俺は、少女を追って来た。 ピンクのワンピースを着て、栗色の髪を揺らし、ついでにウサギの耳とも見紛う 白いリボンも揺らした、天使の名を持つ少女を。 しかし・・・。 「どこに行きやがった、あのバカ・・・」 濃紺一色の通路の果て。 宙に半浮き状態で出現していた扉を潜り抜けて俺が辿り着いたのは、 この部屋だった。壁は濃紺色じゃなく、クリーム色。 部屋全体が明るいのは、天井から一列に下がっているランプのせい。 床は、ランプが映るほどツルツルに磨かれたタイル張り。 普通の部屋だ。多少、細長いけどな。 家具がカラステーブル1個ってのが、少々寂しい気もするが、あの濃紺一色の 通路に比べたら、マトモぶりは天と地ほども差があるぜ。 ・・・この、びっしりと並んだ扉さえ無かったら。 「・・・冗談じゃねぇぞ、おい」 一本道であった以上、アイツがこの部屋に入り込んだのは確かだ。 そして、この部屋の扉のどれかから出て行った事も。 だが、この扉の数は・・・。 「しかも、開かねぇ。ご丁寧にカギが掛かってやがる」 均等に並んだ、形も大きさも色も違う扉。 それを片っ端から試して行くが、どれも開かねぇ。 ふと、ガラステーブルの上に金色のカギが乗っている事に気づき、 俺はもう一度端から試してみたが、開かねぇものは開かねぇんだ。 全部で9つの扉。つまり、×2回で18回もガチャガチャと扉と格闘。 ついでに、押したり引いたりもしてみる。 いい加減に腹が立つのは、当然だろ? アイツはいねぇ、しかもどこに行ったかもわからねぇと来れば。 そんな怒りまくった俺の隣になんか立つから悪いんだぜ。 不運だったと思って諦めな。 怒りのままに勢い良く蹴り飛ばされたガラステーブルは、床を滑って吹っ飛んだ。 天井から吊られたカーテンに受け止められたものの、衝撃でポッキリと 折れたソレを目にしながら、俺は、不幸なガラステーブルの行く末ではなく、 なぜあんな所にカーテンがあるのかと眉を寄せていたが。 「・・・なんで、あそこだけカーテンが下がってるんだ?」 細長い部屋の中で、一箇所だけ天井から下がったカーテン。 怪しいっつーか・・・不自然過ぎて、逆に勘ぐりたくなるぜ。 当然、何か隠してあるのだろうと乱暴にカーテンを持ち上げれば、 思ったとおりに小さな扉が出現する。 ・・・その際、邪魔だった元・ガラステーブルは再び蹴られ、部屋の隅の壁で 粉砕した。視界の端で、ガラスが砕ける甲高い音と、ランプの灯りが 乱反射してる様が感じられるが、そんなこたどうでもいい。 このカギさえピッタリ合っちまえば、どうでもいいんだよ。 「隠すんだったら、もう少しマシに隠せよな・・・」 左手でカーテンを持ち上げ、右手で不自然に隠された扉を開けながら、 俺は独りごちる。 開けて見れば、扉の向こうには日の光が降り注ぐ大地。 あの約束の地の奥に位置する林の光景に、よく似ている。 ・・・しかし。 「で?」 扉の向こうには明るい外の世界が広がっている。 そよ風は優しく、手を伸ばして青草に触れてみれば、柔らかく温かい。 のだけれど・・・扉のサイズは全長40センチ。 子供でも、ギリギリ通るかどうか・・・。 トロさでは並ぶ者のないアイツなら、途中でつかえてベソをかくのがオチだ。 もちろん俺の場合、肩がつかえて頭しか入らない。 「出れるかっ!!」 腹いせ担当の哀れな元・ガラステーブルは、とっくに粉砕している。 よって、俺の怒りは目の前の出られない扉に集中。 半開き状態だった扉部分を盛大に壁に叩きつけられた無機物は、ノブと 上の蝶番を飛ばして斜めに傾いだ。 第2撃を加えて、完全に壁からサヨナラするまで蹴らなかったのは、 器物破損の現行犯になるのを恐れたわけじゃねぇ。 ただ単に、妙な音が聞こえて来たせいだ。 「・・・なんだ?」 モキュッ モキュッ モキュッ モキュッ・・・。 少なくとも、俺の耳にはそう聞こえた。 まるで発泡スチロールでも踏んでいるような音。 それが、半壊れ状態の扉の向こうから聞こえて来る。 燦々と降り注ぐ太陽光には恐ろしく不似合いなその音に、毒気を抜かれた俺は 音の出所を確認しようと扉の中に顔を突っ込み・・・。 見上げた瞬間に、ピシリと固まっちまった。 俺を見下ろした相手は、別の意味でその場に固まる。 どれくらいの間、そうやって見つめ合っていただろう・・・。 先に口を開いたのは、妙な音の発生源だった。 「・・・つかぬ事をお伺いしますが、 いったい何をされていらっしゃるのでしょうか・・・?」 そりゃ、40センチの扉から顔だけ出して見上げてるヤツを見たら、 聞きたくなるだろうけどよ・・・。 「・・・それは、こっちのセリフだ」 ゴム製のモコモコから顔だけ出してるヤツには、聞かれたくねぇ。 モキュッモキュッと音が鳴るのは当然だろう。 目の前のソイツは歩いていたらしい。その、一見するとゴム素材か 発泡スチロールで出来ていそうな無数の足で。 俺は、不自由な体勢ながらも、目の前にやって来た人物の全身を見上げ、 眉間にシワを刻んだまま、一応・・・聞いてみた。 「・・・俺には、おまえの姿がイモムシにしか見えねぇんだが?」 「え? ああ、はい。仰せの通りに、イモムシをさせていただいておりますが」 「・・・・・・」 目の前にいるのは、どう見ても巨大なイモムシ。 しかも、歩く音からしてゴム製だろう。 だが、くり貫かれた顔部分に見えるのは、れっきとした人間の顔。 それも、銀の髪を持った物静かな印象を受ける・・・・・・つまり、こんなバカげた 姿とは不釣合いとしか思えねぇ、俺より少しばかり年下の青年だった。 『人面イモムシ』 そんな言葉が浮かんで来て、俺は眉間のシワを濃くしたまま、 イモムシにまつわる全ての思考回路を止める。 このまま考えていたら、激しい頭痛が起こりそうだ。 「・・・・・・わかった。この際、イモムシでも何でもいい。 ちょっと聞きてぇ事があるんだが」 「何でしょう? レ・・・いえ、アリオス様。何なりとお申し付け下さい」 「・・・・・・」 何で俺の名を知っているのか。問い詰めてみたい気もするが、 そんな事よりも今はアイツの行方を追う方が大事だ。 「17歳くらいのガキを見なかったか? ピンク色の服を着て、慌てて走って行ったはずなんだが・・・」 世の中には『ダメで元々』って言葉がある。 この部屋のどの扉からアイツが出て行ったのか、たった今近付いて来た このイモムシが知っているとは到底思えねぇが・・・、 何しろ手がかりが1つもねぇんだ。 「さ、さぁ・・・私は存じませんが・・・」 案の定、イモムシの返答は俺が予測していた通りのものだった。 もちろん、単に優先順位に応じて質問を出した俺は、 特に気落ちも動揺もしねぇ・・・・・・はずだったんだが。 「申し訳ありませんが・・・見ていないですね。私は何も・・・。 ええ、栗色の髪をしたウサギなんて見た事もありませんので・・・」 「・・・・・・ほぉ〜? 栗色の髪ねぇ」 「え、ええ。栗色の髪の・・・・・・・・・はうっ!!?」 バカだ、コイツ。 栗色の髪だなんて一言も言ってないのに、自ら口走ったイモムシは、 俺から逃れようと慌てて回れ右をしてトンズラしようとした。 が、不幸には不幸が続くって決まってんだよ。 ・・・いや、自業自得か。 どっちにしても、俺から逃れようなんざ10年早ぇ。 回れ右したせいで、不運にも俺の目の前に来てしまったゴム製のシッポ。 ソレを難なく捕まえ、俺はヤツをアリジゴクよろしく狭い扉の中に引きずり込む。 「お、おやめください、アリオス様!! ああっ、何を!!?」 「ジタバタ暴れるんじゃねぇよ。俺から逃げようとした罰だぜ。 ・・・・・・っと、こんなもんか」 この場にカーテンが下がってたのは、ラッキーだったぜ。 ヤツにとっては、最大の不幸だろうけどな。 引きずり込んだシッポをカーテンで縛り上げる。 狭い扉から出たイモムシのシッポが、カーテンでくくられジタバタと 暴れている様は、まるで網で水揚げされたばかりの魚みてぇだ。 壁に肘をついて寄りかかり、笑いながら鑑賞していれば、 水揚げされた魚はビチビチと跳ねて情けない声を出した。 「おやめくださいっ! どうか、解いてください〜っ! アリオス様ぁぁ!!」 「俺の質問に答えたらな。・・・で? あいつは何処に行った?」 「そ、それは・・・」 「正直に言わねぇと・・・そうだな。シッポからこんがり焼いてやるってのはどうだ? おあつらえ向きに、ランプも下がってる事だし」 軽く伸ばせば、ランプに手が届く。 ・・・なんてな。本当に火をつける気はないぜ。・・・今のところは。 ククッと笑って、俺はカーテンごとシッポを引っ張り上げてやる。 それだけで、何をされるのかわからないイモムシは、焦った魚みてぇに ビチビチ跳ねた。 「や、やめてください〜っ!! 言います! 言いますからっ! あの方は緑の扉から出て行かれました!!」 「嘘じゃねぇだろうな?」 「わ、私は、あなたに嘘をついた事など1度だってありませんっ!!」 シッポで入り口がギュウギュウに詰まっているためイモムシの顔は 見えないが、取りあえず声に不快なモノは感じられない。 ただ、切羽詰った様子が伺えるだけ。 「・・・まぁ、いい。信じてやるぜ」 信じきったわけじゃない。だが、頭っから疑う理由もない。 俺はヤツが言った扉に近付き、上から下へと緑のソレを見下ろした。 とりあえず、目の前の扉のサイズは俺でも充分に潜れる。 もちろん、俺が潜れるって事はアイツもだ。 ただ、このカギの掛かった扉から、アイツがどうやって出て行ったかって 問題が残るんだが・・・。アイツが掛けたと考えるべきなんだろうな、この場合。 あれだけ慌てていて、よくカギ掛ける余裕があったもんだぜ。 忘れて突っ走ってく可能性の方が高いんだが。 「・・・で? ココからどうやって出ろって?」 「テ、テーブルの上に脱出用の菓子があるはずです! それを食べれば体が小さくなりますので、扉の下から出てくださいっ。 テーブルの下にある菓子を食べれば、逆に大きくなれますからっ!」 「・・・なるほど」 確かに、扉の下には数センチの隙間が開いている。 その小さくなる菓子と大きくなる菓子を使えば、扉の下を潜り抜けて行けるってわけだ。 常識の範疇外だがな。 けど、扉が宙に浮いてて、イモムシが闊歩してるような場所だ。 ついでに、垂直落下しても死なねぇし。体が伸び縮みしたって別に不思議じゃねぇか。 ・・・だが。 「テーブルね。・・・って言うと、アレだろうな」 「ありましたか? その上に丸いクッキーが乗っているはずなのですが」 「テーブルはあるけどな。・・・残骸だけどよ」 「は・・・?」 見つめる俺の視界に映るのは、白い扉の真横に積みあがったガラス粉の山。 念のため、イモムシが言った『テーブルの下の菓子』も探してみるが、 ソチラも一向に見つからない。 一緒に蹴り飛ばしてしまったと考えるのが妥当だろう。 ・・・けど、菓子だ? そんなモン乗ってたか? ・・・乗ってたところで、とっくに粉々だろうけどよ。 ランプの灯りを受けてキラキラと煌くソレを見つめて、俺はやれやれと肩を竦めた。 「チッ、使い物にならねぇ」 蹴るなら、原型留める程度にするべきだな。 「誰のせいですか〜〜〜〜〜!!」 事の次第を理解したイモムシは、ビチビチと跳ねて抗議している。 だが、カーテンで括られてるヤツに何が出来るわけもない。 俺にツッコミを入れる事も、俺をココから出す事もな。 ・・・となれば、自力でどうにかするしかねぇだろ。 ココにいるのは俺1人で、ココから出てアイツを追いかけ捕まえたいのも 俺なんだから。 となれば・・・やっぱり、これしかねぇ。 ニヤリと笑って、俺は次の瞬間、容赦無い蹴りを目的の扉に食らわせた。 狙い通り、緑の扉は元・ガラステーブルと同じ末路を辿る。 つまり、粉々(かろうじて原型あり)。 「ふん。他愛もねぇ」 最初っから、こうすれば良かったぜ。ムダな時間を費やしちまったもんだ。 ガラステーブル、小さな扉、緑の扉と、一部屋で3箇所を破壊した俺は (カーテンがちぎれ落ちた場合は4箇所)、意気揚揚と風通しの良くなった 扉をくぐって森の中に出た。 日光が射し込む明るい木々の下に、一本の小路が続いている。 「ったく、ちょこまかと走りやがって。しかも・・・」 屈み込み拾い上げたのは、ハートのペンダントトップがついたリボン。 ご丁寧にも痕跡を残してくれた慌て者を思い浮かべて、俺は ペンダントトップに視線を落としたまま苦笑した。 「あいつらしいぜ。・・・とにかく、さっさと見つけ出して連れ帰らねぇと」 少女の首元を飾っていた、小さなハート。 1度手のひらで包み込んでから、俺は大切に上着のポケットにしまい込んだ。 ・・・アイツの代わりに。 そして、小路の先を見据えて駆け出す。 ただし・・・。 「もしもし、アリオス様? あの・・・そろそろ私を自由にして頂きたいのですが・・・。 アリオス様? 聞いていらっしゃいますか? アリオス様? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・アリオス様〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 ・・・コイツの事を、綺麗さっぱり忘れちまってたけどな。 もしもコレが夢だったら、実にリアルな・・・・・・訂正、馬鹿馬鹿しくて、 とっとと覚めちまいたい夢と言えるだろう。 もしもコレが現実だったら、はっきり言ってアルカディアに存在する 人種ってものを、俺は疑っちまう。 ・・・ココには、マトモな人間はいねぇのか? 目前の木の上に突然現れたソイツを見上げて、俺は眉間にシワを 刻んだまま、回れ右しようかどうしようか本気で悩んだ。 対して、木の上にのんべんだらりと寝転んで眼下の湖を眺めていた 相手は、俺の姿を見つけるなり楽しそうな笑みを浮かべる。 「あっれ〜? レヴィ・・・じゃなかった、アリオス様じゃない。 こんな所でどうしたのさ。迷子にでもなってんの〜?」 迷子と言えば、迷子なのかもしれねぇな。 自分の現在地を、正確に把握できてねぇんだから。 けど、前方斜め上の人物にソレを言われるのは、なんとなくムカツクもんがある。 「迷子じゃなくて、人探しだ」 「人? 人はココには来てないけど〜? こ〜んな妙な所に、人なんかいるわけ無いよね〜。アハハ!」 白と紫の縞々ボディフィットタイプの服を着て、頭に紫の猫耳を生やして お気楽に言い放った相手は、自分をチェシャ猫だと名乗った。 名乗らなくても、耳に荷札みてぇにくっ付いたネームプレートに、 『麗しきチェシャ猫 永遠の24歳 貴燐所属』って書いてあったが。 ・・・ソレは迷子札か? 全部が名前っつったら絞め殺すぞ。 しかし、イモムシの次は猫かよ。確かに、マトモな『人』はいねぇみてーだな。 ヒラリと飛び降りて来た派手な囚人服のチェシャ猫を見下ろし、俺は自分の考えが 間違ってない事を実感した。 同時に思い出す。 ・・・そう言や、アイツの頭にも・・・。 ピョコピョコと揺れていた、白いモコモコのウサ耳。 それに、さっきのイモムシも、『栗色の髪をしたウサギ』と言っていたような・・・。 「・・・もしかしたら、ウサギかもしれねぇ」 認めるのはイヤだが、そう言い直してみると、チェシャ猫はポンと手を打つ。 「な〜んだ。ウサギさんを探してたんだ。それだったら、あそこにいるかもね〜」 言って、湖の対岸を指差す。 「ウサギっつっても、ただのウサギじゃねぇぞ?」 「やだな〜、アリオス様ってば。そのくらい、わかってるってば☆ とびっきり可愛くて、食いしん坊なウサギさんだよね〜?」 ニヤニヤと良くない顔で笑われて、俺の顔は自然と仏頂面になる。 ・・・反論はしなかったが。 それに、目を凝らしてヤツの言う対岸を見てみれば、確かにゴマ粒のような影が 見えるし、動いているように見える事からも、誰かがいるのは間違い無い。 「・・・サンキュ」 変なヤツだが、一応、礼を言う。 だが、ニヤニヤと笑っていたチェシャ猫は、歩き出そうとした俺の腕を はしっと掴むと、薄笑いを浮かべてしな垂れかかってきた。 「せ〜っかく久しぶりに会えたってのに、つれないな〜。 それよりさぁ、今日の僕のファッションって、どう?」 どう? って言われても・・・。 ファッションも何も、白と紫のボーダーは、やっぱりただの派手な 囚人服にしか見えねぇ。 とりあえず、イモムシのゴム製着ぐるみよりはマシだが。 「ファッションが気になるなら、湖でも覗き込んで自賛してろ。 それより、とっとと放せ。気安く縋り付いてんじゃね・・・ぇ・・・・・・・・・あ?」 ピタ〜っと右腕に縋り付いて離れない。 その女っぽい見た目とは裏腹な逞しい腕の感触に、俺は妙な悪寒を感じて 振り解こうとする動きを止めた。 そのまま、マジマジとヤツの言う『衣服』に目を落とす。 白と紫のボーダー。首から足先まですっぽりのボディフィットタイプで、 男ながらも繊細な体のラインがキレイに出ている。 それは間違い無い。 だが・・・。 「・・・・・・おい。おまえ、もしかしてソレ・・・」 マジマジと囚人服と思っていた上半身を見下ろし、よぉ〜〜〜〜く観察してみれば、 なんとそれはボディペインティング。 道理で、腕の感触がリアルだったわけだ。 抱きつかれているせいで、今は胸板の感触もリアルだ。 「や〜っぱ、この美麗な体のラインを隠すだなんて、宇宙の美の損失だよね〜」 スルリと腕を放し、全身をひけらかしながらモデルのようにクルリンと ターンを決めるチェシャ猫。 おかげで、見事な『全身』のボディペインティングを堪能する 羽目になり、俺の目は点になった。 「ほらほら。やっぱ、美しいモノは世間に晒さないとね〜。 アリオス様ってば、照れてないでもっと僕を見てよ。 ・・・なんなら、アリオス様も一緒にどう? キレイに塗ってあげるよ〜? キ・レ・イに翡翠と金色にね! ささっ、それじゃ脱いで脱いで☆」 ぷちっ。 真っ当じゃない世界だからってなぁ・・・、露出狂まで闊歩していいわけねぇんだよ! 俺の前に現れんじゃねぇ! 殺すぞ、コラ!! 次の瞬間、木々より高く上がったのは盛大な水柱。 それを背景に、俺はドカドカと大股で歩いて行った。 とんでもねぇモン見ちまったぜ。 こうなったら、さっさとアイツを見つけ出して、目を消毒するしかねぇだろ。 「・・・ウサギはどこだ?」 目の前の巨大なテーブルに、山と積まれた空の料理皿。 平らげた人間の姿さえ見えないほどの食事の痕跡に、俺は半ば呆れながらも 『絶対にアイツはいる!』と内心でコブシを握り締め、手近に座っていた 人物に話し掛けた。 話し掛けた相手。シルクハットを被り、椅子を揺らしてのんびりと くつろいでいた少年は、俺を見たとたんに驚きのあまり椅子ごと引っくり返ったが。 「レ、レヴィ・・・っと、アリオス様!? ど、どうしたんです! なんか俺に用ですか!?」 「用なら、今言ったんだけどな・・・」 何なんだ? 今の、幽霊にでも出会ったような反応は? それより、名乗りもしてないのにコイツまで俺の名前を知ってるってのは、 どう言う事なのか。 ・・・今重要なのは、ソコじゃねぇか。アイツを見つける方が先だ。 「・・・ウサギを探してんだよ。・・・・・・可愛いウサギな」 ココには人はいない、と露出狂に教えられた通りに、俺は渋々ながらも アイツをウサギ呼ばわりした。 付け加えた言葉は、ちっとも渋々じゃないが。 そんな俺の問いに、シルクハットに白マジックで『ボウシ屋』と書かれた少年は、 「ああ!」と皿の山の向こう側を指差す。 山と積まれた料理皿のせいで人物そのものは見えねぇが、どうやら、 この膨大な皿はソコを中心に積まれているらしい。 ・・・さすがは食欲魔人だぜ。 半ば感心しつつ、半ばホッとしつつ。俺は、すでに重症なほどアイツに メロメロな自分には気付かずに、急いでテーブルを回り込むと、やっと 巡り会えた華奢な体を捕まえようとした。 「見つけたぜ、アンジェリ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・」 のだけれど・・・。 「がははははっ! やっぱり、茶菓子はキマイラの丸焼きに限るぜ! いい所に通りかかってくれたもんだなぁ。おう、カーフェイ! 食わねーんなら俺が食っちまうぜ!」 「・・・好きにしろ」 「んじゃ、好きにさせてもらうぜ〜!!」 俺の視界に映ったのは、言葉通りにキマイラの丸焼きに豪快に かぶり付くのが1名。少し離れた所で、我関せずと茶を啜っているのが1名。 ウサギは・・・・・・確かにいた。 白くてモコモコの耳に『3月ウサギ』と青糸で刺繍された、今まさにキマイラを 丸呑みにしようとしている、巨漢のウサギが。 「・・・・・・」 俺は、無言で踵を返した。 ツカツカと、急いで回った道を逆戻りして、呑気に茶を入れている ボウシ屋の元まで戻ると、無言のままヒョイとシルクハットを取り上げる。 そのまま、容赦無い力でこめかみをグリグリ。 「うわあっ!! いてっ、いててっ!! 何すんですか、アリオス様っ!!!」 「あれのどこが、条件に当て嵌まるんだ? おい」 「で、でもウサギって!!」 「俺は可愛いウサギって言ったんだ!! あれじゃ、ウサギだか白クマだか、わからねーだろうがっ!! どこに、キマイラをケツから平らげる可愛いウサギがいるんだっ!!」 てめーの目は節穴か! 容赦無く、アイアンクローまでお見舞いする。 その騒ぎに気付いて、件の白クマがのっそりと姿を見せた。 「な〜に騒いでんだ、ウォルター? ・・・っと、こりゃあ親分じゃねーですか!! そんな所に突っ立ってねーで、ささっ座ってくだせえ!」 椅子を勧められ、その豪腕で強引にボウシ屋の隣に座らされる。 ふと反対隣を見てみれば、いつの間に移動して来ていたのか、 さっき茶を啜っていたネズミ耳を持った寡黙な雰囲気の人物が、これまた 呑気に茶を啜っていた。 コイツも、耳に『眠りネズミ』のクリーニングタグが付いている。 ・・・何なんだ、ココは。アイツはいったい、ドコに消えたんだよ! あの露出猫、騙しやがったんじゃねーだろうな!! 「おう、カーフェイ! ソレ取ってくれや」 内心の葛藤など気付きもせず、白クマは強引に俺の手に ティーカップを持たせる。 こんな事してる場合じゃねぇんだよな・・・。 俺は、一刻も早くアイツを見つけたい。 ・・・・・・ああ、こんな妙な世界だってわかった以上、とっとと連れて帰りてぇんだよ。 だが、強引に酒を勧めてくる白クマは、万力みたいな力で両肩を 掴んだまま放す気配もねぇ。 仕方なく、俺は注がれたソレを一気に呷った。 次の瞬間、ブ〜〜〜〜っと吹き出す。 「てめぇら、何混ぜやがった!!!」 「ダ、ダメっすか? 俺、結構いけるかな〜って思ってたんだけど」 「・・・口に合わなかったようだ」 「親分の好きな、ウォッカとワインですぜ? 隠し味にジンとライムも入ってやすが」 俺の好きなって・・・混ぜりゃいいってもんじゃ、ねぇだろ!! だいたい、そりゃ茶じゃなくて酒じゃねぇか! しかも、ティーと豪語しただけあって、しっかり温めてある。 極悪なチャンポンをホットで飲まされた俺は、どうすりゃいいんだよ!! こめかみに青筋が浮くのは当たり前。 白クマの豪腕を払いのけて、椅子を蹴倒す勢いで俺は立ち上がる。 怒りのままに、ちゃぶ台・・・もとい巨大テーブルを引っくり返してやろうかと 思ったが、それを実行に移す前に視界に飛び込んできたのは 見慣れたピンク色の影だった。 「遅れちゃう〜! きゃあっ、もうこんな時間っ!!」 アンジェリーク!!? なぜか小脇に巨大なキノコを抱え、懐中時計ではなくファンシーな チューリップ型の目覚し時計を見ながら、テケテケと走って行く後ろ姿。 その、抱き締めてくださいと言わんばかりの小さな背中。 慌てていようが焦っていようが可憐なその声。 どれを取っても、探していた少女に間違い無い。 俺の、最愛のアイツに。 「アンジェリーク!!」 やっと見つけた。 遥か遠くを走って行く少女に、俺は蹴倒した椅子をさらに 蹴り飛ばしてどけ、慌てて後を追おうとした。 が、その腕を白クマ・・・じゃなくって、3月ウサギの豪腕が掴む。 「これなら、親分も気に入ってもらえますぜ! ウォッカベースに、泡盛とリキュール。隠し味はジンジャーですぜ!」 「飲めるか、んなもんっ! それより、放せっ!!」 「じゃ、じゃあオレンジピールも入れてみて・・・あれ? 何持ってんだよ、カーフェイ?」 「・・・お化けピーマンを捕まえた」 「おおっ! そいつはいいや! 親分、今すぐにこいつでピーマン酒を作るからな!」 「いらねぇっつってんだろ!! 俺は放せって言ってんだ、アイツが行っちまう!」 「ブラックワームもある」 「じゃあ、それも混ぜようぜ! ゲルハルト、こっちに確か日本酒もあったはずだよな。 年代モノのワインと合わせてみよう」 「お・ま・え・ら〜〜〜〜っ!!」 ブチッ。 「放せって言ってんだろ、ああっ!? そんなに死にてぇなら、引導渡してやる! 己の不運を呪いやがれっ!!!」 ・・・人間ってのは、怒りまくると不思議な力が出るもんだが・・・。 コレもそうか? ブチ切れた俺の怒鳴り声を最後に、和やか(どこが?)な ティーパーティは、キノコ雲と共に消滅した。 |