花葬 〜flower funeral〜
chapter 16
会議が終わる頃には、日が暮れかけていた。 城攻めは止められない。 計画は最優先事項として迅速に着々と進められている。 決行までに日がない。 (だけど…) レイチェルは執務室から出た後、廊下の窓から古城のある山を見つめた。 「……………」 「どうかしましたか? レイチェル」 「なんでもない…」 「とても説得力のない言葉ですね」 「うるさいなー」 解ってるなら聞かないでよ、と声をかけてきたエルンストを睨む。 「全てうまくいく方法があればいいのに…。 そう考えてただけダヨ」 「レイチェル…」 眉を寄せる彼にレイチェルはわざと明るく言ってみせた。 「今後、ワタシを会議から外す?」 「……私に決定権はありません」 「それもそうだね」 エルンストと別れた後、自分の部屋で仕事をいくつか片付ければ すでに夜も更けていた。 帰り道、レイチェルは馬上から月を見上げていた。 もうすぐ満月。月明かりだけでもけっこう明るい。 「……………」 ゆっくり歩いていた馬の足を止める。 躊躇ったのは一瞬だけ。すぐに馬首を翻し、駆け出した。 目指す先は自分の屋敷ではなく、古城。 (…止められないのなら……) 城攻めが必要ならやればいい。 昼間の会議で吸血鬼退治は実際に達成できなくてもかまわないと聞いていた。 おそらく、あれがエルンスト個人の最大の譲歩で助言。 ならば討伐隊が攻め入った事実と誰もいない城が残ればかまわないはず。 付き合いの長い幼馴染み故、分かっているつもりだった。 彼もあの策を最善の策とは思っていない。 だけど、現状で考えられる限りの上策だから異議を唱えられない。 (あの2人に逃げてもらうしか…) レイチェルは事の次第を話して、2人に城を離れてもらうつもりだった。 色々な国に出かけたと楽しそうに笑っていた親友を思い出す。 また…旅に出てもらおう。 今度は長めの旅を。 (…追い出すことに変わりないけどネ) もう二度とアンジェリークに会えなくなるかもしれない。 だけど…無駄な争いをするよりはずっといい。 「そこまでだ、レイチェル」 「!」 古城への山道に差し掛かった時、数人の人影が彼女を囲んだ。 「オスカー……」 失敗した、と悟った。 まさか会議で決定があったその日に城へ向かうことを読まれるとは思っていなかった。 自分でさえ、先程行くことを決めたばかりなのに。 見つからないように、細心の注意を払って獣道を選ぶべきだった。 だが、今となってはもう遅い。 レイチェルは開き直って真っ向からオスカーと対峙した。 「そこを通して」 「悪いが聞けないな」 「ねぇ、レヴィアス。 そう言えば…ちょっと気になってたんだ」 「なんだ?」 レヴィアスが読んでいた分厚い本を閉じるとアンジェリークは声をかけた。 銀狼のブラッシングをしていた少女はその正面をレヴィアスに見せる。 「この子の首飾り、少し色が変わった? それとも別のを付け替えたの?」 銀狼は飼い犬のような首輪はしていない。 だが、その代わりペンダントのように鎖に通した球形の石を首に下げていた。 前は黒に近い濃紺だった気がする。 今はその色が薄くなっている。 「別に首飾りというわけでもないのだがな…」 「?」 「よく見てみろ」 レヴィアスに促されて丸い石を手に取ってじっと見る。 「あれ…?」 今までは濃紺色をした石だと思っていたのだが…。 「中に何か入ってるの?」 よくよく見ると、透明な水晶球の中で何かが渦巻いているように見えた。 「お前がここに来た時に取り込んだ嵐だ」 「………」 ソファから立ち上がったレヴィアスが片膝をつき、水晶球を確認した。 「大分弱くはなったが…まだ荒れているな」 アンジェリークはその横顔を見つめて…そして以前に彼が言っていたことを思い出した。 エリスに頼まれた時は雨雲を散らしたのだと。 しかし、今回は散らすことが出来なかったので、ある場所に取り込んだのだと。 「これが…あの嵐…?」 不思議そうに見つめる少女にレヴィアスは頷いた。 「我の力の一部を切り離してこの銀狼にした。 あとはこれが時間をかけて嵐を消滅させる」 「中身がなくなって、ただの水晶球になったらこの子のお仕事は終了ってこと?」 「そういうことだ」 「もしかして、セイランが言っていたあなたが本調子じゃないっていうのは…」 「ああ、銀狼が存在している間は我自身の力は欠けていることになるからな。 ……どうした、アンジェリーク?」 じーっと見つめる少女にレヴィアスは声をかけた。 「…一緒にいたのに全然知らなかったなぁって…」 「言わなかったからな。 言う必要も特にないと思っていた」 知りたかったのか?と瞳で問われてアンジェリークは笑って首を横に振った。 「ただ、魔族だからって何でもできるわけじゃないんだなって思ったの。 力を使うにもちゃんと理屈があって。原因があって結果がある。 代償もある」 「当然だろう?」 今度はレヴィアスの方が不思議そうにしている。 アンジェリークはくすくすと笑って彼を見上げた。 「普通の人はそこまで考えないもん。 魔族はすごい力を持ってる恐ろしいモノ、で終わるよ」 それゆえに理解もしようとしないし、できない。 理屈抜きで恐怖心だけが先立つ。 「そうかもしれんな」 「うん。 だから、そういうこと教えてもらえるのは嬉しいなって思ったの」 少しずつ近付けている気がする。 レヴィアスは嬉しそうに笑う少女の頭を愛しげに撫でた。 「のん気なことを…。 これからお前もその力を使えるようにするんだぞ」 「あ、そうか。 じゃあ、レヴィアスが先生?」 「不服か?」 魔族を統べる者の不敵な笑みにアンジェリークは見惚れた。 そして、一瞬遅れて抱きついた。 「とんでもない。 よろしくね、レヴィアス先生?」 レイチェルは恨めしげに目の前を睨んでいた。 そこにあるのは頑丈な鉄格子。 「ここまでやる?」 「それはこちらのセリフですよ…」 思わず呟いた独り言に返事があるとは思わなかった。 数歩分の足音が地下牢に響いた後、エルンストの姿が現れる。 「情報を漏らすため古城へ向かって捕まって。 自宅で軟禁状態なのにも関わらず脱走を試みること数回」 エルンストは大きな溜め息を吐く。 「僅か2日ばかりの間にそれだけやられるとは…」 仕方なく彼女はここに閉じ込められることとなったのだ。 「ことごとくオスカーに邪魔されたケド…」 城攻めの準備で忙しいはずなのに…と苦々しげにレイチェルは呟いた。 軽いイメージがあるものの、伊達に騎士団長は務めていない。 「やはり貴女とオスカー様は似ているというか… 通じ合っているというか…」 「そんなイイもんじゃないよ」 いつもは共に一つのことを進めていたから気付けなかった。 ぶつかり合うとここまでやりにくい相手だとは思わなかった。 「もうこれ以上の無茶はしないでください」 「……………」 「貴女の方が危険です」 「もうヤなの! 前みたいに…事が終わった後に聞かされるだけなんて」 菫色の瞳はまだ諦めていない。 「いいじゃない、あの2人に逃げてもらえば」 その後、茶番劇を繰り広げればいい、と吐き捨てるように言う。 「…素直に逃げてもらえるとは限りません」 「?」 「それを知った彼に先に攻められてはかなわない」 「なにソレ?」 そんなことをするわけがない。 少なくとも今まで吸血鬼にはそういう気はなかった。 さらに彼がその気になったとしても、アンジェリークが必ず止める。 「…オスカー様達の意見です。 万が一を考えて、彼らに知らせるわけにはいかないそうです」 「……………」 悔しげに唇を噛むレイチェルにエルンストは告げた。 「私はこれから貴女がここを出られるよう手を尽くします。 ですから、大人しくしていてください」 「…信じていいの?」 彼女の視線にエルンストは目を瞠った。 その眼差しはまるで断罪する者のよう。 「アンジェが城に行く時、誰も何も教えてくれなかった…」 「レイチェル…」 付き合いの長い…エルンストにまで隠されていたのはショックだった。 「素直に大人しく待っている間に何もかもが終わってた、なんてことにならない?」 「そうならないよう努力します」 彼の返事にレイチェルは吹き出した。 「心許ない返事だなー」 だからこそ、嘘じゃないだろうと思えた。 「貴女の信頼を失ったままは…さすがに辛いですから」 「…いいよ。信じてあげる」 地下牢とは言え、ここは一番良いところだった。 普通の部屋と同じ造りになっている。 部屋自体は清潔だし、ベッドもあれば、小さな机も明かりもある。 本当に仕方なく、ここへ連れてこられたのだろうと解る。 レイチェルはふてくされたようにベッドに仰向けになった。 「決行は…予定通り進めばあと2、3日…」 眉を顰めて呟く。 ある程度のものは揃っている部屋だが、難を言えば時計がない。 地下牢では時間の感覚も分からなくなる。 「多分2日で手はずは整うな…。急げば1日。 もし日付が変わっているなら、本当にもうすぐ…」 準備にもたつくような人達ではない。 時間がない。 穏やかに暮らしているだろうアンジェリーク達に危険を知らせたい。 攻め込んだ部下達だって無事ではいられないはずだ。 ぐっと拳を握り締める。 (守りたいのに…!) 自分の無力さが悔しくて、涙が滲んだ。 「泣くのは後! ワタシにやれることを…」 弱気になりかけたレイチェルが自らを叱咤し、ベッドの上で起き上がった。 だが、そこで目にしたモノが信じられなくて、不覚にも固まった。 「………………キミ、何者?」 ぼんやりと見えるソレは次第にはっきりと少年の姿を取った。 ただし、先程までは誰もいなかった。 誰かが近付いてきたような気配も感じなかった。 何より、牢の扉はしっかり鍵がかかっている。 レイチェルの目の前に…鉄格子の中に人がいるはずがなかった。 (幽霊!?) この領主の屋敷は古い。 そういう噂話は必然のように聞いていたが、あくまでも噂だけだった。 実際に誰かが目の当たりにしたという話を聞いた事もなければ、 自分が目にした事もない。 ぞくりと背筋が冷えた。 対する少年も戸惑いを隠せないようだった。 きょろきょろと周囲を見回した後に、レイチェルを見つめる。 外見から考えられる年頃はレイチェルと同じか少し下くらいだが その仕種が普通の困っている幼い子供のようで レイチェルは少しだけ警戒心を解いた。 そして、いつもの自分を取り戻した。 「おねえさんは…」 「あ、ワタシはレイチェル。 キミ、どうしてこんなとこにいるの?」 彼は少しの間、首を傾げた後に口を開いた。 「たぶん…おねえさんに呼ばれたんだと思う」 「ワタシが? キミを?」 彼はこくりと頷いた。 「強い思いを感じたと思ったら、僕はここにいた…」 「ふーん…」 よく分からない。 けれど、目の前の少年が恐ろしいモノだとは思わなかった。 「ここは…もしかして領主の屋敷?」 「そうだよ」 「だからかな…?」 彼はそれだけで納得したようだった。 「全然わかんないんだけど?」 「昔、ここにおねえさんに似た人がいたんだ。 それで引きずられたのかもしれない」 レイチェルを見上げて懐かしそうに微笑む少年は寂しそうでもあった。 「あ!」 「な、なに…おねえさん?」 突然大声を出したせいか彼はびくつきながらレイチェルに訊ねた。 彼の先程の言葉がどこかに引っかかっていたのだ。 その理由が分かったから、つい声を上げていた。 昔。 ここに似た人がいた。 以前、アンジェリークに見せた記録書だ。 それは自分ではなく、アンジェリークに似ていたのだが…。 この際、それは置いておくことにした。 「ねぇ!」 「は、はい…?」 「キミ、昔ってどれくらい昔のことを知ってるの?」 幽霊だろうと何だろうと、使えるものは何でも使う。 レイチェルの怖いもの知らずな一面は レヴィアス相手に最初から臆さなかったアンジェリークと ある意味通じるものがあったかもしれない。 「ワタシ、ここにある記録書を見て疑問に思ってたことがあるんだ。 もし知っていたら教えてほしいな」 彼はまじまじとレイチェルの顔を見つめた。 「なに?」 「…ううん。やっぱり似てる、って思っただけ…。 僕が知っている範囲だったら教えてあげるよ」 「助かるよ」 あんまり幽霊には関係ないかもしれないけれど… とりあえず、隣に座ったら?とベッドを叩いて勧めた。 「この近くの古城に住んでいる吸血鬼のことなんだ。 吸血鬼への最初の生贄…エリスさんって言うんだけど…」 レイチェルは記憶を手繰り寄せるように宙を睨んで思い出していた。 「他のコ達は、いつ何のために生贄にされたのか…ちゃんと記録が残ってた。 だけど、彼女だけは理由が書かれてない」 そもそもアンジェリークを見る限り、生贄という認識もズレがあると思うが…。 必ずしも死は必要でないらしい。 「……………」 「なんかヘンだなって思って、その頃のエレミアの歴史を漁ったけど 何も出てこないんだ」 不自然なほどの空白。 「確か、あの頃…この近隣は自然災害やら流行り病やらで 不安定だったはずなのに」 一緒に調べた諸地域の記録はその事実が残っていたのに エレミアだけ何も書かれていなかった。 自然災害や流行り病が特定の地域だけを避けるはずがない。 そして、その記録は普通なら残されるはずなのだ。 「それってまるで…」 後から意図的に消されたようで…。 だがそれに気付いたところで、誰に確かめることも出来ずにいた。 レイチェルの話を黙って聞いていた少年はしばらく考えていたようだった。 「…何か知っている?」 「うん…知ってるけど… 「教えてほしい」 彼はまた黙り込んでしまった。 やがて、レイチェルに問いかけた。 「知って、どうするの?」 「え?」 「知っても今更どうしようもないよ?」 「それはそうだけど…」 意図的に隠されたという事実が何なのか…。 知ったところで自分の好奇心が満たされるだけ? 今は他にもっとやるべきことがある…? そう思いかけて…しかし、レイチェルは首を振った。 エルンストがここを開けるまでは、下手に動けない。 今の自分ができることは事実を知ることだけ。 「隠された事実が公開されるべきものだったなら… 後世の人間が手を出すしかないんじゃない?」 「…分かってると思うけど、いい話じゃないよ?」 「もちろん、承知の上ダヨ」 「……………分かった」 既に覚悟の決まっているレイチェルに彼は答えを与えた。 こうして、レイチェルはアンジェリークとは違った経緯で 千年前の真実を知ったのだった。 〜to be continued〜 |
主役二人でなく、レイチェルが出張ってます。 こっち側をちゃんと書いてから レヴィアス達のところへ場面転換します。 |