花葬 〜flower funeral
chapter 13


「聞いてよ、レヴィアス」
彼の顔を見るなり彼女は口を開いた。
「あの人ってば人の話まるで聞いてないんだから!」
「くっ…今度は何を贈ってきたんだ?
 花か? それとも詩か?」
「………レヴィアスってば面白がってるでしょ」
リュウズは求婚をあっさりと断られたにも関わらず、エリスを口説き続けていた。
「はっきり断ってるのに…」
レヴィアスの腕に抱きついて大きく溜め息をつく。
「私は誰とも結婚なんかしない。
 レヴィアスとずっと一緒にいるもの」
「ほぉ…?」
興味深げにレヴィアスが眉を上げた。
「同族になると言うのか?」
「え?」
彼の問いに逆にエリスが首を傾げた。
そして彼の訊ねた意味を理解し苦笑しつつ首を横に振った。
「そんな大それたこと、考えたことないわ。
 私は人として生まれた。領主として生きる。
 人であり、領主である私があなたを愛する」
凛とした瞳がレヴィアスを捕らえる。
「魔族に生まれ変わらなくてもあなたを愛せるわよ?」
自分の生き方に誇りと信念を持つ強い少女は言い切った。
「私は人として。あなたは魔族として。
 愛し合えると思うのは私の思い上がりかしら?」
「いや…そうでもないかもな」
素直ではない恋人の返事と深い微笑みにエリスは満足そうに微笑んだ。


「そう言えば…最近領主会議で流行り病の話を聞くのよね」
「流行り病…?」
突然変わった話題にレヴィアスは耳を傾けた。
「ええ。まだこの辺りには広まってないけれど…。
 それがどうやら魔女の呪いが原因だとか…そんな噂がね…」
魔族だとかそんな話をしていたからか、とレヴィアスは話の関連性に1人納得した。
「魔女って…本当にそういうことするの?
 あなたがいるくらいだから、魔女の存在も信じられるんだけど…。
 あなたを知っているからこそ、魔女が単純に悪い存在だとも思えないのよ」
「すると思うか?」
「分からないから聞いてるのに…。
 私としては病人増やしてメリットなんてあるの?って思っちゃうんだけど
 実際、死に至る場合もあるし、今現在の報告では死者は増える一方だわ。
 魔族の視点からはあるかもしれないじゃない」
それ以上は考えても答が出る問題でもないので、こうして聞いているのだ。
エリスからさらに詳しい話を聞き、しばらく思案した後、レヴィアスは口を開いた。
「普通はそんな曖昧で回りくどい呪いは使わんがな…。
 まぁ…捻くれた者がどういう意図を持って仕掛けるかは
 本人でないと分からぬものだし…。
 大体噂になるほど表立って人間に関わる者などそうはいないはずだが」
本来は闇の中で起こって、闇の中で全て終わる。
人の口に上ること自体有り得ないに等しいのだ。
「…う〜ん、でもその言い方ってやろうと思えば出来ちゃうってことよね」
「まぁな」
今はエレミアは無事だが、今後もそうだとは言い切れない。
どうしたものかと真剣に悩んでいる少女にレヴィアスは言葉を付け足した。
「だが、この近辺で魔族絡みの現象が起こるとは考えにくい」
「レヴィアス?」
「我がここにいる」
魔族の王たるレヴィアスがいる周辺で妙な手出しをする者などいない。
「じゃあ…」
「魔族と切り離して考えた方が賢明だろうな」
「そっか。ありがとう、レヴィアス。
 魔族が絡んでないのなら手の打ちようもあるわね。
 調べてみるわ」



眩しいほどの笑顔のエリスを見つめて、アンジェリークは胸が苦しくなるような
嫌な予感を覚えていた。
外れてほしい、と思った。
しかし、関係のない過去の場面をレヴィアスが見せるわけはない。
アンジェリークの生きる時代から千年程前。
流行り病と魔女。
これらのキーワードから歴史の授業で習ったことを思い出す。
「魔女狩り…」
アンジェリークの乾いた呟きにレヴィアスは頷いた。
「知っていたか」
「授業で習う程度には…」
だけどそれを目の当たりにする勇気はない。
しかし、逃げるわけにもいかない。
こくんと喉を鳴らしてから、ひとつ深呼吸をした。
「多分、だけど…。
 あなたとエリスさんが出逢った嵐も理由のひとつだね」
近年見なかった自然災害。
嵐だけではなく、気候の低下などで被害を受けたのはエレミアだけではなかったが、
その復興の速さはエレミアだけが特別だった。
ダメになった農作物に代わる物をいち早く植えさせたり、その他諸々
レヴィアスの知識を借りながら、民の生活と健康を守った。
それが食糧不足、栄養不足、そして流行り病に悩む近隣の民から見れば奇怪だった。
他の領主から見れば、女性であるエリスよりも自分達が劣るという証明のようで
許すことができなかった。
観察力と洞察力、そして広い知識と行動力の結果。
レヴィアスの魔力には頼っていないのに、人外の力だと思われた。
彼女はやるべきことをやっただけなのに…。
「エレミアを守ったエリスさんは疑われた?
 そして…それを言い出したのは領主の誰か…多分…あの人…」
彼女の統治能力を妬んだことと、自分を拒んだ彼女に対する歪んだ想い。
「話が早くて助かるな」
アンジェリークの順を追いながらの推理にレヴィアスは自嘲気味に笑った。
「そして決定的な要因は我だ」
「レヴィアスが…?」
幽霊城の主と通じていることが知られ、疑惑が確信にすりかわった。
「そんな…エリスさんは魔女なんかじゃない。
 私みたいに人であることを捨てようとしなかった。
 人として、領主として…立派な人なのに…」
「確かにな。
 だからこそ…殺された」
「………」




魔女疑惑が浮かんでも彼女は強気でそれを否定した。
魔女裁判を受けるくらいなら、時間がもったいないから
日取りを決めて火刑にしろと言った。
もちろん、証拠もなくそんなことをできるような者はいなかった。
第一エリスを慕う民の意見もあった。
だから彼女は特に危害を加えられることもなく、
ある程度の監視の下ではあるが自室で仕事をこなしていた。
「誰? …レヴィアス?」
深夜、エリスはふと気配を感じ顔を上げた。
先程まで誰もいなかった場所に彼は立っていた。
「レヴィアスっ。
 こっちに来るなんて…初めてじゃない?」
駆け寄る少女を抱きとめたレヴィアスは感情の読めない声で言った。
「噂を耳にした」
エリスはびくりと身体を強張らせたが、その直後になんとか笑ってみせた。
「とりあえず今のところは大丈夫よ。
 魔女裁判なんかに付き合うつもりはないわ。
 最中に殺されちゃうって話でしょ?
 それくらいなら証拠がないまま火刑にしろと言ってやったわ」
「お前…」
「大丈夫。そんな度胸のある人じゃないもの」
エレミアの民の恨みを買ってまで実行はしない。
どこまでも強気な少女にレヴィアスは苦笑した。
「それよりも自由に動き回れないのが辛いのよね。
 流行り病の調査が進んでないのに…」
「エリス…」
「レヴィアス…?」
レヴィアスは仕事熱心な彼女を抱きしめた。
珍しい彼の行動に彼女が不思議そうに問いかける。
「我の血を受けるか?」
「え…?」
「万が一のために…。
 我の血を受けたならば、人などに殺されることはない」
「ちょ…こんな時に冗談は…」
笑い飛ばそうとして、しかし彼の真剣な瞳にエリスの表情が強張った。
「だ、だって…魔女疑惑を否定してるのよ?
 その私が本物の魔族になったりしたら本末転倒じゃない」
レヴィアスらしくない矛盾のある意見に、戸惑いながらも言う。
「信じてくれている民を裏切ることになるわ」
「民の信用などこの状況では当てにならん」
「…どうしてそんなこと言うの?」
レヴィアスは悲しげな視線を受け止めて、口を開いた。
「流行り病がリュウズの領地で発生した。
 そのうちエレミアで流行ってもおかしくない」
隣の領地でも起こったならば、時間の問題だろう。
「原因がお前であろうとなかろうと関係ない。
 ただ束の間の安息を得るため、スケープゴートを求める。
 人とはそんなものだ」
「………」
動揺を隠せずにエリスはただレヴィアスを見つめた。
嘘を言うような人じゃない。
抱きしめてくれる力強さは自分の身を案じてくれているのが伝わる。
見つめ合ったのは、たった数秒にも思えたし、数分にも思えた。
やがてエリスがふっと笑って均衡が崩れた。
「ありがとう、レヴィアス…」
「エリス…」
「でも魔女疑惑をかけられてるからこそ、魔族にはなれないわ」
もとより彼女にそうなる気はなかった。
「もちろん、大人しく殺されるつもりはないわ。
 だから、流行り病の原因突き止めて皆を説得しましょう。
 協力してね、レヴィアス?」
「…分かった」
彼女の強さに自分の読みよりも僅かな可能性を信じてしまい、
彼女の頑固さに折れてしまった自分をレヴィアスは後に悔やむことになるのだった。




「だから君が素直にあの人の血を受けて、ここの連中なんか
 見捨ててしまうのが手っ取り早い解決法だと思うんだけどね」
「どこが解決してるのよ、どこが」
エリスの側でとんでもないことを提案するのは美貌の青年。
自ら調査に出かけたレヴィアスから側にいるように言われたというセイランを
睨みながらエリスは呟いた。
「まったくあなたがレヴィアスの知り合いだなんて信じられないわ…」
護衛ということで数日間、顔を合わせてはいるがまったくソリが合わない。
「それはこっちのセリフだね。
 あの人に愛されておきながら、その血を拒むだなんて…信じられないよ」
彼はわざとらしい溜め息を吐いた。
「人間は愚かだと思ってたけど、ここまでとはね…」
「私は人として生まれた。
 だから人として生きて、人として愛するの。
 たとえ相手が誰であろうと」
「やれやれ…まったく頑固だね」
「私は私以外のものになる気はないわ」
「結局は人であることを捨てるのが怖いんだろう?」
見下したような視線を受け止め、噛みあわない会話に悔しそうに唇を噛む。
「違うわ。
 そういう意味で拒んでいるんじゃない」
上手く伝えられなくて、それが悔しい。
しかし廊下に足音が聞こえた瞬間には、領主の顔に戻ってセイランに言った。
「姿は隠してよ?」
「もちろん」
やってきたのは領主会議の結果を知らせる役人。
明日、エリスを火刑に処すという知らせを持ってきたのだった。
彼女は取り乱すこともなく固い表情と声で訊ねた。
「それが…貴方達が出した答えですか?」




役人が出ていった後、エリスは難しい顔で呟いた。
「明日だなんて…思っていたより早いわね」
というよりも、この結論が出ること自体が自分の予測と違った。
分のある賭けのつもりだったのだが…。
やはりレヴィアスの読みは正しかったのか、
自分が甘いだけだったのか、と重い気持ちで腕を組む。
家族や民の一部はこの決定に激しい異議を申し立てたが却下されたらしい。
窓の外、夜の領地を眺めながら、エリスは溜め息を吐いた。
「で、どうするんだい?
 身柄を拘束される前に君を連れ出そうか」
少し考えた後、エリスは首を横に振った。
「あなたはレヴィアスにこの事を知らせに行ってくれる?」
「君を連れていくこともできるけど?」
見くびってもらっては困ると皮肉げな表情で言えば、苦笑が返ってきた。
「逃げる気はないわ」
決意のうかがえる声にセイランは肩を竦めてみせる。
「君はなぜ僕がここにいるのか、分かっている?」
流行り病の調査は部下に行かせるよりもレヴィアス自ら行った方が早く済む。
代わりにその間は部下の誰かにエリスの側にいるよう命じた際、
セイランが名乗り出たのだった。
彼は正確にはレヴィアスの部下というわけではなかったが、
その実力は信頼できるものだったのでレヴィアスも頷いた。
魔族の王たる者が愛した人間の娘に興味があったから。
そんな彼の動機を知りつつ、レヴィアスはセイランに任せた。
エリスは部下達に快く思われていない。
主の命令で渋々彼女を守る部下よりも、気まぐれであろうと
興味を惹かれて立候補した彼の方が良いだろうと判断してのことだった。
「君を守るために僕は遣わされたんだけど?」
「だからレヴィアスを呼んできてよ?」
「確かに使い魔に行かせるより僕が行った方が
 早くあの人を呼び戻すことができるけどね…」
魔力での移動には個人差が出る。
レヴィアスならば一瞬で移動できるが、
セイランは彼の魔力を追いながら、何度か移動しなければならない。
使い魔ならば移動できる程の力はないので目的地までひたすら飛行していく。
「僕が行けば、その間君は1人なんだよ?」
「そうなるけれど…」
「間に合わなかったらどうするつもりさ?
 あいつらは処刑は明日、と言っただけだ。
 早朝かもしれない。
 もっと悪ければ、もうすぐ…日付が変わった直後かもしれない」
この決定自体が異例なものなのだ。
どんな状況になってもおかしくはない。
「その時はその時よ。
 処刑場にはきっとそれなりに人が集まるでしょう。
 そこで説得してみるわよ」
「今さら説得が受け入れられると思っているのかい?」
「やってみないと分からないじゃない」
火花を散らしそうな睨み合いが数秒続いた。
「馬鹿馬鹿しい。
 そして殺されてやるつもりなのか?」
呆れて見下すその冷たい表情ですら美しい。
「僕は君を守るために来た。
 しかし、当の本人はそれを拒む。
 どうしたら良いんだろうね」
セイランはレヴィアスの命令とは言え、エリスの安全を
第一に考えてくれている。
危険を冒そうとしているのは自分の方だと彼女も分かっていた。
「お願い。逃げる気はないの」
だから、彼に頼むしかなかった。
「逃げるくらいなら死を選ぶ、かい?
 たいしたお嬢さんだ。
 立派で…そしてとても愚かだね」
苛立ちを交えたその表情は寒気を覚えるほどのものである。
エリスは彼の空気に呑まれたように立ち尽くした。

全てを捨ててレヴィアスと共に過ごせば良い。
彼に愛され、道はあるのに彼女はそれを拒む。
結局、全てを捨てるほどの度胸はないのだ。
人である自分も。
人であった自分が手にしていたものも。
怯みながらも真っ直ぐ見つめ返す少女の瞳を
セイランは静かな怒りと共に見つめ返した。
彼女は周囲を裏切ることができない。
裏切るつもりもない。
捨てる度胸はなく、自らの信念を貫く強さを持っている。
人としては…まだ少女を卒業したばかりの年頃の人間としてはできた人物。
それだけに厄介だと思った。
同時に直感した。
この少女はこちら側の存在にはなれない。
「悲劇のヒロイン気取りかい?」
「そんなわけないじゃない!」
セイランのセリフに叩きつけるように反論する。
「誰が好き好んで死にたがるもんですか!」
「今の君はそうとしか見えないんだよ」
「違うわよ。
 逃げ出すのはやましいことがあると認めるみたいじゃない」
だからできない、と言うのだ。
「無実を証明するための一時退却、とかは考えないわけ?」
「今回は逃げたら無実を証明するチャンスもつかめないわ」
彼女も考えなかったわけではない。
それでも、危険を承知でここに残ることを決意したのだ。
「嫌なのよ!
 レヴィアスが疑われるのは」
彼女が自分ではなく、レヴィアスの名を出したことにセイランは眉を上げた。
「彼が私を眷族にしたのだと思われてる。
 彼は私を愛してくれただけ…
 そしてエレミアをその知識で助けてくれただけ…。
 なのに悪者扱いされるなんて冗談じゃないわ!」
「………」
魔族が人間に悪者扱いされるのは当然のことである。
人に害を与えようと、与えまいと。
だから、魔族も人がどう思おうと歯牙にもかけない。
それなのに…。
「魔族とは共存できる。
 魔族の仕業よりも人の不安や妬み…負の感情が
 人を殺す件数の方が多いって知らせないと…危険だわ」
やはり…とセイランは確信する。
彼女は闇の住人になり得ない。
陽の光の中で輝き、導く存在だろう。
なぜレヴィアスが無理矢理にでも彼女を仲間にしようと
思わなかったのかがようやく理解できた。
あまりにも自分達と違いすぎて…その光に惹かれたのだ。
理解できた途端、不本意ながら諦めを覚えた。
彼女の考えは決して曲がらない。
だから…。
大きな溜め息を吐いて頷いた。
「…分かった。
 行ってくるよ」
彼が呟いた途端、ひやりとした空気が一瞬だけエリスの身体を包んだ。
「火避けの術」
彼女が問う前にセイランは笑みを浮かべながら答えた。
「何もしないで出掛けるほどお人好しじゃない」
「?」
「せっかくの僕の忠告を退けたんだ。
 間に合わなかった時は…
 火に焼かれても生き残る魔女の噂が広まるだろうね」
姿を消した彼がいたところを呆然と見つめて…。
やがてエリスは笑った。
「やっぱりお礼を言うべきなのかしらね…」
もし本当に間に合わなかったら…。
彼のおかげ命を落とすことはないだろう。
しかし、人の身でありながら、周囲に誤解されてしまうだろう。
無実の罪で処刑されるか。
生き長らえながらも、魔女の信憑性を強めてしまうか。
どう転んでも問題はある。
それでも…なぜか笑みが零れた。
きっと、彼が助けようとしてくれたのが分かったからだろう。


                                〜 to be continued 〜



モデルは歴史にもある魔女狩りですが
あくまでもモデルということで…。
一応舞台設定は違う世界の話ですし、
あまり史実に忠実に書きたい内容でもないし…。
まぁ、どこの世界でも条件が重なればこうなるかなぁ、と。