Valentine's Game
「―――
というわけなんですけれど…」 限られたものしか入ることのできない大きな広間で アンジェリークは話し終えると「どうでしょう?」と首を傾げた。 その拍子に栗色の髪がさらりと揺れる。 目の前には立体映像。 その姿は金の髪の女王陛下。 彼女もアンジェリークと同様、真剣な顔をして聞いていた。 「そうね…。 こんなのはどうかしら?」 そしてにっこりと微笑む女王陛下の提案にアンジェリークは顔を輝かせて頷いた。 夜中にさしかかる一歩手前、そんな時間にノックの音が聞こえた。 「入れよ」 どうせ誰が訪ねてきたかなんて分かっているアリオスは 確認するまでもなく相手に入室を促した。 「あのね、アリオス…きゃあぁっ!」 ドアを開け、部屋の主を見つけた瞬間、アンジェリークは言いかけた言葉も 忘れて回れ右した。 「なんだよ、失礼なやつだな」 アリオスは苦笑しながらドアの外で座り込んでいるアンジェリークを再度迎え入れた。 「もぉ…失礼なのはどっちよ。 こういう時は『どうぞ』じゃなくて『ちょっと待ってて』て言うものでしょ?」 アンジェリークは頬を染めて彼を睨む。何の為のノックなのだ、と。 「別に見慣れてるだろうが」 「そんなことないもん…」 少女が訪れた時、ちょうど彼は風呂上がりだった。 …つまりそういう事である。 上半身は素肌に髪を拭いていたタオルをかけただけの姿。 アンジェリークにとってはそれだけで十分に恥ずかしかったらしい。 濡れた髪も肌を伝う雫もとても艶やかすぎて平静でいられない。 「下はちゃんと履いてるだろうが。 どうして見られた俺じゃなくて見たお前が照れんだよ?」 「どうしてって…どうしてもよ」 呆れたように、心底不思議そうに訊くアリオスに微妙な乙女心は理解できないらしい。 アンジェリークは勝手知ったる様子で彼のシャツを取り出してくると差し出した。 「とりあえず着てよぉ…」 「どうせすぐ脱ぐだろ」 「脱がないっ!」 アンジェリークは真っ赤になって反論した。 「もぉ…ちっとも話が進まないじゃない…」 「お前の来たタイミングが悪かったんだよ」 アンジェリークはベッドに腰掛けた彼の前に座ってその濡れた髪を タオルで拭いていた。 なんとなく手持ち無沙汰な感じがしてじっとしていられなかったのだ。 アンジェリークは大人しくされるがままになっているアリオスを見つめて微笑んだ。 こういうことをするのははじめてで実はちょっと嬉しい。 なんとなく、このままぎゅっと抱き締めたくなる。 そんなアンジェリークの心を見透かしたようなタイミングで 俯いていた彼の視線が上げられた。 艶やかな銀糸の間から覗く綺麗な瞳に動けなくなる。 視線すら逸らせない。 心臓だけがやたらと活発になって困る。 「アリオス…?」 やっとのことで声を紡ぐとそれに応えるように彼がふっと微笑んだ。 固まっていた空気が溶け出すようだった。 「お前からの夜這いも悪かないけどな…。 大人しく俺が部屋に来るのを待ってりゃよかったんだ」 いつものからかうような笑みと言葉にアンジェリークは顔を赤らめる。 「なっ…ち、違うからねっ。 私は話をしに来たんだってば…」 アンジェリークは慌てて彼の目の前、ベッドの上で正座した。 「あのね…今度、あっちに行くことになったの」 アンジェリークの言う『あっち』とは故郷の宇宙のことである。 まだまだ発展途中の新宇宙はいろいろとサポートが必要であり、 わりと頻繁に連絡を取り合っている。 「お前が行くのか?」 アリオスは意外だ、というように聞き返す。 いつもはレイチェルかアリオス、もしくは研究員が動いていた。 「うん」 「珍しいな。いつだ?」 「十日後」 「へぇ…」 その日にちょっとひっかかりのあったアリオスは片眉を上げた。 確かその日はずいぶんと前からレイチェルに忠告されていた。 せっかくの『ヴァレンタイン』だから勝手に下界に遊びに行かないように、と。 たまにアリオスは時間ができると息抜きだと言ってふらりと出かけてしまう。 別にいまさらそんなイベントを楽しむような性格ではないが、少女の方は とても楽しみにしているのだろうと思い、付き合ってやるつもりでいたが…。 どうやらそういった気遣いは必要なさそうである。 仕事が入ったのならそれどころではないだろう。 「今回はどんな用事だ? なんかの式典か?」 「ううん…そういうんじゃないけどね」 アンジェリークは曖昧に微笑んだ。 「私とレイチェルは行くの決めてるんだけど…アリオス、どうする?」 「あ? なんでそんなこと聞くんだよ?」 アリオスは憮然とアンジェリークを見つめ返した。 彼女の護衛など自分以外の誰が務まるというのだろうか。 「だって…アリオス、いつもあっちあんまり行きたがらないじゃない。 だから付き合わせちゃまずいかな……って!」 ふいに押し倒されて最後の方の声が高くなる。 「アリオスっ!」 「わかってねぇな…」 「?」 「確かに好き好んで行きたい場所じゃねぇが、お前が行くなら別だ」 少女の側を離れるわけがない。 そう誓った。この手で守ると決めた。 誰にもこの場所は譲らない。 「…っん……待っ…」 突然のキスにアンジェリークは戸惑う。 戸惑いながらも応えるその仕種にアリオスは内心微笑む。 ここまで育てるのに苦労した。 代わりにその道のりも十分に楽しませてもらったが…。 「もぉ…なに、いきなり…」 潤んだ瞳で睨んだところで愛らしさが増すだけである。 濡れた唇を再度奪いながらアリオスは囁いた。 「俺を見くびった罰だ」 「え〜? じゃあ行く理由は言ってないんだ?」 翌日アンジェリークから話を聞いていたレイチェルはそれでいいのか?と 言わんばかりに聞き返す。 「…だって教えたら絶対嫌だ、って言いそうなんだもん。 それじゃなければ私をあっちに行かせてくれないかも…」 「そうか…そうだよねー。 私、てっきり教えたから今日こんなだと思ったよ」 寝不足気味な目をこすりながら口を尖らせる少女にレイチェルは意味ありげに微笑んだ。 「え?」 「アナタすっごく眠そうだよ」 翌日のこと考えてもらいなよ、とからかいの笑みを浮かべる。 「っ!」 欠伸を噛み殺していたアンジェリークの顔が瞬時に真っ赤になった。 「レイチェル〜!」 アンジェリークはばらまきそうになった処理済の書類をあたふたとまとめる。 「あはは、照れない照れない☆ どうせ今にはじまったことじゃないんだしー」 「………」 「でもさ、ホントどうするの? 当日まで内緒にしとくの?」 「そうしようかな、て思ってるけど…やっぱりまずいと思う? 言っといた方が良いかな…」 自信なさげなその姿はとても女王陛下には見えない。 普通の少女のそれである。 レイチェルはその二面性を快く思っている。 女王の使命を果たすべき時は果たして、肩の力を抜ける時は抜いた方が良い。 そのバランスを保っている大きな要因がアリオスである。 この点に関しては補佐官として、親友として感謝している。 …だけど目に余る部分もけっこう多いから素直に感謝できない。 「…内緒にしたら当日大変だろうねー。 だからと言って先に教えたら当日までが大変だろうねー」 レイチェルも腕を組んで問題児のあれこれをシュミレーションする。 「どっちもどっちじゃない?」 天才少女の出した結果はしごく的を射ているうえに救いがなかった。 「……どうしよう〜」 親友から良いアドバイスを得られるかも、と期待していた アンジェリークは執務机に突っ伏した。 「じゃあさ、この際『運任せ』にしちゃおうか」 「レイチェル、楽しんでるでしょ…?」 他人事だと思って〜、と拗ねる仕種は同性の目から見ても可愛らしい。 「どうしようもないならせめて楽しまなくっちゃ☆」 「………」 「次にこの執務室に入ってきたのがアリオスだったら当日まで言わない。 他の人だったら今日教える。OK?」 「……うん」 しばらくして執務室に戻ってきたアリオスはドアを開けたとたん やたら勢いよく視線を向けてきた少女達に不覚にもたじろいだとか…。 そしてアリオスには何も言わずに時は流れ… 三人は金の髪の女王が治める宇宙へと赴いた。 「いらっしゃいv」 上品で豪奢な謁見の間で女王陛下がふんわりと微笑む。 両隣には美しく艶やかな補佐官ロザリアと首座の守護聖がついている。 「お招きありがとうございます」 アンジェリークとレイチェルが略式のドレスの裾を摘んで正式な礼をする。 アリオスは後ろに控えていた。 「今日は非公式の集まりだもの。 固くならずに楽しみましょう?」 「はい」 女王の言葉に二人は微笑んで頷く。 そのやりとりにアリオスは内心首を傾げた。 (非公式…? だったらなんでこんなに揃ってんだよ?) この場に守護聖が揃っているのは不思議ではない。 プラス闇の守護聖がいなくてもあまり不思議ではない(笑) 後から行くと使いのものが伝えに来たらしい。 王立研究員の主任がここにいるのもなんとなく分かる。 なんだかんだと言って彼の仕事はこちら側に深く関わっていたりする。 ただ滅多に集まらないそれ以外の教官・協力者も揃っているのが引っかかった。 そんなアリオスの疑問に答えるように女王陛下は言葉を続けた。 「今日は何の日か知ってるわよね?」 その声に男性陣は全員首を縦に振る。 「それはもちろん。 シャイなレディ達が年に一度俺に堂々と愛を伝えられる日だ」 「あー…微妙に違いますねぇ。オスカー」 「微妙って言うか、全然違うって☆」 「貴方の場合は一年中、という気がしますよ」 「どういう意味だ? リュミエール?」 いつも通りの彼らの会話を聞き流しながら アリオスも何がはじまるのかと訝しみながら女王の続きを待っていた。 「私達からのプレゼント。 ある場所に用意したから見つけてね」 可愛らしく宣言した女王の言葉を理解するまでに一瞬間があいた。 「先着一名様にはさらにもうひとつプレゼント」 追加プレゼントを呈示されようやく皆その意図を理解した。 つまり、宝探しをやれと。 これだけのいい大人が揃いも揃って…。 (中にはそれが似合うお子様達もいることはいるがな…) 「陛下…?」 首座の守護聖が言葉にできないでいる皆の気持ちを代弁するように確認した。 もらう立場の人間がこの聖地を駆けずり回るハメになるのか、と。 「普通のヴァレンタインにはそろそろ飽きたでしょ?」 無敵の笑顔が決定は覆さないと言っている。 「やれやれ…本当に貴女はいつも驚かせてくれる人だ…」 セイランが肩を竦めて呟いた。 「ところで陛下。もうひとつのプレゼントって?」 ランディの素朴な疑問に彼女はうふふ、と微笑む。 「お願い事、なんでもひとつだけ叶えてあげるわよ」 その言葉にゼフェルは瞳を輝かせる。 「なんでも、だな?」 「ええ。仕事に差し支えない範囲で、だけどね」 「はーい。ほな今度うちの会社、新宇宙まで進出させてくれ、でも?」 二人の女王は顔を見合わせた後、にっこりと頷いた。 「そうね。いろいろ取り決めが必要になるけど」 「よっしゃ、がんばるで!」 もともとお祭り好きな彼はすでにその気である。 そんな彼につられて周囲も次第にやる気になった。 「はい。陛下」 「なぁに? マルセル」 チャーリーに倣い、手をあげ質問をする緑の守護聖に先生のように問いかける。 「用意してあるプレゼントってひとつだけってことですか? それとも人数分用意されてるのかな…」 「ちゃ〜んとあなた達の事を考えてそれぞれにふさわしいものを用意したわ」 「つまり十六種類用意されている、というわけですね。 しかも自分のものを見つけなければならない…けっこう大変そうですね」 どうやら難易度がエルンストにやる気を出させたらしい。 「貴方の場合は、新宇宙への移動権限とかかしら?」 女王陛下の含みのあるセリフにエルンストとレイチェルは微かに頬を染める。 「そんな畏れ多い…。 私は…『守護聖様達のサクリアについて』深く研究したいと 思っているのですが、何分データが少ないもので…。 彼らに協力をお願いしたいと思っています」 「あら、そんなことでいいの? お安い御用よ」 にっこりと快諾され当の本人達は引きつっていたが…。 簡単に言えば実験モルモットになれ、である。 あまり嬉しいものではない。 「ちょっとエルンスト! それって私よりも守護聖様の方に興味あるってこと?」 膨れる少女と慌ててそれを宥める青年を苦笑しながら眺め、ロザリアは付け加えた。 「そうね…。これだけでは漠然としすぎているからヒントを出しましょうか。 貴方達が行かないような所には置いていませんわ。 執務室以外で普段使っている場所を当たってみることですね」 「タイムリミットはお茶の時間よ」 今から約一時間後。 時間になったら皆でお茶をしましょう、と告げる。 その言葉が始まりの合図となった。 「チャーリーさんったらいつでもお仕事熱心ね」 苦笑するアンジェリークにアリオスは眉を顰めた。 「どこがだよ」 あくまでも仕事は口実である。 願いが受理されれば別の宇宙にいて滅多に会えないアンジェリークと 堂々と会えるようになる、という計算が裏に隠れている。 食えない奴だ、とアリオスは苦い表情をしていた。 アンジェリークに好意を持っている他のやつらも何を言い出すかわかったものではない。 「他の人達はどんなお願い事を持ってくるのかしらね」 あまり無茶を言い出さないといいのだけれど…とロザリアはアリオスと対極で 面白そうに微笑んでいる。 「それよりアナタは行かなくていいわけ?」 レイチェルがアリオスに呆れたように声をかけた。 この部屋に残っているのは女性陣四人とアリオスだけである。 「ああ。別にかまわねぇよ。 それよりも聞きたいことがあるからな」 ぶつかった視線にアンジェリークはびくりと肩を竦める。 「なぁ? アンジェリーク?」 説明してもらおうか、という鋭い瞳がアンジェリークを捕らえる。 「……だからね…」 アンジェリークは来たるヴァレンタインデーに日頃お世話になっている人達にも 贈り物をしたいと思ったのだ。 でも宇宙を越えてそれを実行するにはいろいろと問題がある。 どうしたものかと悩んでこちらの女王陛下に相談したのだ。 結果、こういうこととなった。 宇宙を統べる二人が真剣になって話し合ってたのはこんなことだったのだ…。 例え女王という肩書きがあろうと素顔は年頃の少女である。 「で、他の男にプレゼントを渡す為にこっちまで来たわけだ」 「アリオスの分もあるよ?」 (やっぱりご機嫌斜めだぁ…。 でも前もって言ってたら今日までずっとこんなんだったろうしなぁ…) 不機嫌モードのアリオスにアンジェリークはなんとか微笑んでみせる。 「俺がわざわざ探しに行くと思うか?」 「………やっぱりこういうのはイヤ? 楽しそうだと思ったのに…」 しゅんとうなだれる少女の髪をいつものようにかきまぜようとして 今日はそれをできないことに気付く。 きっちりセットされたそれを崩すわけにはいかない。 下ろした髪の一房を弄びながらアリオスは囁いた。 「そんな顔しても俺は行かねぇぞ」 「………」 「お前の側を離れるつもりはないからな」 自分が目を離した隙にこの少女を狙うだろう輩は何人も思い当たる。 わざわざチャンスを作ってやる必要はない。 「アリオス…」 アンジェリークは頬を染め、複雑な表情で彼を見上げる。 その言葉は嬉しいけれど、プレゼントは別に欲しくないのか…とちょっと残念に思う。 (せっかく用意したのになぁ…) 「そこのカップル〜? 私達を忘れてない?」 しっかり二人の世界を作っていた彼らにレイチェルの声がかかる。 「ここで立ってるのもなんだし…私達は一足先にお茶会の場所へ移動しましょう」 「はい、陛下」 慌てて姿勢を正し、心配げにちらっと見上げる瞳にアリオスは苦笑した。 「お供しますよ。女王陛下」 「アリオス…」 明らかにほっとするその表情がたまらなく可愛くて… 自分達が最後尾なのをいいことに、鮮やかに唇を奪った。 一方、宮殿の内外では宝探しが行われていた。 「ルヴァ様だったら何をお願いします?」 一緒に探していたマルセルの問いにルヴァは少しの間考え、ぽんと手を打った。 「下界へ一日のんびり釣りをしに行きたいですねぇ。 海釣りとかやってみたいですね〜」 「ふふ、ルヴァらしいね☆」 「オリヴィエ様?」 「そういうオリヴィエはいったいどんなお願いをしたいんですかぁ?」 「私?」 ふふふ、と笑う彼の表情になにかよくないものを感じる。 「私はねー。次の衣装チェンジの時、全員分の服のデザインやりたいなー、なんてね☆ あんた達にぴったりの服作ってあげるよ?」 「「………」」 ウィンク付きのセリフに二人は凍りつく。 「…あ〜、ありがとうございます」 立ち直ったのは年の功、と言うべきかルヴァの方が早かった。 いつもの笑顔でそう言うと 「それじゃあ、私達は他の場所を探しに行きますね〜」と歩き出した。 「ルヴァ様…」 後をついてくるマルセルが不安顔になっている。 彼に任せたらどんな衣装を着させられるかわかったものではない。 「あ〜、マルセル…」 「はい」 「なんとしてもオリヴィエより先に見つけましょうね」 「はいっ。ルヴァ様」 二人は決意も新たに宝探しに臨んだのだった。 「よぉし、こんな感じかしら。 あとは皆を待つだけね」 アンジェリーク達はいつもお茶を楽しんでいるサンルームでセッティングをしていた。 何種類かのコーヒーや紅茶。たくさんのお菓子。 見ているだけで心が浮き立つ。 「ねぇ、ロザリア。 誰が一番早く来ると思う?」 「そうですわねぇ…。 チャーリーがかなりやる気を見せていたような気もしますけど…。 オスカーも勝負事には燃える性格ですし…」 「ゼフェル様もなんだか密かに燃えてる感じでしたよ?」 「あら、レイチェル。よく見てるわねぇ」 あれこれと一着二着を予想している彼女達を眺めていると別のギャンブルを思い出す。 「さすが女王様だよな…」 アリオスは呆れたように呟いた。 部下を『有効』に使っている。これ以上ないというくらいに。 「プレゼントを用意してるっつっても一番楽しんでるのは自分達じゃねぇか」 「いいじゃない…私達も皆様も楽しめるんだから」 「お前も俺にそこら辺を走り回らせたかったのかよ?」 「…う…」 金と翡翠の瞳に見つめられてアンジェリークは言葉に詰まる。 困ってしまって視線を逸らす。 「アンジェ」 「…だって…いっつも…プレゼントあげても涼しい顔してるんだもの。 本当に嬉しいのかなって…。 実はそれほど欲しくもないのかも…って…。 だから…ちょっとくらい…アリオスにも頑張ってほしいなって思ったんだけど…」 でも結局思ったようには動いてくれないんだよねぇ、と苦笑した。 「がっかりしたか?」 いつもの不敵な笑みでそう聞かれてアンジェリークはさらに苦笑した。 「ううん。それもちょっとあるかもだけど…。 でも、どっちかって言えばやっぱりアリオスらしいなぁ、て思ったよ」 予想通りに動く彼などらしくない。 「くっ、そうか…」 アリオスは短く笑うと少女の肩を抱き寄せた。 「だーかーら、そこ! いちゃつかない!」 先程のエルンストの件でご機嫌斜めなレイチェルがびしっと指を差す。 「そういうのは二人っきりの時やんなさい。 だいたいアリオス! 他の方達は今頃一生懸命探し回ってるんだよ? なんでアナタだけそうそうとおいしい思いしてるのよ」 またまた一方、レイチェルの言う頑張っている人達の最たる者が彼らだった。 「執務室以外の場所で俺らが行くってなると…あとは庭園か?」 茂みのあたりを探していたゼフェルは小さなラッピングされた箱を見つけた。 「お!」 手にした瞬間、後ろから取り上げられた。 「何しやがる、おっさん!」 「相変わらず口のきき方を知らない坊やだな。 悪いが今回はなんとしてでも勝ちたいんでな」 「俺だって!」 「いったい何を頼むつもりなんだ?」 必死なようすの少年にオスカーは尋ねた。 「エアバイク…」 「は?」 「だからっ、エアバイクっつってんだろ! この前没収されたやつ!」 やけになったようにゼフェルは叫んだ。 不覚にも先日どこぞの花壇に突っ込んで…ジュリアスにお説教をくらったうえに 没収されたままなのである。あれを返してほしかった。 「それなら今度俺からジュリアス様に言っておいてやるからこの場は俺に譲れ」 「あー、きったねー! おめーこそ、何企んでやがる!」 「坊やは知らなくてもいいことだ…」 オスカーの願いは…先日下界へとこっそり遊びに行った時の火遊びの証拠隠滅…。 いつのまにかしっかり女王陛下と補佐官殿に握られていたそれをジュリアスに バラされる前に処分しておきたかった(笑) ルヴァやオリヴィエと違い、ゼフェルは切実な願いだったがオスカーもかなり切実だった。 「まぁ、とりあえず…これが誰へのプレゼントかだけでも確認しておくか」 オスカーはリボンの端に書かれている文字に視線を走らせた。 数秒後。 「…お前にやる」 「あ? おお、サンキュ」 再び手の中に戻ったそれを見て、ゼフェルは固まった。 そこに書かれていた文字は『ハズレ』だった。 「…あいつら…手の込んだことしやがる…」 「みんな遅いわねぇ…」 女王陛下はテーブルに肘をついて呟いた。 「あの時もこんな気持ちだったのかしら…」 「陛下?」 女王の独り言にロザリアが聞き返す。 「ほら、あの時よ」 くすくすと笑う少女の笑顔にロザリアは思い当たったように頷いた。 「ふふ…そうかもしれないわね」 「これは見つからないままタイムリミットかな?」 時計を見つめながらレイチェルが溜め息をついた。 「誰か一人ぐらいは気付いて来るかな、と思ったんだけどねぇ…」 「まぁ、いいじゃない。どうせあと十分もすればみなさん来るんだし」 「なんだお前ら、誰か来た方が良かったのか?」 二人の会話にアリオスが加わった。 「なによ、それ?」 「いや、誰も見つけられずタイムオーバーってのがお前らの希望かと思ってたんでな」 なんとなく勝者の気分だろ、と言われレイチェルは頷いた。 「〜〜思ってたんだけどね…。 いざ、そうなってみると誰も来ないのはそれはそれでつまんないんだもん…」 「くっ、わがままな姫達だな」 「私達以上にアナタの方がわがままでしょー。 アナタにだけは言われたくないわね…」 「も〜、レイチェルったら…」 アンジェリークはくすくす笑って二人のやりとりを見ている。 なんだかんだ言ってこの二人も息が合っている。 「で、お前はどっちが希望だ?」 「なに?」 突然の質問にアンジェリークはきょとんとした。 「時間までに誰かが条件クリアするのと、タイムオーバーになるのとどっちがいい?」 「私としてはね…やっぱり誰かにクリアしてほしかったかな」 欲を言えばアリオスにそれを成し遂げてほしかったけれど…。 だけど彼はまったくこのゲームに乗り気じゃないし…。 動く気配すらなかった。 本当にずっとアンジェリークの側から離れなかったのだ。 アンジェリークは胸中の思いは隠してふわりと微笑んだ。 「そうか」 アリオスはアンジェリークの答を聞くと立ちあがった。 少女の目の前に立つ。 「ほら、もらってやるからよこせよ」 「え?」 アンジェリークは大きな瞳をさらに大きくする。 「アリオス……いつから…気付いて…?」 アンジェリークとアリオスの会話になにかを感じ取った 女王陛下とロザリアも側へやってきた。 「少し考えればすぐに分かるだろ。 お前らならプレゼントの類は本人に直接渡してその反応を見たいんじゃねぇか? だったらお前らが待ってると言ったここくらいしかねぇだろ」 「………」 「ここに一番に来た者が勝ち、じゃねぇのか?」 不敵に微笑む彼に思わず見惚れてしまう。 そして慌てて小さな包みを取り出した。 「気付いてて…黙ってたの?」 意地悪、と頬を膨らませるとアリオスは笑って受け流した。 「それ相応の仕返しだ」 他の男達にプレゼントを渡す計画を立てていた少女へのささやかな報復。 さらりと言ってのける彼にアンジェリークは苦笑した。 プレゼントと共に言葉も添える。 「もぉ…。それでも…好き、だからね…」 「わかってる」 そのまま抱き寄せて唇を重ねようとして…レイチェルの邪魔が入った。 「陛下の前でなにしようとしてんのよー!」 「あら、私は全然かまわなくてよ?」 うふふ、と微笑む女王を前にアンジェリークがはっと我に返った。 「…ずいぶんと人数が少ないようだな」 静かな声に注目が集まった。 「あら、クラヴィス。いらっしゃい。 みんなまだ来てないのよ」 遅刻したあなたがこんなに早いのにね、と女王は肩を竦めた。 「お前達の性格を考えれば分かりそうなものなのにな…」 「灯台下暗しってやつだな」 アンジェリークを抱いたままアリオスも頷いた。 「なーんか騙された感じだよな」 もらったプレゼントを片手に香辛料の効いたクッキーを かじりながらゼフェルは口を尖らせた。 「俺達が一時間近く必死に探してたってのに…」 「現物を持って来て、なんて一言も言ってないわよ? それにキーワードはちゃんと言ってたわ」 『私達からのプレゼント。 ある場所に用意したから見つけてね』 あくまでも見つけてくれとしか言っていない。 隠したとも言っていない。 すました顔で女王陛下はお茶を一口飲んだ。 「お茶会・先着一名様へのプレゼント・タイムリミットetc.」 ロザリアがいくつかのキーワードを口にする。 「特にあなた達守護聖にはすぐにぴんときてほしかったわ。 ねぇ、ロザリア」 「ええ、本当に」 「あの時は逆の立場だったのよね、私達」 「そうですわ。 私、あとちょっとのところで負けてしまったのよね」 二人の言葉にあっと気付いた者が数名。 首を傾げる者もいるので、詳しく説明をした。 女王陛下達がまだ女王候補の頃…ちょっと変わったお茶会をしたことがあった。 いつも頑張っている候補生達へのプレゼントだと守護聖達がこっそり用意してくれていた。 「あれを再現しようと思ったの」 「状況としては守護聖達が有利だったのに、結局アリオスに先を越されちゃったわね。 やっぱりアリオスって有能よねー。 頭いいし、行動力あるし…今からでもうちに来ない?」 「だ、だめです〜っ。 いくら陛下のお願いでもアリオスはあげませんっ」 女王陛下自らのスカウトにアンジェリークは慌てて首を振る。 「あらあら大事にされてるわねぇ、アリオス。 ところで願い事はなにかしら?」 まだ聞いてなかったわよね、と首を傾げる。 「ん、ああ…。そうだな…」 アリオスは少し考えた後、口の端を持ち上げた。 「こいつに叶えてもらうから気にすんな」 そう言ってアンジェリークの耳元になにか囁いた。 瞬時に少女の顔が赤く染まる。 それを見て、その場にいた者はだいたいの予想がついた。 「やっぱりクラヴィス様、もう少し早く来てほしかったかな〜」 レイチェルは明日のアンジェリークの仕事がはかどらないことを予測して呟いた。 〜fin〜 初出 2002.02.11 コピー本 |
このお話は…『権力ハニー』だったかな…? イベントがヴァレンタインと近かったので それに合わせてコピー本を作りました。 これも再版はしないだろうし、1年経ったということで 公開させてもらおうかと思いまして…。 そんなに作らなかったので、たぶん 読んだことのある人の方が少ないのでは? 読んだことがあるという人は… 1年も前からお付き合いいただき、ありがとうございます。 リモちゃん達が企んでいたのは…そうです! 『不思議の国のアンジェリーク』再現、です(笑) お茶会に行こうとしてるのは守護聖様の方ですけどね。 アリオスいないわ、コレットちゃんいないわですが 私、実はこのゲームけっこうお気に入りです。 本当はオールキャラを目指していたのですが 玉砕しました…。いつでもどこでも アリオスさんとコレットちゃんはラブラブなもんで… そっち書いてたら他の方の出番を奪ってしまいました(苦笑) |