花葬 〜flower funeral〜
chapter 15
レヴィアスは泣き疲れて眠っている少女を見つめていた。 元いた時代に戻って、アンジェリークは泣きながらレヴィアスを抱きしめていた。 オスカーの邸から連れ帰った時と同じような光景。 あの時はアンジェリークがレヴィアスに縋っていた。 だが今は違う。 ただ、ずっと、抱きしめて泣いていた。 何も言わずに側にいてくれた。 アンジェリークがレヴィアスを包み込んでいた。 「アンジェリーク…」 どれもアンジェリークには見せたくない過去だった。 エリスを大切にしていた自分も。 怒りに駆られて人を殺した自分も。 自分自身の傷を見ることにもなるし、 今後アンジェリークの態度が変わるかもしれない。 認めたくはないが、怖れていた。 アンジェリークは過去を知らないから…想っていられるのだと。 事実を目の当たりにして、自分を見る瞳に嫌悪や怯えが 混じることになるのではないかと…怖れた。 だが、彼女は思っていたよりも強かった。 アンジェリークは散々泣いて、そしてレヴィアスに謝った。 「ごめんね…私、何も言えない…」 慰めの言葉も。励ましの言葉も。糾弾の言葉も。 色んな思いはあるはずなのだが、どれも言葉にできない。 傷を癒してあげたいだなんて傲慢だった。 だけど…としゃくりあげながら続ける。 「それでも、好きだから…」 過去に別の人を愛しても。 実際に彼が罪を犯していたのだとしても。 気持ちは変わらない。 「レヴィアスの側にいたい」 悪かった、とレヴィアスは心の中で少女に詫びた。 彼女を甘く見ていた。 現実逃避でレヴィアスに惹かれたわけではない。 現状よりも明らかに大変な道を歩むと解っていてもレヴィアスを選んだのだ。 とうにアンジェリークは覚悟ができていた。 「アンジェリーク…」 「何があっても好きだよ」 哀しい過去を知って、辛いけれど…それでも得たものはある。 真実と自分の想い。 過去に何があったか、きちんと分かった。 何があっても、自分の想いは変わらないことが分かった。 本気の恋だから彼だけを選べる。 彼だけを選べるということは、場合によっては彼以外を切り捨てるということだけれど…。 アンジェリークは涙に濡れた瞳でレヴィアスを見つめた。 「だから…ずっと、ずっと一緒にいよう」 「ああ、そうだな…」 レヴィアスはアンジェリークの涙を拭って、瞼に口接けた。 ひんやりとした感覚の後、腫れが引いていく。 「だから、泣くな」 困ったように微笑むレヴィアスにアンジェリークはくすりと笑った。 「レヴィアスが泣けない分、泣いてあげたのよ」 「そうか…」 「そうなの」 「…ん…」 目覚めて、まず彼の姿が目に入って嬉しくなる。 「いてくれたんだ」 微笑む少女の頬に口接けるとレヴィアスも微笑んだ。 「お前に告げたいことがあったからな」 「なに?」 アンジェリークは起き上がって、首を傾げた。 改まってなんだろう?と。 「儀式をするには必要な条件がいくつかある。 月と日とお前と我の状態… 全ての条件が揃う時、完全に近い魔族として生まれ変わらせることができる。 次にそれらが重なる日にお前を仲間にしよう」 「!」 眠りに就く前にアンジェリークが言ったセリフ。 『だから…ずっと、ずっと一緒にいよう』 ずっと、とは永遠を指しているのだとレヴィアスも気付いていた。 自分の内にある不安が事を先延ばしにしていた。 だが、もう迷わない。 彼女が共に永遠を生きる相手。 目を丸くして、言葉もない少女にレヴィアスは苦笑する。 「そんなに驚くことか?」 仲間にするということは前々から伝えていたはずだが。 「だって…」 「ふっ…我も信用がなかったものだな」 「あ、そういうわけじゃ…」 苦笑交じりに呟けば、アンジェリークは慌てて否定しようとする。 レヴィアスはそんな少女の髪をくしゃりとかきまぜた。 「冗談だ。お前にそう思わせたのは他ならぬ我の所為だ…」 「レヴィアス…」 栗色の髪を梳いた指先がやわらかな頬に触れる。 アンジェリークは彼の手に自分の手を重ねて見つめ返した。 「嬉しい」 幸せそうに穏やかに微笑む。 「いつ…仲間にしてくれるの?」 「5日後だ」 「5日後…」 一瞬だけレイチェルやオスカーの顔が浮かんだが、消し去るように瞳を閉じた。 「不安か?」 アンジェリークは首を横に振りかけて、しかし素直に頷いた。 子猫が甘えるようにレヴィアスの腕の中に納まる。 「少しだけ、ね。だけどレヴィアスがいるから大丈夫」 ふふ、と笑ってレヴィアスを見上げる。 「それに、楽しみでもあるわ」 「そうか」 「うん」 「迷いがあるなら遠慮せずに言え。 儀式を先延ばしにしてもかまわない」 「?」 真剣な瞳で見つめられ、アンジェリークは首を傾げた。 「仲間にすること自体は難しくないが… 完全な生まれ変わりは難しい」 「どういうこと…?」 吸血鬼に襲われた者が吸血鬼になるのは有名な話である。 しかし、それはその者の死には変わりない。 自我を保てず、魔族の本性に引きずられるだけの抜け殻に等しい。 「無理強いをすれば、人間の魂など魔族の性に負ける。 魔族として生きる意志がなければ、ただの化け物になる」 エリスを無理矢理同族にしなかったのはそれが理由だった。 彼女自身が魔族として生きることを望んでいなかった。 死を目前にしても彼女は決して望まなかった。 そんな状態で仲間にしたところでうまくいくわけがない。 彼女の意志は強く、魔族の本性に負けることはないだろうが それ故に、魔族の身体とそれを認めぬ魂は反発しあうだろう。 永遠を与えても、きっと長くは生きられない。 「………」 「お前がお前のままで生まれ変わる為に迷いは危険だ」 「分かったわ」 「まぁ、そんなに心配するな」 ふっとレヴィアスが不敵に微笑む。 「多少の無理は我がなんとかする」 その余裕の笑みにアンジェリークもくすりと笑った。 「頼りにしてるわ」 「ね、私が魔族になったら…また旅行がしたいな」 「ああ」 「レヴィアスの世界も案内してね」 「そうだな…」 会わせておきたい顔ぶれもある。 金の髪の少女はきっとアンジェリークを可愛がるだろう。 「レヴィアス…」 アンジェリークはレヴィアスにきゅっと抱きついた。 どうしてだろう? 嬉しい気持ちも、楽しみな気持ちも、少しだけの不安も嘘じゃない。 だけど、切ない。 人間である自分を捨てることへの感傷だろうか…。 しかし、それとは別に胸騒ぎがする。 どうにも落ち着かず、レヴィアスに抱きついてしまっていた。 「アンジェリーク…」 優しく抱きしめ返してくれる腕に安心する。 (大丈夫。 レヴィアスと一緒なら心配なんかいらない…) 「大好き…」 微笑んでねだるように瞳を閉じる。 しょうがないな、という気配の後、羽根のようなキスが落とされた。 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜 アンジェリークとレヴィアスがさらに絆を深め、 もっとも平和で穏やかな時を過ごしていた頃…。 エレミアの領主の執務室では火花が散るような会議が行われていた。 「ワタシは反対です!」 「しかし、お嬢ちゃん。このまま見過ごすわけにはいかない」 「そうですね。 確か…吸血鬼が村に現れたのは初めてです」 オスカーの意見に賛同するエルンストをレイチェルが睨む。 「深夜の事件なのでオスカー様以外に目撃者はいませんが… 噂は村中に広まっていて民は不安になっています」 「だーかーらー、何を不安がる必要があるの!? 彼にはアンジェが必要だった。 アンジェも彼のところに帰りたがってた。 だから彼が迎えに来た。それだけのことダヨ!」 ばん、とテーブルを叩いてレイチェルが発言する。 「どこをどう考えたらワタシ達が城に攻め込む理由になるの!?」 「化け物に攫われたアンジェリークを助けるためだ」 「攫ったのはオスカーでしょ?」 「彼女の目を覚まさせるためだ」 「あーもう! 2人をそっとしといてあげればそれで済む話じゃないの? 彼らが村に危害を加えるわけじゃないんだし。 前に『アンジェを泣かしたら許さない』って言ったの忘れた?」 「あいつが彼女を泣かさないって保証はないだろう」 種族の違いが大きな壁となるはずである。 「無理矢理こっちに連れ戻すよりは泣かないヨ!」 「なぜ言い切れる?」 「お2人とも落ち着いてください。 話の主題がずれてきています」 エルンストは2人を諌めながら、領主であるジュリアスに視線を向けた。 今まで黙って話を聞いていたジュリアスは眉間に皺を刻んで溜め息を吐いた。 「まずは冷静になれ。そなた達らしくないぞ」 「…申し訳ございません」 「ゴメンナサイ…」 今は会議中。私情を挟むべきではなかった。 オスカーとレイチェルはすぐにはっとして非を認めた。 「件の吸血鬼とアンジェリークの関係は聞いている。 彼女の幸せは彼女が決めるもの。それに口出しをする気はない」 「問題は吸血鬼が現れた事による民の混乱です」 ジュリアスの言葉を引き継いでエルンストは一度話を整理した。 「先日、オスカー様の邸に吸血鬼がアンジェリークを取り戻しに現れました。 目撃者はオスカー様のみですが…窓ガラスが割れた音を聞いた等の証言者はいます。 そしてすぐにこの噂は村中に広まりました」 もはや知らない者はいないだろう。 なかったことにするのも無理がある、と溜め息交じりで眼鏡の位置を指先で直した。 「私達以外はあの2人の事情を知りません」 アンジェリークが生きていることすら知らないはずである。 「突然現れた吸血鬼に恐怖を覚えるのは仕方がないことです」 伝承でしか見かけない化け物。 たとえ、自分達が彼にアンジェリークを生贄として捧げたとしても 目の当たりにするわけではないので、所詮他人事と実感がなかった。 だから吸血鬼の存在は半信半疑だった。 しかし、実際に現れたとなっては話は違う。 嵐を収めるなどという計り知れない力を持っている魔物がいつまた現れるか分からない。 魔族というだけで嫌悪感と恐怖心は煽られる。 「冷静になったうえで言わせてもらうヨ」 レイチェルが手を挙げて、3人を見回した。 「それでもワタシは城攻めを反対する」 「レイチェル…」 「お嬢ちゃん」 エルンストとオスカーの苦々しげな発言を制してジュリアスは言った。 「理由を聞こう」 「ひとつは城攻めに意味はない」 「なんだと? いくらレイチェルでも聞き捨てならんな…」 「オスカー」 「ジュリアス様…」 彼が黙るのを確認してレイチェルは続ける。 「アンジェが向こうにいる以上、彼は干渉してこない。 記録書を信じるなら、千年もの間、彼は人に危害を加えていない。 わざわざコッチからちょっかいかけて痛い目見ることないよ」 レイチェルは腕を組んで大きく息を吐いた。 「ワタシこそ聞きたいね。 嵐を鎮めるような魔物とどう戦うって言うの?」 「それは…」 口篭る面々にレイチェルは訴えるように言った。 「アンジェの親友だから、彼女の幸せを壊したくないっていう 私情だけで言ってるんじゃない。 政務を行う者として、民を無駄死にさせる気はないって言ってるの」 「………」 「2つ目の理由がそれ。 みすみす死者や怪我人を出すのはイヤ」 そして誰も口を挟まなかったので、続けて次の理由を述べる。 「3つ目。あの吸血鬼は何も悪いことをしていない。 彼は嵐を鎮めて村を助けてくれたんだよ? アンジェはその代償として彼の元へ行ったんだよ? アナタ達は…あの子の死を承知で送り出した」 あの時、何も知らされず、事が終わってから知らされたレイチェルは 鋭い瞳で彼らを睨んだ。 「だけど、彼がアンジェを生かしてくれた。 ホントは彼女の未来にワタシ達が口出しすること自体筋違いなんだよ? 彼に対してワタシ達は恩を仇で返そうとしてるだけじゃない?」 「レイチェル…。貴女の意見は分かりました」 エルンストが困ったようにジュリアスを見る。 彼も同様の表情で頷いた。 「確かにそなたの言うことは理解できる」 「なら…」 「だが、民の不安はどう拭う?」 「それは本当のことを説明すれば…」 「それだけで納得させられるか?」 無理だと言わんばかりの口調にレイチェルは反発を覚えた。 「やってみないと分からないじゃないですか」 「お嬢ちゃん、不安ってのは理屈じゃないんだ。 一度植え付けられれば簡単には消えない」 「民衆がもっとも望む形で分かりやすく披露できなければなりません」 エルンストとオスカーの言葉で察したレイチェルは拳を握り締めた。 「それで、納得させるシナリオとして城を攻めて吸血鬼退治を?」 くだらない茶番を演じると…? 「本当に退治しなくてもかまいません。 …おそらく無理でしょう。そこは私も貴女と同感です」 「エルンスト! アナタ…」 「討伐隊を派遣したという事実と隊員からの退治したという報せがあれば良いでしょう」 「俺は本当に退治するつもりだがな」 「オスカー、そんなこと許さない! アンジェが…あの子がどれだけ傷つくと…」 「今は傷ついても…結果的に彼女を助けることになるだろう」 「ジュリアス様!」 助けを求めるように領主に視線を向ける。 彼は自分にも他人にも厳しい。 融通が利かない堅物だと周囲に思われるような人物である。 こんなことを認めるわけがない。 「レイチェル…」 ジュリアスは机の上で手を組んだ。 たった数秒の沈黙がとても長く感じた。 「そなたの言うことは正しい。 わざわざ攻め入ることをしなくてもおそらく害はない。 血を流さずとも村に危険はないだろう」 領主の言葉にレイチェルは瞳を輝かせた。 「だが、城攻めに流す血は無駄にはならぬのだ。 民の不安を取り除いてやる為には…」 「ッ!」 あまりのショックに声も出なかった。 身の危険はないのに…安心するためだけに双方の血を流してもかまわないのだ。 こちら側は自業自得だが、あちらは何もしていないのに… 散々頼られたうえ、存在するだけで否定される。 喉が震える。 悔しさに涙が零れそうになる。 この人達の前で涙なんか見せない。 その意地だけで堪えた。 「ワタシ達の方がよっぽど悪者じゃない…」 先程までの勢いで責められた方がまだ良かった。 消え入りそうな震える少女の声は胸に痛い。 3人の男達はバツが悪そうに顔を見合わせた。 やがてジュリアスが真っ直ぐな眼差しでレイチェルを見つめた。 「悪者になってもかまわぬ。民の為に必要ならば…」 「………」 3人とも分かっていて実行する覚悟があるのだ。 (アンジェ…ワタシはこんなの認められないよ) 民だけ救われれば良いだなんて思えない。 執政者として失格だと言われても、考えが甘いと言われても違う道を選びたい。 「ジュリアス様は…正しい道を選んでくださると思っていました…」 「レイチェル! ジュリアス様に失礼ではありませんか」 「正しい道、か。 何を第一に考えるかで人それぞれ変わってくるだろうな…」 「………」 彼らは民を第一に考えた末の結論なのだ。 全てにおいて満足の行く結果が期待できる策があったのなら、 きっとその道を選んでくれただろうけれど…。 (アンジェリーク…) 最後に見た親友の顔を思い出す。 アンジェリークを応援すると言ったら、泣きながらも喜んでくれた。 笑ってくれた。 微笑んで彼女の愛した相手の事を話してくれた。 とても幸せそうだった。 きっと今は一緒にいられて幸せに過ごしているはずだろう。 (アナタの幸せを…ワタシ達が壊すの?) 〜to be continued〜 |
ちなみにこの創作の吸血鬼に関する情報や 吸血鬼になる方法などは調べた事を使ったり、 そこから捏造した事を使ったり…です。 ほとんど自分仕様で書いておりますので 間違ってる!という指摘はご勘弁を…。 だいたい諸説ありすぎて、調べるほど どれが有力候補なんだか分かりません。 というか、図書館でこういう本を調べてる私は 傍からどういう風に見られるのかがちょっと気になります(笑) |