Shining Star
- きらめく星 -
会えたら嬉しくて。 視線が合うと嬉しくて。 話ができて、笑ってくれたらとても嬉しい。 アンジェリークは楽しい部分を素直に表現してみせた。 現実の……自分の恋はこの時だけは仕舞い込んでいた。 何も考えずに好きだと告げればいい。 『先輩、あの……』 何かを言いかけた彼女に彼は笑って言った。 『僕に先に言わせてくれないか?』 『はい?』 きょとんと見上げる大きな瞳を見つめて囁いた。 『好きだよ』 『……っ……』 告白しようとした矢先に先を越されて…… 驚きと嬉しさで頬を染めたまま言葉に詰まる。 次のセリフは頭に入っているのに言えなかった。 セイランが僅かに目を見張らせ、そしてすぐに役の顔に戻った。 『泣かせるつもりじゃなかったんだけどな……』 小さく息を吐いて、ぽろぽろと涙を零す少女の涙を拭った。 『いつもの笑顔を見せてよ』 彼女は頷いてようやく顔を上げてくれた。 『私も…好き。ずっと……好きでした』 そして、泣き顔のまま笑ってみせた。 それはいつもの幼さの残る笑顔とは少し違った。 「アンジェリーク?」 「……ごめんなさい、やり直しですよね…」 台本にない涙にセイランも周囲のスタッフも驚いたがようだったが、 さすがと言うべきかセイランはそのまま続けてくれた。 もしかしたらOKがもらえるかも、とも思って声をかけてきたアリオスに訊ねた。 その顔にはまだ涙が溢れている。 「……いや、これはこれで良いかもしれないな」 少し考えた後にアリオスは呟いた。 いつも明るく元気な少女の涙。 台本にはいつもの笑顔で自分の想いも告白するだけだったが、 意外な一面が見られてこちらの方が良いかもしれない。 もう一パターン撮っておこうかとも考えたが、撮り直したとしてもきっと今のパターンを使うだろう。 「で、いつまで泣いてんだ?」 「う……なんか止まらなくて…。 好きな人に好きって言ってもらうのはすごいことですよね」 「………………」 演技ではなく、本当に泣いているのだということである。 アリオスはハンカチをアンジェリークに放り投げるように渡した。 「今日の撮影は終わりだ。帰り支度して待ってろ」 「は、はい。ありがとうございます」 慌ただしく後片付けをしているスタッフ達を眺めながら考えるのは少女の泣き顔。 どうして泣いたのか。 聞くつもりで声をかけたはずだった。 なのにアンジェリークの顔を見たら、それ以上聞けなかった。 腕を組んだまま、難しい顔をしているアリオスの肩をオスカーが叩いた。 「おつかれさん……ってことで飲みに行かないか? セイランやお嬢ちゃんも誘って」 「まだいたのかよ?」 相変わらずな物言いにオスカーは肩を竦めた。 「さっき美人プロデューサーから今度の二時間ドラマの話を聞いてな。 久々の一緒の仕事じゃないか。前打ち上げといこうぜ」 「ああ、もうあんたのところにも話がいったのか?」 アリオスも撮影の合間にプロデューサー本人から聞いたばかりである。 「ふっ、俺と彼女の仲だぜ?」 「あんたも相変わらずだな」 「まぁ、それはともかくセイランとお嬢ちゃんも一緒に出演するんだ。 ここに四人揃ってることだし、たまにはいいだろ」 「あれ、皆さんお揃いでどうしたんですか?」 帰り支度を整えてきたアンジェリークは アリオス、オスカー、セイランが揃っているのを見て首を傾げる。 「よぉ、お嬢ちゃん。 これから俺達と前祝いといこうか」 「お祝い……ですか?」 なんのお祝いだろう、と思いながらアリオスを見上げる。 彼はいつもの不敵な笑みを浮かべながら言った。 「今度の二時間ドラマ。 主役がお前に決まった」 「ホントですかっ?」 嬉しさと信じられないという驚きで瞳を丸くする少女にアリオスは笑った。 「お前の初主演、俺達が祝ってやるってことだ」 「うわ〜、ただでさえ嬉しいのにこんなにすごい人達に お祝いしてもらえるなんて嬉しいです。 セイランさんまで来てくれるなんて」 彼はあまり人と出かけたりするタイプではなかったはずだ。 「たまにはね。 店が気に入らなかったら帰るかもしれないよ」 くすくすと笑うアンジェリークにオスカーはウィンクをした。 「この俺が選んだ店だ。 気に入らないなんて言わせないさ」 「行くのはかまわないが、こいつに酒は飲ますなよ」 「はいはい。 どうしたんだよ、まるで保護者だな」 「そんなようなもんだ」 「大事にされてるね」 セイランにくすりと微笑まれてアンジェリークは笑って誤魔化すしかなかった。 大事にしてくれるのは嬉しい。 だけど、あくまでも保護者のそれである。 かえって苦しいだなんて言えなかった。 さすがオスカー推薦の店は雰囲気も良く、個室だったので周囲を気にすることなく話せた。 「え、じゃあここの四人全員が今度のお仕事一緒なんですか」 「そういうこと」 アンジェリークはよろしくお願いします、と頭を下げる。 「久々にお嬢ちゃんと共演できるのは楽しみだな」 あの頃は、素人にしてはそこらの役者に負けない立派な演技をしている、と思った。 今は役者として目を奪われる。 「しばらく見ないうちに随分成長した」 「ふふ、それはアリオス監督のおかげです」 アンジェリークはアリオスを見て笑う。 アリオスも口の端を上げた。 「俺が見てんだ。 成長しないわけねぇだろ」 「言うね……さすがアリオス監督だ」 しばらく楽しい一時を過ごして……ふいにアリオスが立ち上がった。 マナーモード状態で震えている携帯を片手に。 「チャーリーからだ。 仕事が片付いたら来たいっつってたからな」 「俺としては男より可愛いお嬢ちゃんが増える方が嬉しいんだがな」 ぼやくオスカーにアンジェリークはくすくすと笑う。 「うん、お嬢ちゃんは笑顔の方がいいぞ。 泣き出した時はびっくりした」 「それはこっちのセリフだよ。 笑うはずの子にいきなり泣かれてごらんよ。 あぁ、オスカーなら慣れているかもしれないけどね……」 「ふっ、何を言うんだ。セイラン」 「あ〜…ごめんなさい。 私も笑うつもりだったんですけどね…」 ジュースのグラスの縁をなぞりながら苦笑した。 「役に入りすぎちゃったかな。 嬉しすぎて泣いちゃいました」 好きな人に好きだと言われる。 それはとてもすごいことだと思う。 今の自分ではそんな夢を見るだけ切なくなる。 先生で保護者な彼がそんなことを言ってくれるわけがない。 「僕に誰を重ねたのかな?」 意地の悪い綺麗な笑みと鋭い問いにアンジェリークは頬を膨らませた。 「『先輩』が好きで、『先輩』に告白されて嬉しかったんですよ〜だ」 それだけです、と笑って告げる。 「このお仕事は楽しいですね。 いろんな人になれる…。いろんな人に会える。 アリオス監督に教わりました」 「お嬢ちゃん…?」 「もらった役の数だけ私はいろんな人になって、その人生を経験できる」 彼に手を引かれてこの世界に入らなかったら…… アンジェリークという人生しか知らなかった。 「オスカーさんやセイランさん。 たくさんスターと呼ばれる人達に会ったけど、私の一番のお星様はアリオス監督かなぁ……」 「アリオス?」 こくりとアンジェリークは頷いた。 「アリオス監督は私のポラリスです」 そして、そのまますぅっと眠ってしまった。 「う〜ん、真相を白状させようと思っていたんだがなぁ」 「まったく人が悪いね」 呆れたようにセイランが肩を竦めた。 「結局、お嬢ちゃんがアリオスを尊敬していることしかわからなかったな」 「オスカー……てめー、飲ますなと言ったはずだ」 戻ってきたアリオスが現状を把握してオスカーを睨む。 「ジュースみたいなもんだって」 「お前にとっては、だろ。 こいつ見るからに弱そうじゃねぇか」 「それ以前に未成年だよ」 セイランがもっともな突っ込みを入れる。 「で、酔っ払ったこいつを家に届けて親に怒られるのは俺の役目か?」 アリオスの視線にオスカーがさすがにそれは悪かった、と苦笑した。 「その代わりいいこと教えてやろうか」 「は?」 「お前はお嬢ちゃんのポラリスだとよ」 「?」 オスカーの言葉の意味をアリオスはつかめずにいた。 「それ以上は聞かれても答えられん。 聞く前にお嬢ちゃんが眠っちまったからな」 「……だからくだらねぇ詮索はよせって何度言えば分かるんだ。 んなことでこいつを酔わせんなよ。 本当に何も出てこねぇぞ」 「そうか?」 オスカーはアリオスをじっと見た。 「なんだよ?」 「いや、なんでもない」 ☆ ☆ ☆ 「あ、あれ?」 「起きたか?」 「あ、あのっ、ごめんなさいっ……私…?」 さっきまでオスカーやセイランも一緒に店にいたはずなのに 気が付いたらアリオスの車の中。 混乱するアンジェリークにアリオスはただ笑った。 「あ、それにアリオス監督、飲酒運転……」 「ばーか。あれから何時間経ったと思ってんだ。 一度俺の部屋に帰って、車出したんだ。行き先はお前ん家」 「………ご迷惑おかけしました」 「まったくだ、これからはオスカーから渡されたもんは素直に飲むなよ」 「……頷いていいんでしょうか…」 それはそれでオスカーに悪い気もするが…。 「あいつに酒渡されて寝こけてたのは誰だ?」 「私です……」 苦笑するアリオスにアンジェリークは律儀に謝った。 「ごめんなさい、今度からは気をつけます」 「くっ……そうしてくれ」 笑いながら視線を投げられ、アンジェリークも微笑んだ。 前を向いて運転をする彼の横顔を眺めて…もっとこの時間が続けばいいのに、と思った。 意識し始めた頃は、会話がなくなると落ち着かなくて一生懸命話題を探した。 でも、今は無理に話さなくてもいいと気付いた。 会話がなくてもアリオスとの空間は心地良い。 時間が止まればいい、なんて思うのは映画や小説の中の人くらいだと思ってた。 まさか自分がそんなことを祈るなんて思わなかった。 「酔い覚ましに寄り道していくか?」 「寄り道ですか?」 祈りが届いたのかどうかは分からない。 それでも彼ともう少しいられるらしい。 どこだろう、と首を傾げるとアリオスが目の前を視線で指した。 そこは馴染みのあるテレビ局。 行き先が思い当たって微笑んだ。 「はい、そうですね」 屋上まで上がってアンジェリークは夜空を見上げた。 北極星を見つけて呟く。 「あ、ポラリス発見〜」 「お前、俺のことをそう言ってたんだってな?」 「……オスカーさんったらしゃべっちゃったんですね…」 もう…と頬を染める少女にアリオスは口の端を上げた。 「勝手に俺を成仏させんなよ?」 「ち、違いますよ〜っ。そうじゃなくて!」 「じゃあ、どういう意味だ?」 「っ……。本人に向かって言うのは恥ずかしいですよ」 時間と共にたくさんの星が移動するけれど、この星だけは同じ位置に見える。 いつも同じ場所から、自分の進む道を照らしてくれる。 その光に励まされる。 迷わずに進める。 でも、それを本人を目の前にして言うのは恥ずかしい気がするので許してくれ、と言ったのだが アリオスは何も言わずに見つめ返すだけ。 にらめっこに負けてアンジェリークは北極星を指した。 「アリオス監督はなんとなく月のイメージもあるんですけれどね……。 でも、あの星は道しるべにもなるでしょう?」 「ああ、動かねぇからな」 星を見上げるアリオスの横顔をアンジェリークは見つめた。 「アリオス監督のおかげで私は進めるから……」 ふわりと笑った表情がいつもより大人びていてアリオスは目を奪われた。 「……なるほど」 「そういうわけです」 今はその光に励まされて進むことしかできない。 見上げることしかできないから切ないけれど……。 遠すぎて泣きたくなったり苦しくなったりする時もあるけれど……。 頑張っていつか自分もあちら側になる。 そうなれた時はこの気持ちも告げられるかもしれない、と思っていた。 〜 to be continued 〜 |