私はまず、本を1冊読んでみました。伴博/遠藤弘・編「現代倫理学の展望」(勁草書房、1986)です。様々な哲学者の倫理学を概観しており、半分以上は知っている名前ですが、ムーアなど初めて知った名前もありました。
倫理学の世界を概観してまず言えることは、倫理学には大きく二つの側面があるということです。
一つは、倫理規範の構築を目指すというもの。「善」とは何か。その究極の原理を追及し、そこから「人間はかく生きるべし」という指針を導く。あるいは「幸福」の尺度を設定して、それが増大するためにはどのような行動が合理的かを研究する、等々。
そしてもう一つは、分析的な側面です。ここでは倫理規範は目的ではなく、分析の対象になります。「善」とは何を意味するのか。倫理的命題(「〜すべきである」というような価値判断を含む命題)はいかにして成立可能か。等々。
私が考えようとしている倫理学は、どちらかというと後者に近いようです。私の倫理学の出発点は、早い話が議論のルール作りです。言ってみれば、倫理規範同士がむやみに衝突しているところを、解きほぐしたいというのが最初の動機なわけです。それは必ずしも仲直りさせるというのではなく、もっとまともに噛み合わせることになるのかもしれませんが。
ともかく、私の求める倫理学は、価値を主張するのではなく、価値中立的でなければならないと、まず考えました。ただ、この考えの中には、根本的な矛盾が潜んでいるかもしれません。価値中立的であろうとすること自体、価値の主張と言えるかもしれないからです。このことは、繰り返し何度も自問することになるでしょう。
さて、そんな思いを抱いていろいろな本を読むうちに、これは、と思う本に出会うことができました。加藤尚武『現代倫理学入門』(講談社学術文庫、1997)です。
この本の細かい内容は別に書きたいと思いますが、私が最も優れていると思ったのは、特定の価値を主張せず、ほとんど分析的な視点だけで話を進めているという点でした。逆に言えば、この本を読んでも、何が善なのかについては全く答えを得られません。
この本は、著者も書いているように、倫理学の初心者向けの練習問題集です。その問題も、決して答えの決まっているものではなく、倫理学の課題とされているものがわかりやすく見渡せるようになっているので、この部屋を覗いているあなたのような、倫理学に興味をもつ人にぜひお勧めします。
しかし、この本の中に書かれている問題だけを考えていくのは、私の求めることではありません。もちろん私自身の課題とすべき重要な問題も多いのですが、もう少し違う問題の立て方をしたいのです。それがうまくいくかどうかはわかりませんが、この部屋はその試みのために作ったものなのです。