Shining Star
- きらめく星 -
アリオスはアンジェリークの所属する事務所を訪れていた。 役者時代、自分の所属事務所でもあったので気軽に社長室のドアをノックする。 「珍しいな……あんたが俺を呼び出すなんて」 「あ〜、お久しぶりです。 アリオス」 振り返りのんびりとした挨拶を返したのはアリオスも世話になったルヴァだった。 その横にはアンジェリークのマネージャー、ヴィクトールもいる。 しかしアンジェリーク本人はいなかった。 「あいつには聞かせられない話か?」 「ええ。先に貴方から話を聞いておこうと思いましてね」 アリオスがソファに座ると、ヴィクトールが今度発売される週刊誌をテーブルの上に広げた。 その見出しを見て、アリオスは瞳を細めた。 「へぇ……」 『あのアリオス監督(28)の今度のお相手は新人清純派女優(17)!?』 ありがちなタイトルが指し示す内容はアリオスとアンジェリークの関係である。 アリオスとアンジェリークが二人で店に入る写真が載せられ、二人が出会った経緯や 現在もアリオスが指導していることなど簡単にだが色々と書かれていた。 「この件に関して貴方から言うことはありますか?」 ルヴァはいつもの笑顔でお茶を勧めながらアリオスに訊ねた。 「いや、これくらいなら良いんじゃねぇか? でっちあげでもないしな」 アリオスは煙草をくわえ、火を付けながらなんでもない事のように言った。 「こっちの写真はこの前練習が終わった後、メシ食いに行った時のだな。 さすがにこっちの海の写真があるのには呆れるがな……」 あの映画を撮った時の海辺。 二人で波打ち際で遊んでいた写真までもが載っていた。 紫煙を吐き出して、不敵に笑ってさえみせる。 「俺があいつの面倒を見ていることや、その後食事に行ったりしてんのは本当だ。 それ以上の下世話な憶測まで書かれてたら、クレームつけてやるがな」 まだそこまで書かれることはなく「熱愛発覚か?」程度のもので 記事も今後の動向を要チェックと締められている。 「宣伝になる、とでも思ってりゃいいだろ?」 お互いマイナスの影響は受けないだろう、とアリオスは笑った。 その余裕の表情にルヴァはじーっと彼を見つめた。 「なんだよ?」 「い〜え〜。貴方がアンジェリークを可愛がっているのは知っていましたから こんな記事が出るのは許さないかとも思ったんですけれどねぇ……」 「そこまで過保護じゃねぇよ」 「そうですか〜?」 にこにこと侮れない笑みを浮かべるルヴァにアリオスは眉を顰める。 「それに……貴方のことですから、何か目的があって この写真を撮られたのかもしれない、とも思いましてねぇ……」 「………………」 「アンジェリークの為を思って動いた結果なら、俺達にも教えておいてもらいたい」 真面目に少女のフォローを考えているヴィクトールと のんきそうに見えて、色々見通しているルヴァに問われて アリオスはひとつ息を吐いて煙草を揉み消した。 「あいつの側には俺がいる、そう思わせておいた方が良いと思った」 「それは……」 「ヴィクトール、この前あいつを迎えに来られなかった時があっただろう」 「あ、ああ」 他のタレント担当のマネージャーが急病で、彼がかけもちで面倒を見ていた日があった。 ちょっとしたトラブルでアンジェリークを迎えに行くのが かなり遅くなってしまうと連絡をしたら…。 「もう家に帰るだけなんですし、いいですよ。 気にしないでください」 代わりのマネージャーを寄越すから、と言っても分刻みで管理される程忙しくもないんだし、 そこまでしなくて良いと笑っていた。 逆にお仕事がんばってください、と励まされて終わったのだ。 しかしその後、アンジェリークは声をかけられた。 相手は何度かすれ違ったことのあるプロデューサー。 今度の仕事のことで話がある、と言われた。 「? でも、そういうお話はヴィクトールさんに……」 「君にも話しておきたいこともあるし、君の意見も聞きたいと思ってたんだ」 電話の内容が聞こえていたのか、用事がないなら他のメンバー達にも会わせるから 食事にでも行こうとかなり強引に連れていかれようとしていた。 「あの……私、まだお酒飲めないし、本当にそういうのは……」 アンジェリークは逃げ腰になりつつ今後のこともあるだろうし、 失礼にならないように断ろうとした。 それでも彼は引かなくて……結局、アリオスが出て行ったのだ。 「アンジェリーク」 「アリオス監督」 彼の登場にその表情がぱっと明るくなる。 代わりにプロデューサーの顔が青ざめる。 「行くぞ」 「はいっ」 「な、なんだ……。 アリオス監督との先約があったのかい?」 別に今日は約束はしてなかったので、アンジェリークはアリオスを見上げた。 アリオスが代わりに彼に答える。 「まぁな。 ああ、それと……」 アリオスはアンジェリークの肩を守るように抱き、誰もが怯えずにはいられない 切れそうなほど鋭い視線で相手を睨む。 「こいつは俺が面倒見てるんだ。 今後ともよろしく頼むぜ?」 ありきたりな挨拶なのに、その表情はとても剣呑で……。 スキャンダルの元になりそうな言葉は避けられていたが 要約すれば、『こいつに手を出したらタダじゃおかない』である。 紛れもない脅し文句。 「は、はい。それはもう…。 こちらこそよろしくお願いします」 彼は完全にアリオスに呑まれ、頭を下げるのがやっとだった。 「あの時は俺がたまたま通りかかったから良かったものの……」 「そんなことがあったのですか……」 「……やはり俺が迎えに行くべきだったんです」 しきりに反省するヴィクトールにアリオスは肩を竦めて言った。 「普段はボディーガードも兼ねてあんたがついてるんだし、 そうしょっちゅうあることでもないだろうけどな」 それでも彼女に目を付けている輩は少なくはなさそうである。 「あいつにも気を付けるように言ったが……」 気を付けたところでどうにかなるのか、いささか不安だった。 アリオスに忠告されて、アンジェリークはにこりと笑って頷いていた。 「はい。ルヴァさんやレイチェルに『この人にはついていっちゃいけないリスト』を もらってるので気を付けてます」 だが、実際はそのまま連れていかれそうな様子だったのだ。 本人も分かっていたのかアリオスを見上げてほっとしたように微笑んだ。 「でも、アリオス監督に来てもらって良かった……。 ありがとうございます。 強引なお誘いはどう断って良いか困っちゃいますね…」 自分が失礼なことをしたら、事務所に迷惑をかけるかもしれない。 そう思うとあまりはっきり断るわけにもいかなかった。 小さく息をつく少女を見下ろしながらアリオスは思ったのだ。 「くだらねぇやつに指一本触れさせてたまるか。 あいつはそんな売り方しなくても仕事は取れる」 むしろそんなことがあったら、演技どころではなくなるだろう。 彼女をこの世界に引っ張り込むのに躊躇いがなかったわけではない。 裏側での駆け引き。 嫉妬からくる嫌がらせ。 今時珍しい純粋で優しすぎるくらいの少女がそういったものに対処しきれるかどうか……。 「意外に芯が強いからな……。 嫉妬くらいにはぐらつきもしねぇが…」 さすがに男の力には敵わないだろう。 だったらそれ以上の力で自分が守るだけである。 「これが出回れば、俺を敵にまわしてまで あいつに手を出そうなんて考える馬鹿もいなくなるだろ」 表面上はただの仲の良い師弟関係として公開されるだけだが、業界の人間には充分に威嚇となる。 「アリオス……そこまで彼女のことを…」 感動しているヴィクトールにアリオスは眉を顰めた。 「勘違いすんなよ。 あいつに良い芝居をしてもらうためだ」 あくまで自分の為だ、と言い切る彼にルヴァはにこにこと頷いた。 「そうですかぁ……では、この記事はそのままということで」 「ああ。話はこれでいいか?」 「ええ」 「じゃあな」 さっさと立ち上がりドアに手をかけたアリオスにルヴァのおっとりとした声がかかった。 「アリオス」 「あ?」 まだなにか?とアリオスが振り返る。 ルヴァは相変わらずの笑顔でお茶を啜りながら言った。 「本当のところはどうですか〜? 貴方達の記者会見を用意しておく必要はあります?」 アリオスは不機嫌も露に口を開いた。 「この俺がお子様を相手にするかよ」 勢いよく閉じられたドアを眺めながらルヴァはのほほんとヴィクトールを見た。 「そうでしょうかねぇ……」 「さぁ…自分にはなんとも…」 そういったことには疎いので……と苦笑するしかなかったが。 一方、アンジェリークの反応はと言うと…。 ルヴァやヴィクトールは初めて週刊誌に載せられたショックに動転するかと思っていたが、 確かに驚いてはいたのだが少々意外な反応だった。 記事に目を通しての第一声が「アリオス監督の迷惑にならないか?」だった。 「アンジェリーク?」 「だって……この記事、ホントの事しか書いてないし…。 ひどい事書かれてるわけじゃないし……。 噂になったりするのは困るけど…それは私が気にしなきゃいいだけの話です。 それよりアリオス監督に迷惑かけるのが…嫌です」 こんな事を書かれたら、二人で会えなくなるかもしれない。 練習を見てもらうことも控えるようになるかもしれない。 何より面倒を見てくれている彼に厄介ごとを増やすのは嫌だった。 ルヴァとヴィクトールは顔を見合わせて苦笑した。 当の本人が仕向けたようなものなのである。 真実を知らないアンジェリークには悪いが彼女の心配は杞憂である。 「大丈夫ですよ。アンジェリーク」 「ああ、アリオスにもこの件に関しては既に話をしてある」 「え、そうなんですか?」 「彼も気にしてないそうですよ。 『宣伝になるとでも思っておけばいい』とか言ってましたからねぇ…」 「はぁ…それなら良いのですけれど……」 なんとなく釈然としないものを感じながらも、追求は諦めたアンジェリークだった。 どこから情報を拾ったのか知らないが、心配したレイチェルも電話をかけてきてくれた。 「アリオス監督だからね〜。 これくらいの記事じゃどうってことないよ☆」 レイチェルに言わせるとその一言で終わってしまったが。 「そう……なの?」 「そーそー。今までどれだけ書かれたと思ってんの? まぁ、確かにアナタがデビューして以来、このテの話題はご無沙汰だったけどサ」 「ふぅん……」 「ま、ともかく良かったよ。 落ち込んでなくて♪」 「うん、大丈夫だよ。 ひどいこと書かれたわけじゃないし」 「で、ホントのところはどうなのよ?」 笑みを含んだような声にアンジェリークはきょとんとする。 「記事に書いてある通りよ?」 「エ!?」 電話の向こうでやたら驚いた声が聞こえて、アンジェリークは首を傾げながら続けた。 「えーと……だから、練習見てもらって…時間によってはその後ごはん食べに行って。 そう、レイチェルとおんなじ感じよね」 「………………」 あちらの沈黙の理由が一向に読めず、無邪気に親友の名を呼ぶ。 「レイチェル?」 「あ、そ……。なんだか一気に疲れたヨ…。 付き合ってるわけじゃないのね」 「アリオス監督と私が? まさかぁ……」 冗談でも聞かされたように笑うおっとりした親友にレイチェルは苦笑した。 「有り得ないことでもないな、と思ったんだけどネ」 「そ、そんなこと、有り得ないよ……」 そして後日、意外な人物にも心配してもらっていたことが分かった。 アンジェリークは撮影の為にテレビ局にやってきた。 ロビーを通り抜けようとして親しくなった雑誌記者のサラに声をかけられたのだ。 「アンジェちゃん!」 「あ、サラさん。お久しぶりです」 「お久しぶり〜。また今度のインタビューではよろしくね。…ってそうじゃなくて! ちょっとだけ時間取れないかしら?」 いつでも良いんだけど…とサラの珍しい様子にアンジェリークは横にいたヴィクトールを見上げた。 「ああ、今日は早めに着いたからな。 すぐに済むなら今でもかまわないぞ」 「ありがとうございます」 局のラウンジでは休憩中のスタッフや役者がちらほらとくつろいでいる。 その端の方の一角に二人は落ち着いた。 「いったいどうしたんですか?」 「今日、週刊誌発売されたでしょ?」 「え、ええ……」 「何か困ったことはない? 大丈夫?」 心配してくれるサラにアンジェリークは微笑んだ。 「ありがとうございます。大丈夫ですよ。 今朝から数人にちょっと聞かれましたけど……ヴィクトールさんがいてくれたし」 「そっかー。それなら良いのよ、うん」 サラは安心したようにアイスティーに口をつけた。 「アリオス監督が珍しくあの記事に関してコメントくれたからねぇ。 そのおかげかな」 「コメント、ですか?」 「そ。面倒も見てるし、食事も一緒に行く時もある。 単なる師弟関係だから付け回してもそれ以上のネタは出てこないぞ、ってね」 「そうだったんですか」 「言った内容はそんなもんだけど、本人目の前にいるとけっこう迫力だったわよ〜」 要はこれ以上まとわりつくな、という彼直々の警告なのである。 あれを聞いてなお付きまとう記者はいないだろう。 「ふぅん……」 「だからアンジェちゃんのところまでうるさく付きまとうやつがいたら教えてね。 懲らしめてやるから」 全然知らなかったな、とアンジェリークは思いながら話を聞いていた。 「わざわざ心配してくださってありがとうございます」 アンジェリークに深々と頭を下げられ、サラは慌てて少女の頭を上げさせた。 「や、やだ。アンジェちゃんってば。 お願いだからそんなことしないで、ね?」 あの記事を書いた負い目があるとは決して言えなかったが……。 アリオスに声をかけられて、あの文章を書いたのはサラなのである。 本業は週刊誌ではなく、別の雑誌なのだが…… 同じ出版社と言うこととネタとしては編集長が即OKを出すものだったので問題はなかった。 ただ記事として載るのではなく、下手なことを書かれないように ちゃんと根回しをするあたりが彼らしい、とサラは感心していた。 (でも……こんな根回しするのも、わざわざコメント公表して フォローするのも初めてなのよね…) ふとサラは記者としてではなく、姉のような気分で彼女に訊ねた。 「ところで、本当に二人はただの師弟関係?」 「や、やだなぁ……サラさんまで…」 アンジェリークは真っ赤になって首を振った。 「アリオス監督のお相手って大人で綺麗な人達ばっかりだったんでしょう?」 「まぁ……ね」 過去を振り返ってサラは頷いた。 アンジェリークはほら、と言わんばかりの表情で頷く。 「私とは正反対のタイプじゃないですか」 なぜか自分で言った言葉なのに……胸が痛かった。 〜 to be continued 〜 |