シンデレラのプレゼント

「で? どうだった?」
レイチェルはアンジェリークに昨日のことを聞いてみた。
本当はわざわざ聞くまでもなかったのだが。
幸せそのものといった笑顔が物語っている。
「うん。楽しかったv」
「良かったね」
その笑顔を見ているとこちらまで温かい気持ちになる。
「洋服買って、お茶と夕飯一緒に食べて、送ってもらっちゃった」
「…へぇ。まるっきりデートじゃない」
その単語にアンジェリークは湯気が出そうなほど真っ赤になる。
「アンジェ…?」
ぴんときたレイチェルは詰め寄る。
「他に何かあったでしょう。このワタシの目はごまかされないよ〜」
にやりと笑って白状しなさいと先を促す。
「他にって…あの…」
「なに?」
「…今週の土曜日、デート…するの…」
「それは良かったじゃない……って、え?
 デートっ!?」
「レイチェル、声大きいよ〜」
「デートってことは…つまり?」
予想もしなかった早すぎる展開にレイチェルは思わず確認してしまう。
アンジェリークは真っ赤になってこくんと頷く。
それはそれで抱きしめたくなるほど可愛いのだが、今はそれどころではない。
「あの男っ、手が早すぎる!
 私のアンジェを〜!」
親友の恋が実ったのだ。
祝福してあげたいが、それよりも親友をあっさりと奪った男にライバル心が燃え上がる。
いろんな男達がこの少女を口説き落とそうと苦労していたのだ。
速攻で片を付けたのは見事だが、なんとも面白くない。
少しは苦労しろと思ってしまう。

「そんな、聞こえの悪い…レイチェルってば…」
「だって、アナタいっつも誰の誘いも気付かず、結局みんな諦めてたじゃないっ」
「え?」
なんのこと?と気付かなかったアンジェリークは首を傾げる。
「これだけ鈍いアナタをいったいどうやって落としたってのよ〜」
もともとアリオスのことを好きだったのだ。
落ちたも落としたもないが…。
それでもこの少女が自分の方からそういう展開に持っていけるとは到底思えない。
つまり彼の方からそう仕掛けたわけで…。
なんとなく狼に赤頭巾ちゃんを差し出してしまった気がするレイチェルだった。
「どうやってって…」
アンジェリークは昨夜のことを思い出し、頬を染める。
その様子にレイチェルはますます確信する。
「アンジェ〜。無事だった?
 何もされなかったでしょうね?」
「無事だよ〜。その……しちゃったけど…(///)」
「え?」

凍りつくレイチェルにアンジェリークは真っ赤な顔を俯かせる。
「展開早すぎだよ〜。デート初日にいきなり〜?」
「え…う、うん。でも昨日のは正確に言うとデートじゃ…」
「なおさら悪いヨ!
 私とエルなんかそこまで行くのにどれだけかかったか〜」
「レイチェル…?」
「今日学校来ちゃって身体の方は大丈夫?」
「うん…?」
なんかおかしいな、と思ってアンジェリークはレイチェルに尋ねた。
「あのぉ…レイチェル…?
 …キ、キスって…そんなに大変なの?」
そう言えば、昨日彼は途中でやめたっぽいことを言っていた。
『これ以上は帰してやれなくなりそうだからな』と。
「へ?」
真面目にそんなことを問う少女にレイチェルは目を点にする。
そして先程までの会話をその優秀な頭で辿っていく。
「……あ」
思い至ったレイチェルはぽんと手を叩いた。
「アンジェ…昨日したのってキス、だけ?」
頬を染めてアンジェリークは頷く。
「な〜んだ。あんな言い方するからてっきり最後までいっちゃったのかと思ったよ」
明るく笑い飛ばすレイチェルにアンジェリークは沸騰しそうなほど赤くなる。
「な、そ、そんな、ことっ…」
「あはは、ごめんごめん」
動揺しまくるアンジェリークとは対照的にレイチェルはあっけらかんと言う。
「だってあの人慣れてそうじゃん?
 色気あるっていうかなんて言うか…。
 で、アンジェも彼のコト好きなんだし、そうなってもおかしくはないかなぁって」
「レ、レイチェル〜」
「じゃあ、今度のデートでかな…。気をつけなよ?」
「レイチェルってば〜」



「どうした?」
「きゃっ?」
ふいに覗き込まれてアンジェリークはびくりと反応する。
突然の至近距離は心臓に悪い。
「…熱でもあるのか?」
「あ、大丈夫。ごめんなさい…ちょっとぼぉっとしちゃって…」
「くっ、ぼけっとしてんのはいつもだろ?」
「ひどいっ、そんなことないもん…」
そう呟きながらロイヤルミルクティーに口を付ける。
「映画館で寝る寸前だったのはどこのどいつだよ?」
「違っ…だって…予告長すぎるんだもんっ…。
 あそこの椅子、すごく座り心地良かったし。それに…っ」
アンジェリークは言いかけて口を噤んだ。
「それに、なんだよ?」
可愛らしい言い訳を聞きながら楽しげにアリオスが続きを促す。
「アリオス、笑うもん…」
「いいから言ってみろよ」
アンジェリークは躊躇った後にぽつりと呟いた。
「昨日…なかなか眠れなかったんだもん…」
「くっ…遠足前の子供だな」
「ほら〜やっぱり笑った」
「そんなに楽しみだったのかよ?」
「楽しみだったよ。アリオスは…違うの?」
まっすぐな言葉と瞳にアリオスは敵わないなと苦笑する。
「まぁな…。どっちかって言えば楽しみにしてたな」
「もぉ、素直じゃないんだから」

ショッピングは先週十分したので今日は映画を観て、その帰りである。
別れるには早いし、夕飯の時間にも早い。
立ち寄ったカフェで何をするでもなくのんびりとしていた。
こうして何気ない会話をして…一緒にいられるだけで楽しい。
からかわれてばっかりな気もするけれど…彼の笑顔が見られるのは嬉しい。
なのに…。アンジェリークは内心で溜め息をついた。

前回の時のように今日もレイチェルの言葉が気になってしまう。
「っ…」
一瞬だけ人込みから庇うように肩を抱かれ、アンジェリークは身体が強張ってしまう。
「どうした?」
「…なんでもない。ありがと」
アンジェリークはそんな自分に内心苦笑しながら首を振った。
(私のバカ〜。レイチェルのいじわる〜。
 …意識しちゃうじゃない…)


前回とは違う店で夕食を楽しんだ後はドライブを楽しむ。
そんな時、ふいに助手席に座るアンジェリークのすぐ近くで携帯のバイブ音が聞こえた。
「?」
「悪ぃ」
どこから聞こえるんだろう…と首を傾げていると、アリオスが車を止め
アンジェリークの方に身を乗り出し、ダッシュボード側のポケットを開けた。
「ア、アリオス…?」
今まで彼がそこを開けたのは一度も見ていない。
ということはデート中電話はずっとここに仕舞い込まれてたのだ。
「携帯電話はちゃんと携帯しなきゃ…」
意味がないでしょう…と半ば呆れながら呟く。
「デート中にかけてくる方が悪い」
きっぱりと言われてつい嬉しくなってしまう。
なによりも優先してくれている? と…。
そんな会話をしている間も電話はまだ切れない。
「アリオスっ、とにかく出ないと…大事な用かもしれないよ?」
「ちっ…仕方ねぇ。すぐに戻る」
相手を確認し、眉を顰めて電話を睨むとアリオスは通話ボタンを押し、外に出た。

「悪かったな」
宣言した通り、アリオスは本当にすぐに戻ってきた。
「あ、お帰りなさい。そんなに待ってないよ」
元あった場所に携帯を置くべく身を乗り出す彼にアンジェリークはぎこちなく微笑む。
「…なぁ」
「え?」
「なんでそんなに今日は固くなってんだよ」
「え、え? そんなことないよっ」
否定するもののアンジェリークが動揺しているのは明らかである。
「ちゃんと、楽しんでるよ?」
あくまでも白を切るつもりの少女にアリオスは面白そうな笑みを浮かべる。
「そうかよ?」
運転席に戻らず、すっと少女の身体に覆い被さるように距離を詰める。
アンジェリークはきゅっと瞳を閉じて、身体を竦ませた。
「ちょっと近付くと今みてぇになるじゃねぇか」
さっき携帯を取った時もそうだったな、と。
証拠を掴み、勝ち誇ったようにアリオスが口の端を上げる。
「し、しょうがないじゃないっ、至近距離は緊張するよっ」
「先週までバカがつくほど無防備だったくせに、なんだって今更緊張してんだよ」
今までは抱き寄せてもなにも警戒せずアリオスに身体を預けていた。
「バカって…」
あんまりな言葉にアンジェリークは反論しかねる。

「何もする気がない時にまでそんなに警戒されるとなぁ…」
アリオスが溜め息混じりに艶やかな銀色の前髪をかきあげるのを間近で
見つめながらアンジェリークは申し訳なくなる。
(傷つけちゃった…?)
「いじめてやりたくなるだろ」
「っ!?」
彼のセリフに一瞬前までアンジェリークの中にあった申し訳なさがどこかへ飛んでいく。
「な、なにそれ!?」
「前までの意識しなさすぎはそれはそれで問題だけどな…。
 これはこれで誘ってるようにしか見えねぇんだよ」
「っ…どうしてそうなるのよ〜」
逃げるスペースはないので真っ赤な顔を背けるのが精一杯。
「わ、私はただ…」
アンジェリークは言いかけて口篭る。
どんな風に説明したらいいのか、言葉に困る。
できれば言わずにすませたいのだが…。
「ただ?」
アリオスはアンジェリークの頬に触れ、自分の方へと向けながら
少女の今日からの警戒の原因を聞き出そうと続きを促した。
「レイチェルに…あ、レイチェルって親友なんだけどね。
 その子にアリオスは絶対手早いから気を付けなさいって言われて…。
 いくらなんでもアリオス、そんなコトしないと思うんだけど…
 でも、この前のキスも突然だったし…」
今日はいつされるのかと大きな不安と小さな期待がごちゃまぜになっていた。
「ヤじゃないんだけど…どうしたらいいのか分からなくなっちゃって…」
「………」

この少女なら分からないでもないが、アリオスは半ば呆れながら聞いていた。
しかし素直に信じて混乱している少女がどうしようもなく愛おしいと思える。
「まったく…レイチェルとか言ったか?
 余計なこと言ってくれたな…」
おかげでこの少女は余計な気を回していた。
「アリオス…?」
「まぁ…的確な助言、とも言えるがな」
確かに自覚はある。本音を言えば前回の時点で帰したくなかった。
苦笑混じりの言葉にアンジェリークは首を傾げる。
「お前が前もってびくびくする必要はねぇんだよ。
 お前が嫌がるなら待ってやるし…頂く時は頂くからな」
「アリオス……」
「それにそこまで構えるもんでもないぜ?」
疑わしげにじっと見つめる海色の瞳にアリオスはふっと笑った。
「すぐに慣れる。現にこの距離にも慣れただろ?」
彼の言葉にアンジェリークは今の状況をはっと思い出す。
今にも息が触れそうなほどの至近距離なのだ。
「な、慣れてないよ〜っ」
逃げ場はないと分かっているのにシートにぺたりと張り付き、できるだけ彼との
距離を稼ごうとし、赤く染まった顔を俯かせる。
彼が喉を鳴らす笑い声をすぐ側に感じる。
どうやら離れてくれる気はないらしい。
(いじわるなんだから〜…)
いじめてやりたくなる、と宣言されて本当にそうされていることに気付く。
(あ、え〜と…じゃあ…)
あまりにもびくびくしていたから嗜虐心を煽ってしまったわけで…
そうしなければ大丈夫なのだろう、とアンジェリークは内心手を打った。
が…。
名案だ、と思ったものの具体的にどうすればいいのか分からない。
ずっと心臓は壊れそうなくらいどきどきしてるし、彼の気配が近すぎて目を
開けることも出来ない。

「くっ、次は負けねぇとか言ってなかったか?」
「言った…けど…」
相手に余裕がありすぎる。見るからに経験豊富そうな大人の彼に反して
絶対自分の方が不利な気がするアンジェリークだった。
「降参か?」
余裕有り余るその態度と素直に降参するのが悔しくて…。
アンジェリークはせめてもの抵抗を試みる。
そっと潤んだ瞳を開け、頬を染めたままでなんとか呟く。
「じゃあ……アリオスが、慣れさせてよ」
「………」

「?」
まじまじと見つめられアンジェリークはきょとんとする。
「お前な…。どうしてそう毎回無自覚に殺し文句を言えるんだよ?
 俺以外の男の前でそんなこと言うなよ?」
一瞬の空白の後、アリオスが苦笑交じりに問いかけた。
「な…なに、殺し文句って…」
「意味わかって言ってんのかよ?」
「分かってるよっ。
 だって、アリオスの側にいるとホントにどきどきしてどうしていいか分からないんだもんっ。
 でも、慣れるってアリオスが言うから…だから慣れさせてって…」
「…天然には敵わねぇな…」
自分なりに少女には『取り扱い注意』の札を貼って、怯えさせないように
理性を保とうとしていたのに…。
あっさりとそれを壊してくれる。
…うっかりしていると足元をすくわれる。

「怖がるようなもんじゃねぇって教えてやるよ」
「アリオス…?」
栗色の髪を梳き、そのまま後頭部を支えるように引き寄せる。
「だから目閉じろって…。どうしてそこでわかんねぇんだよ、ばか」
「ひどぉい」
口は悪いのに声も手も優しいから…つい微笑んでしまった。
甘さも何もない暴言なのに、笑って素直に瞳を閉じられる。
「ん…」
重ねた唇が離れては触れる。
ふわふわした感覚に酔っていたアンジェリークはふいに感じた濡れたものに
びくりと身体を強張らせた。
「っ〜〜」
自分の唇を濡らし、驚いた隙間に口腔内に進入したのが彼の舌だと分かって
パニック状態になる。
「…ぁ…はぁ…っ…」
逃げようと顔を背けようとしても許してくれなくて…。
「アリ…オス、くるし…」
涙交じりでそう呟くとやっと解放してくれた。
「くっ、息しろよ」
「する暇ないよぉ…」
肩で息をついて彼の胸に倒れこむ。
「覚えるまで帰さねぇぞ」
「アリオスったら…」
からかいの混ざった声に顔を上げれば再度長いキスがはじまる。

「はぁ……っん…」
ようやく慣れてきたアンジェリークは応えるまでにはいかないが、
緊張はなくなってきたようだった。
無駄な力が抜けて、アリオスの首に腕を回す。
「…アリオス…」
このくらいにしておくかと離れようとしたアリオスに潤んだ瞳で囁く。
「やぁ…離れちゃ…」
甘い声とその表情にアリオスは内心焦る。…抑えがきかなくなる。
「お気に召しましたか? お姫様?」
軽口で誤魔化そうとしてももう遅かった。
「ん…もっと、して…」
こくりと頷きねだる姿は無邪気な少女のままだが、今は妖艶さも持ち合わせていて…。
仕掛けたつもりが捕まってしまった。
これ以上はまずいと分かっているが、もはや止められなかった。

請われるまま深く口接けて、そのままシートを倒す。
その意味に気付いているのかいないのか…おそらく後者だろうが
アンジェリークはアリオスのキスに酔わされていて抵抗はしなかった。
少女が異変に気が付いたのは彼の手を素肌に感じた時だった。
ボタンの外されたブラウスと露になった下着にアンジェリークが我に返った。
「ア、アリオスっ!?」
戸惑いの声を上げるとアリオスがアンジェリークの頬に口接けながら
ぞくりとするほど魅力的な声で囁いた。
「…ったく、予想外だぜ。途中で止めてやろうとしたのに…。
 誘ったお前の責任だぜ?」
欲しいと思う気持ちはあったが、いきなりここで奪うつもりはなかった。
抑えられると思っていた。
人並以上にあるはずの自制心を崩されるとは思わなかった。
たとえ少女本人に自覚はなくてもあんな表情で求められたらたまらない。

「え、ちょ…待っ……ここ、どこだと…きゃっ」
「悪いが火をつけたのはお前だ」
慌てふためくアンジェリークを押さえつけ、アリオスは意地の悪い笑みを浮かべる。
「心配すんな。俺に任せとけ。
 キスだってよかったろ?」
「そ…だけど〜〜〜」
首筋を下りていくキスにアンジェリークは身体を竦ませる。
「アリオス〜…」
「なんだよ。まだ怖いか?」
困りきった声に顔を上げれば、その声に相応しい表情をしていた。
「キスは好きになったけど…。
 …はじめてなんだもん。ちょっとは怖いよ…」
恥じらいながら涙に潤んだ瞳で見つめる姿がまたアリオスを煽る。
(だからどうしていちいち欲情させんだよ、お前は…)
少女に言ってもどうしようもないことなのは分かりきっているのでさすがに言わないが、
態度、仕種のひとつひとつがアリオスを魅了してやまない。
「あの…せめて…普通にベッドがいいな…っていうのは…ダメ?」
真っ赤な顔でおずおずと提案する少女にアリオスは意表を突かれた。
キスさえ知らなかった少女がいきなり受け入れてくれるとは正直言って思わなかった。

くっ…と短く笑うアリオスにアンジェリークはダメなのかな、と俯く。
「お前、本当に可愛いよ」
「ふぇ?」
抱きしめられてアンジェリークはきょとんとする。
可愛いと言ってくれるのは嬉しいけれど、なんで言われているのか分からない。
そんな少女の疑問には答えずにアリオスはふっと笑って訊ねた。
「ここから俺の家まで5分もかからない。…行くか?」
これが彼から与えられる最後の選択肢。
帰りたいと言えば、きっと彼は帰してくれるけれど…。
アンジェリークははにかみながらも頷いた。





「今度の金曜日…いよいよパーティーだね」
翌朝、少しだけ寝坊をしたアンジェリークは自分を抱きしめるアリオスを見上げた。
「ん?
 ああ、あれか…。お前のデビュー戦」
出逢った日の少女の言葉を思い出し、アリオスが口の端を持ち上げる。
シーツの上に散らばる少女の髪を愛しげに梳く。
それがとても心地よくて、アンジェリークは子猫のように彼に擦り寄りながら訊ねた。
「ねぇ…アリオスも招待されてたりする?」
「招待とは言わねぇけどな…。仕事で会場にはいるぜ」
「本当? 裏方さん? それとも表にいるの?
 会えるかな…」
ぱっと顔を明るくさせる少女の気持ちが分かるだけにアリオスは苦笑する。
「心細いのか?」
「だって…知り合いあんまりいないんだもん…。
 それに純粋にアリオスに会いたいよ。
 せっかくアリオスに見立ててもらったパーティードレス着ておめかしして行くんだから」
「くっ、見つけたら声かけてやるよ」
「うん」



そしてパーティー当日。
辺りが暗くなる頃、アンジェリークは父親と共にパーティー会場へと到着した。
招待状を渡して大きな広間に足を運ぶ。
「うわぁ…。さすがだね。豪華〜」
内装、料理、音楽、どれをとっても文句の付けようのない洗練されたもの。
…だからこそ緊張してしまう。
それに慣れた人間の中に入っていけるだろうか。
(パパはいいよね…。
 仕事一筋な分、同じような業界の人と知り合いもいるし)
アンジェリークも何度か顔を合わせたことがあるお得意様との挨拶を
している父親の後ろに控えて小さく息をつく。
しかし、その直後には父親に紹介されてにこりと微笑んでみせる。
まだ自分の知っている相手であることが救いだった。話しやすい。
ここでの自分の印象は少なからず、父と会社に影響を与える。

「やぁ、アンジェちゃん。随分と大人っぽくしたなぁ」
「ふふ、ありがとうございます。きっとこの格好のせいですけどね」
アンジェリークはくすりと笑って、このドレスを選んでくれた彼のことを思った。
(アリオス…どこにいるのかな…)
「いやいや、格好だけじゃないって。
 これはアンジェちゃんにも勝算はあるかもしれへんな?」
「勝算?」
「おいおい、それはないだろう」
彼の言葉に首を傾げるアンジェリークと苦笑する少女の父親。
なんのことだろう、と不思議そうにしていると彼は教えてくれた。
「今日のパーティーは新しい社長就任を祝うパーティーなのは知ってるやろ?」
「ええ」
それは父親から聞いている。
「時期も近いっちゅうことで彼の誕生日に合わせてこの日になったんや」
「二重のお祝いなんですね」
でもまだ勝算と言われる話が見えない。
「その新社長はもともとここの御曹司でな。
 大学卒業後、社会勉強として数年間役員として働いていた」
「まぁ、いきなり役員ですか?」
「最初は親の七光りって見られてたんやけど、その仕事振りに周囲の方が…
 特に役員の爺さん連中が喜んでなぁ。
 予想以上に早い社長就任だったって業界中大騒ぎや」
大学卒業後、周囲の者を認めさせて数年でこんな大企業の社長就任。
つまり、血筋だけの人間ではなかったということか…とアンジェリークは頷いた。
「今度の社長さんはすごい人なんですね。
 でもそれを言うならチャーリーさんも同じじゃないですか」
そんなアンジェリークを見て彼は楽しそうに笑う。
「おおきに。それに彼はおまけにとんでもない美形やからなぁ。
 周りの女性達が黙ってない。一人一人お見合いやってたらいくら
 時間があっても足りひん。爺さん連中はここで花嫁探す気らしいで。
 年頃の娘さんがいる場合は同伴させるようにって密かに但し書きがあったからなぁ」
言うなら『シンデレラ』の舞踏会やな、とおどけてウィンクする彼に
アンジェリークはくすくす笑う。
「だったらなおさら私に勝算はないですよ」
「なんで?」
だって…とアンジェリークは周囲を見渡す。
「こんなに綺麗な人達がいっぱいいるじゃないですか。
 それに私、もう好きな人いますもん」
「ええっ? 誰?」
「本当か? アンジェリーク?」
少なからずショックを受けているチャーリーだけではなく
これには父親も驚いて問いかけた。
「うん。そのうちちゃんと紹介するね」

周囲のざわめきが質の違うものになったのに気付いたチャーリーは
アンジェリークに声をかけた。
「どうやらその社長さんの挨拶が始まるらしいな」
アンジェリークも時計を見て、パーティーの開始時間だと確認した。
そして周囲と同じように前方を見る。
噂の社長が姿を現し、マイクスタンドの前に立つと先程までの
騒がしさが水を打ったように静かになった。
人を惹きつけるその容姿、雰囲気。
「あ〜〜っ!」
『彼』を見てアンジェリークは思わず声を上げてしまった。



「そろそろ始まっている頃でしょうか…」
「ああ、アンジェが行ってるパーティー?」
エルンストの心配そうな呟きにレイチェルはふふ、と笑って聞き返した。
「アンジェとアナタの社長さん。どっちの心配してるのかな?」
「あの人のことは別に心配ありません。
 奔放すぎますがああいう場には慣れています」
故に秘書である自分はパーティーには付き添わなくてもよく
おかげでレイチェルと会う時間が取れた。
「チャーリーさん…あれで超有能社長だもんねぇ」
失礼なセリフに苦笑しながらエルンストは頷いた。
「じゃあ、アンジェの心配?
 あの子ぼんやりしてるけどああいう場で大失敗するような子じゃないよ?」
これまた真実だが辛辣な言葉にエルンストは笑ってしまう。
親友ならではの気安さが窺える。

「エル?」
一体何をそんなに気にかけているのだろう、とレイチェルが首を傾げている。
「いえ、彼女自身が何かをする、と言うよりも…
 巻き込まれるであろう、と考えられるので…」
「だからなんなのよぉ?」
らしくもなく明言するのを先へ先へと伸ばす彼にレイチェルは頬を膨らませる。
「以前貴女とアンジェリークの想い人を見ましたよね」
「ああ、アリオスのこと?」
「彼は『ラグナ』の新社長です」
「は〜〜!?」

ほぼ同時刻。
さすが親友と言うべきか…
レイチェルとアンジェリークは同じような驚きの声を上げたのだった。


                                     〜 to be continued〜





…まだ続くのかと飽きられそう…(苦笑)
今後の目標はすっきりさっぱりお話を書く、でしょうか。
でも、それやると削られるのは確実に
バカップルなやりとりとか、アリオスさんが
アンジェを襲ってるとこなんですよねぇ。
今回、裏行きそうでひやひやしました(笑)

やっとアリオスさんの誕生日に突入です!
最初から彼の正体は皆様にバレていたでしょうか?
そしたら捻りがなくてごめんなさい、としか
言えないですね…(苦笑)


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