Snow,again
「聖地に…雪……?」 誰もがこの異常現象に目を丸くしていた。意を決して訪れた聖地は雪に包まれていた。 聖地に雪などありえないのに。 「魔導の影響……か…?」 ポツリともらしたジュリアスのセリフにアンジェリークは胸に痛みを覚える。 (魔導の……つまり彼の影響…?) 仲間達がそれぞれに驚いているなか、アンジェリークは静かに降り続けている雪を見ていた。 舞い降りてくる雪を手の平で受け止める。 「来たか…」 離れていても分かる愛しい天使の気配。彼はテラスに出て、降りてくる雪を見つめる。 黒いマントが風に舞う。 同じ時、離れた場所で二人は同じ想いを胸に抱いていた。 ≪あの夜もこんなふうに雪が降っていたな…≫ ――ただ今は隣にあなたがいないだけ―― ――ただ今は隣におまえがいないだけ―― あの時も窓から見ているだけでは飽きたらず、こうして手の平で雪を受け止めていた。 積もっている雪は極光の惑星に来てイヤというほど見てきたが、 降っている雪を見るのは初めてだった。 嬉しくて、でも自分の部屋では木が邪魔をしてよく見えなくて…。 彼の部屋へと雪を見せてもらいに行ったのだ。 「いいかげん窓は閉めとけよ。カゼひくぞ」 「う、ん。ごめんね、アリオス。 寒かった?」 「お前が、だろ。俺はお前みたいに窓に張りついてないから平気だ」 後ろから抱きしめて、ほらこんなに冷たくなってるじゃないか、と苦笑する。 「わ、わかった。窓…閉めるから、離して…?」 真っ赤になってうろたえるアンジェリークを見て、一瞬離してやらないことにしようか、 とも思ったが、部屋の中にいながら冷たい雪にさらされるのはさすがにいやなので 彼女のお願いをきいてやった。 「しかしお前もうかつだよな。 いくら雪見るためとはいえ、野郎の部屋にくるなんて」 「…? なんでうかつなの? 私、アリオスと雪見たいと思ったから来ただけよ?」 「………」 言ってる事が判らない、という顔で聞き返すものだから、アリオスは大きな溜息を一つ吐いた。 (そういや温室育ちな女子高通いっつってたな) 信頼されている、と言えば聞こえは良いが、あまりに無防備すぎてかえってスキがない。 想いが通じ合っている今、それはそれで問題である。 「女だっていう自覚があんなら無闇に密室で男と二人っきりになるなってことだ」 「……っ……」 やっと言われた意味に気付いたアンジェリークは、顔を赤らめ何か言い返そうとし、 でも何も言えなくて、結果口をパクパクさせるだけとなった。 その反応があまりにも彼女らしくてアリオスは肩を揺らして笑ってしまった。 「安心しろよ。言われるまで気付かねーお子様には手ぇださねぇよ」 「………」 『お子様』 それは確かに本当のこと。 どうやっても大人の彼から見れば自分はお子様だけど…。 分かってはいてもその言葉には傷ついてしまう。 ぷいっと顔を背け、そのままわざわざ窓と正反対の位置にあるベッドに勢いよく腰かける。 「ご忠告ありがとう。でも心配いりませんよーだ。 私、お子様に手出しする気は起きないって言う アリオスとしか二人っきりになるつもりはない…」 言い終えるか終えないかのところで、なんかとてつもなくすごいことを言ってしまった? と思い声が小さくなっていく。 「あー…待って、今のナシ。 え、と…つまり…その……」 赤くなって、慌てて他の言葉を探すがパニクった頭はどうにも働いてくれない。 「くっ。お前って本っ当にうかつだよな…」 「〜〜〜〜〜〜〜〜っ」 『口がすべって本音をもらす』なんてアンジェリークらしいが…。 「もっと色っぽく誘ってみろよ」 息が触れるくらい間近で見つめられ、ますます赤くなり鼓動が早くなってしまう。 「…バカ……。 そんなこと…っん…」 働かない頭でやっと言いかけた言葉は彼の唇に遮られる。 「お子様は相手にしないんじゃなかったの…?」 しばらくして、彼の腕の中でアンジェリークはポツリと問う。 「冗談は聞き流せよ」 彼女はまだ子供、そう思うことで気持ちを抑えようとしていた、などと言えるわけがない。 クスクス笑ってアンジェリークは頷く。 「そうね…。もう何度もキスしてるもの。 なのに私をお子様にしたらアリオス、ロリコンになっちゃうよ?」 「言うようになったじゃねぇか」 「ふふっ。アリオスに鍛えられたのよ…きゃっ!?」 アリオスに体を預けていたアンジェリークは不意に押し倒され声をあげる。 「…ん……」 重なった唇から僅かに声がもれる。 「ア、アリオス……」 耳元や首筋に贈られるキスにアンジェリークの身体はびくりと強張る。 それに気付いたアリオスはふっと優しく笑う。 「今なら止められるぜ? 逃がしてやるよ」 彼の表情が本当に優しくて…アンジェリークもふわりと微笑んだ。 「逃げる理由はないわ。 …ちょっと怖いけど…でもそれ以上にアリオスが好きだもの」 アリオスの首に細い腕をまわし、引き寄せる。 「愛してる」 キスよりも先に贈った言葉は、彼女が生まれて初めて使ったものだった。 「あなたもこの雪見てるのかしら…」 「何か言ったか? お嬢ちゃん」 なんでもないです、と笑って首を振り、誤魔化す。 宮殿へと急ぐ一行に続きながらもう一度だけ振り返り、優しく降り続く雪を見つめる。 ―――舞い降りてくる雪は思い出させる――― 『愛してる』 瞳を閉じて恥ずかしそうにキスをした、はじめての夜を。 〜 fin 〜 |
シリアスというんでしょうか、甘いというか切ない系? |