花葬 〜flower funeral
chapter 10


ぽつぽつと咲き始めた庭の薔薇の世話をしながらアンジェリークは小さく溜め息をついた。
いつも一緒にいる銀狼も今日はレヴィアスの使いで出かけている。
「幸せに暮らしているかと思ったけれど…そうでもないみたいだね」
ふいに聞こえてきた声にアンジェリークは顔を上げた。
警戒心の滲んだその表情に紫紺の吸血鬼…セイランは苦笑した。
皮肉げな冷たい微笑が少し悔しくてアンジェリークは頬を膨らませる。
「そんなことないわ。
 レヴィアスは優しいし、大切にしてくれてる」
「それにしては物憂げな表情だよ」
「………」
言い返す言葉を見つけられなくてアンジェリークは視線を逸らせた。
その後、今気付いたとばかりに彼に声をかけた。
「…なにしに来たの?」
この間のような怖い空気を纏ってはいない。
レヴィアスに用があるのでもないらしい。
遅まきながらそれに気付き、尋ねたら綺麗な笑みを返された。
今度は好感を持てる笑みだった。

「ご挨拶だね。
 君に会いに来たんだよ」
「私に…?」
どうして、と首を傾げる。
「会いたいから来ただけさ。
 僕は君を気に入ったと言っただろう?」
「そう…なの?」
物好きね、とアンジェリークは苦笑した。
「吸血鬼は美女の血を好むんじゃなかったっけ?」
「はは…そうだね」
言外にどうして自分なんかを気に入ったのだろう、と尋ねる少女に
セイランは隣に腰を下ろしながら言った。
「君はまだ美女と呼ぶには早いけれど魅力的だよ。
 この僕やあの人が惹かれるくらいだからね」
「………」
素直に頬を染める少女を面白そうに眺めながらセイランは自嘲気味に微笑んだ。
「本当に不思議だよ。
 この僕が…『彼女』にそっくりな君に惹かれるだなんて…」
微笑みの裏に潜む苛立ちに気付いたアンジェリークは
少し考えた後、彼に再び尋ねた。
彼の言う『彼女』とはエリスのことだろう。

「…エリスさんって…」
しかし、レヴィアスでさえ話してくれないことを聞くのはやはり躊躇われた。
彼なら聞けば答えてくれるかもしれないけれど…
迷いを振り切るように頭を振る。
「なんだい?」
聞きたいことはおそらく分かっているだろうに、知らないフリをして彼は問い返す。
「…ううん、なんでもない。今のは忘れて?」
セイランはまじまじとアンジェリークを見つめた後、くすくすと笑い出した。
「な、なに…?」
「本当に…君は不思議だね。
 知りたくてたまらないだろうに」
「だって…レヴィアスから聞きたい…。
 レヴィアスから聞かないといけない気がするんだもの…って
 やっぱりあなた、私の聞きたいこと気付いてたんじゃない」
睨む少女にセイランは相変わらずくすくすと笑っている。
「そういう一途なところも君の魅力のひとつだね」
「え?」
「…奪ってやりたくなるよ」
突然の射抜くような視線にアンジェリークはびくりと身体を強張らせた。
「まぁ、僕もまだ死にたくはないから手は出さないけどね」
そう…今はまだ。
2人の行く末を見てみたいという気持ちの方が強い。
ふっと和らいだ瞳にアンジェリークは無意識に止めていた息をほっと吐いた。
「あの人にもオスカーにも飽きたら、僕のところへおいで」
半分冗談、でも半分は本気だった。

「あら、残念ね。
 私がレヴィアスに飽きたら…その時は彼が私を殺す約束してるのよ」
アンジェリークは他人事のように微笑んで言った。
「ずいぶんと物騒な約束だね。
 …そう…君を誰にも渡さないってことか…」
セイランは苦笑すると立ち上がった。
「君とあの人との約束なんて関係ないさ。
 僕は諦めが良い方じゃないし…。
 君の望む時に僕を呼ぶんだね。力になるよ」
「呼ぶって言っても…」
レヴィアスが側にいる以上、そんな機会はないのではないだろうか?
レヴィアスには彼を呼ばない方が良いと言われているし、
それに彼の名前を知らない。
アンジェリークが困ったように首を傾げていると彼は笑って言った。
「そろそろ彼が心配して来そうだからね。
 もう行くよ」
別に挨拶していってもいいんだけどね、と城を見上げながら呟く。
「僕はセイラン。
 覚えといてよ」
綺麗な笑みが近付いたと思ったら、頬に口接けられていた。
「っ!」
油断した、と睨むアンジェリークの反応を面白そうに見つめながら
彼は風のように忽然と姿を消してしまった。




「あいつが来ていたようだな…」
「え…う、うん」
最後のキスは…レヴィアスにバレているのだろうか、とドキドキしながらも頷いた。
「ちょっと話して…勝手に帰っちゃった」
ヘンだよね、と呟くと意外なことをレヴィアスが口にした。
「あいつはお前に惹かれている。
 お前に会いに来る事のどこがおかしい?」
「レヴィアス…?」
いつものように平然と分厚い書物に目を通している彼をアンジェリークは
きょとんと見つめる。
「ああ。この我に堂々と宣戦布告をしてきたからな」
「………そう、なんだ」
なぜか言いようのない不安を覚える。
そんな人物が自分の側にいたのに、気にせずレヴィアスはここで
読書をしていたのだろうか。
「どうした?」
「え…う、ううんっ。なんでもない。
 …なんでも、ないの…」

大人な彼はそんなに簡単に妬いたりしないのかもしれない。
自分のことはどうでも良い存在なのか、と疑ってはいけない。
確かに自分は彼に愛されてる。
彼を信じている。
なのに…それでも不安は拭いきれない。
(やっぱり…エリスさんのこと、忘れられない…?)
まだ、仲間にしてもらえないのはそのせいだろうか。
エリスに関する話は後日することになっていたが、
結局今まで怖くて詳しくは聞けなかった。
レヴィアスもまだ何も言ってはくれない。
聞いたら自分が傷つくかもしれない。
彼女の話をさせること自体、レヴィアスを傷つけるかもしれない。
どちらも怖い。

「アンジェリーク?」
立ったままぼうっと考え込んでいたアンジェリークははっと我に返ると
ぱたぱたとレヴィアスの側へ寄った。
きゅっと抱きついて再び自分に言い聞かせるように呟く。
「なんでもないの…」
「そうか?
 我に言うことはないのか?」
「え?」
突然膝の上に抱き上げられ、金と翡翠の眼差しが目の前に迫る。
「言うことって…」
「あいつに何をされた?」
どきんと心臓が鳴る。
何も悪いことはしてないはずなのに、後ろめたさに視線を逸らす。
「あ、あの…レヴィアス…?」
「我が気付かぬとでも思ったか?」
「…ん…っ」
前触れもなく深く唇を奪われてアンジェリークはびくりと身体を竦ませた。
しかし、すぐに彼に縋るように腕をまわした。

力の抜けた身体を預ける少女の顎を捕らえ、やわらかな頬に口接ける。
「知ってたんだ…」
「あいつが来ていたんだ。
 我がお前から意識を逸らすわけがない」
アンジェリークはほっとしたように小さく息を吐いた。
「あいつはお前に手を出せない。だから行かなかった。
 銀狼がいなかったのだから…行けば良かったな」
レヴィアスはアンジェリークの頬に触れ、苦笑した。
「これくらいのこと…手を出したうちに入らない、と
 あいつなら悪びれずに言うだろうが。
 …アンジェリーク?」
ぽろぽろと涙を零す少女をレヴィアスは戸惑いの表情で覗き込んだ。
「驚かせたか?」
「違う…違うの…」
アンジェリークはふるふると首を振って否定した。
「もう…やだな。
 レヴィアスと出逢うまで私、こんな泣き虫じゃなかったのに…」
「アンジェ?」
「嬉しいの…」
ふわりと花が咲くようにアンジェリークは微笑んだ。


「レヴィアスも…妬いてくれるんだな…って分かって。
 私だけじゃないんだな、って…」
アンジェリークはレヴィアスの瞳を見つめながら苦笑した。
「私、レヴィアスが愛してくれてるって分かってるのに、信じてるのに…。
 ずっとずっと昔の人に嫉妬してた。
 勝手にエリスさんと自分を比べて落ち込んだり…」
「………」
「大丈夫っ、大丈夫よ。
 ちゃんと信じてるから」
慌てたようにアンジェリークは明るく笑った。
「時々不安になるだけ…。
 それは私の弱さで、レヴィアスのせいじゃない」
どうしていつまでも仲間にしてくれないのだろう?
聞いても理由を言ってもらえないのだろう?
彼女のことをすごく簡潔にしか話してくれないのと関係があるのだろうか?
レヴィアスと彼女のことはすごく気になるけれど
本当に自分が立ち入って良いとも思えなくて…。
どんどん悪い方向へと考えてしまう。


きっぱり言い切る少女を見つめ、それからレヴィアスは小さく息を吐いた。
「アンジェリーク…我の過去を知る覚悟はあるか?」
「レヴィアス…?」
「お前の知りたくない内容になる。
 そして、知らなくても良いことだ」
「そ、そんなことない。
 知らなくても良いだなんて…」
アンジェリークは否定した。
彼の過去が気になってしょうがないのは自分の疑問解消のためでもあるが、
それ以上にレヴィアス自身のためでもあった。
「だって…レヴィアスはまだ傷ついてる。
 治す術が私には分からない。
 私にはどうにもできないのかもしれないけど…
 どうにかしてあげようなんて傲慢なのかもしれないけれど…」
傷の原因が分かればなんとかなるかもしれない。
もちろんできるとは限らないけれども…。
「できることなら癒してあげたい。
 治らない傷を抱えたまま永遠を生きないで…」
そんなのは哀しすぎる。
「幸せになってほしいの」
「アンジェリーク…」
「だからレヴィアスのこと、もっと知りたい」



「あ、でも、レヴィアスが話せる範囲でいいの…。
 あの、無理はしないでね?」
過去の傷を彼自身から語らせるのは残酷な気がしてアンジェリークは彼を見つめた。
「レヴィアスが話したくなければ…待つから」
ただ、とアンジェリークは苦笑した。
「私が生きている間にその気になってもらえると助かるんだけど…」
その切なげな笑みと言葉はとても永遠を約束した少女のものとは思えなくて…。
人間として死ぬことを覚悟している。
仲間になることを半ば諦めてもいる。
そうさせてしまったのは自分の責任だとレヴィアスは苦く思った。
愛していると言いながら、仲間にすると言いながら、
詳しい理由も話さずに先延ばしにして…。
不安でいっぱいなくせに自分のことより他人を気遣う少女をレヴィアスは抱きしめた。

「レヴィアス?」
「不安にさせてすまなかった。
 我にとってもあまり良い思い出とは言いがたくてな…」
苦笑するレヴィアスにアンジェリークの方がすまなそうな表情をする。
「ごめんなさい…。
 過去の事なんて気にしないって割り切れれば…
 私がもっと強ければ、そんなことさせずに済んだのに」
でも…とアンジェリークは呟いた。
「気になっちゃうものは気になっちゃうし…。
 このままずっと腫れ物に触るみたいにするのも、
 お互いに触れずに済まそうとぎくしゃくするのもイヤなの…」
真っ直ぐ彼の瞳を見つめて勇気付けるように微笑む。
「お互いちょっとくらい痛くても…すっきりさせよう?
 どんな話聞いても私の気持ちは変わらないよ」
「くっ…お前は十分に強いよ」
「レヴィアス…?」
そんなことないのに、と不思議そうにアンジェリークは首を傾げる。
信じているのに不安に揺れて。
聞きたいのに怖くてずっと聞けなくて。
「それでもお前は強い。
 …行こうか」
「え?」


どこへ?と聞き返す間もなく2人の姿は部屋から消えた。
レヴィアスに支えられながら降り立った場所はこの城のエントランスの階段上。
最低限の灯りしかないここは昼間でも薄暗い。
「レヴィ…」
いったいどういう事なのかと聞こうとしたその時に大きな扉が外から開かれた。
「あれ…?」
その姿を見てアンジェリークは目を丸くした。
小さな小さな女の子。
しかしその容姿は昔の自分とそっくりで…。
レヴィアスは感情のない声でアンジェリークに告げた。
「我とエリスが初めて会った時だ」
「じゃあ…ここは千年も昔…?」
突然の時間移動にアンジェリークはそれ以上言葉が出なかった。
「きっと我はうまく話せぬ。
 それがまたお前を不安にさせるかもしれないからな」
自嘲気味にレヴィアスは微笑んだ。
「百聞は一見にしかず、と人間の言葉であっただろう?」
アンジェリークは呆然と階下の少女を見つめていた。


                                      〜to be continued〜





ラストまでストーリーできてるくせに
なかなか書けなかったのは一重に私の修行不足です…。
本編読めばお分かりのように、過去のレヴィエリ話を
リアルタイムで追っていきます。
レヴィアスもアンジェもちょっと辛いです…。
だからすっごく書くのに時間かかったのですよ。
アリコレ・レヴィコレ話ならさくさく書けるんですけどね…。

レヴィエリに拘り持ってる人は読まない方がいいのかも…です。
私の創作は基本的にハッピーエンドですがこればっかりは
どうしても悲恋になっちゃいますからね。
ていうか、過去のレヴィエリでハッピーエンドにしちゃったら
アンジェの居場所がなくなる…(苦笑)