花葬 〜flower funeral〜
chapter
3
呼ぶ声が聞こえる。 ――レヴィアス…レヴィアスっ―― この暗い城にはふさわしくない、明るく澄んだ少女の声。 (エリス、か…?) 霞みがかった意識でそう思った。自分をそんな風に気安く呼んだのは彼女だけだった。 しかし、浮かんだ思いはすぐに消え去る。 (あいつは…もういない…) 「レヴィアスー?」 近付いてくる足音と重たげな書斎のドアを開ける音がし、声の持ち主がその隙間から顔を出した。 直後、しまったという顔をする。 「あ、起こしちゃった…?」 「構わぬ」 珍しく彼は書斎でうたた寝をしていた。 「でも、寝るならちゃんとしたとこで寝なきゃ。 …やっぱり吸血鬼って昼間寝るものなの?」 興味津々な表情でアンジェリークは彼の側へやってきた。 「別に昼も夜も関係ない。たんに夜の方が動きやすいだけだ」 「ふーん…」 「で…何の用だ」 「あ、夕飯できたの。食べよ?」 「………」 アンジェリークが初日、彼のベッドから立ち上がれるようになってまずしたことは 自分の部屋を整えることではなく、厨房を使えるようにすることだった。 あの日、眠りから覚めた時は彼がどこからか出現させたスープを渡された。 つまりここの厨房は使い物にならないらしい。 わけを聞けば、吸血鬼に食事は要らない、と言う。 しかし自分は食べなくては生きていけない。いつまでも彼に頼るわけにもいかない。 優先順位を考えたらこういう結果になった。 そして自分一人で作って食べるのはつまらないので、 半ば強制的に彼も食卓に座らせるようになった。 「我には必要ないものだ」 彼は最初は面倒臭くてあっさり断っていた。しかし、アンジェリークは諦めなかった。 「でも食べることできないわけじゃないでしょ?」 「なぜそう言い切る?」 「だって、このコちゃんと食べてくれるもの」 足元にいる銀狼を指してアンジェリークは言った。 「このコ、あなたの分身だって言ってたよね。普通の狼じゃないって。 でも普通にごはん食べることできるよ」 一緒に味見したもんねー、と顔を見合わせる少女と狼を見てレヴィアスは額を押さえた。 どうやら自分の半身は少女の味方につくらしい…。 「…口に合わなかったら付き合わんぞ」 こうして彼女が来てから3食きっちり食事をするはめになった。 「ねぇ…魔導書ってどれくらいあるの? 私まだ10冊も読んでないわ」 「さぁな…。もう数えてないから知らぬ」 テーブルについてアンジェリークはレヴィアスに質問した。 ここに来てから、初めて触れるものばかりで、疑問に思ったことはなんでも聞いている。 彼の書斎には壁一面にぎっしりと本が詰まっている。 それとは別に書庫も存在する。何冊あるかなど想像もつかない。 彼の生活は大半を読書が占めていた。 もともと彼が持っている力は強大だったが、それを使いこなす技術は 今まで魔導の研究を行ってきた成果らしい。 限りない時間を持つからこそ、できることだと彼は言った。 そして好奇心旺盛な彼女は何日か彼に魔導の基礎を教わった。 呆れた表情を見せたが、彼は基礎知識を彼女に与えてくれた。 しかしその基本を修得したころ、少女は気付いた。 彼に関わることだからぜひ知りたかったけど…。 これ以上高等技を覚えたところで自分に魔力はないのだ。使う機会はない。 だから基本の知識だけでやめておいた。 案の定レヴィアスに溜め息をつかれた。気付くのが遅すぎる、と。 それから少女は別の本を読むようになった。薬関連の書物で、料理の本を見つけたのだ。 それ以降、彼に魔導書と一緒に普通の料理の本も集めてくれ、と頼んでいる。 「調子に乗るな」 相変わらず冷めた表情で却下されたけれど、口では彼に負けない。 「だって…いろんな美味しいもの食べてもらいたいんだもん。 私のレパートリーなんてたかが知れてるし…」 結局、この決着がどうなったかは…容易に推測できるだろう。 今夜出てきたものもはじめて見る食べ物だった。 「前ね、魔導書探しに…南の国に連れてってくれたじゃない? そこで手に入れたの」 嬉しそうにアンジェリークは料理の説明をした。 「いろんなスパイスを混ぜて作るんだけど…面白いんだよ」 組み合わせ次第で様々な味になる。彼女が続きを言う前に彼の言葉が遮った。 「だからといって…続けて作るなよ」 「…なんで分かったの? 明日はちょっと配合変えて作ってみようと思ったのに」 レヴィアスは苦笑した。この少女の思考は読み易い。 どこまでも真っ直ぐで純粋なのだ。 「お前は単純すぎる」 「そんなことないもん」 ふくれっつらでスプーンを銜え、アンジェリークは抗議した。 しかし次の瞬間には笑顔になっている。 「今度は東洋の方に行ってみたいな」 「言ってろ…」 答はつれないけれども、アンジェリークはわかっていた。 そのうち連れて行ってくれると。 学校へ行かず、これと言ってすべきこともないここの生活の中で、 アンジェリークは好きなように過ごしていた。 もともと知的好奇心が高かったため、彼女も興味ある本を読んだりしていた。 今夜も彼の部屋のソファで、本を開いたままうとうとしていた。 「眠いなら寝てろ」 「だってレヴィアス起きてるんだもん」 「我に合わせるなど無理だ。人間は睡眠をとらねばもたないだろうが」 「んー…」 「それより…いつになったらお前の部屋を作るんだ」 結局、彼女は厨房を使えるようにした後、彼女自身の部屋を整えていない。 毎晩この部屋で眠っている。 「…レヴィアスどうせここのベッド使ってないじゃない。眠らないんだもん。 たいてい書斎に閉じこもってるし…。 わざわざ私の部屋作らなくても困らないなぁ…と思って」 それに暗くて広いこの城の一室で、特に夜、一人きりでいるのは心細かった。 さすがにそれを口に出すのは子供っぽいかと思い、恥かしくて言えないが。 (それでも気付いてるんだろうなぁ…) こてん、とやわらかな肘掛に頭を置き、少女は少し離れたところで本を読んでいる彼を見つめた。 アンジェリークが眠りにつくまで、たいてい彼はここにいてくれる。 目覚めるころにはどこかへ行ってしまっているけれど。 さりげなく彼は優しい。 「吸血鬼だなんて…誰が見ても信じないと思うわ」 美しすぎるけど、人と変わらぬ姿。もしかしたら普通の人よりも優しい性格。 一度血を吸われたのに、彼と自分が違う生き物だという実感が持てない。 「ねぇ…レヴィアス。今までここに来た女の子であなたを好きになった人いないの?」 「………」 顔には出さなかったが、心臓をふいにつかまれたような感覚がした。 かつて愛した女性の姿が脳裏に浮かぶ。 「…何をバカなことを…」 「いても不思議じゃないな…て思っただけ」 「ほとんどの者は喜んで城から出て行った」 「ほとんどってことは、ちょっとはいたの?」 眠気など吹っ飛んでしまい、彼に詰め寄った。嘘は見逃さない、と間近で瞳を覗き込む。 「…取引をする前に逃げ出した者もいる。ここに住みついた者はいない」 嘘ではないが、真実を全て言ったわけでもなかった。 なぜアンジェリークに彼女のことを話さなかったのか、自分でも不思議だった。 「む〜〜。…別に無理に言ってほしいとは言わないけど…」 それでも納得しきれないというように彼女は眉を寄せた。瞳に揺れるのは嫉妬の光。 「バカ…過去のことに妬いても仕方がないだろう」 素直に顔に出るそのようすが、くるくると変わる表情が愛しくて、彼はふっと笑った。 その笑顔が今までで1番優しくて…アンジェリークは嬉しそうに頬を染めた。 そのまま子供のように無邪気に彼に抱きついた。 「大好き。いつか…私のこと好きになってくれたら嬉しいな」 この状況でこのセリフ。誘っているとしか思えない。 だけどもちろん彼女にそのつもりはない。 男を知らないのだろうな、と彼は内心溜め息をついた。 その顎を捉え、やわらかな唇にそっと口接けた。 「!」 瞳を見開いてそのまま固まる少女に彼は笑った。 「襲われたくなかったらそういう行動は慎むんだな」 しかし真っ赤になって硬直していた少女は我に返って、さらに彼に問いかけた。 「レヴィアス…今の…」 「なんだ?」 ありったけの勇気をかき集めて、言葉にした。 はじめてなのだ。うやむやにしたくない。 「キス…してくれた?」 一瞬すぎて、信じられなくて…アンジェリークは耳まで赤くしたまま訊いた。 「私のこと…」 普段彼に向かって平気で好きだと言っているのに、逆に訊こうとすると言葉が出てこない。 その代わりに涙が浮いてきた。 「なぜ泣く?」 レヴィアスは不思議そうに彼女の涙を拭った。 (だって…聞いて…悲しい答えだったら…怖い…) 「きらい?」 とても怖くて、好き?とは訊けなかった。 そんな少女の心理が読めてしまうから彼は苦笑した。 そして少女に訊かれたことに忠実に答えた。はっきりとは言ってやれない。 少女に惹かれているのは事実だが、まだ『彼女』を忘れたわけではなかったから。 「嫌いじゃない。嫌だったら城においておくわけないだろう」 「ホント?」 「ああ」 まだ言ってやれないから…せめて嘘だけはつかないでいよう。 そう彼は思った。 壊れものを扱うように優しく彼女を抱きしめる。 「嬉しい…。ね、もう一度して?」 無邪気にねだる少女に彼は羽根のようなキスを贈った。 〜to be continued〜 |
アンジェ…強いですね(笑) というか、レヴィアス相手だと押さなきゃ話が 進まないという感じが…。 アリオスならいくらでも勝手に 動いてくれるんですけどねぇ。 ここか、次くらいまでが1番平和なところかな。 |