花葬 〜flower funeral
chapter 12


「本当に?」
エリスは振り返るとレヴィアスに勢いよく詰め寄った。
「どうすればいいの? 私達に何ができる?
 も〜、無駄足なんてウソばっかり…危うく信じちゃうところだったわ」
喜びを隠せないエリスにレヴィアスは相変わらずの淡々とした調子で答えた。
「別に嘘をついたつもりはない。
 お前達人間に出来ることなどないのは事実だ」
「じゃあ…なんで…?」
「人間に出来ることなどないが…我の力をもってすればなんとかなる」
「さすがね…。
 でもどうして最初から言ってくれなかったの?」
「我が動く道理などない」
「……そうですか…」
もうちょっと人付き合いが良くてもいいのになぁ…と溜め息をつくエリスに
レヴィアスは憮然と言い返した。
「人と馴れ合う気などない。
 それに我とてそう簡単に行えるものでもないしな」
そしてレヴィアスは試すようにエリスを見下ろした。
「それを行うためにはかなりの力が必要になる。
 我に力の源を与える覚悟があるか?」
「力の…源?」
「我は人間の呼び方で言うと吸血鬼だ」
「き、吸血鬼!?
 ウソっ? 信じられない…」
そんな禍々しい空気などまったく感じられない。
にわかには信じられなかった。
「お前が信じようと信じまいとかまわんがな。
 嘘を言ってどうなる」
「信じる。信じるわよ。
 でも…と言うことは血をあげなきゃいけないのよね」
「怖気づいたか?」
エリスは皮肉げな笑みを浮かべる彼を見上げ、数秒考え込んだ。
「…私は、死ぬの?」
「さぁな…
 どうする? やめておくか?」
レヴィアスはあえて質問の答を与えなかった。
対するエリスはしばらく真剣な表情で考えていた。

そして出した結論は…。
「村が救われるのならかまわないわ。
 でも…今すぐ血をあげるわけにはいかない」
「ほぉ…」
矛盾する言葉に興味深げに眉を上げた彼にエリスは慌てて言葉を続けた。
「怖いとかじゃなくてね…
 あ、いや、実際死ぬのは怖いと思うし、死にたくないとは思うけど…。
 どうせこのままだと皆助からないだろうから、必要なら止むを得ないとも思うし…」
「ではなぜ時間が必要なのだ?」
「こういう場面で私の命は私1人で決めるわけにもいかないのよ」
困ったように微笑んだ。
「私、これでも領主の娘…しかも次期領主なのよ」
村だけではなくこの近隣を治める者としての責任がある。
すでに父の手伝いをしている身としては、やりかけの仕事を放り出すことはできない。
「身辺整理してからでないと…ね。
 2日…いえ、1日待ってくれたら戻ってくるけど…」
「それまで山が崩れなければいいがな」
「あ、そ、そうか…。
 じゃあ、半日! そうだ、送り迎えはあなたがしてよ。
 そうしたら半日で帰ってくるわ」
必死な様子で言う少女を眺め、そしてレヴィアスは苦笑した。
「くっ…」
「え、な、なに?」
「実に面白い娘だな…」
人間にしては稀な…どこまでも真っ直ぐな少女がレヴィアスには新鮮だった。
「私はとっても真剣なんだけれど?」
腰に手を当て不満げにエリスは言い返す。
「我は命を奪うとまでは言っていない」
「…奪わないとも言ってくれなかったじゃない。
 ひどいわ。試したのね」
頬を膨らませて睨む少女にレヴィアスはしれっと意地悪げに微笑んだ。
「この我を動かすほどの鍵となるかどうかを知りたかっただけだ」
エリスは諦めたように肩を竦めた。
「それで…私は合格かしら?」
「ああ。
 心配するな。命まではいらん」
「では、お願いするわ」
エリスはにっこりと微笑んで瞳を閉じた。


彼女の白い首筋に牙が立てられる。
「………」
血を吸っているだけ。
キスとは違う。
解っていてもアンジェリークの胸が痛んだ。
唇を噛み締めて…それでも目を逸らすことはしなかった。
気を失ったエリスとその身体を抱き上げる彼の姿は1枚の絵のように綺麗だった。


近くの部屋のソファに彼女を横たわらせ、レヴィアスはテラスへ出た。
彼の手の平に淡い光が集まってくる。
自分もかつて見たその光景にアンジェリークはふと首を傾げた。
「なんか、ちょっと…違う?」
自分が見たものと目の前の光景の違和感にアンジェリークが呟くと
レヴィアスは意外そうな表情で頷いた。
「気付いたか…。意外に鋭いな」
「なんかひっかかる言い方なんだけど…」
む〜、と頬を膨らませる少女にレヴィアスはふっと微笑んだ。
彼女にさっきまでの泣きそうな表情は見えなかった。
「この時は雨雲を散らしただけだ。
 お前の時はそれができる量ではなかったのでな。
 仕方がないので雨雲をある場所に取り込んでおいた」
「そんなことができるんだ…。
 …あの嵐はそんなに大変な嵐だったんだ…」
「まぁな。その分、我の消耗も激しいがな」
「………」
何気なく言われたレヴィアスの言葉にアンジェリークの瞳が潤む。
彼が倒れた時の光景が頭から離れない。
怖かった。
そして今でも彼はまだ本調子ではないらしい。
どうしてそこまでしてくれたのかが不思議だった。
「無理はしないでね…。
 ここに私を連れてくることも負担だったりしない?」
「心配するな。
 ここに来ること自体はたいして力を必要としない」
それよりも、精神的負担の方が互いにかなり大きいだろうが…。
レヴィアスは言いかけた言葉を飲み込んだ。
そして別の言葉を紡ぐ。
「お前こそ無理はするな。
 帰りたくなったらいつでも言え」
アンジェリークは彼の気遣いにふわりと微笑んだ。
繋いだ手を視界に入るようちょっとだけ持ち上げる。
「大丈夫。
 『私のレヴィアス』はここにいる」
「ああ…そうだな」
アンジェリークの精一杯の強がりにレヴィアスは瞳で微笑むと
少女を包むように抱きしめた。
ばさりと黒いマントが翻る。
次の瞬間には2人の姿は消えていた。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


よく晴れた日。
暗い城に明るい声が響く。
「レヴィアスっ。 レヴィアスー?」
「いったいなんだ…」
ここへ来るまでの間、いくつもの部屋を覗いては彼の姿を探していたエリスは
ようやく彼を見つけると頬を膨らませて言った。
「もう、部屋数多いんだから困っちゃうわ。
 出迎えてくれたっていいじゃない。
 どうせ私が来たことくらい気付いてたでしょう?」
「…毎回毎回なんの用だ」
「あなたに会いに来たの」
「………」
レヴィアスが吸血鬼だと知っても、恐れるどころか度々訪れる少女。
特に何をするでもなく、一方的に話しては帰っていく。
彼女の望むような受け答えをしているわけでもないのに
彼女はいつも嬉しそうに笑っていた。
「何がそんなに楽しい?
 お前とてここまで来るのは大変だし、それほど暇人ではなかろう?」
レヴィアスのおかげで助かった村や近隣の土地は復興の為に慌しい。
それでも時間を作ってはエリスは城を訪れていた。
「迷惑…?
 ここに来てはいけない…?」
レヴィアスの問いにエリスは表情を曇らせて尋ね返した。
「………いや、そうでもない」
レヴィアスは少し考えた後に不思議そうに否定した。
自分でも気付かぬうちに彼女を受け入れていたことに気付かされた。
彼の答えを聞いたエリスはほっと胸を撫で下ろす。
「よかった。もう来るなって言われたらどうしようかと思ったわ」
「だが、ここは人が好んで来るような場所ではない」
戸惑い気味の彼にエリスは微笑んで首を振る。
「私はあなたが好きよ。レヴィアス」
だからここに通うのだと告げた。


最初は相手にしてくれなかったレヴィアスも懲りずに通うエリスに心を
許すようになってきた。
次第に共に過ごす時間が増えた。
幸せな時はずっと続くのだと思っていた。



「リュウズ様?」
父親から聞かされた名に、誰だったかしら…と書類をめくりながら
エリスは首を傾げている。
「隣の領地の跡取り息子だ」
「ああ、そういえば…。
 うーん…やっぱりお天気が良くなかったから収穫物もきっと悲惨ね。
 頭が痛いわ…。
 今からでも別の物を植えてみようかな」
何を植えるかは博識なレヴィアスに相談してみようかとエリスは考えていた。
意外に人間事情にも詳しい彼に相談すれば、良い結果が得られることは
数々の実績により確信している。
土地のことを一生懸命に考え込んでいるエリスに父親は呆れながら言った。
「私と話していることを忘れていないか?」
「忘れてないわよー。
 だいたい父様が考え事してる私に話しかけてきたんじゃない。
 それで、そのリュウズ様がどうかしたの?」
「お前に話があると言ってきた」
「なにかしら?
 次の領主会議まではまだ1月以上もあるわよね…。
 前回の会議で不備でもあったかしら?」
確か彼の父上は領主会議の議長を務めていたのを思い出し、
エリスは記憶を辿りながら父親を見た。
「会ってみれば分かるだろう…」
「そうね」
その時のエリスは父親の表情が曇っていたことに気付けなかった。


応接室で彼を迎えたエリスは最初は彼が何を言っているのか理解できなかった。
「私はお仕事のお話だと伺っておりましたけれど…?」
「政治的な話じゃないか。
 君を私の妻として迎えよう、と」
「どこがですか」
エリスは困った表情で溜め息をついた。
「領主同士が力を合わせて協力していくことには賛成ですが…
 結婚はお断りいたします」
最近レヴィアスのアドバイスのおかげでエレミアは近隣の中で
最も発展が目覚しく、豊かな土地になりつつある。
それをエリスと共に手に入れようという算段は明確である。
政治的にそういう考え方が通るのは理解できるが、受け入れることは出来なかった。
「君は何か勘違いしていないか?
 選択権は私にある。私の父親は領主会議の議長だぞ」
さらにエリスが断ることなど考えてもいない態度が腹立たしい。
「お父様はそうですね。では、あなたは?
 議長は世襲制ではありませんよ」
綺麗に微笑み、棘のある言葉で言い返していた。
「勘違いしてらっしゃるのはリュウズ様の方ですわ。
 女性を口説きたければ花のひとつでも、甘いセリフのひとつでも
 ご用意なさいませ」
そして言った後にエリスは苦笑した。
どちらもレヴィアスからもらったことはない。
それでも彼に惹かれたし、今も満足している。
「どうしたのだ?」
「いえ、失礼。ちょっと思い出して…」
エリスはくすくすと笑いながら答えた。
「とりあえず、このお話はなかったことに。
 他のご相談なら承りますわ」




「なんていうか…エリスさんって強いね…」
領主の下で働く親友に通ずるものを感じながらアンジェリークは呟いた。
「そうだな…。
 明るく気さくで、強かった。誰からも好かれ、慕われた。
 おかげで妙な輩にまで気に入られたがな…」
「レヴィアス…?」
レヴィアスは屋敷から出て行く馬車を冷たい瞳で見下ろしていた。


                                〜 to be continued 〜




あと1,2回で過去編は終わらせたい…と思います。
あくまで私の希望ですが(苦笑)
予定通りになった試しなんてあったっけ?
という実績で言っても説得力なさそうですけどね…。