クリスマスプレゼント
今年のクリスマスは嬉しいことに日の曜日だった。 アンジェリークは執務の心配をすることなく、 宮殿の厨房で今夜の準備に励むことができる。 「ええと…こっちの下ごしらえは終わったから、次は…」 彼女はお昼ごろからキッチンの住人になってしまっていた。 レイチェルがいたならばもうちょっと時間を短縮できたのだが…。 今こちらの宇宙に彼女はいない。 女王命令で故郷の王立研究院に届けものを持って行っている。 別にそれほど急を要する事柄というわけではないのだが、 補佐官とその恋人のためにアンジェリークはわざわざ仕事を作った。 いつも自分のために尽くしてくれる少女に何かお返しをしたかった。 レイチェルや彼は自分の都合で宇宙を渡れる性格ではない。 最も大事な用事がなければ、簡単に通って良い所ではないのだが。 アンジェリークは別々の宇宙で暮らしている恋人達に『二人のクリスマス』を プレゼントしたのだ。 「ん…っと…」 アンジェリークは背伸びをして上の棚の鍋を取ろうとした。 いつもはレイチェルが取ってくれたため、 手が届かないことに今日初めて気付いた。 指先が微かに触れるだけで、取ることはできない。 「も…ちょ…っと、なのに…」 挑戦し続けるアンジェリークの後ろから、ふいに腕が伸びて ひょいと目的の物が下りてきた。 「せめて…台を探すくらいしろよ。危ないだろ」 「アリオス…ありがと」 「見てるこっちがひやひやしたぜ」 ふわりと後ろから抱きしめられて、アンジェリークは微笑んだ。 「アリオス、退屈だったの?」 彼が滅多に来ないキッチンに現れた理由はそれしか考えられない。 昼食が終わってから、アンジェリークがキッチンにこもってしまったので アリオスは暇つぶしに散歩に出たはずだったが…。 どうやらその散歩も早々に終わってしまったらしい。 「お前がいなけりゃつまらない」 彼はさらりとすごいことを言ってのけ、後ろを見上げるアンジェリークの 顎を持ち上げ軽く口接けた。 「アリオスー?」 日が沈んだ頃、アンジェリークはアリオスを探してパタパタと 宮殿内を走り回っていた。 彼の部屋にもアンジェリークの部屋にも姿が見当たらない。 「どこ行っちゃったの……?」 午後からずっとほったらかしにしていたから 拗ねてどこかに行ってしまったのだろうか? いや…いくらなんでもそれはないだろう。 あ、でもないとは言い切れないかも…。 だけど…こんな日ぐらいは自分で作った料理を彼に食べてほしかったし…。 …そんなことをぐるぐると考えながら厨房に戻ってきた。 「アリオス…。どこにお料理持っていけばいいの…?」 意外にもポツリともらした言葉に返事が返ってきた。 「別にどこでもかまわないが」 「え? あ、アリオスどこにいたの? 探し回っちゃった」 「ちょっとな」 「……?」 結局、料理はアンジェリークの部屋で食べることになった。 「そういえば…あいつはどこ行ってんだ?」 今日は見てねぇな、とアリオスは首を傾げた。 いつもなら、彼女とアンジェリーク争奪戦を繰り広げているはずなのに…、と。 「やだ、アリオス…いまさら。レイチェルはあっちに行ってるわよ。 お仕事頼んだの。私からのクリスマスプレゼント」 「…なるほど」 アリオスの視線にアンジェリークは弁解するかのように言った。 「だ、だって。私はずっとアリオスと一緒にいられるけど… レイチェルは滅多に会えないじゃない? だから…こういう日ぐらいはって…」 職権濫用かなぁ…と自信なさげにアンジェリークは呟いた。 「別に悪いとは言ってねぇよ。 いいんじゃねぇか。クリスマスプレゼントだろ?」 「本当にそう思う?」 「ああ。誰にも迷惑かからねぇしな」 見つめる瞳が子犬のようで、アリオスは微笑みながら 彼女の髪をくしゃりとかきまぜた。 「そう言ってもらえてよかった」 アンジェリークは嬉しそうに笑うと、ふいに立ち上がった。 「あのね…もひとつ女王の力使っちゃったの」 窓際で後ろ手にカーテンの裾を握り締める。 「アリオス…私からのプレゼント」 シャッとカーテンを開くと外では真っ白な雪が静かに 舞い降りているところだった。 「雪…降らせたのか…」 「うん。ホワイトクリスマス」 アンジェリークはにこりと微笑む。 その様子がとても可愛らしくて…ついからかいたくなってしまった。 「明日雪かきが大変だろうな…」 「だ、大丈夫っ。そこまで降らせないからっ…」 予想通り慌てる彼女を見やり、喉を鳴らして笑う。 「バーカ、冗談だよ。 きっと他の連中もこの雪見て喜んでるさ」 「アリオスとね…。またこうして雪を見たかったの」 二人、窓際に来て降り積もる雪を眺めながらアンジェリークは言った。 「雪は特別好き。昔こうして一緒に見た。 そしてもう一度二人で見た時…あなたの記憶が戻るきっかけとなった…」 「アンジェ…」 「あなたの記憶…戻って欲しいと思ったり… 戻らないで欲しいとも思ったり…。 あなたのことなのに…私が勝手に悩んでた。 もうこれ以上辛い思いするくらいなら…。 何もかも忘れて一からやり直すのもいいかもしれないって」 ごめんね、とアンジェリークは微笑んだ。 「でも今だから言えるけど… 記憶が戻ってよかったのかもしれないね。 過去のごたごたを乗り切って、幸せになったほうが嬉しいもの。 雪は私にそれを気付かせてくれた」 「だからこの雪はあなたと…自分へのプレゼント」 「俺だけへのプレゼントじゃなかったのかよ」 苦笑しながらアリオスはアンジェリークの肩を抱き寄せた。 「ふふ…。独り占めさせてあげない」 「まぁ、お前と山分けならいいけどな」 「あ、ちゃんとね。 別にアリオスへのプレゼント用意してあるから」 アンジェリークは別の部屋に行き、すぐに袋を持って戻ってきた。 「こっちはアリオス専用だから」 中に入っていたのはダークグリーンの毛糸で編まれたマフラー。 「本当はね…セーターにするはずだったんだけど。 これになっちゃった」 「最近、異様に忙しかったからな…」 宇宙が発展するのは喜ばしいことだが、こちらもそれにあわせて忙しくなる。 アリオスは仕事漬けだった毎日を思い出した。 このマフラーを編むのでさえ、きっと大変だっただろう。 「サンキュ。来年に期待してる」 彼のいつもの笑顔にアンジェリークは頬を染めて頷いた。 「俺もちゃんと用意してあるぜ。ちょっと待ってろ」 彼はしばらくして箱を持って戻ってきた。 「なにかしら?」 中身を見てアンジェリークは目を丸くする。 「どうして…これ…今…」 中にあったのは小さな鉢植えに植えられた可愛らしい花。 約束の地にある思い出深い花だった。 今の季節、花はつけてないはずだが…。 「花束にしても良かったけど… お前はこっちの方が喜ぶかと思ってな…」 「ありがとう…アリオス。 でもどこで咲いてたの?」 「こっそり何株か頂いて…。 別の所で特別に育ててた」 「あ! さっきどこかにいなくなっちゃった時…」 アンジェリークはピンときて手を叩いた。 「あとで連れてってやるよ。 約束の地に比べりゃ小さい花畑だけどな」 「ううん。アリオスが作った花畑、ていうだけで特別よ。 すごく見てみたい!」 でも…と、アンジェリークはくすくすと笑った。 「なんか意外だわ…。 アリオスがずっと花を育ててたなんて」 そういうのは嫌がるタイプだと思っていた。 「お前へのプレゼントだからな…。 それぐらいできないことはないさ。それに…」 アリオスはわざと言葉を切って、意味ありげににやりと笑った。 「?」 「花を育てるのは嫌いじゃない」 「…他にもなんか育ててるの?」 「ああ、一輪。特別な花を」 「それも見せてくれる?」 「鏡をのぞいて見ろよ」 「え?」 覗いたところで見えるのは自分の顔だろう…。 まさか…とアンジェリークはアリオスを振り返る。 その通り、といわんばかりにアリオスは笑った。 「花の名前はアンジェリーク、だ」 「も、もうっ………」 この人はどうしてこういうセリフが平気で言えるのだろう…。 アンジェリークは真っ赤になりながら、 どう答えて良いものか悩んでいる。 「まぁ今は…その成長を楽しみにしてるさ」 言外に早く成長しろよ、と言われ さらにアンジェリークは真っ赤になってしまった。 それでも彼の笑顔はとても優しいから、微笑んでしまう。 こうして二人は、幸せな聖夜を過ごした。 〜fin〜 |
クリスマス創作第2弾。 トロワその後の二人のクリスマス、です。 いや…この二人ってどんなクリスマスプレゼント 贈り合うんだろう、と思って書いてみました。 この世界での季節のこととか… 花が咲いてる咲いてないとかは 深く突っ込まないでください(笑) とりあえず、冬、あの花は咲いてない、 てことで…読んでください(笑) ただ単に「花」を育てるアリオスを 書きたかったのです…。 |