「蒼き群島の惑星みたいな綺麗な海も好きだけど…ここの方が好きかな」
「なんでだ?」
腕の中にいる少女にアリオスは問いかける。
青い海、白い砂浜に彼女がはしゃぎまくっていたのはついこの間のことだ。
「だって…」
口篭ったアンジェリークは続きを促すアリオスの視線に負けて、頬を赤らめながら言った。
「景色綺麗なのは同じだけど…こっちはすごく自然にくっつけるじゃない?」
お互いの温もりが実に心地良い。
「あっちだと…あんまりべたべたしたら暑苦しいとか思われないかなぁ、て心配しちゃうもの」
「……お前は……」
クッとアリオスは笑い出した。肩まで震わせて。
「な、なによぉ」
「お前……本当…いや、お前らしいな…」
「もう、笑うかしゃべるかどっちかにしてよ」
居たたまれなさに顔を背けようとした時、強く抱きすくめられた。
「アリオス…?」
「迷惑なんかじゃねぇよ。
そんなくだらねぇ心配すんな」
耳元で囁かれたその声とセリフに、アンジェリークは泣きたくなるほど嬉しくて
彼の背に自分の腕をまわした。
「うん」
そのまましばらく二人、波音に耳をすましていた。
「波の打ち寄せる音を聞いていると、気持ちが落ち着いて冷静になれる。
波の音が人の心に影響を及ぼして…て細かい話は忘れたけどな」
海を見つめたまま淡々と話すアリオスの横顔をアンジェリークはただ見つめる。
「とにかく頭に血が上ったら、ここに来て波の音を聞いてみろ」
いつもの意地の悪い笑みを浮かべて、さらに一言付け加える。
「お前の場合しょっちゅうここに来なきゃならねぇな」
「そんなことないもんっ」
大人しく聞いていたアンジェリークの頬が膨れる。
「それで、だ。来るなら夜がいいぜ」
「夜?」
「人は少ないし、ここからオーロラが綺麗に見えるらしい。好きだろ、そういうの。
見てみたいとか思ってんじゃねぇの?」
アンジェリークの顔をのぞきこみ、尋ねると案の定彼女は顔を輝かせて頷いた。
「やっぱりな」
「なに?」
「お前のはしゃぐ姿が目に浮かぶぜ。
オーロラ見るのに一生懸命になって、そのまま崖から落ちてく姿もな」
「アリオス、ひどい!」
「だから…」
振り上げた小さな手の平を難なく捕まえて、まっすぐ彼女の瞳を見つめる。
「夜来たいなら俺を誘え。
ちゃんと見ててやるから。いいな?」
「アリオス…」
こんな時アリオスにはかなわない、と思う。
散々人をからかって怒らせておいて、最後にストンとフォローをいれるのだから。
じっと見つめられそんなことを言われるだけで嬉しくなってしまう。
そんな自分は単純なのかもしれない、とも思うけれど。
でもこのことば、深読みすればアリオス以外の人とはここへ来るな、と
嬉しいわがままを言われているようで…。
(そう思ってても…いいよね?)
ちらりとアリオスを見ると、彼はもう歩き始めていた。
「そろそろ帰るか。いい息抜きになっただろ?」
「あ…」
慌てて彼を追おうとして肩にかけていたショールがパサリと落ちる。
「行こうぜ」
「う…ん」
返事をしつつアンジェリークは落ちたショールもそのままに立ち尽くす。
冷気に晒された体を自分の腕で包むようにしながら震えて。
「ねぇ、アリオス。私、まだ帰りたくないな…」
捨てられた子猫のような表情で言う。
「…なんて…ダメ?」
「………」
振り返ったままアンジェリークを待っていたアリオスはやれやれ、といった感じで
髪をかきあげる。
「お前そんなに震えてるくせに…。
カゼでもひかせたら俺があいつらにうるさく言われるんだぞ。
二人きりで出かけるだけでニラむんだぜ?」
この少女に皆が好意を寄せていることは十分知っている。
そしてそのほとんどが『新宇宙の女王』に対するもの以上の想いを抱いていることも。
「ん…でも…」
(もう少しだけ…一緒にいたい。
そう思うのは私だけ?)
そんなことを考え、切なさに涙が出そうになる。
そんなアンジェリークを見てアリオスはまったくこいつは…、という顔で苦笑する。
数歩分離れていた距離を縮め、アンジェリークの目の前まで戻る。
「このままオーロラ出るまで待つ気か?」
そして落ちたショールを拾い上げ、ふわりと彼女にかけ小さな体を包み込んでやる。
「心配するな。何度でも来ればいい。
いつでも付き合ってやる」
「ホント?」
真っ直ぐな目で問いかけるアンジェリークに頷いてやる。
「アリオス…絶対ね」
「ああ」
「約束よ」
「了解」
何度も念を押すその様子にアリオスはくすくす笑いながら承諾した。
普段の行いが行いなだけに信用が無いらしい。
アリオスは右手で彼女の冷たくなっている白い頬に触れた。
その『合図』に気付いたアンジェリークは静かに瞳を閉じる。
彼の吐息を感じた直後、唇が重なる。
―――お願い そばにいてね―――
―――俺はここにいる お前の横に いつだって―――
祈るような気持ちを伝えるかのように触れ合う。
いつか聞いたことば、信じているから、と。
離れた後、くしゅんとアンジェリークはくしゃみを一つした。
「今度こそ帰るぞ。
お前かなり冷えてるじゃないか」
「うん」
今度は二人一緒に歩き出す。
「あっためてやるよ、部屋に戻ってから」
「…?……っ…!
…アリオスの…バカ…」
最初意味が呑みこめずきょとんとしていたアンジェリークだが、はっ、と
それに気付くと真っ赤になった。
照れたように呟く。
だけどちっとも嫌だとは思わない自分もどこかにいて…。
(ずっとずっとそばにいて…)
アンジェリークはそう祈りながら帰路についた。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
アリオスが倒すべき皇帝だと知らずに魅かれたの。
そして彼の正体を知っても憎めなかった。
彼は憎めと言ったけど、私の気持ちは変わらなかった。
もう手遅れだったの。
あの人は絶対に失いたくない大切な人になってしまっていたから。
『アンジェリーク』
ほら、今も私を呼ぶ彼の声が頭から離れない。
しょうがない奴だな、て笑いながらいつも振り向いて私に手を差し伸べてくれるの。
アリオスなしでは幸せになれない。
そう気付いてしまった。
なのに…。
私は彼と戦った。
〜to
be continued〜
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