Shining Star
                          
- 生まれたての星 -



アリオス共々ずぶぬれでホテルに到着したアンジェリークは皆を驚かせたようである。
その後の役者やスタッフ達との顔合わせ的夕食会でも質問責めにあってしまった。
「あのアリオス監督をずぶぬれにさせた強者」として好奇心を持たれてしまったらしい。
しかし、皆気さくに問い詰めたので緊張していたアンジェリークもすぐに親しむことができた。

「あのアリオス監督がねぇ……」
気軽に声をかけてくれた同じ年のヒロインが面白そうに笑う。
「あんなスキのない人が…ってみんな思っちゃったわけよ」
「そう…かなぁ?」
けっこう彼にからかわれたりしているアンジェリークはそんなに違和感がなかったのだが、
他の人達には驚きの一面だったらしい。
「そうよ。ねぇ、オスカー?」
「ああ、さすがアリオス推薦のお嬢ちゃんだな」
主演二人に挟まれてアンジェリークはのんびり首を傾げていた。
しかし、すぐに気を取り直して二人に訊ねた。
「あ、そうだ。
 それより、この映画ってどんな内容なんです?」
「え?」
「お嬢ちゃん、聞いてないのか?」
アンジェリークの言葉に二人が目を丸くした。
「ええ。
 台本は後で渡すって言われたまま今日まで…」
あの有名なアンジェリーク・リモージュとオスカーが主演の映画だということも今日の顔合わせで知ったのだ。
短時間でセリフ覚えられるのかな…とアンジェリークは内心で呟いた。
「まぁ……アリオス監督にはアリオス監督の考えがあると…思うけど」
「多分な……。それにしても説明なしってのはなぁ…。
 可愛いお嬢ちゃんを不安にさせるのはいただけないな」
「オスカー」
甘い表情を浮かべる彼を睨みつつ、アンジェリーク・リモージュは話してくれた。
「監督の考えはいまいちわからないけど……
 ストーリーくらいは話しても良いでしょ」

舞台はとある岬の近くにある街。
そこにはこの海の守り神を祀っている権威ある神殿が存在する。
その神殿の巫女がアンジェリーク・リモージュの役だった。
ここ最近漁をしても魚が獲れなかったり、漁に出た船が行方不明になったり、
海の魚が死んでしまったり、と良くないことが続いて
海の守り神の御不興をいただいたのでは、と神殿は責められる。
実はその良くないこと、というのは人為的なもので王と民の信頼を
貴族達よりも得ている神殿に対する彼らの嫌がらせだった。
神殿の権威を貶めて、自分達の思い通りの政治をする為の。
しかし、自分達に落ち度はないと自信を持って巫女は強気に対抗する。
王宮から調査に派遣されたオスカー演じる素性を隠した謎の旅人が
巫女と共にそれらを解決するのが大まかな概要である。

「なるほど……面白そうですね」
「一番の売りは俺とこのお嬢ちゃんのラブロマンスだな」
「あら、悪事を暴くスリルとサスペンスでしょ?」
慣れたように肩を抱く彼に、強気なヒロインはにっこりと笑った。
「まったくお嬢ちゃんはつれないな……」
「え、え〜と…どっちも楽しめるってコトで観る方は満足、かな」
そんなやりとりを眺めつつアンジェリークは笑ったのだった。
共演者やスタッフ達の顔と名前を把握した頃、そろそろ各自の部屋へと戻ることになった。
「アンジェリーク」
「アリオス監督」
「ほら」
呼び止められて、振り向きざまにぽんと渡されたものを反射的に受け取った。
「あ、台本……。ありがとうございます。
 でも遅いですよ〜」
これから台本を読むだけで明日の撮影時間になってしまう。
予習をしている暇などないだろう。
「セリフ覚えられなかったらどうするんですか?」
わざと膨れてみせると彼は喉で笑った。
「んな心配は必要ねぇよ」
くしゃくしゃとアンジェリークは髪をかき混ぜられてさらに膨れた。
「もう……私がNG出したら監督のせいにしちゃいますからね」
「好きにしろよ」
くっくと笑ってアリオスは受け流す。
彼女がそんなことをしないことは分かっている。
きっと自分で精一杯周りに謝るのだ。
「周囲のやつらとはうまくやっていけそうだな」
「え?」
「すぐに馴染んでたろ」
一度も夕食の席で彼とは話さなかったけれど、気にはかけてくれていたのだ。
そう分かってなんだか嬉しかった。
監督としての忙しさもあるから…、と納得してはいたけれど
知らない人達の間に放り出されるのはちょっと心細かった。
だけど、気にしてくれていた。
「はい。皆さん良い人達です」
嬉しくて微笑みが零れた。
「撮影もそうやってうまくやっていける」
「アリオス監督…?」
「だから心配しないでちゃんと寝ろよ?
 明日の撮りは早いからな」
「はいっ」
彼がそう言ってくれるなら、うまく出来る気がしてきた。
笑っていたけれど、有名な役者に囲まれて、知らない人達に囲まれて……実は緊張していた。
明日、自分は彼らに迷惑をかけてしまうかもしれない。
足を引っ張ってしまうかもしれない。
しかし、彼の一言で気持ちがふっと軽くなった。
「今日はこれちょっと読んで……すぐに寝ます」
「そうしろ。
 セリフを覚える必要なんてねぇからな」
「ふふ、監督がそんなこと言って良いんですか?
 そういうわけにもいかないでしょう」



その後、台本を読んでアリオスの言った意味がようやく分かった。
明け方、撮影準備をしているところにやってきたアンジェリークは
彼女に気付いて近付いてきてくれたアリオスに挨拶をした。
「おはようございます」
「眠れたか?」
「はい。本当にセリフ覚える必要なんてなかったんですね……」
呆れたようにアンジェリークは笑った。
「最初から言ってくれれば良かったのに……」
「セリフがねぇんだ。
 簡単だろ?」
アリオスはいつもの皮肉げな笑みを見せた。
「なーにが『簡単だろ?』だ。
 この詐欺師が……」
スタッフ達に挨拶に行ったアンジェリークを眺め、オスカーがアリオスに話しかけた。
「詐欺師とは言うじゃねぇか」
「セリフがない方がよっぽど難しいじゃないか」
言葉という伝達手段が使えない以上、表情や身振り手振りできちんと伝えなくてはいけない。
セリフで誤魔化すという表現方法は使えない。
つまり演技力がいる。
「あいつはそんなこと自覚するまでもなくやってのけるさ」
難しいということにすら気付かずクリアする。
そう断言するアリオスにオスカーは肩を竦めた。
「その根拠は?」
「俺のカンだ」
「……そうか」
納得したのか呆れたのか、そこでオスカーは質問を終えた。
「あんたが言うなら……信じてみるさ」



これから撮るシーンはアンジェリークの登場シーン。
明け方の海を歩いていたオスカーがアンジェリークを見つけるのだ。
『さて……あのお嬢ちゃん達神殿側に問題があるのか…。
 それともお偉いさん達の陰謀か…どっちだろうな』
旅人のフリをして神殿のやっかいになることになった彼が今後の対策を考えながら浜辺を歩いていく。
『とりあえず問題の海を見れば何か分かるかとも思ったが……』
海は穏やかで平和そのものである。
水平線の向こうが明るく、朝の光にもうすぐ包まれる。
『祠の方も行ってみるか……』
行き先を決めて方向を変えた彼の後方、少し離れた所に一人の少女がいた。
さっきまではいなかったはず。
気配に気付けなかったことに内心驚きながら彼は訊ねる。
『こんな時間にこんなところで可愛いお嬢ちゃんに会えるとはな。
 君は神殿の巫女か?』
彼の問いに少女は微笑むだけで答えない。
彼は名乗ってから彼女の名前を聞いたが、相変わらず答えてくれない。
首を横に振るだけである。
栗色の髪がさらさらと揺れる。
不思議な少女はふわりと笑って人差し指を自分の唇にあてた。
『内緒って事か?』
楽しそうに微笑んで頷く少女に彼は苦笑した。
『まぁ…俺も真実は内緒にしてるからな……お互い様か』


カットの声がかかり、アンジェリークはほっと息を吐く。
途中で中断されることなく、演じられた。
「よし、次のシーン入るぞ」
アリオスの指示でスタッフが中盤や終盤の浜辺でのシーンの準備を始める。
「アンジェ、調子良さそうね。
 私も負けてられないわ」
「でも緊張したよ〜」
同じ年頃のせいか、同じ名前のせいか……
すでに仲良くなった二人は芝居や他の話題で話に花を咲かせている。
「うまくいっただろ?」
いつもの不敵な笑みでアリオスはオスカーに言った。
「ああ……」
オスカーは不思議そうにアリオスに訊ねた。
「なんかお嬢ちゃんにアドバイスしたか?」
「いや。台本に書かれていること以外をやってもかまわないって言ったくらいだ。
 好きにやってみろってな」
そぐわなかったらダメ出ししてやるから、まずは思った通りに動いてみろ、と。
今のシーン……台本には『微笑んで誤魔化す』としか書かれていなかった。
「物怖じしないお嬢ちゃんだな」
オスカー相手に対等以上に堂々と演じきった。
「まぁ、役柄上お前より強者なのは確かだからな」
くっと笑いながら、今は普通の少女の顔をしているアンジェリークを見る。
その視線に気付いたのか、アンジェリークはアリオスの所へやってきた。
「どんなこと考えながらやってた?」
アリオスの問いにアンジェリークは首を傾げて考えて……ようやく答えた。
「う〜ん……その場の雰囲気で」
「………」
「あ、えと…ごめんなさいっ」
無言で見下ろすアリオスにアンジェリークは慌てて説明を付け足した。
「最初はああしよう、こうしよう、とか考えてたんだけど…。
 結局はあれこれ考えたものじゃなくて、実際にオスカーさんとやりとりして
 自然に出てきたものだったから…」
「そうか」
あんまり良くない答だったのかな、と思ったが特にアリオスは何も言わなかったので
それ以上の追求はせずに、そのままのスタイルで撮影を続けた。





「アンジェリーク」
アンジェリークは今日の撮影を終えた後に、アリオスに呼び止められた。
「は、はいっ」
お説教?とびくついている表情が怒られている子犬のよう。
アリオスは分かりやすいやつだな、と笑いながら言ってやった。
「補習」
「はい〜…。NG何度も出しちゃいましたしね……」
アリオスは「ごめんなさい」と頭を下げる少女の頭を乱暴にかき混ぜる。
「ばーか、冗談だ。あれぐらいのNG普通だ。
 オスカーやリモージュだって出してただろうが」
「え……」
「お前は予想以上によくやってくれてるよ。
 やっぱり俺の目に狂いはなかったな」
褒められてアンジェリークは嬉しそうに微笑む。
「で、見せたいものがある」
「?」
連れられてやってきたアリオスの部屋は自分が使っている部屋よりも広く、いろいろな機材が置かれていた。
「今日撮ったシーン、見直してみるか」
「あ、はいっ」
彼の言った通り補習なのだと思って、アンジェリークは背筋を伸ばしてソファに座った。
「くっ……んな緊張すんなよ。
 いくつか俺が聞きたいだけだ」
「はい……?」
自分が画面に映っているのはまだ違和感があって……なんとも言えない気持ちで今日撮ったシーンを見る。
オスカーやアンジェリーク・リモージュは普段から画面の中の人だったから違和感がないけれど……
彼らと自分が話して映っているのは不思議な気分である。
オスカーと出会ったシーンで映像が静止させられた。
可愛らしいけれど、有無を言わせない強者の笑み。
楽しそうな瞳。
「アリオス監督〜……自分の映像って心臓に悪いです…」
自分なのに自分ではないような……それにこんなアップは恥ずかしい。
顔を赤くしてそう言うとアリオスは口の端を上げた。
「そのうち慣れるさ。
 後でこんなモニターじゃなく、でかいスクリーンに映るんだぜ?」
「言わないでください……」
アリオスはくっと笑い、アイスコーヒーをアンジェリークに渡した。
「演技で困ったりとかはしてないか?」
「アリオス監督……」
忙しい彼がわざわざ個人指導をしてくれるつもりなのだ、と気が付いた。
演出家や他にもそういったことを出来る人がいるのに。
「ありがとうございます。でも今のところ大丈夫です。
 なんて言うのかな……楽しいですよ」
「楽しい?」
「だって私の役ってけっこう面白いじゃないですか。
 私が『彼女』だったらこんな風に思うな、とか考えると……」
「ふぅん……」
「あ、でもこれじゃいけないのかな…?
 もっと真面目にお芝居しないといけないですか?」
金の髪のアンジェリークやオスカーにもアドバイスをもらっているのだが…とアンジェリークは訊ねる。
「いや、そのままでいいぜ?
 お前が思ったようにやってくれ。時間取らせて悪かったな」
「こちらこそ……ありがとうございました」
深々とお辞儀をしてアンジェリークは微笑んだ。
「あの……『私なんかを選んだ』ってアリオス監督が文句言われないようにがんばりますから。
 『さすがアリオス監督だ』って言われるように…。
 だから……ご指導よろしくお願いします」
彼が良い映画を撮る為に、本気でやっているのが一緒に仕事をしてよく分かった。
素人の自分をフォローしようとしてくれる気持ちに応えたいと思った。
「………ああ」
驚いたように目を見張ったアリオスは直後にふっと笑った。
「期待してるぜ」
「はいっ」



アンジェリークを部屋まで送った後、アリオスは再びモニターを見ていた。
目が追いかけてしまうのはオスカーでもアンジェリーク・リモージュでもなく、アンジェリーク・コレット。
『今朝の女の子は誰かしら? 謎の旅人さん?』
夜。
人気のない、海の守り神を祀っている祠の側。
リモージュ演じる巫女が強気に謎の旅人を問い詰めている。
『なんだ、お嬢ちゃん。
 こんなところに呼び出して愛の告白かと思ったら……残念だな』
『神官であるディア様があなたのことを面倒見るって言ったから従ってるだけよ。
 こんな時期にここにやってくるあなたを不審に思わないわけないでしょ?』
『そうか?
 他のお嬢ちゃん達は俺を受け入れてくれたぜ?』
『酒場をはしごして色々情報を集めていたらしいし……。
 明け方には海辺で不思議な女の子といたし…』
彼女の言葉に彼はひっかかった。
あの少女の雰囲気は神秘的で……どこか巫女達と通じるものを感じた気がしたのだが…。
『彼女は本当に巫女じゃないのか?』
『この街で見かけたことは一度もないわよ』
それより、と巫女はエメラルドの瞳をきらりと光らせる。
『あなたこそ何者よ。
 どこの貴族の回し者?』
『おいおい、お嬢ちゃん……』
『ただでさえあの人達には言いがかりをつけられて、腹立ってるのよ?
 証拠掴んで王宮に叩きつけてやるんだからっ』
巫女らしからぬ元気さに彼は苦笑する。
でも彼女らしくて好感を持てる。惹かれる。
だから白状した。
『俺はその王宮から事の真相を確かめに来ただけだ』
『本当に?』
その時、ことりと岩場の石が揺れた。
『誰?』
『誰だ?』
険しい二人の声が同時に響く。
出てきたのは見つかってしまった、と困ったように微笑む少女。アンジェリーク。
『お嬢ちゃん…』
『今の話……聞いて…』
気負うでもなく彼女はこくりと頷く。
そして岩場に建てられた祠の向こうを指差す。
『なぁに?』
巫女が尋ねても彼女はただ指を指し示すだけ。
『お嬢ちゃんはどうやら話せないらしい。
 俺も声は聞いたことがないんだ』
『そう……なの?』
再び頷いて、気にしないでと微笑む。
そして数歩歩いて、大きな岩の側に身を寄せて二人を手招きした。
『あ……』
そこから見えたのは祠の側でなにやら作業をしている怪しげな男達。
この祠は神殿の人間以外は近付かないことになっているのに……。
少女の海色の瞳はそれを悲しそうに見つめていた。
『あいつら……何が神殿側の落ち度よっ。
 自分達で悪さしてるクセに〜。
 今度は祠が荒れてる、ちゃんと管理されてないって言うつもりね』
ぷんぷん怒る巫女に青年と少女は顔を見合わせて苦笑する。
『私達はちゃんとこの海の守り神を思ってるわ。
 あんなやつらに好き勝手させてやらないんだからっ』
『それは俺も同感だな』
話せない少女も頷いて視線で同意する。
『お嬢ちゃん、ここはひとまず組まないか?
 明らかに俺よりあっちが怪しいだろ?』
『まぁ……ね。
 でも、具体的にはどうするのよ?』
考え込む二人の袖を黙っていた少女がそっと引っ張った。
『お嬢ちゃん?』
不思議そうな視線を受け止めてにこりと笑う。
まるで『私に任せて』と言わんばかりの自信溢れる笑み。


「………」
アリオスは電源を消して、缶ビールに口をつけた。
あんな表情は見たことがない。
ここにいるメンバーの中では誰よりもあの少女と過ごして、くるくると変わる表情を見てきた。
それでも、あんな笑みは知らない。
アンジェリーク・コレットではなく、『彼女』だからこその笑顔や表情なのだろう。
「本当に素人かよ……」
我ながら自分の直感に感心する。
そして監督ならではの高揚感を覚える。
彼女を口説き落としたのは正解だった。
良い作品が出来上がる。
天性のものもあるし、失敗する度に学習していく彼女の真面目さもある。
見る見る間に上達していく。
しかも本人は芝居を楽しんでいる。
「期待以上じゃねぇか」
アリオスはふっと笑うとビールを飲み干した。



                                            〜 to be continued 〜






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