Shining Star
                          
- きらめく星 -



今度の役はヒロインの友人。
普通の女子高生。
レイチェルに誘われて出演した時と似たような位置だが、内容は全然違う。
あの時は一瞬だけの主役を励ます役だったが、今回はレギュラー出演。
しかも、アンジェリークの役にもしっかりとしたシナリオがある。
メインストーリーの隣で彼女の恋も描かれていく。


「おはようございます、セイランさん」
「やぁ、おはよう」
スタジオに来た相手役にアンジェリークは笑顔を向けた。
付き合いにくい人物だとかいろいろ聞いていたので
最初は緊張していたが……実際はそうでもなかった。
確かに彼は、最初はあんまり必要以上の会話などしてくれる気配もなかったのだが、
なぜかアンジェリークを面白いと思ったようで、今では会えば普通に世間話をしている。
「へぇ……珍しい光景じゃねェか?
 気難しやのネコが子犬とじゃれてる」
「あいつはセイランの嫌味も皮肉もマイペースに受け止めるからな……」
アリオスは突然現場に現れたレオナードに肩を竦めて見せた。
「珍しいことに気に入ったようだ」
共演をきっかけにお近付きになろうという相手にうんざりしていたセイランは
最初はアンジェリークもその一人なのだろうと思っていて、対応は実にそっけなかった。
しかし、何を言っても無邪気な瞳で臆することなく笑顔で受け応えるアンジェリークに
セイランも次第に興味を惹かれたようだった。
あの微笑み返したくなる笑顔は彼女の最大の武器である。
「へぇ……まー、あの子はどっちかって言やー可愛がられるタイプだしな。
 でもアリオス監督としては面白くねェだろうなァ?」
にやりと意地の悪い笑みを浮かべる悪友にアリオスは眉を顰めた。
「なんでだよ?」
「せっかく大事に育てた子を横から掻っ攫われるかもしれねェもんな」
どうする?と楽しそうにレオナードは笑う。
「あいつら芝居上とは言え、くっつくんだろ?」
「まぁな」
「芝居が本気にならないとも限らねぇ」
アリオスは楽しそうに話している二人を眺めた。
そして余裕の表情でふっと笑った。
「そりゃ、お前が抱えてる不安だろ。
 一緒にすんなよ?」
「なんだと……」
「エンジュならさっきフランシスとどっか行ったぜ?」
このドラマの主演二人の名にレオナードの表情が明らかに変わる。
「あいつ……フランシスにはついてくなってあれだけ言っただろうが…」
舌打ちするレオナードの様子を見ながらアリオスはくっくと笑った。
「冗談だ。お前の姫さんはメイク中だぜ。
 次の撮りはアンジェリークとセイランのシーンだからな。
 その後エンジュの撮りだ」
「…っ……てめー…」
からかおうとして逆にからかわれたレオナードはなんとも言えない表情でアリオスを睨む。
しかし、アリオスは涼しい顔をして受け止めた。
「俺をからかおうなんざ百年早ぇ」
「………………」
「さっさと撮り終わらせてエンジュを帰してやるよ。
 その辺で見てろ」
「へいへい、ありがとうございます。
 アリオス監督」
ふてくされたようにその辺の椅子にどっかりと座る彼を見て、アリオスは自嘲気味に呟いた。
「分かりやすいやつだな」
自分とは正反対だ。





『……また君かい?』
ドアを開ける音の直後に呆れを多分に含んだ声が聞こえる。
少女の表情がぱっと明るいものになる。
『えへへ……放課後もやらないと課題の締切日に間に合いそうもなくって』
迷惑そうな声など百も承知で少女は笑う。
もともと彼はそういう人なのだ。
『そういうわけなので、私にも美術室使わせてください』
『美術部の邪魔はしないでくれよ』
『はーい……と言っても先輩くらいしかいないじゃないですか』
『じゃあ、僕の邪魔はしないでくれよ』
『分かってます』
決して喜ぶような会話ではないのに、とても嬉しそうに微笑む。
彼もやれやれと言わんばかりに息を吐いた。
『どうだか……』

『う〜ん……』
キャンバスに向かって彼女は難しい顔をする。
色が決まらない。
思うように塗れない。
『どうしようかなぁ…』
『まったく……邪魔はしないって言ったのはどこの誰だい?』
離れたところでキャンバスに向かっていたはずなのに……
すぐ後ろで聞こえた声に慌てて振り返る。
『え、あ…うるさかったですか?
 ごめんなさいっ』
そんなに大きな声だったかな、とうろたえる少女を見て彼はくすりと笑う。
『うるさくはないけどね。気が散るよ』
『……ごめんなさい』
はっきり言われて小さくなった彼女にふっと微笑んだ。
いつの間にか自分の近くにいるようになった後輩。
いつの間にか放っておけなくなっている。
『だから、それ、さっさと終わらせてしまおう』
きょとんとしていた表情が一瞬遅れて嬉しさに染まる。
手伝ってくれる。
アドバイスをしてくれると彼は言ってくれたのだ。
『はいっ。ありがとうございます』
並んでキャンバスの前に座ると二人の距離が近い。
それにかすかに緊張しながら彼のアドバイスを受けて絵を完成させていく。
『先輩、やっぱり優しいですよ。
 人の噂なんてあてにならないですね』
にこりと笑った笑顔がとても印象的だった。





「ふーん、しっかり演技してるじゃねェか」
「そやろそやろ〜。
 ほんまにセイランに惚れてるんちゃうかって思うくらいにな。
 あれだけ素直に全身で好きだって表現されたら落ちない男はおらへんのとちゃう?」
アリオスに頼み込んで、アンジェリークをこの役に起用して正解だったと
チャーリーは実感していた。
「エンジュちゃんとフランシスのいちゃつきっぷりも見事やしな〜」
じろりとレオナードが不機嫌そうに睨む。
チャーリーは笑って受け流し、アリオスはふんと鼻で笑って一蹴した。
「俺に文句を言うなよ。
 そのへんはあいつらのアドリブに任せてる」
ますます面白くない表情になるレオナードに明るい少女の声が聞こえた。
「もしかして妬いてるの?」
くすくすと笑っているのはエンジュだった。
隣には彼女の学校の保険医役で恋人役でもあるフランシス。
「それはそれは……あなたに妬いてもらえるとは光栄ですね」
「私達の演技も本物だってことよね〜」
「ではレディ……。
 レオナードに妬いてもらえるよう次のシーンも頑張りましょうv」
「はーい」
じゃあいってくるね、と言い置いて、エンジュはエスコート用に差し出された
フランシスの腕に素直に腕を絡める。
「妬くだけ無駄だろ。
 あいつらすでに役に入ってんだから」
こめかみに青筋立てるレオナードに対して、実に冷静にアリオスが呟いた。
「いーや、フランシスのはぜってェ、俺に対する嫌がらせだ。
 芝居とは言え、あからさまに見せつけやがって」
「まぁ、どっちでも良いがな」
その冷めた表情はいつも通りなのだが……チャーリーはなんとなく違和感を覚えた。
「なー、アンジェちゃんのことどう思う?」
「良いんじゃねぇか?
 役作りはできてると思うぜ」
「最初、あの子には無理なんやないかって言ってたのにな〜?」
そこをなんとか、と頼んだのはチャーリーだが
実際になんとかされてしまうと、いったいどんな指導をしたのか気になる。
「どんなテ使ったん?」
「人聞き悪ぃこと言うなよ。別に特別なことはしてない。
 養成所で教える程度のことしか教えてねぇよ」
アリオスですらアンジェリークのあんな表情は見たことがない。
アリオスを見つけて嬉しそうに微笑む笑顔とも微妙に違う。
ドラマの中で見せた互いの近さを意識して戸惑う表情も、手が触れて焦った表情も見たことがない。
似たような表情は見たこともあるが、さっきのアンジェリークには
さらに照れと嬉しさが入り混じっていた。
確かに彼女はアリオスが監督として要求したことに応えている。
良い表情が撮れているし、撮影も順調、ドラマも好評である。
それなのに……アリオスは心のどこかで何かがひっかかっているような気がしていた。
チャーリーの感じた違和感はあながち間違いではなかった。





エンジュ達の撮影をアンジェリークはスタジオの端の椅子に座って眺めていた。
控え室に戻っていても良いのだが、他人の演技は勉強になる。
エンジュがアリオス監督に指示され、頷いている。
楽しそうに笑っている。
(何話してるんだろ……)
ぼんやりと思いながら見つめている先がいつの間にか役者達ではなく、
アリオスに移っているのに気付いて、アンジェリークは自分に言い聞かせた。
(今はお仕事中お仕事中……)
自分は『先輩』に恋する少女なのだ。
(私にできることは立派な役者を目指すこと。
 アリオス監督の指導を受けた成果は出さなきゃ……)
エンジュやフランシスの撮影を眺めたり、
次の自分のシーンのセリフをチェックしたりと意識を切り替えようとした。
しかし、アンジェリークの努力もむなしく
撮影の合間に彼を呼ぶ女性の声が聞こえ、集中力は切れてしまった。
「アリオス監督、ちょっと……」
彼女は敏腕プロデューサー。
美人で切れ者、同性から見ても憧れるような女性である。
彼女に呼ばれ、アリオスは次のシーンの準備をするように指示し
少しの間だけその場を離れ、スタジオの端に移動した。
それだけでアンジェリークは内心落ち着かない。
彼女は過去にアリオスと噂になった人でもある。
(どうしてこう……アリオス監督の周りってすごい人が多いのかな…)
彼の側にいるようになって嫌でも知った。
どれだけ自分が頑張ってもかないっこない、と思わされるような人達がアリオスの周りには寄ってくる。
きっと仕事の話なのだと思う。
だけど、話している二人の様子は親しそうで……笑みすら見えた。
何より美形な大人の二人が並んでいるのは絵になる。
気になるけど見たくない。
台本に集中したいのに二人が気になる。
なんだか苦しくなったアンジェリークは大きな溜め息をついて力なく椅子に沈み込んだ。

「どうしたんだい?」
「あ、セイランさん」
アンジェリークはぱっと背筋を正して振り返る。
「大きな溜め息ついたりしてさ」
「あ〜……見られてましたか。
 あ、ありがとうございます」
彼が持ってきてくれたアイスティーを受け取って微笑んだ。
「難しいですね……恋心って…」
「そうかい?
 君がそう言うなんて意外だな……」
とても楽しそうにやってると思ったんだけど、と言う彼の言葉にアンジェリークは頷いた。
「お芝居中は楽しいですよ?
 ただ、その前後で色々考えてるんですよ、こう見えても…」
「ふぅん……たとえば?」
面白そうに問う彼にアンジェリークは少しだけ考えてから口を開いた。
「私が演じている子……。
 この子はすごいなぁ…とか」
セイランがくすりと笑うのでアンジェリークは頬を膨らませた。
「笑うことないじゃないですか〜」
「いや、ごめんごめん。
 続けて?」
もう……と呟きながら話を続ける。
「私には絶対真似できないですよ。
 あんなに素直に好きだって気持ちを表に出せない」
「へぇ……」
あの少女の役はアンジェリークそのものだと思っていたセイランは
意外なものを聞いたとばかりに眉を上げた。
「私は……気付かれないように必死に隠しちゃいますから」
好意は持っているけれども、恋愛感情は抱いていないように振る舞ってしまう。
内心を悟られないように注意している。
気付かれたら側にいられない。
彼を困らせてしまう。
もしかしたら呆れられるかもしれない。
真面目に演技の指導をしていただけなのに、自分がこんな気持ちを抱いてることを知ったら……。
純粋に演技の勉強をしたいという気持ちすらも疑われてしまいそうで怖い。
彼が自分に求めるのは役者としての成長だから。
この気持ちは絶対に気付かせない。
いつのまにかアリオスの側にいる時も演技をするようになった。
彼に恋をしていないフリ。
アリオスを好きだと気付いたけれど、気付かない方が良かったと思う。
アリオスに恋愛対象として見てもらえないことは分かっていたのに。
気付かなければ、さっきみたいに他の女性と話すアリオスを見て、
複雑な気持ちを抱えることなんてなかったのに。
「私にはできないけど……できないからかな?
 この子の『好き』は素直に表現してみたい。
 だからお芝居は楽しんでますよ」
「ま、頑張って僕を惚れさせるんだよ」
「はい、『先輩』。
 好きになってもらいますからね」
ぽんと栗色の頭を叩いてセイランはその場を離れた。
アンジェリークは彼の励ましにくすくす笑って頷いた。



「ほぉ、噂通りセイランとうまくやってるみたいだな。
 あのお嬢ちゃんは」
仲良さそうに話している二人を眺めてオスカーは感心したように呟いた。
「オスカー……お前ら次から次へとなんだよ」
レオナードと言い、オスカーと言い、そんなに暇なのかと睨んでやったら
オスカーは肩を竦めて答えた。
「レオナードは単なるエンジュのお迎えだろうが。
 俺は…お嬢ちゃんの様子を見に、な。
 今度はセイランとの仲を噂されるかもな……」
「まぁ、ドラマの共演をきっかけにってのはよくあるパターンだな」
オスカーのからかい混じりの言葉にアリオスはなんでもないことのように頷く。
「いいのか?」
「なんで俺に聞くんだ?」
「なんでってお嬢ちゃんはお前の……」
週刊誌を使ってわざわざ派手な警告をしたのはアリオス自身だろう。
気付いていたオスカーはその先を言おうとしたが彼に遮られた。
「俺の弟子みたいなもんだが、それだけだぜ」
「本当かよ?」
彼がアンジェリークに特別目をかけているのは分かる。
それがオスカーには単なる師弟関係からくるものだとは思えなかったのだが。
「本当だ。
 俺もあいつもそんな気はねぇ」
「別に隠さなくてもいいんだぜ?」
「隠す事実もねぇよ」
それだけの用ならさっさと帰れ、と手を振る。
「隣で安心しきって寝るくらいだ。
 対象外なんだろうよ」
「撮影とかで疲れてたら、車に乗って揺られてれば眠ってもおかしくないだろ?」
「車じゃねぇよ。俺のベッドだ」
「!」
意外な場所にオスカーは驚き、そして声を潜めた。
「なっ……お前、お嬢ちゃんに手を…」
「出すわけねぇだろ。
 成り行きでそうなっただけだ」
ぴしゃりと言うと、本日最後のシーンを撮る為、アリオスはセットの方へと向かっていった。
「びっくりやな〜」
「どう思う?」
アリオスと長い付き合いであるオスカーとチャーリーは顔を見合わせた。
「アリオスが誰かを部屋に入れたなんて今まで聞いたことないぜ」
「俺も聞いたことないで。
 やっぱアンジェちゃんは特別なんやな」
「なのになんでもないのか?」
「う〜ん……」
どう考えても二人は疑わしいほど親密なのに、あくまでも師弟関係らしい。
この自然なようで不自然な関係にオスカーとチャーリーはなんともいえない違和感を覚えていた。
「今夜お嬢ちゃんにも聞いてみるか」
あの少女なら嘘をついたり、真実を隠し通せることはないだろう。



                                            〜 to be continued 〜






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