Fairy Tale



「アリオス。二つ目のお願い事、いい?」
二つ目の願いは意外にも早く、一つ目の願いを叶えた二日後だった。
どうせあと一月くらいは待たされるだろうと予想していたアリオスは少々驚いた。
今二人がいる場所は昼休みの学校の屋上だった。
「ああ。かまわねぇが…どういう風の吹き回しだ?」
アリオスはぷかぷかと宙を漂いながらアンジェリークに尋ねた。
大きいサイズはアンジェリークに禁止されているので、小さな妖精の姿で過ごしている。

「え…と…説明するとね…」
アンジェリークはどこか言いにくそうに話し始めた。
母親が事故にあった翌日は入院に入り用な荷物を運んだり
ばたばたと忙しくて学校には行けず、
レイチェルにもメールで母親は無事だったと知らせただけだった。
だから気付くのが遅れた。
あの日の彼がどんな風に登場してどんな印象を皆に与えたのか。
今の姿と違って、誰にでも見えるだなんてあの時は考える余裕などなかった。
そのうえ…自分は茫然自失状態だったので覚えていなかったが…。
「アリオス…私の…し、しもべだなんて言ったんだって?」
「本当のことだろ。お前は俺の主人だ」
あっさりと言われてアンジェリークは頬を染める。
「本当のことでもっ…。
 それのおかげで皆にはすごい誤解されちゃってるし…」
朝登校するなり好奇心旺盛なクラスメイト達に囲まれてしまった。
人並以上に人気があって…それでも決まった相手のいない少女に
そういう関係の男がいた、というニュースはあっという間に校内に広まったとか。
そして相手はどこの誰なのか、というのが現在の最大の関心事であるらしい。
「生徒の間で噂になってるだけならまだいいの…」
あまりの展開に呆然としているアンジェリークをレイチェルがフォローしてくれたが…。
そのレイチェルにすら、まだちゃんと説明をしてあげられていない。
「でもレイチェルには下手に誤魔化したりしたくないし…。
 あの時、私の担任の先生もいたでしょ。
 アリオスのこと、聞かれたらどう答えたらいいものか困っちゃうし…」
はぁ…と溜め息をついてさらに続ける。
「それに病院で…お医者さまや看護師さん達とも会ってるでしょ…」
アンジェリークが心細いだろうということで
事故当日は他の人間にも見えるあの姿でいたことだし、
翌日も母親には会っていないが荷物持ちとしてアンジェリークと一緒に病院にいた。
病院の人間達は勝手に兄妹かと思っていたようだったが。
「ママにアリオスの話されたら、それ違うってバレちゃうじゃない?」
学校関係者にも病院関係者にも「じゃあ、アレは誰なんだ?」という
疑問が浮かぶのは時間の問題だろう。
だけど、真実は願いを叶え終えるまでは言ってはいけないことになっている。
「で?
 望みは記憶操作かなんかか?」
「記憶、操作…?」
アリオスの問いにアンジェリークは目を丸くする。
「違うのか?」
てっきりアリオスはそのごたごたを無くす為に
関係者の記憶から自分の事を忘れさせてくれと言うのだと思った。
「…あ〜…そう言う手もあったんだ。アリオス、頭いいねぇ。
 私すごく悩んでいろいろ考えたのに…」
どこかのんびりと感心する少女にアリオスは内心溜め息をつく。
「じゃあ、お前が一生懸命考えたっていう二つ目の願いはなんなんだよ?」
「アリオスに大きくなっちゃダメって言った手前で悪いんだけど…」
アンジェリークは躊躇いながら続けた。
「この世界でのアリオスの居場所、作ってくれない?」
「あ?」
少女の言う意味が分からなかったわけではない。
一月も共に過ごしていれば大体察することはできる。
ただ…あまりに意外だっただけだ。
要約すれば…
『今までアリオスの存在は内緒だったのだが、皆にバレた以上、そのまま通そう』である。
適当な肩書きを用意してこの世界の住人を演じる。
「それは本当に『お前の願い』なのかよ?」
どちらかと言えば、成り行きでとか前回の帳尻合わせ、という気がする。
この少女には本当に本人が願うことを叶えてやりたいと
思っているアリオスは確かめるように尋ねた。
「うん…。
 ちゃんと考えて、ちゃんと私のお願いだよ」
アンジェリークはこくりと頷く。
「今までもアリオスと一緒に遊びに行ったことあるじゃない?」
「?
 ああ」
案内だと言って、アンジェリークはアリオスをいろんなところに連れていった。
案内者であるアンジェリークの方がはしゃいでいたが…。
「私はアリオスと行った、ていう思い出ができるけど…。
 他の人にはアリオス見えないじゃない? いないと同じでしょ?
 それってアリオス寂しいじゃない。
 他の人から見れば私一人でいたってことだし…。
 え〜と、どう言えばいいんだろう…」
上手く言葉にできないでアンジェリークは困ったように口篭る。
「つまり?」
「つまりね…ん〜と…。
 私だけじゃなくてね、他の人にも私とアリオスが一緒にいたんだよって分かってほしいの」
どうせ別れなくてはならないなら、楽しい思い出がたくさんほしい。
「それがお前の為の願いかよ?
 俺の為に使う必要はないんだぜ?」
「私の為だよ。
 私がアリオスとの思い出をちょっと欲張りたいだけ」
自分一人の胸のうちにしまうのではなく、他者にも彼の存在を認めてほしい。
真面目にそんなことを願う少女にアリオスは苦笑した。
「くっ、分かったよ。
 お前やっぱり天使だよな…」
「へ?」
「なんでもねぇ。で、どうする?
 お前の兄だとかあまり近しい関係は周りのやつらの記憶の修正に
 誤差が生じるかも知れねぇぞ」
「…そうだねぇ…」
アンジェリークの側にいるのに適度に近く、適度に離れた関係。
「親戚関係がダメなら…知り合い?
 知り合いの知り合いとか…」
アリオスは少し考えた後に頷いた。
「お前の父親と俺の父親が仲良かった、てことにするか」
周りが追求しようとしても、アンジェリークの父親はすでにこの世にはいない。
どうとでも修正がきくだろう、とアリオスは提案した。
「うん。そうしよう」

「それじゃ、さっそく病院行こうか」
「今からか?」
まだ午後の授業があるはずである。
「ん、今日病院で検査があるんだよ」
心配だろうから病院に行ってもいいと担任が言ってくれたのだ。
テレビや新聞にも取り上げられた大きな事故だったため、
周囲の人間は必要以上に気遣ってくれる。
怪我をした本人はけっこうけろりとしていたし、
アンジェリークもアリオスが治してくれたのを知っているから
心にゆとりはあったが…好意は素直に受け取っておく。
「ママ、アリオス見てどんな反応するかな?」
ちょっとだけ楽しみだったりする。
「俺はお前がボロを出さないかが心配だがな。
 適当に話合わせるんだぞ」
「…う…頑張るよ…」
嘘の下手な少女はアリオスのもっともな指摘に引きつりながら頷いた。



アンジェリークは少し緊張しながら母親の病室のドアを叩く。
「どうぞ」
「元気?」
ドアの隙間から覗き込むように顔を出す。
大丈夫と分かっていてもアリオスの姿を見せるのはドキドキしてしまう。
「あのね…今日はお客さんがいるんだ」
「まぁ…」
アンジェリークが言い終える前に母親が目を丸くする。
「アリオスくんじゃない?」
「久しぶりだな」
「お帰りなさい。変わらないわねぇ。
 いえ、ずいぶん男前になったわね」
「?」
お帰りなさいの言葉を不思議に思いながら、アンジェリークは二人の会話を見守った。
アリオスいわく、彼が魔法で設定した基本環境以外の記憶は
個人の中で勝手に相応しいものが作られる。
彼女の中でアリオスはどんな関係だったのだろう、と注意しながら聞く。
「早いものねぇ。外国に勉強しに行くと聞いた時は驚いたけど…。
 あちらの生活はどうだった?」
そしてアンジェリークは話が進んで行くうちに内容を把握していった。
幼い頃から家族ぐるみで付き合いがあったこと。
アリオスは大学を卒業してすぐ海外に行ってしまったこと。
そして、これからはこちらで仕事をすることなど。
初めて聞いたというのに見事なまでに話を合わせることのできるアリオスを見て、
絶対彼は詐欺師になれる、と思った。
「でも、こんな状態でごめんなさいね。
 おもてなしもできなくて」
「気にすんなって。
 下宿させてもらえるだけ感謝してるぜ?」
「下宿!?」
アンジェリークが突然あげた声に母親が振り返る。
「言ってなかったかしら?」
ついさっきアリオスは昔からの知り合いになったばかりである。
聞いてなくて当たり前なのは頭で分かっているものの、こくこくと頷いてしまう。
「なんで…」
「職場がうちから近いし、一人暮しはけっこうお金かかるでしょう?
 アリオスくんさえよければどうぞって言ったのよ」
「ほぉ、そんなに嬉しいのか。
 アンジェリーク?」
口の端を上げるアリオスを見てアンジェリークは「やられた」と思った…。



「なんで下宿なのぉ」
帰り道、アンジェリークは唇を尖らせて言った。
「離れると面倒だろうが」
そんなに一緒にいたくないのか?とアリオスは苦笑する。
「そうじゃなくて…適当な所で一人暮ししてることにして
 今までみたいに見えない姿でいればいいのに…って」
アリオスはアンジェリークの提案をいまだに笑いながら聞いている。
それを見てアンジェリークははっと気が付いた。
「もう…分かってて言ってるでしょ〜」
かつて今の姿を禁止した意趣返しだろう。
一月もずっと一緒にいれば、彼がそれくらいのことは
平気でやってのけるだろうと想像できてしまう。
「せっかくだから、こっちの人間らしく暮らしてみようと思ってな」
案の定アンジェリークの動揺もなんのその、彼は涼しい顔で言ったのである。
「意地悪なんだから…」
「言ってろよ」
それでも笑みが零れてしまう。
そんな二人の姿が周囲にはどれだけ親密に見えるか…
二人ともまだこの時は考えてもみなかった。





「な〜んだ」
翌日アンジェリークはレイチェルにアリオスとの関係を説明した。
「内緒で付き合ってた、とかじゃないんだ」
「もう、違うよ〜」
「だってなんか雰囲気がさー」
にやにやと笑う親友にアンジェリークは頬を膨らませる。
「こんなにモテるのに誰とも付き合わないんだもん。
 これは影に男がいてもおかしくないなぁ、って思うワケよ」
皆には見えてないだけでさ。
そんなレイチェルの言葉にアンジェリークはぎくりとする。
目の前にはレイチェルには見えない妖精サイズのアリオスがいる。
なぜか事故のあった日から彼は教室でもアンジェリークと一緒にいるようになった。
「なっ…レイチェル?」
「どうせアンジェはそんなの気付いてなかっただろうけどねー」
「………」
「でさ、結局のところどうなの?」
「…お兄ちゃん、みたいなものよ。
 私のことまるっきり子供扱いだもの。
 アリオス、ずっと年上だし」
それはもう、人間の年の差などと一緒にしてはいけないくらいに…。
自分で言って沈んでしまう少女にレイチェルはなにか言いたげな顔をしたが
すぐにいつもの彼女に戻った。
「ま、いつでも相談に乗るよ」
「ん…ありがと」
実はあの事故の日からアリオスが教室でも一緒にいるようになったこと以外に
変わったことがもう一つあった。
「ね、なーんかさ…
 ここ二、三日先生こっち、ていうかアンジェのこと気にしてない?」
聡い親友の言葉にアンジェリークはやっぱり気のせいじゃなかったんだ、と思った。
あからさまなものではないが、ふとした拍子に意識を向けられているのが感じられた。
「ママのこと、気遣ってくれてるのかな」
「だったらあの人は堂々とそう聞くじゃん」
それよりもアリオスの事ではないだろうか、とレイチェルは言った。
「自分の生徒、突然現れた男に連れてかれちゃってさ」
「そういう言い方って…レイチェル…誤解を呼ぶよぉ」
「あ、でもそっちの方が逆に楽しそうに突っ込んで聞いてくるか…」
「レイチェルったら」
あれこれ話したけれど、結局決め手となるようなものは出てこなかった。
「この前のテスト悪かった、とかだったらヤだなぁ」
ぽつりとアンジェリークがもらした最後の一言に
レイチェルは笑いながらそれはないと保証してくれた。



そして謎のまま何事もなく数日が過ぎた放課後、
アンジェリークは日誌を提出しに担任のいる英語科の職員室に行くこととなった。
「ヘンだね。何も聞かれないのも…」
アンジェリークは肩に乗っているアリオスに話しかけた。
「簡単に出来る話じゃねぇしな。邪魔の入らない時を狙ってるんだろ。
 十中八九今だぜ?」
「…?
 それってじっくりお説教〜?」
アリオスは泣きそうな少女の心配を笑い飛ばしてやる。
「あいつは説教垂れるようなガラじゃねぇよ」
「う、うん…」
確かに、彼よりは現生徒会長の方がよっぽどお小言が多い。
頷きかけてアンジェリークは首を傾げた。
「?
 アリオス…先生のこと知ってるみたいに言うのね?」
会ったのはあのとんでもない登場の仕方をした事故の日だけ。
アリオスは教室にも滅多に入らなかったので、今まで観察してたというのも当てはまらない。
アリオスがアンジェリークの疑問には答えないまま職員室までたどりついてしまった。
教えてくれる気はないのだな、と諦めてアンジェリークはドアをノックした。
「失礼します。
 オリヴィエ先生は…」
職員室のどこにいてもすぐ分かる出で立ち。
彼は笑顔でひらりと手を振った。
「待ってたよ〜☆
 おいでおいで」
「はぁ…」
手招きされてアンジェリークは奥の応接室に入る。
応接室。
聞こえは良いが、生徒達の間では別名『長居したくない部屋』である。
極端な少人数制補習が行われたり、進路相談や面接をしたり、お小言を頂いたりする部屋である。
(ふぇ〜ん。やっぱりお説教〜?)
「あの、私なにか…」
気の毒なほどびくついている少女を安心させるような口調で彼は笑った。
「あーほらほら緊張しなくて大丈夫だって。座って待っててねー。
 今お茶用意するから」
「はい…?」
いったいなんなんだろう?と不思議に思いながら、アンジェリークはソファに腰掛けた。
アリオスはアンジェリークの肩に乗ったままである。
飛ぶことも歩くこともしないその姿に楽してるなぁ…とアンジェリークはのんきに考えてしまう。
(この姿なら大丈夫なのに…)
どんなに近くにいても大丈夫。
なのに人間サイズの彼とこんなに接近したら動揺してしまう。
どうしたらいいのか困ってしまう。
(なんでなんだろう。
 同じアリオスなのになぁ…)
内心溜め息をつく。
自分で自分が分からない。
こんなことは初めてである。
「お待たせ〜」
「あ、ありがとうございます」
オリヴィエが持ってきたアイスティーのグラスが
三つあることに気付いてアンジェリークは彼に尋ねた。
「他に誰か来るんですか?」
「そこにいるじゃない」
「え?」
オリヴィエがウィンクをしながら指差したのはアンジェリークの顔…のすぐ脇。
「え、ええ〜!?」
アンジェリークは驚きのあまり立ち上がってしまう。
「な、なんで…」
今までアリオスが見えた人なんていないのに…。
「これが見えるんだな。私には」
ふふ〜ん、と派手な髪をかきあげてオリヴィエは笑った。
「アリオス、あんたもいつまでもこのコの肩に乗ってないでちゃんと座りなさいよ」
「はいはい」
アリオスは投げやりな返事をして…
一瞬後には普通の青年の姿でアンジェリークの横に座っていた。
アンジェリークは答を求めるようにアリオスを見つめるが、彼は面白そうににやりと笑っただけ。
アリオスに聞くのは諦めて、アンジェリークは答をくれそうなオリヴィエに尋ねた。
「名前まで…知ってるんですか?」
「まぁね☆」
しかし彼まで楽しそうに一言返事をしただけ。
「あ、もしかして先生がアリオスを呼び出したことあるとか…」
「ん〜、なかなか面白い答だけどハズレ」
「こいつには絶対仕えたくねぇな…」
「なんだって〜?」
「もう降参…。アリオス?」
教えてよ、と彼を見上げる。
アリオスは目線で彼を指し示しながら言った。
「同業者だ」
「……同…業者?」
簡潔すぎる答を理解するまでに一瞬の空白があった。
「え〜!
 じゃあ…オリヴィエ先生って…」
妖精!?
つい声に出しそうになってアリオスに口を塞がれた。
「大声出すなって。
 傍から聞くとかなりばかっぽいセリフだぞ」
ドア一枚隔てたらそこは職員室と廊下で…確かに誰かに聞かれてもおかしくない。
「んん〜」
それでも「本物の妖精が何を言うのか…」と
アンジェリークはアリオスを睨むが可愛らしいだけである。
「ほら、そこいちゃつかない。見せつけない」
「せ、先生…そんなんじゃ…」
アリオスの手を剥がしてアンジェリークはわたわたと弁解する。
「まぁ…確かにかちあうなんて珍しいよな。
 で、あんたの主人はどこだよ?」
宥めるように栗色の頭をぽんと軽く叩き、
少女でひとしきり遊んだアリオスはさっさと本題に入ってしまう。
「なんでこんなところで似合わねぇ教師なんざやってる?」
アンジェリークも頷いてオリヴィエを見つめた。
似合わないとは思っていないが、アリオスみたいに
常に主人の側にいるわけではなさそうなのが疑問である。
「大体お前が率先して風紀乱してるだろうが…」
呆れたようなセリフは冗談で言ったわけではない。
本当に…髪も格好も個性的なのだ…。
それが似合うだけに誰も文句を言わない。というか言ってもどうせ聞かない。
「反面教師、って言葉知ってる?」
「てめぇで言うかよ…」
逆に開き直られてアリオスは肩を竦めた。
「先生をやってるのはお願い事の一環ですか?」
「そ☆ 私の今のご主人はここの理事長なんだよね」
「ロザリア様が…」
アンジェリークは生徒にも人気のある麗しの理事長を思い出す。
「校長派のやつらとど〜も上手くいかないんでなんとかしないと、ってね」
ここから先は企業秘密。
人差し指を立ててそう言い切られてしまったのでアンジェリークは頷いた。
「こっちが真面目に仕事してたら、いきなり知り合いが私の生徒を攫ってくれちゃったじゃない?
 本当に驚いたよ」
同業者の気配は感じなかったのに…とオリヴィエは付け足した。
「たりめーだ。
 見つかるといろいろ面倒なんで学校には…ていうかお前の近くには近付かなかったからな」
「あ、だから今まで教室には入らなかったんだ…」
ホームルームや英語の授業の時にアリオスが教室にいれば、見つかる可能性はいくらでもあった。
「ああ。だが、緊急事態のおかげでそれまでの苦労がぱぁだったぜ」
そして、そこがアリオスらしいところ…というべきか…
どうせなら驚いてもらおうとああいう登場の仕方になったらしい。
「アリオスのあの言葉で『ああ、このコが今回の主人なんだな』とは分かったけどさ…。
 ホント、心臓に悪いよ」
アンジェリークも深く頷きながらアイスティーを一口飲んだ。
「本当ですよね。
 今も皆に誤解されちゃってますよ」
「虫除け代わりにちょうどいいと思ってな」
どうせ少女の想い人などいないのはすでに分かっていたから躊躇いはなかった。
「レイチェルもアリオスもどうしてそう…そんな物好きな人いないよ?」
「このコったら…。
 男子生徒達が気の毒だねぇ」
この少女の言葉にはオリヴィエも呆れたように肩を竦めた。
「お前が鈍すぎるだけだ」
「そうかなぁ…?」
「噂をすれば、だ」
ノックの音にオリヴィエが入室の許可を出すと虫…と呼べるほどかわいくない。
むしろ狼といった方が正しいだろう姿が現れた。
「オリヴィエ。
 担任なのをいいことに、俺のお嬢ちゃんをずいぶん長い間一人占めしてるって聞いたぜ?」
狼…もとい生徒会副会長のオスカーである。
「こら、オスカー。
 呼び捨てはやめなさいっていってるでしょー?」
「固いこと言うなって。
 約束の時間になっても生徒会室に来ないんで心配になってな。
 さあ、行こうか。お嬢ちゃん」
ここで断っておくがアンジェリークは約束などしていない。
彼女はレイチェルの忙しそうな時に仕事を手伝っているだけである。
しかし、自分に都合よく物事を捻じ曲げてしまうのがオスカーである。
九割以上の女生徒はこの甘い囁きとマスクにその辺の矛盾は気付かない。
気付いても見ないフリ。
そうさせてしまう魅力と強引さがオスカーが愛の伝道師たる所以だったりする。
「あ、ごめんなさいっ。
 お仕事忙しかったんですか?」
生憎そのすさまじいフェロモンの効かない、度を越えるお人好し少女は
手伝いますね、と立ち上がりかけた。
そこへ双方から待ったがかかった。
「ちょ〜っと?
 まだこっちの話が終わってないんだけど?」
「誰がいつお前のものになったんだよ?」
「もうそろそろ解放してやってもいいだろう?
 俺達は出会った時から運命の二人だぜ?」
オスカーは二つの問いに器用に同時に答える。
「あの…オスカー先輩?」
わけが分かっていないアンジェリークはきょとんと彼を見上げている。
「きゃっ」
ふいにアリオスに腕を引っ張られ、アンジェリークは彼の胸の中に着地した。
「残念だったな。お前にはやれねぇ」
「アリオス?」
アンジェリークは突然の抱擁に頬を赤く染めて呟く。
逆にオスカーのこめかみに青筋が浮かぶ。
「ほお…誰だか知らんがたいした自信だな。
 お嬢ちゃんはお前のものだとでも言いたいのか?」
「そんなもんじゃねぇよ。
 俺がこいつのものなんだ」
アリオスは不敵な笑みで言い切った。
ついでとばかりにアンジェリークに問いかける。
「なぁ?」
「う…うん」
素直なアンジェリークは一応自分達は主従だという関係を思い出して頷いた。
決して二人が話しているような意味で頷いたわけではない。
「お嬢ちゃん…!
 …そうか、噂の男というのはお前のことだったんだな」
「ふっ、お前にこいつにそう言わせることができるか?」
内気な少女にしては意外すぎる所有宣言。
オスカーは少なからず衝撃を受け、アリオスは勝ち誇った笑みを浮かべる。
オリヴィエはこのやりとりを半分呆れながら、そしてもう半分は楽しみながら傍観していた。
鈍いアンジェリークだけが会話の意味を半分も分かっていなかった。





                                      〜 to be continued 〜







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