シンデレラのプレゼント

「…というわけで無事ドレスは買えたの。
 さすが高級店よね。あんなに親切にしてくれるなんて」
放課後の教室。昨日の報告をアンジェリークはにこにこと親友にしていた。
対してその親友、レイチェルは頭を抱える。
「さすが高級店よねって…もーこのコは〜!」
「え、え? レイチェル?」
「いくら高級店でも普通サービスでそこまでしてくれるわけないでしょ!
 常連VIPならまだしも初めて行ったアナタ相手に」
「だって…本当にいろいろと親切にしてくれたわよ?」
何から何まで面倒見てくれたし、最後にはタクシーも呼んでくれた。
もちろん代金は店持ちで。
きょとんとした表情でアンジェリークは親友を見つめる。
「おまけにアフターサービスもあるし」
「アフターサービス?」

訝しげに聞き返すレイチェルにアンジェリークはそれは嬉しそうな笑顔で頷いた。
「また見立ててくれるって言ってくれたの。
 いつもそこの店舗にいるわけじゃないみたいだけど連絡すれば来てくれるって…」
「あーもー! 昨日何が何でも私が付いていくんだった〜!」
激しく後悔するレイチェルにアンジェリークは先程からわけが分からず訊ねる。
「レイチェル?」
「アンジェったら鈍いよ! それって絶対シタゴコロ有りでしょ!
 なんかヘンなことされなかったでしょうね!」
「ええ〜」
素直で人を疑うことを知らない少女は真っ赤になって首を振る。
「そ、そんなことないよっ。あんな…大人で、素敵な人が私なんかを…。
 それにっ、また見立ててほしいって言ったの私なんだしっ」
「アンジェ…?」
ちょっと意外な親友の反応にレイチェルはますます心配になる。
「もしかして…」
あまり…いや、とっても考えたくない答えが浮かび上がりレイチェルは眉を顰めて問い詰める。
「好きになっちゃったとか?」
「…っ」
ずばり突かれたアンジェリークは口をぱくぱくさせるだけで何も言えない。

「ダメダメダメっ、絶〜っ対ダメ!」
「レイチェル?」
その勢いにアンジェリークは完全に気圧される。
「イイ男が親切な接客して女性固定客getするのはよくあることじゃない」
「よく…あるの?」
世間ずれしていないアンジェリークは今はじめて知ったとばかりに首を傾げる。
「で、その客はホストに貢ぐように商品買っちゃうんだから」
すでにアンジェリークはまたそこのブランドの服を買うつもりでいる。
しっかりと当てはまってしまっている。
「で、でも…」
「鈍い…いえ、奥手なアナタが恋をしたならお祝いしてあげたいトコだけどっ!
 騙されて泣くのは見たくないの!」
「レイチェル…ありがとう」
ちょっと言葉の冒頭に引っかかるものはあったものの彼女が
本当に心配してくれているのがわかってじんとする。

「分かってくれた?」
「うん。レイチェルが私のこと、心配してくれてるの、よく分かった」
それなら良かった、と微笑みかけたレイチェルは次のアンジェリークのセリフに
思わず机に突っ伏してしまった。
「でも…ね。あの人…アリオスはそういうんじゃないと思うの。
 どっちかっていうとそういう接客向かなそうだし」
センスの良さはさすがだが、言いたいことを言うあの性格ではそういう
ご機嫌取りのサービスはできないだろう。
短時間で彼の本質の一端を正しく掴んでいたアンジェリークはにこりと笑った。
逆にレイチェルは大きな溜め息をつく。
「現にそういう接客されてオチたアナタはなぁに?」
「あ…え〜と…」
自分の言った彼の考えられる性格とは矛盾する昨日の接客にアンジェリークは
今更気付き言葉を詰まらせる。
「あ、ほらっ。あまりに私が何も知らなかったんで見かねて助けてくれたのよ」
彼に気に入られて特別待遇を受けていたなどとはちらりとも思いつくはずもなく
苦し紛れの推測を立てる。
「ふ〜ん…」
「それに…なんか、時々からかわれてる感じもしたし…。
 きっと子供のお守りする感覚だったんじゃないかな…」
しどろもどろに正当化させようとして…でも親友の冷静な瞳に
だんだん言葉が弱くなってきてしまう。

親切だったのは店員とお客の関係だったから。
そんな理由はあの時からずっと自分に言い聞かせていたのだ。
錯覚してはいけない、と自分に言い聞かせていた。
それでも会いたいと想ってしまうこの気持ち。
「とっても楽しかったの。また会いたい」
今にも泣きそうな顔でぽつりと呟く。
まるでいじめているような感覚にレイチェルは諦めの溜め息をついた。
こんなに強情なアンジェリークは初めてだ。
「も〜、そんなカオしないでよ。
 私はただ、アナタに幸せになってほしいだけなんだから」
「レイチェル…」
「そんなに好きなら頑張ってみれば?
 もし騙されてたとしても逆にアナタが彼を虜にしちゃえばいいんだしねっ」
「と、虜って…」
「ただしっ!
 このレイチェルチェックを彼がクリアしてからでないと応援しないからね!」
「レイチェル〜」
親友の優しい思いが伝わってきてアンジェリークはレイチェルに抱きつく。
「アンジェ…」
素直すぎるほど素直で同性から見ても可愛い少女。
それだけに側で見ていて心配の種が尽きない。
本人は気付いていなかったが過去どれだけのアプローチを受けたことか…。
(ちゃんとアンジェを任せられる人じゃなきゃ許さないんだから)
一足先に年上の恋人を見つけてしまった自分は
まるで母親か姉のような気持ちになってしまう。
そして自称母親兼姉のレイチェルはこの直後にさらに心配になった。
「良かった〜。レイチェルがそう言ってくれて…。
 もう今度の日曜日に会う約束しちゃったv」
「………」
…展開が早すぎる。
服を見立てるだとかで惑わされがちだが、アンジェリーク本人も
まったく気付いていないが、いわばデートと同じである。
しかも昨日会ったばかりなのだから、その日のうちに
次の約束を取り付けたとしか考えられない。
「明後日じゃない…」
この鈍くておっとり少女を相手によくそこまで持ち込んだ、と悔しくも
褒めてやりたくなったレイチェルだった。




「アリオスっ。待たせちゃった?」
約束の時間よりも5分前に着いたはずだが、彼は店の前にすでにいた。
駆けてくる少女を見つけてアリオスは軽く手をあげる。
(子犬みてーだな)
「いや、それより今日はどんなものを探してるんだ?」
「えっとね…。ドレスほどじゃないけど、人前に出る時の服が欲しいなぁって…」
できれば普段着も欲しい。
そう呟いたアンジェリークにアリオスはふっと笑うと歩き出した。
「了解」
しかし店の中には入らない。
「え、え? アリオス?」
「ここはドレスがメインだからな。違う店舗に連れてってやるよ。
 そっちの方がお前が探している服も見つかりやすい」
停めていた車の助手席のドアを開け、アンジェリークを呼ぶ。
「来いよ。お嬢さま?」
「……うん」
見つめる瞳にやたらどきどきしてしまう。ぎくしゃくしながら車に乗り込んだ。
そしてふと親友の忠告を思い出す。
(いいもん…一緒にいられて嬉しいのは本当だもんね……)


「なぁるほど。確かに美形だよねー。スタイルもいいし。
 エスコートも慣れてるね。なんとなく遊び慣れてそうな気もするけど…。
 大体相手の番号聞かずに自分の番号渡して連絡取らせるあたり確信犯よねぇ。」
初対面の男に突然携帯番号を聞かれたなら警戒もするだろうが、これならば
自分の都合の良い時にかければいいだけ、と安心するだろう。
アンジェリークに会う気がなければかけなければいい。
それ以降の進展はありえない。
隣のカフェから見守っていたレイチェルはぶつぶつと呟く。
突然直接会わせろなどと言うわけにもいかず、遠くから見守るだけにしたのだ。
「ダメだって思ったら文句言いに飛び出すけど、OKって思ったら
 何も言わずに大人しく帰るヨ」
そうアンジェリークにも告げておいた。
心配なのは事実だが干渉しすぎるのはよくないと心得ていた。
それにアンジェリークのあんな明るい表情を見たら何も言えない。
応援するしかないではないか。
(まぁ…遊び人っぽい見かけのわりにアンジェのことちゃんと見てたもんね)
先程まではどこか近づきがたい空気があったのにアンジェリークが現れてから
それが一気に和らいだ。少女を見る瞳は優しかった。
「どぉお? エル?」
同じ大人の男として彼をどう見るか?
向かいの席で少女の親友の恋人チェックに付きあわされていた彼は小さく溜め息をつく。
「どうもこうも…見ただけで分かるわけがないでしょう…」
乗り気でなかったエルンストは言われて初めて車に乗り込もうとしている目標人物に目を向ける。
そして驚いたように目を見張った。
「そりゃそうだけどさー。見て分かることもあるでしょ?」
レイチェルはティーカップに視線を落としていたのでそれには気付かず口を尖らせる。
「…確かにそうですね…。レイチェル…」
「ん?」
ティーカップに口を付けていたレイチェルは呼ばれてそのまま視線を上げる。
「おそらく…貴女が心配しているようなことはないでしょう」
やけにはっきりと保証してくれる彼にレイチェルは首を傾げる。
「ただ…その代わり別の心配が出来ましたが…」
「はぁ?」
学校始まって以来の天才少女と呼ばれる彼女でもその言葉の意味は分からなかった。


「この前のところよりは緊張しなくてすむお店ね」
アンジェリークはアリオスに連れられて入った店内でほっと息をつく。
苦笑するアリオスを見上げてアンジェリークは頬を膨らませた。
「も〜。本当に勇気が必要だったのよ。あそこに1人で入るのは」
「くっ、必要にかられて…うちに来たんだろ?」
「まぁね。もともとこのブランド好きだったっていうのもあるけどね」
「ほぉ、それは嬉しいお言葉で」
「ここってなんでも揃うじゃない?
 ドレスは初めてだったけど、けっこう前から買ってたの」
このブランドはカジュアルからフォーマルまで。
老若男女問わず、利用できる品揃えだった。
「まぁ、的絞っての商品展開も悪かないけど…客層狭まるからな」
その横顔がとても真摯でアンジェリークはつい見惚れてしまった。
「なんだよ?」
「え、あ、その…。こう見えてもやっぱり社会人なんだなぁ…って」
同年代の男友達にはないもの。
「こう見えてもってなんだよ」
「ほ、誉めてるのよっ?
 だってアリオスったらこんな話し方だし、ちょっと店員さんっぽくないしっ」
意地悪げに微笑む彼にアンジェリークは慌てて付け足した。
…生憎ちっともフォローになっていなかったが。


今日のターゲットは品のあるワンピース。
あれこれ悩みながらもアリオスの的確なアドバイスで靴や鞄なども決めていく。
余る時間で普段着も見立ててもらった。
「大漁〜」
嬉しそうに戦利品を眺めるアンジェリークにアリオスは笑った。
「本当に女は買い物が好きだよな」
「アリオスは買い物好きじゃないの?」
「別にお前ほど楽しいとかは思わねぇな」
「ふ〜ん…」
(じゃあ、付き合わせて悪かったのかな…)
落ち込みかけたアンジェリークにアリオスは言った。
「それにしてもけっこう時間経ったな。
 疲れたか? どこかで一休みするか」
「あ、じゃあっ。お礼にお茶ご馳走させてっ」
お返しをするチャンスだとばかりにアンジェリークが提案した。


少し遅めのティータイムを楽しんで…。
話が弾んで結局ディナーまでそこで済ませてしまった。
「さすがアリオスお勧めのお店ね。
 お茶もごはんも美味しかったv」
そして財布からカードを出そうとしてアリオスに制される。
「アリオス?」
「お前は払わなくて良い」
「だって、私がお礼したくてここに来たのよ?」
アリオスが払ったら意味ないじゃない?
不思議そうに問うアンジェリークの頭をぽんと叩いてアリオスは苦笑する。
(まぁ…奢られるのが当たり前って思ってる女よりは100倍マシか)
「俺に恥かかす気か?」
見るからに学生の少女と大人の男。
世間一般的にどちらが払うかと言われればアリオスの方だろう。
「……男の人って大変ね…」
クラスメイトとごはんを食べに行く時は割りカンが当然なのに。
アンジェリークが心底から呟くのが可愛くてアリオスはさらに笑った。


「送ってくれてありがとう」
自宅の前で車を停めたアリオスにお礼を言う。
「今日も楽しかった。ちゃんと服も買えたし」
「ああ」
「でも、結局お礼できなかった…」
次に服が必要になるのはいつだろうか。
そう毎週毎週彼に会う口実を作るわけにもいかない。
いつ会えるのか分からないのだから、今日のうちにお礼はしておきたかったのだが…。
「別にそんなモンが欲しくて付き合ったわけじゃねぇし、気にすんなよ」
「でも…わざわざ来てもらって…1日付き合ってもらって…」
自分ばっかりが楽しんでたなんて申し訳ない。
しゅんとするアンジェリークにアリオスはふっと口の端を上げた。
「お前といると面白ぇから俺としては問題ねぇんだがな。
 そこまで言うなら礼をさせてやるよ」
「ホント?」
随分と偉そうな、何様だと言いたくなるようなセリフだというのに
アンジェリークはぱっと顔を輝かせる。
「何すれば良い?」
「目、閉じろよ」
「え?」
身を寄せられ、頬に触れられ、そう言われればさすがのアンジェリークも意味が分かる。

「え、え、でも、だって…」
分かるからこそうろたえる。
おろおろするアンジェリークを見てアリオスは苦笑した。予想通りの反応。
「じゃあ、止めとくか」
もともとちょっとからかうだけのつもりだった。
しかし、あっさりと手を離したアリオスの手をアンジェリークが慌てて捕まえた。
「あ、や、やだ。やめないで…」
潤んだ瞳で必死に見つめられ、そんなことを言われたら…。
多分、決定的に捕まったのはこの瞬間だったろう、とアリオスは後に思った。
驚いたように自分を見つめるアリオスを見て、アンジェリークははっと我に返った。
慌てて彼の手を離して、真っ赤になった顔を覆う。
(私ったら…なに言って…なにして…)
思ってもみなかった大胆な自分の行動に心臓が壊れそうになる。
「アンジェリーク…」
「あ、あのっ、ごめんなさいっ。なんでもな…」
言いかけた言葉は彼の唇に遮られた。
触れた唇は一瞬で離れて彼の吐息を感じた。

「アリオス…」
「これ以上は帰してやれなくなりそうだからな」
ふっと笑う彼の瞳が優しくて、だからこそ聞いておきたかった。
「あの…これはお客様へのサービス…のひとつ、じゃない…よね?」
ずっと自分で自分に投げかけていた言葉。
レイチェルの言葉が頭から離れない。
「誰にでもするわけねぇだろ」
むっとしたような表情でアリオスが答える。
もしかしたら、と思えるような外見だから不安になるのだ、と
アンジェリークは言えなかったが。
こう思うのは何も彼女だけではないだろう。
「じゃあ、今度は服の見立てじゃなくても会える?」
アンジェリークの質問にアリオスは大きく溜め息をついた。
「どうしてそこで遠まわしにするんだろうな」
「だって…」
「好きだぜ」
「っ…」
ストレートすぎる告白にアンジェリークは息をするのも忘れて見惚れる。
金と翡翠の真剣な瞳から目が離せない。
「大体俺は接客なんざ普段しねぇんだぜ?
 気に入らなきゃここまで付き合うわけねぇだろ」
「そんなこと…私が知るわけ…」
会ったのは1回きりなのだ。
彼がどんな風に仕事をしているかなど分かるわけがない。
「俺のことはともかく…普通わざわざ約束してまで接客するわけねぇだろ。
 気付けよ」
額を弾かれて、その場所を押さえながらアンジェリークはアリオスを呆然と見つめる。
「なんだよ。そんなに痛かったか?」
アンジェリークはふるふると首を振る。

「あ、ちょっとは痛かったけど…。
 だから、夢じゃないんだなぁって…」
嬉しすぎて自分に都合の良い夢かも、とすら思ってしまった。
そんな少女のセリフにアリオスは喉で笑う。
「ホント、面白ぇやつだよな」
「だって…好きになってもらえる自信なんてなかったもん…」
お客として、または手のかかる子供としてしか見られないと思った。
「これで冗談とか言ったら泣くからね」
アリオスは上目遣いに睨む少女を抱き寄せる。
「んなわけねぇだろ」
アンジェリークも彼の背に腕を回して抱きつく。
「ところでアンジェリーク」
「なぁに?」
「俺はまだ聞いてないぜ」
「なにを?」
「お前の気持ち」
「っ…」

もうこの状況で言わなくても分かるはずなのに、改めて言わせようとする彼に
アンジェリークは目で訴える。
「言わなきゃ…ダメ?」
「ああ」
涼しい顔で頷く彼をアンジェリークは恨めしげに睨む。
「いじわる…分かってるくせに…」
「言われて嬉しかったろ?」
「………」
確かにそれはそうである。
はっきり言ってもらって嬉しかったし安心した。
深呼吸して、震えそうになる声でなんとか囁く。
生まれて初めての告白。
「好き…アリオス…」
「ヨクイエマシタ」
「あ〜っ、もう、絶対楽しんでるでしょ?」
真っ赤な顔で頬を膨らませる。彼の余裕がとても悔しい。
たった一言でこんなに緊張する自分が悔しい。

「次は負けないんだから」
いまだに頬を膨らませてアンジェリークは呟いた。
「くっ、楽しみにしてるぜ。
 来週の土曜日は空いてるか?」
「え、うん」
「迎えに来てやるよ。用意しとけ」
「会えるのっ?」
まるで散歩に行ける子犬がしっぽを振っているみたいだと思い、アリオスは苦笑する。
「ああ」
「デート…?」
頬を染めて確かめるように首を傾げる仕種が可愛らしい。
「ああ。今度は恋人同士のデートだ」
そう言って約束の印に口接ける。
「アリオス…」
「じゃあな」


不意打ちのキスに呆然としていたアンジェリークは彼が触れた唇を指先でなぞる。
「アリオス…楽しみにしてるね」


                                    〜 to be continued 〜








まだアリオスさんの誕生日にもなってやしない…。

前半レイチェルが頑張ってくれたのと
後半デートが長引いたせいですねぇ。
この辺はさらりと書き流すつもりだったのに…。
いきなりいちゃついてしまいました。
やっぱりアリオス、手が早いんだね…。


Top Back Next