「判決。被告人、時計ウサギは有罪。よって、即刻ギロチンの刑に処す」 「えええ〜〜〜〜〜っ!!?」 コォン、と気持ち良く響いた木の音に続けて、可憐な少女の 素っ頓狂な声が上がる。 それを、冷淡な顔で見上げる金髪の裁判長と、無表情で罪状を クルクルと巻き取る判事。 「何が、『えええ〜!?』なのです。当然の判決でしょう?」 「クククッ。ギロチン刑にご不満ならば、その後に食卓に 乗せて差し上げますよ。ウサギの丸焼きはさぞ美味な事でしょうね」 不機嫌そうな顔で、罪状を書き取った紙面を弄ぶ判事。 物騒極まりない事を楽しそうに告げ、悪魔のような笑みを浮かべる裁判長。 どちらの顔にも、『有罪決定』と書いてある。 俺が大広間の扉を派手に吹っ飛ばしたのは、その瞬間だった。 「待ちやがれっ!!」 「・・・おや、これはこれは。いかがなさいましたか、そのように息を切らせて」 3メートルはある裁判長席から見下ろして、ククッと笑う金髪の男。 コイツがどうやら、トランプの言っていた『ハートの女王』らしい。 席に飾られたプレートに、偉そうな金文字で、 『氷鋭なるハートの女王 制裁担当』って書いてあるしな。 ついでに、隣の青みがかった灰色の髪の男の前には、 『スペードのキング 半身募集中』って書いてある。 ・・・何なんだ、ココのヤツラは。 どいつもこいつも、必ずどこかしらに名前が書いてある。 まるで、教えようとしてるみたいだぜ。 って、今はそんな考え浮かべてる場合じゃねぇよ! 見上げれば、真正面に座したハートの女王が見下ろして来る。 そのオールバックの金髪青年の笑い方に、俺は何か引っかかるモノを感じて 視線の剣をさらに強めた。 妙に胸の中が騒ぐんだが・・・。この際、そんな些細な事は放って置くぜ。 根性ひねくれてそうな悪人面のコイツの、どこが『ハートの女王』なんだ? ってツッコミも遥か彼方だ。 「俺の女を裁判にかけてるそうだな」 「俺の女? ククッ。失礼ですが、あなた様の最愛の女性はココには いらっしゃいませんよ。 まぁ・・・そうですね、姿のよく似たダミーならばいますが」 言って、ハートの女王の指先は天井を指す。 三角屋根になっているとおぼしき、高い天井。 その天井から宙吊りにされた鳥かごの隙間から見下ろして来る茶色い頭を 見つけたとたん、俺の眉間のシワは一層濃くなった。 「おや、怒っていらっしゃるのですか? あれは、ただの時計ウサギですよ。 あなたの最愛の女性によく似てはいますが、所詮は器としての価値しか無い」 「器? 何、寝ぼけたこと言ってやがんだ、てめぇ」 「おやおや。そんな事も覚えていらっしゃらない、これは重症だ。 それとも・・・、元からあの娘を器にする気など失せていたのでしょうか?」 まるで、からかっているような笑みで、ハートの女王は裁判長席に ふんぞり返ったまま見下ろして来る。 見ているだけで神経を逆撫でされているようなその笑みに、俺は 険しい瞳のまま一歩を踏み出し。だが・・・・・・内心では、ヤツの言葉に対して 反論できない自分自身に、戸惑ってもいた。 「わけのわからねぇ事ばかり、言いやがって・・・」 そう。確かに、わけがわからない。ヤツの言葉の何もかもが。 だが、『知らねぇ』と『関係ねぇ』と、そう言って切り捨ててしまっては いけないような・・・、そんな感覚が纏わり付いて離れねぇんだ。 「・・・とにかく、あいつが何したってんだ! たかが『遅刻』くらいで有罪になるような裁判なんかあるかっ!」 ひたと見据える瞳に、『さっさとあいつを降ろさねぇと絞め殺すぞ』との 脅しを含んで、さらに一歩を踏み出す。 もし帯刀していたなら、間違い無く抜刀してヤツに突きつけていただろう。 拒むなら、そのまま刺し貫いてやるつもりで。 そんな俺の脅しに、肩を竦めたハートの女王は小さく感嘆の息を漏らした。 その表情のまま、傍らで成り行きを静観していたスペードのキングに 眼差しを送る。 「どうやら、この判決に異議のある者がいたようだが・・・どうしたものか。 アリオス様は、『たかが遅刻』で有罪は重いと仰られる」 「重い・・・ですか。そうですね、傍聴人たちはどう思われます?」 しばし思案した後、スペードのキングは視線を俺の頭上へと流す。 ソコにあるのは、もぬけの空の被告人席を見下ろすようにU字型に ズラリと並んだ傍聴人席。一見すると、まるでバルコニーのような。 「あいつらは・・・」 列席していたのは、ボウシ屋、眠りネズミ、白クマ、露出狂・・・・・・ もとい、3月ウサギにチェシャ猫。 全員が、宙ぶらりんの鳥かごを見上げ、裁判長席に目をやり、 それから俺を見下ろしてくる。 「どうって言われてもよぉ。・・・なぁ」 「なぁって、いきなり俺に振らないでくれよ」 「僕は有罪でもいいと思うけどね〜。その方が楽しいし」 「・・・どちらでも構わん」 「だそうです。ハートの女王」 随分とやる気の無い意見を聞き、ハートの女王は「ふむふむ」と頷く。 「なるほど。満場一致で、時計ウサギは有罪」 「どこが満場一致だっ!!」 何が何でも、有罪にしたいと見た。 「仕方が無いでしょう。それだけの事を、しでかしているのですから」 「だ〜か〜ら〜っ! 『遅刻』のどこが有罪に相応しいってんだっ!!」 「・・・ふむ、ユージィン。アリオス様にも読んで差し上げるといい」 パチッと指を鳴らす。 その合図に、手元の巻紙を広げるスペードのキング。 「罪状を読み上げます。被告人・時計ウサギは、ハートの女王の 招集礼状に1週間も遅刻し」 「・・・・・・は?」 固まる、俺。 「ですから、1週間も遅刻し」 ・・・・・・遅れちゃう〜! じゃなくて、とっくの昔に遅れまくってんじゃねーかっ!! 固まったまま、俺は内心で怒号を上げる。 そんな葛藤など気にもせず、淡々とした口調でスペードのキングは先を続ける。 「その際、時計ウサギの命とも言える懐中時計を、ファンシーな目覚まし時計と 取り違えて持参。ワンダーランド各所に設置してあった、迷子の旅人用の 伸縮自在の菓子を全てつまみ食いし」 ・・・食ってやがったのか。 道理で、テーブルの上には何も乗っていなかったわけだぜ。 一緒に蹴り飛ばして粉砕しちまったんだろう、と思っていたが、蹴る前から 食べられてしまって無かったらしい。 アイツの食欲は、それだけでは済まなかったようだが。 「3月ウサギたちのティーパーティに乱入し、いくら勧められたからとは言え 全てを平らげたのは、客としてあるまじき行為。 その結果、主催者たちはティーパーティの体裁を取り繕うために、 野生モンスターを食べる羽目に陥った」 「・・・いや、別に体裁取り繕ったつもりはねぇんだけどよ」 「目の前にいたから食べた。・・・それが摂理だ」 「割と美味かったよな」 小さな呟きが傍聴人席から聞こえたが、スペードのキングの耳には 入らなかったらしい。 「その上、キノコの森の巨大化キノコまでも平らげ、食べ残しは 土産として強奪。その後、ハートの女王に謁見すると言う最重要使命を 忘れて 匂いに誘われるまま城の食料倉庫に侵入。備蓄食料を完食」 ・・・さすがは、食欲大魔人だぜ。 ズラズラと出て来た余罪に、俺は開いた口が塞がらなかった。 思わず、美形台無しで目が点になる。 「そ・・・それくらいで有罪かよ・・・」 自分でも、かなり苦しいとは思うんだが・・・。 「おかげで、明日から我が国は食料難です」 「・・・・・・」 キッパリ言い切られ、俺は弁護するどころか、2の句すら継げられなかった。 そんな俺の姿に、ハートの女王は『それ見た事かと』満足そうに笑う。 「わかったようですね。このウサギに情状酌量の余地など無いのですよ。 元々、あなたをたぶらかした時点で、極刑にすべきだったのです」 「取りあえず、今日のディナーは時計ウサギの丸焼きに決定いたしました」 「ぜひ、アリオス様にも食していただきたい」 クククッと冷淡に笑う。 その笑いと、2人の言葉の内容に、点目で言葉を失っていたのも 何のその、俺の怒りは頂点まで駆け上る。 「んな事、させるかっ!!」 「おやおや。これだけ言っても、まだおわかりにならない。 それどころか、私たちに刃向かおうと言うのですか。 ならば・・・そうですね、あなたも同罪と言うことになりますが?」 薄く笑うハートの女王。 ヤツがパチッと指を鳴らしたとたん、裁判長席の下の扉からワラワラと 出て来たのは、さっきの少年同様トランプの箱の着ぐるみを着て 武装したトランプ兵たち。ただし、その顔はリザードマンだったり ゴブリンだったりケルベロスだったりと、全てモンスター。 「あなたは、まだこの世界に紛れ込んで間もない。 こちらのやり方など知らないのでしょう。 温情として、この娘を捨てて我らの元に戻るのならば、 全て水に流して差し上げますよ? そう・・・全て。我らを捨てた過去も、その裏切りも」 「な・・に・・・?」 「それが出来ないと言うのならば・・・あなたもこの娘と同罪。 例え、1度は我が主君と仰いだ方であろうとも容赦はしない」 いつの間にか、ハートの女王の手には禍々しい長剣が握られ、俺の周囲を 取り囲むモンスターたちも、一斉に抜き放った剣を突きつけてくる。 上からは、じっと視線を注いでくるスペードのキング&傍聴人たち。 それらを見上げ、見回し、最後にハートの女王に視線をやって・・・。 俺は眉間にシワを刻んだまま、しかし、それとは裏腹な声で小さく呟いていた。 「捨てた過去・・・裏切り・・・」 記憶になど無い。その言葉に覚えも無い。 そもそも、俺はコイツらと関わった覚えは欠片もねぇんだ。 なのに・・・ナゼだろうな。ヤツの言葉を跳ね除ける事ができねぇ。 『過去の記憶が無いから否定できない』、そんなんじゃねぇ。 見上げる男は、卑劣な男だと思う。 信用できない男だって事も、何となくわかる。平気で心を弄ぶような相手だと。 けれど、たぶん・・・嘘じゃねぇ。 今のヤツの言葉に、『裏切り』と言った言葉の中に、偽りは無い。 そう、確信できる。 記憶ではなく心の奥で。魂があるのならば、そこに刻まれた何かが、 それは事実だと重く受け止めている。 だから、俺は・・・じっと見下ろして来るヤツに視線を返したまま、 いきり立っていた体の力を抜いた。 「同罪・・・。罪・・・か」 静かな眼差しで。穏やかささえ感じさせて。 そして、クッと小さく笑う。 「上等じゃねぇか。どんな罪だろうと、背負ってやるぜ」 ヤツが目を見開くが、もう止められねぇ。 「誰を敵に回そうが、俺はこいつを選ぶ。 もう2度と、こいつを手放さない。手放したりしない。 そう・・・決めたんだ。・・・・・・例えそれが、何を捨てて誰を裏切る道でもな」 口をついて出る言葉に、駆け引きなど無い。 これが、今の真実。 記憶を持たない不安定な俺。 頼りなく脆い、信じられるモノなど一片も無い、今の俺。 けれど、不安定なその中にも、ちゃんと存在してるモノがある。 アイツを求める心。アイツを手放したくない想い。 今度こそ幸せにしてやりたい、その祈り。 それだけは折らせない。曲げる事もできない。 今の俺の、たった1つの真実。 全霊をかけた、確固たる願い。 「その邪魔をしようってんなら・・・、おまえらが仲間であったとしても容赦はしねぇ!!」 ダン! と踏み込んだ音に、号令も待たずに一斉にトランプ兵たちが突進して来る。 殺気を感じりゃ、当たり前か。 「己の不運を呪え!」 手のひらに走った雷光。 この力が何かなんて、どうでもいい事だ。利用できるものは利用してやるぜ。 前方を囲むトランプ兵たちめがけ叩きつけた雷に、裁判長席に亀裂が走ると 共に視界を奪うほどの煙が立ち昇る。 下がどうなったのか、思わず身を乗り出して来た傍聴人たちの姿を 目の端にしながら、俺は吹き飛ばしたゴールドサーベルとゴリラウォーリアを 容赦無く踏み台にして裁判長席に飛び上がった。 その手には、スケルトンから奪い取った長剣。 「さっすが、親分だぜ!」 「ゲルハルトってば、そんな悠長なこと言ってていいのかな〜。 キーファーってば、偉そうなこと言ってたくせに、あっさりピンチになってるよ」 あっと言う間に手にした禍々しい剣を跳ね飛ばされ、喉元に切先を 突きつけられたハートの女王は、無言で俺の瞳を見つめてくる。 その射るような瞳を真っ向から受け止め、俺は空いた手で天井の鳥かごを指差した。 「あいつを降ろせ」 「・・・どうあっても、あの娘を選ぶわけですか」 低く、うめくような呟き。 見つめて来る瞳には、忌々しげな、気を抜いたならば喉元に食らいついてきかねない 獰猛な眼光が浮かぶ。 狂気すら孕んで注がれる茶水晶の瞳に、俺は突きつけた切先を 進めるでもなく引くでもなく、ただ・・・視線を受け止めて跳ね返していた。 この瞳には、見覚えがある。この、狂気に呑まれてしまいそうな眼光には・・・。 そんな俺の眼差しを、ヤツはどう受け止めたのだろう。 ・・・やがて、逸らされたのは、狂気を失った瞳だった。 突きつけられた剣など気にもせず、倒れこむような乱暴な動作で 女王の椅子へと腰掛け、ヤツはフッと小さく息を吐いた。 「・・・いいでしょう。・・・・・・やっと、そう決められたのならば」 「あ・・・?」 パチリと、疲れ果てたように指が鳴る。 とたんに騒がしくなるのは傍聴人席。 「おぅ? お姫さんを降ろすのか? ・・・どうやるんだった、ウォルター?」 「どうって・・・俺に聞かないでくれよ!」 「君たちって、ホントに記憶力が無いんだね〜。 さっき上げたレバーを下ろせばいいんじゃないの? あれで鳥かごをぶら下げてる鎖が上がってったわけだし」 「あっ、そ、そうか。・・・あれ? どこだ?」 「・・・そこだ」 「悪い悪い。え〜っと、どっちだったっけ?」 「左じゃなかったかぁ?」 「ブ〜。僕の記憶だと右だね」 「そうか、右だったか。そう言われりゃ、そんな気もするぜ」 白クマは左。露出狂は右。 記憶力において2人を天秤にかけた場合どちらがより信頼できるか、 って点と、白クマがあっさり自分の意見を撤回した事で、ボウシ屋は 右のレバーを力いっぱい引いた。 とたんに、弾け飛ぶ鎖。落ちる鳥かご。 「あ・・・」 「あっれ〜? 左だったみたいだね〜。アハハっ」 露出狂が嘘吐きであった事を、ボウシ屋も白クマも失念していた。 ついでに、俺もだ。 「アハハ、じゃねぇ! 誰が落とせっつった!!」 目を剥いた俺の前で、アイツ入りの鳥かごはヒュルヒュルと落ちて、 下でへたばっていたトランプ兵たちの上でバウンド。 ポーンと飛んで、壊れた後ろの扉付近で惰眠を貪っていた巨大な トランプ兵の背中に乗っかってしまった。 衝撃で、小山のようなトランプ兵が眠りから覚める。 「・・・おい」 「なんでしょうか? アリオス様」 「・・・アレは、ドラゴンロードじゃねぇのか?」 ふるふると指差す先、鳥かごを背に乗せてズシンズシンと歩き出した赤龍。 俺の記憶に浮かび上がってきた『最強』の名を欲しいままにするモンスター。 その着ぐるみ姿に、ハートの女王は感慨深げに腕組みをする。 「・・・そんな名前でしたね、確か。 あまりの強さに手がつけられず、放置していた記憶がありますが」 「それが、何でココにいるんだよっ!」 「気が付いたらいました。着ぐるみに関しては、気に入ったのか 自発的に着たようですが・・・。モンスターの趣味はわかりませんね。クククッ」 「笑ってる場合かっ!!」 最強最悪。ラスボスよりも強く、出会ってしまったら全滅覚悟で 戦わなきゃならねぇのが、ドラゴンロードの特徴だ。 ・・・が、そうと詠われる相手だろうと、その背の鳥かごの中にいるのはアイツ。 探し続けた、俺の女だ。 気まぐれに振り向かれ、そのままブレスでも吐かれたら、ディナーの時間を 待つまでもなくウサギの丸焼きが出来上がっちまう! 「冗談じゃねぇ!!」 鳥かごの衝撃で完全に夢から覚めてしまったのだろう、ノッシノッシと 豪快に歩いて行くドラゴンロード。 その背で、「ここはどこだろう?」とキョロキョロしている呑気な時計ウサギ。 案の定。その気配に気付いたのか、それともただの気まぐれか、 ドラゴンロードの頭がグリッと後ろを向いた。 そのまま、爬虫類の瞳と円らな瞳が見詰め合う。 「・・・え〜っと、初めまして」 どうやら、宇宙を救うお人好しご一行様=アイツは、某ラスボス城では このモンスターとは出会わなかったらしい。 呑気過ぎるアイツは、行儀よくペコンと頭を下げる。 応えるように、カッと大口を開けるドラゴンロード。 『こちらこそ初めまして。ではいただきます』と言ったところか。 「させるかっ!!!」 俺は飛んだ。 裁判長の席からドラゴンロードの頭部まで。 よくもまぁ、これだけの距離を飛べたもんだ、穴に落ちずに 済んだんじゃねぇのか? って距離を一気に飛び越え、パックリ食いつこうと 開けた大口を、手にした剣で串刺しにする。 だが、さすがは最強のモンスターだぜ。 口を縫い止められたくらいでは怯まないらしい。 ギロリと標的を俺に替え、見据えるその口角からは怒りの炎が漏れている。 ハッ、脅しかよ。てめぇごときに怯むようじゃ、正真正銘のラスボスなんざ やってられねぇ。愛した女と戦おうなんて、バカな覚悟はできねぇんだよ!! 「こいつを食おうなんざ、100万光年早ぇ!!」 食っていいのは、俺だけだ! ぐぐっと押し返して来る剣を渾身の力で埋め込み、殺る気満々の俺は、 全身に漲ってきた力を剣を中心に解放した。 「くたばりやがれっ! ブレイクエッジ!!」 次の瞬間、屋根を崩して天から落ちて来たのは、俺の言動への 辛辣なツッコミではなく、特大の雷。 避雷針=長剣があった場所は、大爆発を起こした。 地響きのような音を立てて、赤い小山は地に崩れ落ちる。 「無事か、アンジェリーク!」 間近であれだけの大爆発、しかも上からは崩れた天井。 だが、アイツが無事でいる自信は充分にあった。 俺の背に守られたアイツの前方から頭上にかけては、ちゃんと半円形の バリアを張ってある。爆発の余波どころか、爆風だって飛んでねぇはずだ。 ・・・地響きくらいは感じただろうが。 動かなくなった小山を確認し、満足した俺は、やっと巡り会えた 愛しい少女を抱き締めるべく振り返った。 もちろん、怯えさせちゃ元も子もねぇから、ドラゴンロードを瞬殺した時の 鬼神の表情は引っ込めて。 ・・・が。 「もう大丈夫・・・・・・って、いねぇ!!」 コツゼンと消え失せた、アンジェリークin鳥かご。 慌てて見回せば、見覚えのあるソレを担いで、スタコラサッサと 逃げて行く白クマたち。 「・・・・・・」 しかも、鳥かごをバスケットボール代わりに、華麗なパスワークとくる。 「お・ま・え・ら〜〜〜〜〜〜っ!!!」 「うわっ! 見つかったぞ、ゲルハルト!」 「うぉ!? マジかよ! ほら、パス!」 「パスって、渡してどーすんのさ〜! 僕が殺されるちゃうよっ! カーフェイ、パス!」 「・・・ウォルター」 「わぁっ! こっちに投げるなよ!!」 口々に喚きながら、鳥かごをバスケットボール代わりにして、裁判長席の 真下の扉から逃げ出して行く4人組。 もちろん、鳥かごの中味は目がグルグルに回っている。 「〜〜〜〜〜っ!! てめぇらっ、生きて帰れると思うなよ!!」 もう、許さねぇ! 焦げた長剣を引っこ抜き、俺は怒涛の勢いでヤツラの後を追いかける。 途中、不運にも進路に立ち塞がってしまったトランプ兵たちは、 弾き飛ばして踏み倒して。 裁判長席の縁から頭だけ出して見下ろしている女王やキングは、完全に無視だ。 もちろん、最初に俺が蹴破った大扉から恐る恐る入って来た人物たちに ついては、存在にすら気付かなかった。 「・・・良いのですか? キーファー。あの4人、殺されてしまうかもしれませんよ?」 「クククッ、それはそれで面白いでしょうね。それとも、助けに行くとでも?」 冷淡に笑ったハートの女王に、憂い顔のスペードのキングは、裁判長席に よじ登って来た3人のうち1人に手を貸しながらも、しっかと首を横に振る。 たった今、登場したばかりの3人に至っては、顔を見合わせるばかりだ。 「けれど・・・そうですね。見物には行きましょうか。 あの方の戦い振りは、見ているだけで血が騒ぎますからねぇ」 俺は見世物じゃねぇんだが、楽しそうにぬかしたハートの女王は悪党の顔で笑う。 そんな悪の女王に、少年トランプ兵は無表情のまま眼下の焦げた物体を指差した。 「・・・それはいいんだけど。あれ・・・あのまま放っといていいの?」 |