とっておきのTeaTime
「う〜ん…やっと一段落ついたぁ〜」 晴れ晴れとした表情でアンジェリークは学校を出るところだった。 今日は期末試験最終日。 しばらくは試験休みで、終業式に出れば、あとは冬休み。 三学期は受験のため、自由登校。 ちなみにレイチェルとエンジュはこの小休止を恋人と過ごす予定らしい。 ちょっとした開放感に浸りながら、校門を抜ける。 (やっと行けそう…この時間ならランチメニューかな…) 腕時計を見て、そんなことを考えながら歩いていた。 「こら、通り過ぎんなよ」 「え、あ、アリオスさん? 私服姿だったから気が付かなかった…」 はっとして声の方を振り向けば、校門のすぐ近くにアリオスがいる。 生徒達、とくに女子の羨望の眼差しを集めて立っていた。 「そんなとこにいたら目立ちますよ?」 「なのに通り過ぎたお前はなんなんだ?」 「う…」 髪をくしゃくしゃとかき混ぜられてアンジェリークは頬を染めてアリオスを見上げた。 「そ、それより、どうしたんですか? 私これからお店に行こうと思ってたんですけど…あっ。 もしかしてレオナードさんだけがお休みなんじゃなくてお店自体がお休み?」 ランチ食べたかったのに〜…と嘆く少女にアリオスは笑った。 「だって、試験とかいろいろあってしばらく行けなくて… やっと行けると思ったらお休みなんて…。 あ、そうだ! 大学! 私、レイチェル達より一足先に受かりました! 実は指定校推薦受けてたんですよ。 期末試験以外にその面接や論文があったり、入学手続きがあったり… それでちょっとばたばたしてたんです」 「……………」 アンジェリークはいつものアンジェリークだった。 周囲で何が起こっていようとマイペースに自分のやるべきことをやっていた。 「がんばったな」 安堵したのと同時に笑いがこみ上げてきた。 アリオスは華奢な身体を抱きよせ、その肩に頭を預けて笑った。 「ア、アリオスさん?」 前回の店でのことや、言い寄る男子生徒のことや、その他諸々。 ガラにもなく夜も眠れぬほど心配していたのに、当の本人はけろりとしている。 「くっ…俺の安眠を返しやがれ」 「な、なんのことですか〜?」 突然の抱擁で頭は働かないのに、そんなことを言われても分からない。 困惑しきったアンジェリークの表情を見つめ、赤く染まった頬に触れた。 「お前がお前のままでよかった」 「?」 頬に触れた指先がアンジェリークの顔を上向かせる。 (あ…) どうして? どうしよう? そんな思いがよぎったけれど誘われるままに瞳を閉じた。 一度唇が触れ、緊張に震えるのを宥めるように再度重ねられる。 「…んっ…」 少女を壁に押さえつけるようにして、何度もキスを重ねた。 「会いたかったぜ…」 アンジェリークは何も言えずにぼうっと見上げるしかない。 アリオスは初心者相手にやりすぎたかと反省した。 しかし、受け入れ、縋る彼女に愛しさを抑え切れなかった。 「一度断っておいて…勝手なのは承知してる。 だけど、いつでも側にいてほしいのはお前だけだ」 「あ、あの…」 突然の、しかも今更の告白にうろたえるしかない少女にアリオスは苦笑した。 「すでにお前の気持ちが俺にないのなら、もう一度振り向かせるまでだ」 「アリオスさん…?」 「ちょっと事情があったんでな。 それを説明しようと思ったんだが…ここじゃまずいか。 店、行くか?」 アリオスは辺りを見回してギャラリーの多さに移動を提案した。 「あ………」 校内、ではないが学校の側で随分と大胆なことをしてしまったと気付き アンジェリークは赤くなったり青くなったりした。 「今更だが…ちゃんと話をしたい。 聞いてくれるか?」 いつもの彼なのだが、いつもとちょっとだけ違う。 アンジェリークは彼の後について歩きながら考えた。 突然の展開に頭がついていけなかったけど、思い返してやっとたどり着いた。 アンジェリークはアリオスに追いついて、その腕にぎゅっと抱きついた。 全身で表す彼への返事。 「アンジェリーク?」 「ダメ?」 アリオスは見上げる子犬のような瞳を見つめ、ふっと笑った。 「サンキュ」 「私が好きなのはずっとアリオスさんだけです」 今までの優しさも、腕へのキスも、今日のキスも本物だと信じられる。 あの時、告白を断ったのにはきっと理由がある。 どんな話を聞かされても、さっきの不意打ちの告白とキスほどは 驚かないだろうとアンジェリークは思った。 アリオスが店の鍵を開けて、二人は店内に入った。 「昼飯まだだったんだよな。先に食うか?」 おなかも空いているが、アリオスの話の方が気になる。 「う〜…おなかぺこぺこなんだけど…話を先に聞きたいです」 素直な返答にアリオスは笑って頷いた。 「くっ…茶くらいは淹れてやるよ。 焼き菓子もあるしな」 「今はそれで十分です」 「どこから話すか…」 クッキーの一枚を食べ終えたアンジェリークを眺めながらアリオスは呟いた。 「俺は客に手を出すつもりはなかったんだよ」 「………」 「すぐにこの店を離れるつもりだったし、 そういう立場でもなかったしな」 「でも…アリオスさん、まだここで働いてますよね」 「まぁ、な。本当は夏だけだったんだが… ここにいたらお前と会えるだろ?」 「え…」 まっすぐ見つめられて嬉しさと恥ずかしさで アンジェリークは動けなくなってしまった。 (私と会うためにここに残ってくれて…? でも、私が告白したのは秋だよね…) アンジェリークがアリオスに想いを告げた時には すでに彼も同じ想いだったということである。 (なのにどうして…?) 「もともとこの店はテスト用に作られたものなんだ」 「テスト?」 「知り合いが…つまりチャーリーが利益追求型じゃなく CS…あー顧客満足を重視したタイプの店をやってみるとか言い出してな」 なぜか話題が逸れたような気がしてアンジェリークは注意深く 聞こうと身を乗り出した。使う単語が急に専門用語っぽくなっている。 それを察したのかアリオスが簡単に言い直してくれた。 「つまり儲けは二の次で客を喜ばせるためだけの店を作るって言い出したんだよ」 そこでようやくアンジェリークは頷いた。 「ああ、それなら分かる気がします。 ここってかなり贅沢だもの。 環境・料理・サービス、どれもレベル高いのに… でも値段は私でも通えるくらいで」 「俺としてはそんな店がいつまで続くんだか、と思ってたんだよ。 だが興味があるのも事実だから、このテストの結果を見てみたかった。 で、行く末見せてもらう代わりにチャーリーが出した条件が 短期でかまわないからここで働くことだったわけだ」 ここの従業員は外見審査があるから働き手が少ないのだ、と 口の端を上げるアリオスにアンジェリークはくすくす笑った。 「…なるほど……あれ?」 ふと違和感を感じた。 「チャーリーさんってこの店のオーナーってだけじゃないんですか?」 まるで他にも色々抱えていそうな言い方である。 「ウォン財閥って知ってるか?」 知らない人を探す方が大変なくらい知名度の高い財閥なので アンジェリークは素直に頷いた。 「そこの総帥がチャーリーだ。 この店は試験的にやつのポケットマネーで作った。 うまくいくと踏んだらこんな感じの店を財閥で全国展開するかもな」 「……そんなに偉い人だったんだぁ…」 普通に話していたので今まで気が付かなかった。 そして今の会話からするとアリオスはそのチャーリーと対等な関係に いるらしいと想像できるのだが…。 「あの…アリオスさんがここで働く経緯は分かったけれど…」 感じた違和感の大部分。 チャーリーの正体よりも…。 「アリオスさん、ここに来る前は何やってたんです?」 「ここに来る前っていうか、ここに居る間も同時進行でやってたんだがな…」 アリオスは一瞬だけアンジェリークから視線を逸らし、珍しいことに黙ってしまった。 そして覚悟を決めたように言った。 「アルヴィース財閥は知ってるか?」 「ええ。ウォン財閥と同じくらい有名な…」 「あれの総帥だ」 ガチャンとアンジェリークがティーカップを戻し損ねて派手な音を立てた。 「え……?」 「なんだよ、そのカオは」 「いや〜…似合わないなぁ、って思ったり。 似合うかもなぁって思ったり…」 「くっ…」 「そうかぁ…。 だからヘンな忠告する人が来たんだ」 笑っていたアリオスの表情が一瞬で厳しいものに変わった。 「やつら、お前になんて言ったんだ?」 「あ、あの…アリオスさんに近付くなって…。 分をわきまえろ、みたいなことを…」 「他に妙なことされたり、脅されたりとかはないな?」 怖いくらい真剣な表情に気圧されるようにアンジェリークは頷いた。 「今回は警告だけで済ます、って…。 でもなんのことか分からなかったから そのうちアリオスさんに聞こうと思ってたんですよ」 「思ってたんですよ…じゃねぇ…。 しっかり脅しが入ってんじゃねぇか」 あまりののんびりさにアリオスは脱力した。 「そういうことはすぐに言え」 「でも…」 「何かあってからじゃ遅すぎる」 ぴしゃりと言い切られアンジェリークは何も言えなかった。 強く言い過ぎたかもしれない。 アリオスは内心自分に対して舌打ちしたが、これだけは譲れない。 真っ直ぐにアンジェリークの瞳を見つめた。 アンジェリークも潤みかけた瞳をアリオスに向けた。 「お前が好きだ。他のやつなんて考えられねぇ。 …だからお前に好きだと言われた時は嬉しかった」 あの時は本当に嬉しかった。 断りたくないと、自分のものにしたいと思った。 アリオスはテーブルの上の小さな手を握り締めた。 「…アリオスさん……」 「それでも、断ったのはお前がこういう目にあうのを避けるためだった」 「こういう目…?」 「俺と一緒にいれば、絶対邪魔するやつがお前に手を出す」 「……アルヴィース財閥の総帥には釣り合わない…って?」 「そんなもんだな」 「………」 アンジェリークは唇を噛んだ。 「先走ったやつらがお前に接触したと聞いてこの俺が焦った」 なんのために距離を置いたのか。 自分を殺してまで、彼女を傷つけてまで。 それでも勘違いする者は、あるいは洞察力のある者は… 念の為にと、それだけのために少女を排除しようとする。 「遠ざけて守るんじゃなくて、側で守りたいと思った」 あの心臓が凍るような思いは二度と味わいたくない。 「アリオスさん…」 「俺といるとお前は間違いなく揉め事に巻き込まれる」 自嘲気味にアリオスは笑った。 「俺が守ってやる、と言いたいところだが…。 お前を庇われることに慣れさせるのも嫌だった」 こくりとアンジェリークは頷いた。 「俺が守ってやる。 だけどお前はお前のままで俺の側にいてほしい」 アリオスはひとつ息を吐いて、アンジェリークを見つめた。 「…そういうやっかいな事情も抱えてるわけだ。 俺がただの店員だったらそんな苦労はなかったんだがな」 アンジェリークはふるふると首を振った。 「違う…店員だったら、とか総帥だったら…とか。 私はあなただから…」 アリオスに触れようとして、でも向かい合って座っているこの距離では届かなくて。 アンジェリークは席を立った。 「傷ついても一緒にいてほしい、そう言ってくれれば良い」 「アンジェリーク…」 「私、がんばって他の人にも認めさせてみせるから。 だから一緒にがんばろうってそう言ってくれれば良い」 アリオスは目の前に来たアンジェリークを腕の中に閉じ込めた。 「愛してる」 「その一言でがんばれるから」 きゅっとアリオスの背に腕を回してアンジェリークは頷いた。 「一緒に戦ってくれ」 「うん」 どちらからともなく、誓うように唇を重ねた。 そして翌日。 アリオスの家のリビングで紅茶を飲みながらアンジェリークが訊ねた。 「アリオスさん…なんだか騙されたような気がするのは私の気のせい…?」 「アリオス、だ」 「あ、そうだった」 あれからアリオスに言われたのだ。 アリオスと呼ぶこと。敬語を使わないこと。 アンジェリークとしてもそちらの方がより親密な感じがして嬉しかったのだが ついクセで間違えてしまう。 「いつでも側にいるって言ったよな」 「言ったけれど…」 「受験をさっさと終わらせてくれたのはラッキーだったぜ」 すでに昨日のうちにアンジェリークの実家には全てを告げ、 アンジェリークをアリオスの家に住まわせる承諾をもらっている。 そのあたりの手腕はさすが総帥と呆れと感心を半々に見惚れていた。 「すでにお前は俺が選んだ婚約者って知らせてあるからな。 一緒に住んでる方が説得力がある。 ああ、そうだ。それとお前のベッドは用意してないぜ」 「あ、まだ届いてないの?」 「注文してねぇよ」 「えっ?」 「俺のベッドで十分だ」 「あ、あの…私はこのソファで十分だから」 真っ赤になってうろたえる少女の頬にアリオスは口接けた。 「冬休みの間に恋人らしい振る舞いを覚えてもらうぜ?」 「…っ」 周囲に納得してもらえるような恋人、婚約者。 そうなるべくここでレッスンするのが目的なのは アンジェリークも納得していたのだが…。 「ああ、それと…」 「ま、まだなにかあるの?」 怯えたように見上げるアンジェリークにアリオスは意地の悪い笑みを浮かべた。 「役員連中が選んだ俺の婚約者候補。 けっこう多いぜ。頑張れよ?」 「ずるい! そんなこと一言も言わなかったくせに〜。 小さい頃から英才教育受けてきたお嬢様にどうやったら太刀打ちできるのよ…」 アンジェリークが文句をぶつぶつ言ってもアリオスは相変わらずの態度。 「まぁ、お前にも色々覚えてもらうことはあるが…。 一番の武器は俺に愛されていて、それに負けないくらい俺を愛してるってとこだな」 「………」 「心配すんな。 それだけあればどうとでもなる。 一緒に戦うって言った度胸があるんだ」 「うん…」 ぽんぽんと宥めるようにアンジェリークの頭を叩くと大人しく頷いた。 「まぁ、手始めは…」 「何かのお稽古?」 首を傾げる少女の耳元で囁く。 「そこらの恋人に負けねぇくらいに愛し合うか」 周囲を納得させるほどの仲になってないとな、と軽々とアンジェリークの 身体をソファに押し倒して口の端を上げた。 アンジェリークは一瞬、きょとんとして…。 そして彼の言った意味が分かって頬を真っ赤に染めた。 じゃれるようなキスにくすりと笑って、アリオスの首にきゅっと抱きつく。 「うん、愛し合おうv」 「はぁ…心配です」 「どうしました? フランシスさん」 カフェのカウンターで物憂げに溜め息を吐く彼にエンジュは首を傾げた。 「もう一人の詐欺師に捕らえられてしまったレディのことが心配で…」 「? アンジェのことですか?」 エンジュはレオナードに淹れてもらったコーヒーを一口飲んで苦笑した。 「確かにアリオスさんの正体にはびっくりしましたけどね。 ただの一店員だと思ってたらアルヴィース財閥の総帥だなんて…」 「俺としちゃァ『もう一人』って部分が気に食わねェんだがな」 あとの一人は誰だよ、とレオナードがフランシスを睨む。 「あぁ、レディ…この野蛮なケダモノに愛想をつかしたら いつでも私のところへ来てくださいね」 「あはは、覚えておきます」 「コラ、エンジュ。どうしてそこで頷きやがる?」 「自分の胸に手を当ててよーく考えるのね」 べ、と舌を出して言ってやってからにっこり笑った。 「でも、あの二人なら大丈夫な気がするわ」 「まァ、な…」 アリオスはあっという間にアンジェリークのことを周囲に報告し、 なおかつ彼女に脅しをかけた者に対しては厳しすぎるほどの制裁を下している。 「今は総帥夫人の教育中だろ。 これまで抑えてた分、開き直ったら本領発揮どころじゃねェだろうよ」 「だから心配なのです…あぁ、レディ…」 「ふふ、そのうちここに良い報告を持ってきてくれますよ」 ここは気の置けない仲間が集まるカフェ。 とっておきのTeaTimeを過ごすための場所だから。 〜 to be continued 〜 |
どうでもいいことですが… アンジェが受けたのが推薦じゃなくて 指定校推薦なのは時期の都合上です。 「推薦って年明けに片付くような気が… あれ?年内に終わるっけ?」と迷ったので。 指定校推薦なら年内に終わる例があるのを 知ってた(私がそうだった)ので、こっちにしただけです。 冬休みにアリオスさん家に住まわせるためには…と 考えた設定(笑) |