「アリオス…」
皇帝との戦いを終え、故郷の宇宙の危機を救ったアンジェリークは自分の宇宙に戻ってきた。
終わったはずの事件。
だけど想いは終わらせることが出来ず、今でもふとした拍子に涙があふれだす。
「アリオスのウソつき…」
声を殺してしゃくりあげる。
自室の部屋の窓から夜空を見上げながら。
「オーロラ…一緒に見に行こうって…言ってたのに…」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜あれは風花の街でのこと。
散歩をしていたアンジェリークは町の人と話しているアリオスを見かけた。
嬉しそうに声をかける様は誰が見ても愛らしい。
「アリオス!」
振り向く彼に何を話していたのか聞くと、この近くに海の見える岬があるという。
その場所を確認していたらしい。
「暇なら連れてってやるぜ。どうする?」
もちろん答えは決まっている。
彼の誘いを断る理由などない。
旅の合間の一時。こんなことをしてる場合じゃない。不謹慎だ。
そう思いつつ、二人きりの時間を心待ちにしていた。
後で自己嫌悪に陥ったりするけれど、楽しいと思ったのは本当だった。
岬に着いてアンジェリークはその景色に純粋に感動する。
「うわー、きれーい」
そのまま走り出す。
アリオスの止める声も聞かずに。
「あ、馬鹿!」
直後、雪で足を滑らせ、転びそうになる。
しかも崖ギリギリの所で。
「きゃっ!」
「おい、大丈夫か?」
アリオスに後ろから抱きとめられたおかげで無事だったが、
少女は音を立てて下へと落ちていく石達を見つめ、呆然としている。
「言葉もでねぇくらい怖かったみたいだな。
全く崖に向かって走る奴がいるかよ」
完全に自分の落ち度なだけに、しかも助けられた故に、何を言われても言い返せない。
「こんな高いがけっぷちから落ちたら最後、間違いなく浮かんでこねぇだろうな。
…試してみるか?」
「……アリオスのいじわる」
頬を膨らませてそう呟くのが精一杯。そして、あと一言。
「ありがとう…」
いまだに自分の体を支えてくれている頼もしい腕に手を添える。
「また助けてもらっちゃったね」
アリオスは苦笑し、アンジェリークの頭にぽんと手をのせた。
その手をなぜか嬉しいと感じる。
「…そうだな。
どうしてお前はそんなに危なっかしいんだろうな」
小さく溜息をつき、アリオスは遠くを見つめるような目で続けた。
「俺もガキの頃、崖から落ちそうになったことがあったな。
自力で這い上がったが…嫌な思い出だぜ」
「…え?」
意外な言葉に居心地の良い腕の中をすり抜け、くるりと振り向き正面から彼を見つめる。
どういうこと?と大きな瞳が訊いている。
本当に口ほどものを言う目だな、と思いつつもアリオスは珍しく自分の過去を話し出した。
鬱陶しい周りの人間達を避け、波の音を聞いていると落ち着けた。
景色に癒されるような気もした。
一人でいる間は気を張る必要もない。
幼い頃から城の居心地の悪さは感じていた。
両親に対する皆の評価。
その子供である自分への評価、または同情。
煩わしいだけだった。
放っておいてほしかった。
それゆえ、一人で考え込んだり、ぼうっとしたい時によくそこへ足を運んだ。
そして…。
「油断しちまったんだ。
背後の気配に気付かなかった。この俺が…」
気がついたら崖の先にぶらさがっていて、死を垣間見ていた。
「自分を呑みこもうとしている海…正直、怖いと思ったぜ」
「………」
自分の弱い所なんて見せてくれないアリオスにしては珍しい正直な告白。
話してくれた、という事実は嬉しいがその内容に驚きを隠せない。
言葉よりも表情で語るアンジェリークを見て、アリオスはふっと笑った。
「気に入りの場所だったのに…あの時は全く違うものに見えた。
こっちの状況が変われば周りの景色まで変わって見えるってとこかもな…」
何か言いたいけど言葉が見つからなくて、アンジェリークは
アリオスの袖に手を伸ばし、ぎゅっとつかんだ。
それに応えるかのように、アリオスはその手を取り、問いかけた。
「お前はどうだ?
海は怖いと思うか?」
「……ううん。私は大丈夫だよ」
アンジェリークは首を振って微笑む。
いつもの人を安心させるような笑顔。
周囲の人間はその笑顔にどれだけ力付けられただろう。
しかし、とアリオスは内心溜息をつく。
彼女の存在は自分にとっては諸刃の剣だ。
彼女と一緒にいて、今までにない穏やかな時間を過ごす度、
遠くない未来のことを思い、戸惑いが生まれる。
「…確かにさっき一瞬怖かったけど…アリオスが助けてくれたじゃない?
怖い、よりも嬉しいって気持ちのほうが今は強いかな」
照れたように笑う、自分だけに向けられる彼女の笑顔に胸が痛む。
だけど目の前のあまりに居心地の良い誘惑には抗いきれない。
結局複雑な気持ちを抱えながらも、今だけは『アリオス』として生きようという結論に至る。
「お前の頭ン中はずいぶん単純に出来てるんだな。まぁ、心配いらねぇな。
お前相手じゃ海の方が怖がって逃げてくれるだろ」
「…もう!」
アリオスの頬を軽く引っ張りアンジェリークは膨れる。
たまに不安になる…。
こんなふうに軽口を言ってても、笑ってても、どこか寂しそうなアリオス。
何を抱えているの?と聞ければいいが、どうしても躊躇ってしまう。
知ってしまったらどこかへ行ってしまいそうな、もう一緒にいられないような気がする。
不安で不安で…そんな時今みたいに彼に触れてここにいることを確認したくなってしまう。
「こら、離せって。お前が平気なら別に良いんだ。
もう少し海を見てくか」
「うん」
(結局は私のことを気遣って聞いてくれたんだ。
私が怖いならさっさと帰ろうとしてくれて)
そっとアリオスの側に寄り添うと、彼はごく自然にアンジェリークの肩に腕をまわした。
〜to
be continued〜
|