Shining Star
                          
- 輝ける星 -



「今度のドラマでは久しぶりに共演するのよね」
「はい」
アンジェリークとレイチェルは顔を見合わせて微笑んだ。
某日、とある公園で顔馴染の記者によって取材が行われていた。
二人は今や知らない人の方が少ないと断言できるくらいの女優である。
「本当に久しぶりだよネ。
 アンジェのデビュー以来かな」
「そうね」
「そう言えばアンジェちゃんはちょっと特殊なデビューだったわよね」
インタビュアー、サラの問いにアンジェリークは微笑んだ。
「はい。本当に不思議な縁ですよね。
 私、ただのレイチェルのクラスメイトだったんですよ」
レイチェルはすでに天才子役として有名で、逆にアンジェリークは一年前までは普通の高校生だった。
しかし二人はその頃から親友だった。
天才子役の名を気にせず付き合ってくれる友人はアンジェリークくらいだったのだ。
なんの気負いもせずに接してくれる存在はレイチェルにとってかけがえのないものだった。
そして、アンジェリークはレイチェルと一緒にスタジオに出入りすることも少なくなかった。
たまたまドラマの撮影でレイチェルの親友役を探していた時、声をかけられたのだった。
「どうせなら本物の親友が出てみない?」
レイチェルの冗談だったはずなのに、いつのまにか周りの方が
それに乗り気になり、一回限りということでアンジェリークは出演することとなった。
「一回限りのはずだったんですけどね…」
アンジェリークは苦笑した。
ドラマ放映後、意外に反響が大きくてそのまま役者を続けることになった。
アンジェリークは成り行きで役者になった希少な例である。
「最初は戸惑いの方が大きかったんですけど……。
 でもそれと同時にお芝居がとっても楽しくって。
 せっかくのチャンスだからお芝居の勉強を続けてみようと思ったんです」
「もともと素質はあったんだと思うよ。
 ワタシがそれを見抜いたんだよ」
胸を張るレイチェルにアンジェリークはくすくすと笑う。
「レイチェルに言われるなんて光栄だわ」
「元天才子役だからね」
「あら、レイチェルちゃん。じゃあ今は?」
「今は天才女優☆」
ひとしきり笑った後、サラはアンジェリークに尋ねた。
「レイチェルちゃん以外にもう一人、
 アンジェちゃんの才能を見抜いていた人がいるわよね」
「え?」
アンジェリークはきょとんとする。
「アリオス監督」
有名な実力派監督の名を出され、アンジェリークは慌てて首を振った。
業界で彼の話はよく聞いた。
今は数々の名作を手がけた監督だが、数年前までは役者として活躍していた。
なぜか人気絶頂な時期に役者から監督に転向し、周囲を驚かせた人物である。
アンジェリークはこの監督の元で演技をすることが多かった。
レイチェルの親友役として出演していたアンジェリークを見初めて
自分の映画に抜擢したのはアリオスである。
「まさか……監督は、よく面倒を見てくれますけど…
 それは私があまりにも頼りないからですよ」
「彼は見込みのない人はあっさり切り捨てちゃうからね。
 期待されてる証拠よ」
「そうでしょうか……」
アンジェリークは小首を傾げて考え込んでいる。
人気のわりにあまり自信を持たないところが少女の長所でもあり欠点でもあった。
「そうだよ!
 だから今度のドラマ、がんばんなきゃね」
「そうそう、この取材の表題がそれだし」
話が逸れちゃったけど、と苦笑してサラはマイクを持つフリをして二人に尋ねた。
「今度の二時間ドラマ。
 今大人気の若手名優を取り揃えたうえに、監督があのアリオス監督。
 注目度がとっても高いこのドラマに対する意気込みをお願いします。
 ヒロイン、アンジェリーク嬢。その親友役、レイチェル嬢」
「久しぶりのアンジェとの出演も、初めて一緒に仕事するアリオス監督のお手並みも
 今から楽しみにしてるよ」
「私も……主役という責任があることで緊張もしてますけど楽しみにしています。
 精一杯頑張りますのでサラさんや皆様にもこのドラマを楽しんでもらえたら嬉しいです」



   ☆  ☆  ☆



撮影が始まると時の流れがとても早く感じる。
あっという間に半分程が撮り終わり、残りは遠方地でのロケを残すのみとなった。
「おー、イイ眺め。
 アンジェ、あとで散歩しに行こうよ」
「うん」
湖を臨む別荘地を車の中から見ながらレイチェルとアンジェリークは瞳を輝かせた。
「お嬢ちゃん達は元気だな」
「若いからね♪
 オスカーさんはもう歩く元気ない?」
「ふっ、何を言うんだ、お嬢ちゃん。
 俺はいつだってお供してやるぜ」
「セイランさんはどうします?」
ロケバスの後部座席の方でつい先ほど目を覚ました彼にアンジェリークは尋ねた。
「どうせロケであの辺を歩き回されるんだよ。
 別に急いで行く必要もないと思うけど」
「そうですか」
少しだけ残念そうな顔をする少女にセイランは苦笑した。
「気が向けば行くよ」
「そーですよ。セイランさん。
 たまには皆と一緒に行動しなくちゃ。
 どうせあっちの車内でも散歩しようって話になってますよ」
前を走るもう一つの車を指しながらレイチェルは笑った。
そこにはランディ、ゼフェル、マルセルの三人が乗っていた。
散歩というよりも探検しようとはしゃいでいる様子が目に浮かぶ。


しかし、アンジェリークは残念ながら散歩に行くことはできなかった。
到着するなり先に来ていた監督にランディと共に呼び止められたのだ。
撮影の準備が整うまで散歩に行っていたレイチェルは戻ってくるとアンジェリークに声をかけた。
「監督、なんだって?」
「うん……ちょっとね…台本、変わるかもって…」
撮影が進んでいく途中で少々台本が変わっていくことも珍しくない。
ただ珍しいのはアンジェリークの表情だった。
心なしか固い。
「緊張してる?」
心配げな瞳にアンジェリークは微笑んで答えた。
「大丈夫。
 台本覚え直さなきゃ……て思っただけ」
「そ?
 あ、始まるみたいだね。行こ」
「うん」





撮影はここ数日天候にも恵まれ順調に進んだが
クランクアップ目前となった頃に問題が生じた。
アンジェリークのNGが増えてきたのである。
「ごめんなさい」
アンジェリークは何度も共演者にスタッフに頭を下げる。
「休憩入れるか」
アンジェリークははっと顔を上げ、その声の持ち主に言った。
「大丈夫です。やれます。
 もう一回お願いします」
必死な瞳で金と翡翠の瞳を見つめる。
「ランディさん。ごめんなさい。
 あと一回だけ付き合ってください」
次で決めますからと申し訳なさそうに、でも意思の強い眼差しでお願いする。
彼は勇気付けるような明るい笑顔で頷いた。
「誰だって調子の良い時と悪い時があるんだから、あんまり気にしすぎない方がいいよ。
 俺は何回でも付き合うからさ」
「ありがとうございます」



なんとかOKをもらってアンジェリークは用意された椅子にかけた。
座った拍子に溜め息が零れる。
今はベテラン俳優のオスカーやレイチェル達の撮影を進めている。
その光景を見るともなく眺めていた。
「ちゃんと寝てんのか?」
ふいにかけられた声にアンジェリークは後ろを振り返った。
「アリオス監督」
「疲れてるのか?
 集中力がねぇぞ」
隣に座る彼の存在感にアンジェリークは身体を小さくする。
「ごめんなさい……。
 みなさんに迷惑をかけて…」
「一週間やそこらのロケでバテんなよ?」
ふっと微笑んで栗色の髪をくしゃりとかきまぜると彼はすぐに立ち上がった。
スタッフや助監督と話を始めた後ろ姿をアンジェリークは少しだけ乱された髪を直しながら見つめた。
「え…と…」
(……励ましてくれた?)
怖い人だとよく噂で聞く。
だけど、アンジェリークはそんな風に思ったことはなかった。
厳しいけれど怖くはない。
いつもこんな風にさりげなく励ましてくれる。
デビュー当時からずっとそうだった。
(本当は優しい人だと思う……)
「それとも……やっぱり私があまりにも頼りないから
 監督直々にはっぱかけに来たのかな…」
がんばらなきゃ、とアンジェリークは自分自身に言い聞かせた。



日も暮れる頃、今日何度目かのカットの声が響く。
「アンジェリーク」
「はい……」
アリオスの声にアンジェリークは顔を上げられなかった。
上手くやりたいと思うのにどうしてもできない。
何度もリテイクを言い渡され、スタッフにも申し訳ないと思う。
相手役のランディにもすまないという気持ちでいっぱいだった。
「ごめんなさい……」
気まずい沈黙を破ったのはアンジェリークだった。
半ば伏せた瞳ではっきりと言った。
「私…もうお芝居できない…。
 このドラマ撮り終えたら役者辞めます……」
「アンジェっ!?」
アンジェリークの突然の爆弾発言にレイチェルは少女の肩を掴んだ。
「どうしちゃったの?」
「私、役者失格だって気付いちゃった……。
 もう続けられない…」
震える声に周りの誰もがなんと声をかけたらよいのか分からなかった。
今まで少女が弱音を吐いたことはない。
基礎がない分、いつも前向きな姿勢で様々な人の意見を取り入れようとしていた。
見た目に反して強い少女だと認められていただけあって、この引退宣言はにわかに信じられなかった。
「アンジェリーク」
アリオスに溜め息まじりで名を呼ばれて少女はなんとか顔を上げた。
「今日は下がってろ。時間の無駄だ。
 一晩頭を冷やしとけ」
「はい……」
厳しい言葉にアンジェリークは頷いた。
真実なのだから仕方がない。
アンジェリーク抜きのシーンを先に撮ると指示をする彼を申し訳なさそうに見る。
「お前がいい加減なヤツじゃないことは分かってる。
 俺もスタッフもな」
現場を去ろうとするアンジェリークはすれ違いざま囁かれた言葉に一瞬立ち止まった。
そして小さくお辞儀をすると駆けていった。
とても彼の顔は見られなかった。





本日の撮影終了後、大きな別荘の食堂で共演女優達が話していた。
「今日コレットどうしたんだろうね」
「さぁ?
 豪華な顔ぶれに自分の限界でも感じたんじゃないの?」
「まぁ……今回、すっごく立派なキャストだもんね」
「ほら、あのコ運だけでこの世界に入ったじゃない?」
浅い笑みが彼女達に浮かぶ。
「あのレイチェルのおかげでデビューして?
 そのあとはアリオス監督に目をかけてもらって?」
「あまり人を寄せ付けないセイランさんにも気に入られてるわよね」
「どうせ仕事が絶えないのはそのおかげでしょ」
「私だって監督に気に入ってもらえたらあれくらいにはなれたわ」
「じゃあ、今からでも行ってきなさいよ。
 監督の部屋チェックしてるんでしょ?」
「できるもんならやってみろよ」
彼女達のさざなみのような笑いを止めたのは低い声だった。
「ア、アリオス監督」
「あいにく俺は認めたヤツしか面倒見ねぇけどな。
 今の段階ではお前らがあいつ以上だとは思えねぇ」
不機嫌そうな表情で冷たく言い放ちその場を後にする彼の後ろにオスカーがいた。
凍りつく彼女達にしっかりフォローをするのも忘れていない辺りが彼らしい。

「レディ達はもっと丁重に扱うもんだぜ」
「お前のポリシーをどうこう言うつもりはねぇが押しつけんな」
「やれやれ……ご機嫌斜めだな」
オスカーはわざとらしく肩を竦めてみせた。
「原因はあのお嬢ちゃんか?」
何の返事もしないアリオスにオスカーは一緒にいたランディに矛先を変えた。
「ランディ、お嬢ちゃんの相手役を良いことに何かしたか?」
純情な少年は顔を真っ赤にして反論した。
「オスカーさんじゃありませんよ!
 そんなことしませんっ」
「それはともかく、監督がアンジェリークに目をかけてるのは事実だよね。
 どうして?って訊いてもいいかな」
騒いでいる二人を尻目にセイランが興味深そうな瞳でアリオスに尋ねた。
「あいつを気に入ってんのはお前も同じだと思うがな……」
「あのコは誰に会ってもマイペースだからね。
 興味を惹かれたよ」
どんな大物に会っても、女性からの人気を集めている『イイ男』に会っても
舞い上がることも媚びることもなかった。
「ただ業界に疎かっただけ、と知った時には笑わされたけどね」
アリオスは苦笑した後、珍しく問われたことに答え、話し始めた。
「あいつは一部の人間からはデビュー当時から
 さっきみたいな言われ方をされてたんだ」
何千倍もの競争率。並々ならぬ努力。
有力なコネ。公に出来ない手段。
さまざまな方法でこの世界に入った人間がいる中で、
アンジェリークは確かに運だけで入ったと言える。
単なる嫉妬ではあるが、そういった見方をされることも少なくなかった。
「たまたま俺はその現場に通りがかったんだが……」
よくある先輩から新人への言いがかりだった。
アリオスはわざわざ自分が出る幕ではないと思い動かなかった。


「あいつは微笑んでたんだ」
理不尽な物言いに怒るでもなく、泣くでもなく、穏やかに微笑んでいた。
『ひどいなぁ、とは思いますけどね。
 あの人達がしてきた苦労を私はしてないから仕方ないかな…とも思うから』
彼女達が去った直後にアリオスを見つけ、一連の出来事を見られていたと気付いた
アンジェリークは不思議そうな顔をしている彼に自分の気持ちを話した。
『私は今まで苦労してない分、これからが大変なんですけどね。
 この世界のこと、なんにも知らないから…。
 でも……苦労なんて人に見せるものじゃないから別に良いですよ』
儚げなわりに強い芯にアリオスは驚かされた。
彼女ならやっていけると、そして初めて本気で自分の手で育ててみたいと思った。
だから出来る限り彼女の成長を見守ってきた。
「何度も言ってるが、別に俺達は周りが思ってるような関係じゃねぇ。
 威嚇代わりになるから噂はそのままにしといたけどな」
アリオスの名が側にあっただけでアンジェリークは業界の狼達から守られていた。
「実に興味深い話だね。
 聞けて良かったよ」
セイランは綺麗に微笑むと自分の部屋へと入っていった。



                                            〜 to be continued 〜






back     next