花葬 〜flower funeral
chapter 6


数日が過ぎ、2人はいつものように本を読んだり他愛無い話をしていたりした。
時の流れを忘れさせるくらい穏やかな夜だった。
ふいにレヴィアスが外を見つめた。
それにつられてアンジェリークも何もないはずの窓の外に視線を向ける。
「…なんだ?」
ベッドの上に掛けたままレヴィアスは面倒臭そうにテラスに声をかける。
主の許しを得て彼は姿を現した。
「…宴の件、先日カインがお伝えしたと思いますが…
 いまだにお見えにならないので」
「キーファー…分かっている。明日の夜だろう。
 心配するな、必ず行く」
「信じてはいますけどね…。前回大幅な遅刻をされたおかげで
 今回はちゃんと最初から顔を出してほしいそうですよ」
彼は苦笑気味にそう言ってからアンジェリークを見つめた。

アンジェリークは心臓が凍りそうな感覚に耐えながらその視線を受け止める。
紫紺の吸血鬼といい、目の前のおそらく彼の配下にあたるだろう吸血鬼といい
どうしてこういう風に見るのだろう、と内心溜め息をつきながら。
値踏みするような、それと同時に敵意も混ざった視線。
この人も『彼女』の面影を自分に見ているのだろうか。

アンジェリークから視線を外し、彼はレヴィアスに尋ねた。
「この少女も連れていかれるのですか?」
「いや、おいていく」
「そうですか」
「…始まるまでには行く。そう伝えておけ」
「はい」
話は終わりだといわんばかりの言葉に頷き、
彼は恭しく頭を下げ、ふわりと消えた。


「レヴィアス?」
短いやりとりにアンジェリークはきょとんとしていた。
「どこか行っちゃうの?」
「ああ、しばらくな」
どう尋ねたらいいのか、どこまで踏みこんでいいものか、
悩みながら訊こうとしているが、言葉にできない少女にレヴィアスは
苦笑しながら言ってやった。
「我らは基本的に群れたりはしない」
「…? うん」
「だが現在どれだけの同朋が生きているのか、どれだけ仲間が増えたのか、
 それぞれのテリトリーの問題からも確認する必要がある」
「ふぅん…あれね、縄張り確保」
「まぁそんなものだな。それと、たまには顔を合わせようと言う
 物好きな連中もいて、定期的に『宴』が行われることとなった」
「同窓会みたいなもの?」
「…まぁな」
少女の身近な例えを聞いているとどうも雰囲気が変わってくる気もするが
あながち間違ってはいないので否定はしなかった。

「そう…じゃ、楽しみでしょう? 定期的ってどれくらい?」
「人間の感覚で1世紀くらいだったな」
「………すごいね」
さらりと言われた答えに違う生き物だということを思い知らされる。
呆れを多分に含んだ顔でアンジェリークは笑うしかなかった。
「別に楽しみでもないが行かなければならぬ…」
本当に面倒そうな表情で彼は息を吐いた。
「強制参加なの?」
「いや、別に来たくない者は来なくてもかまわないが…。
 後々自分の領域を侵したと強く言えなくなるからほとんどの者は来るな」
彼の説明を聞いて、少しの間考えてから少女は口を開いた。
「…レヴィアスがもし今度行かなかったら…。
 もうあなたはここら辺にいないものだと思った誰かが住みついちゃっても
 文句は言えないってこと?」
「そうだ」

もっとも我の領域に踏み込んでくる者などいないだろうな、と皮肉げに笑う。
「…ケンカしても負けるから?」
今夜は質問ばっかりだな、と自分でも思いながらアンジェリークは尋ねた。
「ケンカ、か」
レヴィアスは可笑しそうに笑った。
この笑顔が好きだと思う。でも、なんだか呆れられているような気もする。
「なによぉ…」
「我の居場所や生死は誰もが知っているはずだ」
「前々から思ってたけど…レヴィアス、有名人?」
「やつらを統べるのが我の役目だからな。有名にもなる」
「え?」
「もっとも、我よりも実際に動くのは部下の方だが…」

彼の膝の上でうつ伏せに寝そべっていたアンジェリークはがばっと起き上がった。
「レヴィアス…そんなすごい人…だったんだ」
間近になった端整な顔を呆然と見つめながら呟いた。
それは確かに魔族の王たる者が自分なんかを傍においておいたら嫌だろう。
しかもこんなふうに、人間の少女を膝の上でくつろがせているだなんて。
知らなかったし、文句も言われなかったしで、触れ合っているのが
自然になっていたが、配下の者から見ればたまらないだろう。
「どうした…?」
「私…ここに居てもいいの?」
「当たり前だろう」
「本当?」
「ああ」
安心させるように少女の額に口接ける。

「それでも…私はその宴に行っちゃいけないんだね…」
キーファーと呼ばれた男との会話が脳裏に浮かんだ。
連れていくのか、と問われて否と答えていた。
それは連れていくことも可能だというのにレヴィアスはそれを拒むということ。
「アンジェリーク…。今までの話はちゃんと聞いていただろう?」
「…?」
「魔族の群れの中にお前を放りこんだらあっというまにエサになるぞ」
あれは魔族の集まりだ、と諭すように言う。
今まで連れていった旅行とはわけが違う、と。
「行くのは魔族だけだ。お前はここにいろ」
「………」
少女を連れていくのか、と尋ねたキーファーの問いには
アンジェリークを仲間にして連れていくのか、という意味が隠されていた。
彼女のお披露目にこれ以上適した場はない。

「私を連れてって…てお願いするのはダメ?」
長い間、躊躇ったあとアンジェリークはぽつりと言った。
声が微かに震えている。
「意味を解って言っている…のだろうな」
こくりと頷いた。その拍子にさらさらの髪が零れ、白い首筋が露になる。
いつものように彼女の血を奪って、それと引き換えに少し自分の血を
与えれば彼女は仲間になる。
共に同じ時間を生きることができる。
それは夢のように甘すぎる誘惑。
儀式のように唇を重ね、そのまま少女の首筋に牙を立てた。


「…レヴィアス…? なんかいつもと変わらないけど…」
「いつもと同じことしかしてないからな」
つまり、血を少し頂いただけ。
あっさり返された言葉にアンジェリークは呆気に取られる。
「どうして…!」
「どうしてもだ」
「私…一大決心して、言ったのに…」
あの日、愛されてると信じられるようになった夜。
それ以来、アンジェリークは彼と同族になることを密かに望んでいた。
拒まれるのが怖くて、邪魔になるのが怖くて言い出せずにいて、
やっと勇気を振り絞って言ったというのに。

「永遠を欲しがるようなコは嫌い?
 それとも…やっぱり私は永遠を共にする程の相手じゃない…?」
すごく悲しくて怖いのに涙は出なかった。
哀しすぎて涙なんか出なかった、と言った方が正しかったかもしれない。
人間なら一度は願うだろう『不老不死』。
自分も所詮そんな人間かと軽蔑された?そんな思いが胸を締めつける。
「アンジェリーク…」
彼の言葉の続きを聞くのが怖くて遮るように口を開いた。
「私だって…自分でも思わなかった。
 永遠の生命を欲しがるだなんて。
 でも…でも、あなたとずっと一緒にいたい…」
彼の傍で自分だけが年老いて死んでいくのは辛くて、
だからといって、今彼から離れるのもイヤで…
さんざん悩んでたどり着いた答えだった。

「そうではない、アンジェリーク…」
「じゃあ…なんで」
「お前のことは想っている。我の相手として不足だと思ったこともない」
「だったら、問題ないのに…」
「それでも駄目だ」
「わかんないよ! レヴィアスの言ってること」
水掛け論になりそうな雰囲気に気付いてアンジェリークはそう言うと
ベッドの中に潜りこんだ。ぷいと背中を向けてしまう。
(なんで…想いは同じなのに…なにがダメなのよ)
少女の抗議の背中を眺めつつ、レヴィアスは溜め息をついた。
怒らせた少女を今夜はそっとしておこう、とベッドから立ち上がろうとした。

「?」
しかし、それはできなかった。
少女の小さな手が彼の袖を掴んでいた。
「アンジェリーク…?」
「…怒ってるんだから。
 でも、きっとあなたにはあなたの理由があるんだろうとも思ってる」
背を向けたままアンジェリークは続けた。
「明日からしばらくいなくなっちゃうんでしょ?
 ケンカしたままはヤ…」
だから一時休戦、と呟く少女が可愛らしくて彼の表情に笑みが漏れた。
怒っているにも関わらず…そんな時でも全身で愛してると訴える少女が愛しい。
「帰ってきたら再戦だからね」
苦笑しながら抱き締める彼の腕に手を重ね、照れ隠しのように宣言した。

「人として生きて、魔族に比べればすぐに死んじゃうけど…。
 あなたの死を見ないですむならそれはそれでいいかもね」
そう言って寂しげに微笑んだ少女の笑顔と言葉…。
やけに焼きついたそれらをレヴィアスが思い出すのはもう少し経ってからである。



「いってらっしゃい」
翌日の夕方、アンジェリークは内心はともかく微笑んで見送った。
「このこも行っちゃうのね」
銀の毛並みを撫でると、銀狼は慰めるようにお返しにその手をぺろりと舐めた。
「我の一部だからな。おいていくといろいろと面倒なことになる」
「? そうなの?」
「アンジェリーク…」
「なに?」
レヴィアスは何か言いかけて、しかしやっぱりいい、とばかりに首を振った。
「変なレヴィアス」
珍しい彼の様子にアンジェリークはくすくすと笑う。
「大丈夫よ、お留守番だからって怒ったりしてないわ」
「行ってくる」
「うん。…早く帰ってきてね」
「1人では寂しいのか?」
からかうように言った言葉にアンジェリークは頬を染めながらそっぽを向いた。
「…そうよ」
少女は照れながらも素直に認めた。
その仕種が可愛くて、レヴィアスはアンジェリークを抱き寄せた。
「レヴィ…っ」

「行ってくる」
レヴィアスは今度は振り返らずに姿を消した。
「レヴィアス…ずるい。…不意打ちだなんて」
力が抜けたアンジェリークは真っ赤な顔で唇を押さえ、その場に座りこんだ。


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広い城に独りきり、というのは確かに寂しいものだが
今までと同じように薔薇の世話や読書、趣味となりつつある料理
に没頭していると、意外に早く時が過ぎていくように感じた。
今日もぽつぽつと花をつけ始めた薔薇達の面倒を見ていた。

「アンジェ!」
ふいに元気な声に名を呼ばれ、アンジェリークは門の方を振り向いた。
「レイチェル!」
すぐに白いドレスの裾を翻しながら親友のところへ駆けていく。
「久しぶり。ごめんね、なかなか来れなくて」
「ううん。お仕事忙しかったんでしょ?」
話相手が出来て、アンジェリークは嬉しそうに門を開けた。
「入る?」
「ん、ここでいいよ」
「別に危険はないよ?」
「あはは、違うよ。そうじゃなくて、私すぐ戻らなきゃならないんだ」
「そっか。じゃ、外、お散歩しながら話そうか」
「そだね」

森の中を少し歩いたところでレイチェルが話題を変えた。
「オスカーもそろそろ来るよ。私は一足先に来たんだ」
「オスカー様が…?」
複雑な表情でアンジェリークは聞き返した。
会いに来てくれるのは嬉しいが、彼の気持ちには応えられないと自覚してしまった。
なんとも言えないやるせなさが胸に広がる。
「そんなカオしないでよ〜」
少女の心を読んだかのようにレイチェルは明るく言った。
「今まで通りに話せば良いんだよ」
「でも…私…。…うん、そうよね」
恋人じゃなくても、レイチェルのように良い付き合いはできるはず。
そう考え直してアンジェリークは頷いた。

「やっぱり…オスカーよりも吸血鬼の方がいいの?」
やはりそうきたか…と思いながらアンジェリークは苦笑した。
「私、レヴィアスが好き」
その微笑みはとても綺麗だった。
「自分でも信じられないくらいよ。
 まさか、同族になりたいと願うなんて自分でも思わなかった」
「え…?」
隣でレイチェルが固まるのを感じ、アンジェリークは両手を振った。
「あ、でも、違うから。私、人のままだから」
安心させるように微笑む。
「…レヴィアスがダメだって…してくれなかったの」
レイチェルは安堵の溜め息をついた。

「本気なの?」
「うん」
「どうして…正気じゃないよ…」
「うん、確かにね…」
アンジェリークは苦笑した。
「でも、ほら。もう遅いから…好きになっちゃったらしょうがないわ」
「遅くないよ…村に戻っておいで」
「レイチェル…」
祈るような親友の表情と言葉にアンジェリークは胸が痛んだ。
「こんな生活、長続きしないよ」
「でも…」
「異種族が上手くいくはずないもの」
「………」
それは常にアンジェリークの中にあった不安。
沈黙が二人の間に訪れた。

その沈黙を破るように馬の嘶きが聞こえた。
「オスカーだ…」
近付いてくる足音を聞きながらレイチェルは呟いた。


「久しぶりだな、お嬢ちゃん」
「オスカー様…」
先日彼がここに来ていたことはアンジェリークは知らない。
オスカーはあえてそのことに触れるつもりはなかった。
「元気そうで良かった」
柔らかい表情にアンジェリークも自然な笑みを浮かべることができた。
「はい、けっこう楽しく暮らしています」
しかし、オスカーはアンジェリークに反してすぐに顔を曇らせた。
「本当にそうだと言えるのか…?」
「オスカー様?」
「アンジェリーク」
真剣な瞳に見つめられてアンジェリークはたじろいだ。
「あそこは君がいるべきところじゃない」
「……でも」
「本来、人と魔族が共にいるなどあってはならないことだ。
 君だってそれがどれだけ危険なことかわかってるはずだ」
レイチェルとオスカーが言っていることは正しい。
自分が反論する余地などないような気がしてくる。
「だけど…私は…」
アンジェリークは視線を落として続きを飲み込んだ。
自分に好意を向けてくれる彼にそれを言うのは躊躇われた。

長い沈黙のあと、オスカーはふっと息を吐き出した。
「しばらくここを離れてみないか?」
「それがいいかもね…」
「え?」
二人の言葉にアンジェリークは顔を上げた。
「ここから離れて、一度冷静に考えてみるといい」
「でも、それは…」
「部屋なら俺の屋敷にいくらでもある」
直感でここを離れてはダメだ、と思った。
「…私、ここでやらないといけないことが…」
彼の不在の間、城を預かっている。
薔薇も今手放すわけにはいかない。

「アンジェリーク」
びくりと身体を竦ませ、アンジェリークは首を振った。
「…ここにいます」
「目を覚ましてくれ、アンジェリーク」
自分を心配して言ってくれているのだと痛いほど解る。
それでも城から離れたくはなかった。
ここを離れたら二度と戻れなくなるような気がした。
「手荒な真似をしてすまない」
「きゃっ!?」
彼の言葉の意味を問い返すよりも先に抱き上げられた。
そのまま彼の馬に乗せられる。
「オスカー様!?」
「オスカー!?」
アンジェリークとレイチェルが同時に声を上げた。

「ちょっとそれは乱暴だよ!?」
帰ってきてほしいが、強引なやり方には抵抗があるレイチェルが非難した。
「だから先に謝った」
「でもそんなのって…」
「あいつがいない今しかチャンスはない」
「オスカー様…?」
どうして彼の不在を知っているのだ、と聞きたかったが馬が走り出したおかげで
問うことはかなわなかった。
慌ててレイチェルが自分の馬に飛び乗り、ついてくる姿と
小さくなっていく門を開けたままの城が視界に入った。


                                 〜to be continued〜

アンジェ誘拐…(苦笑)
オスカー様に攫われてしまいました。
次の回でも彼には頑張ってもらいます。

なんだか話が進んだようで進んでないかも…。
前回、やっと両想いっぽくなったかな、
と思いつつそうとも言えない空気が…。