花葬 〜flower funeral〜
chapter 14
村から離れた殺風景に開けた丘。 そこが処刑場だった。 役人に囲まれてエリスが現れるとその場のざわめきが大きくなる。 彼女のことを慕って来た者、野次馬根性で来ただけの者、 魔女の処刑と信じてやって来た者。 思惑は人それぞれだろうが、集まった人数は多い。 エリスは歩きながら周囲を確認した。 (…私はここでは死なないから…大丈夫だから…) 震えそうになる身体を励ますように心の中で繰り返す。 後ろ手に縛られながらも毅然と歩くその姿に 泣き出す民や役人の邪魔をしようとする民もいた。 彼らを見て励まされた。 信じてくれている人もいる。 周りを見ればそれは分かった。 真っ直ぐなエリスの視線を受け止めてくれる者。 受け止めきれずに目を逸らす者。 割合は半分。もくろみ通りになる確率もきっと…半分。 どちらに転んでもおかしくはない。 処刑される身としては分のある賭けだと思うことにした。 民衆に向けて剣を抜こうとする役人にエリスは厳しい口調で制する。 「罪もない民を傷つけることは領主である私が許しません」 「何を言う。 我らの邪魔をするということ自体が罪だ」 「間違った処刑を止めることの何が罪?」 彼女の強気な言葉に役人は言葉に窮した。 「私は確かに幽霊城の主と親しいわ。 でも、それだけよ。 魔女でもない。私も彼も何も悪いことなんかしていない。 貴方達みたいに無実の人間を殺したことはないわ」 「黙れ!」 乾いた音が響いた。 直後に抗議のざわめきがいっそう大きくなる。 頬を張られたエリスの方が冷静だった。 静かな眼差しで話す。 「罪悪感を持ってる証拠ね」 「………」 「正しいことをしている自信があるなら小娘に言い負かされたりなんかしないわ」 同情すら感じる表情と声に彼らは何も言い返せなかった。 処刑台に上げられたエリスを見つめ、アンジェリークは消え入りそうな声で呟いた。 「…レヴィアス…助けられないの?」 アンジェリークの顔色はエリス以上に悪い。 今にも倒れそうな程、蒼ざめていた。 「過去の光景だ。触れることはできない」 「でも…レヴィアスならっ…」 彼ならなんとかできるのではないか、そう思ってしまう。 長い時を経て知識を積み重ねてきたのは それを願う気持ちがあったからではないだろうか。 こんな結末は見たくはない。 「処刑の前に時間をくれる約束だったわよね」 エリスの有無を言わさぬ確認に役人達は好きにしろ、と告げた。 そして、彼女は皆の前で自分とレヴィアスの潔白を説いた。 彼の知識に頼ったこと。 嵐を収めたことを除いて、人以外の力には頼っていないこと。 「私も彼も責められるようなことはしていない。 不安になるのは分かる。 だけど…。 こんな風に誰かを殺して安心しても、何の解決にもならないって気付いて」 エリスの分かりやすく、筋道の通った話は人々の心に入りやすかった。 「今まで各地でたくさんの『魔女』が処刑された。 でも、被害は広まってる。解決してない証拠でしょう?」 人々の間でざわざわと囁き交わす声が目立ち始める。 「今、流行り病の原因を調査してるわ。 私が死んでも、それは弟に引き継がれる」 「おい!」 彼女の話は正しすぎて…だからこそ他の領主達や役人にとっては都合が悪い。 エリスの話に同意してしまえば、今まで自分達のやってきた事が 間違っている、と認めてしまうことになる。 それはできないことだった。 だから、彼女の話を中断させなければならない。 彼女は罪人として処刑されなければならない。 「悪あがきもいい加減にしろ」 しかし、エリスは怯まずに役人を睨み返した。 「時間をくれると言ったでしょう。 約束も守れないの?」 そしてすぐに視線を民に戻し続ける。 「だからもうこんな無意味な処刑はしないで。 もうすぐ原因が分かるはずだから、弟の伝える対処法に従って」 「エリス様!」 「領主様!」 場の空気はすでに処刑を認めるものではなかった。 彼女を助けようとする人々が前に出てくるのを 役人達が剣を抜いて牽制する。 「もういい。火をつけろ!」 暴動に発展する前に始末をつける。 上官の命令に従い、処刑台の下に積まれた材木に火が付けられた。 「っ…レヴィアス…!」 すぐに熱風が頬を撫で始めた。 助かると分かっていても、焼かれる恐怖を感じないわけじゃない。 エリスは瞳を閉じて、レヴィアスの名を囁いた。 やれるだけのことはやった。 これ以上、どうすれば良い? 大人しく火に焼かれても、助かってしまう自分はどうすれば…。 人々の泣く声、叫ぶ声が場を覆った。 エリスの足元の材木が燃え上がるのを見て、アンジェリークは叫んだ。 「いや! もう…いいっ!」 どうして、彼女がこんな仕打ちを受けなければならない? もう、見ていられない。 「アンジェ…」 震える肩をレヴィアスが抱き寄せた。 安心させるように囁く。 「大丈夫だ。この場は…」 レヴィアスの言葉よりも先に異変が起きた。 処刑場に突風が吹き荒れた。 燃えていた材木が処刑台もろとも吹き上げられ、地面に叩きつけられる。 一瞬の出来事だった。 台に縛り付けられていたエリスは、突然現れた黒髪の青年に 抱きかかえられていた。 「レヴィアス…」 助けに来てくれた彼に微笑みかけると、 彼女は緊張の糸が切れたのか気を失った。 「エリス…」 レヴィアスはただ呆然と立ち尽くす人々を見渡し、 剣を構えることもできない役人達を冷たい瞳で見下ろした。 「愚かな…。救世主となる少女を殺すのか」 その視線だけで皆身動きを封じられたかのようだった。 そんな人々にかまいもせずにレヴィアスは現れた時同様、忽然と姿を消した。 エリスが目を開けると、そこはレヴィアスの城だった。 客室のベッドに横たえられている。 「そうだ…レヴィアスが来てくれたのよね。 ありがとう」 ベッドの側に付いていてくれた彼に礼を言うが、 やはりその笑みにいつもの覇気はない。 「礼は言わなくていい」 「状況は?」 謙遜とは無縁の彼にエリスは首を傾げた。 そう言うだけの意味がある…つまり問題は何一つ 解決していない、ということだろう。 彼女の察しの良さにレヴィアスは小さく微笑んだ。 「お前が皆の前で焼かれるのを避ける為、あの場で我が助けた」 「ええ。感謝してるわ」 セイランの火避けの術が効いている為、無事に済むだろうが それはそれで人間ではないという信憑性を高めてしまう。 だから、レヴィアスが助けてくれたのは本当に感謝しているのだ。 「本来は民が動いてお前を助けるべきだった」 エリスに説得された民が彼女を助けてくれれば理想的だった。 そうすれば、今後無駄に人が処刑されることもなく エリスの指示の下、対処法に従えば良い。 だが、彼らは説得はされたが、助け出すまではできなかった。 レヴィアスはギリギリまで待ったが、それはかなわなかった。 「我が助けたことにより、やはりお前は疑われたままだ」 魔族に助けられたことで、迷いが生じる者もいた。 「そんな…レヴィアスはただ助けてくれただけなのに…」 魔女だとか人間だとか…そんなことは関係なく、助けてくれただけなのに。 「今お前の家族達が民の不安を取り除こうとしている」 エリスの側に付いていたかったはずだが、レヴィアスに任せて 皆、外に出て騒ぎを鎮めるため動いていた。 「そう…」 うまく説得できなかったせい…? 怖れるべきは魔族ではなくて、自分達の弱さ。 伝わらないもどかしさにエリスは唇を噛んだ。 「私も行った方が良さそうね」 「ああ、一度自分の屋敷に戻った方が良い」 「ええ」 ベッドから下りて、そのまま部屋の外に出て行こうとする彼女に レヴィアスは苦笑交じりに訊ねた。 「その足で帰る気か?」 「そうだけど?」 「やめておけ。我が送る」 「あ、そうか。今は馬がいないものね」 レヴィアスは彼女の返答に僅かに困ったように微笑んだ。 エリスの手を取り、テラスに出る。 「!」 山道を並んで上ってくる武装した兵や民衆。 明らかに目的地はここだろう。 今はエリスを迎え入れ、この城は人の目に映る状態にある。 「なっ…誰がこんな許可を…!」 自分ではない。家族もレヴィアスのことを正しく理解している。 この地で権限のある者が指示するはずはないのだ。 では、誰が…? 蒼ざめる少女にレヴィアスはいつもと変わらぬ余裕の態度で微笑んだ。 「ここは少々騒がしくなる」 「レヴィアス!」 「お前は安全な屋敷にいろ」 「いや! 私もここに…」 ここで人々を止める。 言いかけたエリスはレヴィアスの表情に言葉を止めた。 静かな表情。だけどこれ以上逆らうことを許さない瞳。 「もう話し合いの余地はなさそうだが?」 「………」 優美な城門が無残に壊されていく。 その様を見下ろし、エリスは頷いた。 「無事でいて…」 「エリス…終われば迎えに行く」 「うん。待ってるわ」 エリスは額に優しいキスを受けて、微笑んでみせた。 そして次の瞬間にはレヴィアスの力によって屋敷へ送られた。 「レヴィアスなら…大丈夫なはずよ」 自分を励ますように呟くと、エリスは自分の部屋を出た。 「ねえさま! 戻ってきたんだね。無事で良かった…」 かけられた声に振り向いて、エリスは弟に詰め寄った。 「ちょっと! レヴィアスの城に兵達が攻めて来たわよ」 どういうこと?と問い詰めると、彼もちょうどその話がしたかったのだと頷いた。 「僕達は許可を出していない。 民の不安を扇動してる者がいる」 その者に導かれて踊らされている。 「なんてことを…レヴィアスに敵うわけがないのに」 剣や銃など無意味なのに…。 彼に相手になどされていなかったから、共存できていたのに…。 「自ら攻め入って、返り討ちにあうなんて馬鹿げてる」 彼は静かに暮らしたがっていたのに…。 「ねえさま…」 どんなにもがいても、流れを変えられない。 ぱたぱたと悔し涙が零れ落ちた。 それでも瞳には常に宿る強い光。 「犯人を付き止めるわよ」 「はい」 「出掛けます」 彼が遠ざけたのだから戦場になっている城には行かない。 だから、とりあえず役所に行って状況を掴もうと思った。 うまく行けばエリスの代わりに事を収めようとしている両親に会えるかもしれない。 使用人に一声かけ、エリスは外へ出ようとした。 「どちらへ?」 「役所へ…」 「魔女が行くべきところではありませんね」 振り返り、彼の手に銃が握られていることに気付くとほぼ同時に トリガーが引かれた。 「っ!」 「ねえさま!」 屋敷内から聞こえた銃声に玄関で待っていた弟が駆け戻った。 そこで彼が目にしたのは崩れ落ちる姉と銃を持って震えている使用人。 「ねえさま!」 倒れる姉を抱き止めようとしたが、まだ距離がある。 さらに急ごうとしたところで、ふっと目の前に青年が現れた。 「にいさま…」 エリスが床に倒れる前にレヴィアスが抱き止めた。 「エリス…」 「レヴィアス…来て、くれたんだ…」 掠れる声でエリスは囁いた。 「無事、だった…んだね。そっちは…片付いた?」 「ああ」 本当は異変に気付いた瞬間、城にいた者達など放っておいて ここに駆けつけたのだが、頷いて彼女を安心させた。 「そう…」 「もう、喋るな」 彼女の服を染め、さらに床に広がっていく血の深紅が目に痛いほどだった。 そして、すぐに分かる。 人間ならば助からない致命傷だと。 「エリス…我の血を受けろ」 「あと…50年くらい…一緒に、いる…つもり、だったんだけどね…」 「エリス!」 彼女は弱々しくも微笑んで手を上げ、レヴィアスの頬に愛しげに触れた。 白い肌にエリスの血が紅く残る。 「こんなに早く…お別れ、する…なんて。 ごめん…なさい…」 「…っ…こんな…」 助かったと安心して見ていたところで、突然の…あっけないほどの終幕。 アンジェリークは呆然と見ていた。 「こんなのって…」 泣きじゃくるアンジェリークの頭をレヴィアスが抱き寄せた。 「エリスは最期まで我を愛している、と言った。 だが、その口で魔族となることも最期まで拒否した」 「………」 エリスがレヴィアスと弟に何か言っているのを アンジェリークは涙で滲む視界に映していた。 もう彼女の声は小さすぎてここまで聞こえない。 「そして、我らにエレミアを頼むと告げ、息を引き取った」 レヴィアスの腕の中で彼女の身体から力が抜けたのが分かった。 エリスの弟の泣く声が聞こえる。 静かな空気を壊したのはエリスを撃った使用人の声だった。 「やっぱり…やっぱり魔女だったんだな! よくも今まで騙して…」 「まだ、いたのか」 「どうしてねえさまが魔女なんだ!?」 静かな怒りと燃えるような怒り。 二人は対照的な返事をした。 「この清められた銃はある方から頂いたんだ。 人間には効かないが、魔女には効くと…。 どうせお前達家族もそうなんだろう!」 そして今度は弟に狙いを定める。 「あの方は私を信頼してこの銃を与えてくださった」 自分の正しさを信じ込んでいる彼は勝ち誇った笑みを浮かべている。 「すぐにお前達もこの娘に会わせてやる」 「ほぉ…面白い」 レヴィアスはエリスの弟を庇うように前に出た。 ゆったりとした足取りで使用人に向かう。 「来るな! 撃つぞ!」 「撃ってみるがいい」 冷たい凍りつくような笑みだった。 その場の空気が明らかに変わっていた。 肌寒さを覚えるほどに気温が下がっている。 「く、来るな!」 撃とうしても指が動かせず、彼は恐怖に叫んだ。 レヴィアスは薄く笑って、優雅ささえ兼ねた動作で銃を奪った。 そして、銃を手にして呟く。 「やはり…あの男か」 「にいさま?」 彼の問いには振り向き、小さな笑みで答えるだけだった。 すぐに目の前の男に視線を戻す。 「人間に効かず、我らに効く銃…か。 本当にあるのなら面白い」 流れるような動きで銃口を使用人に向ける。 「やめろ! やめてくれ!」 「焦る必要はない。 人間ならば助かるのだろう?」 銃声が聞こえた時、アンジェリークの視界は真っ暗だった。 僅かに遅れてレヴィアスのマントの中に閉じ込められたのだと気付いた。 「もう、人が死ぬところなど見たくないだろう…」 「レヴィアス…」 「我も…我が人を殺すところをお前に見せたくない」 「レヴィアス…」 「許せるはずがない…奴らを」 マントの中でアンジェリークはレヴィアスの腕にそっと触れた。 僅かに震える彼の腕。 感情を殺して聞こえるその声音。 見えないからこそ、分かった。 復讐は許されることではないけれど…彼だって傷ついていた。 千年を超えた今でも傷ついている。 かける言葉なんて見つからない。 ただ、哀しくて胸が痛い。 涙が止まらない。 「銃に触れた時、過去を読んだ。 やはりあの男、リュウズが彼に銃を渡して適当なことを吹き込んでいた」 処刑が魔族に邪魔され、人々が混乱しているその時。 不安に揺れる者に都合の良い言葉で言いくるめて たきつけるのは容易いことだったろう。 彼は自分の手を汚すことなく、手に入らなかったエリスを殺した。 「我はその後、あの男も殺した」 「………」 「そして、あの男に煽られ城に攻めて来た兵達も一掃した」 本当はエレミアの地ごと跡形もなく壊してしまいたかった。 怒りに任せてそれをしなかったのは、エリスの遺言があったからだった。 「もう、いいよ…」 見せたくない、と言っていたくせに。 それでも正直に自分の罪を告白し続けるレヴィアスを アンジェリークは抱きしめた。 「レヴィアス…もう、いいよ。 もう、帰ろう?」 「ああ…」 〜 to be continued 〜 |
…というわけで過去編終了です。 |