
 迷っちゃうのが困りものよねぇ」
嬉しそうな顔で愚痴る少女にユーイが自分の皿を差し出した。
「なら半分ずつ食うか?」
それなら食べられるだろ?と。
「あ、そうねv」
そしてアンジェリークは自分の皿を交換しながらくすくすと笑った。
「なんだかこういうのって新鮮だわ。
 アリオスは絶対甘いものはオーダーしないもの。
 それに最近アリオスったら全然外に連れていってくれないし…」
アンジェリークが落ち込んでいた理由をユーイが理解したその時、
よく知っている声が降ってきた。
「そりゃ悪かったな」
「「ア、アリオスっ?」」
突然聞こえた声に二人は驚きの表情で顔を上げた。

せっかくだから声をかけようかとエンジュが提案したもののアリオスは必要ないと却下した。
「別にわざわざ声かけなくてもいいだろ。
 どうせここ二人がけのテーブルだしな」
声をかけたところで一緒の席に着くことはできないのだ。
「ふぅん。
 アリオスさんが良いなら別に良いんだけれど…」
そんな会話を確か数分前にしたはずである。
そのはずなのに…。
とても楽しそうにしている二人はどこから見ても微笑ましいカップルで…。
やはり独占欲の塊である彼はじっとしていられなかったようである(笑)
「な、なんでこんなトコにいるの?」
「こいつが連れてけっつったから来たまでだ。
 次はこっちが聞きたいぜ」
不機嫌モードのアリオスをアンジェリークはきょとんと見上げる。
なぜ機嫌が悪いのだろう?
どこまでも鈍いアンジェリークは理由が分からずに彼の質問を待った。
「どうして会議をしてるはずのお前がここにいるんだよ?」
「会議が早く終わったから。
 それで…えーと…ユーイが私を元気付けようとしてくれて
 ここに来ることになったのよ。ね?」
「まぁな…」
無邪気な微笑みと射るような視線を同時に向けられてユーイは複雑な笑みで頷いた。
「元気付けようと…ね」
他の男ならシタゴコロがある可能性大なのだからそう簡単についていくな、と言うのだが…。
裏表のないこの少年だから純粋に励まそうとしているだろうことは分かる。
しかし…。
彼女を励ましたり、支えたりするのは自分でありたい。
だが今の自分は彼女が落ち込んでいる理由も知らないのだ。
こうして他の男にその役目をいともたやすく譲ってしまった。

「アリオス?
 どうして怒ってるの?」
ユーイやエンジュですらアリオスの不機嫌の理由を察したのに
どうやら本人は気づいてないらしい。
「俺がお前を外に連れ出さないのはお前の体調を考えてだろうが。
 回復したらいくらでも付き合ってやると言ったはずだ」
「ええ」
頷くアンジェリークを見下ろしながらアリオスはユーイを視線で指した。
「だったらなんでこいつと出かけてんだよ?」
「だからえーと…さっき言った通りなんだけど…。
 それよりアリオス、そんな言い方ユーイに失礼じゃない。
 エンジュだってデート中なのに…びっくりしてるわ…っ〜」
どこまでも鈍いアンジェリークの自分達以外の二人を
優先させる言葉はアリオスの唇に遮られた。
「アリオスっ!」
逃げようとしたら、口接けはさらに深くなった。
しかし、さすがに衆人環視の中でされるのは抵抗がある。
アンジェリークは強い眼差しでキッと睨んだが、アリオスにはさして効果もなかった。
「どうしてこんなことするのよっ?」
驚きと恥ずかしさで涙を滲ませてアリオスを睨む。
「鈍いお前には言うよりこっちの方が分かるだろ」
「なっ……分かんないわよっ。
 言ってくれれば分かるもんっ」
「つーか、言わなきゃわからねぇってコト自体が問題なんだがな」
「なによそれっ」
「ったく、うるせーな」
「アリオスが怒らせてるんでしょ…きゃっ。
 やっ…下ろしてよ〜」
「黙ってろ」
「…アリオスのばかっ」
「またその口塞ぐぞ?」
「…っ……」
紛れもない脅し文句。
アンジェリークが黙るとアリオスは突然始まった痴話ゲンカとキスシーンに
呆然としていた二人にちっとも悪びれずに言った。
「悪いな。
 そういうわけでこいつ連れて帰る」
そしてアリオスは荷物のようにアンジェリークを肩に担いだまま、
すたすたと歩いていってしまった。


「なんだか、世界は二人のために…って感じですね」
為す術もなく二人を見送りながら、エンジュが呟いた。
「だな。俺らや他の人間まるっきり見えてなかったもんな」
ユーイも頷くしかない。
「お前、アリオスのこと好きだったのか?」
それならがっかりしたのではないか、と心配するユーイにエンジュは首を振った。
「う〜ん、カッコいいし良い人だとは思いますけれど…
 そういう意味の好きじゃないかな」
だから別に良いんだけれどね、と笑う。
あれを見てもまだ彼を「良い人」と言い切る少女を大物だと呆れつつユーイは苦笑した。
「それよりもっ」
「ん?」
「陛下!
 すっごく可愛かったですよね!」
女王の時の彼女しか知らなかったが、普通の少女の顔を垣間見ることが出来た。
そのうえ、なんと言うか…ケンカしていても互いに好きあっているのが分かるのである。
「私としては良いもの見せてもらったかな、と言う気分ですよ。
 陛下のために明日からまたがんばります!」
「まぁ、それは俺も同じ意見だな」
こうして女王陛下のファンの結束は強くなっていったのである。
決意を新たに燃えているエンジュにユーイは思い出したように付け足した。
「あ、そうだ
 陛下も可愛いと思ったけど、お前も負けないくらい可愛いと思うぞ」
「ユーイ様…?」
「なんだ?」
無邪気に見返す瞳に他意はないのだと分かったが…。
なぜか心臓が騒ぐのを止めることはできなかった。
「な、なんでもありませんっ。
 明日からまた元気にがんばりましょう!」
「おう」


一方その頃のアリオスとアンジェリークは…。
「アリオスのばか〜。
 もうあのお店行けない〜」
アリオスに運ばれながら自分達の状況を振り返って…恨めしげにしくしくと泣いていた。
店内で堂々とキスシーンとケンカを披露した自分達は絶対に顔を覚えられている。
ましてやアリオスはどのウェイトレスも見惚れていたので余計印象深いだろう。
「まだ食べたいケーキがいっぱいあったのに〜…」
「ったく…まじで色気より食い気なやつだな、お前は」
しかしその言葉に毒気を抜かれたのもどうしようもない事実で…。
「アンジェ…。
 俺はお前より人間ができてねぇんだよ。
 俺以外の男と二人で出かけたりすんな」
彼女の顔が見えないせいだろうか。
我ながら意外だと思うがあっさりと白状出来た。
「アリオス…?」
つまり…。
ようやくアリオスが自分とユーイに嫉妬していたことを知った
アンジェリークは頬を染めて頷いた。
「うん…分かった。
 じゃあ、今度はアリオスも一緒に皆で出かけましょ?」 
皆で出かけるのも楽しいかもしれないと微笑む。
「………」

分かったようで分かっていない少女に対して
アリオスが胸中で『お仕置き決定』と誓ったことは
もちろん気づかないアンジェリークだった。
鈍い少女が気づいたのは自分の部屋に帰った直後、だったとか…。



                                       〜 fin 〜

                                  初出 2003年冬コミ コピー本



エトワールをプレイして1番最初に書いた創作です。
tinkさま、さくらさまが東京に発つ数時間前に
この原稿をメールで送った思い出が…。
お2人の東京への移動時間が私の睡眠時間でした(笑)

新キャラは意外にレオナードやフランシスよりユーイが目立ってました。
いや、レオナードやフランシスがコレットちゃんを連れ出したなら
アリオスさん、きっとこんなもんじゃすまないなぁ、と思って。
というか、あの2人ならカフェじゃなくて
もっと違うトコに連れて行きそうだなぁ…。



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