Love is Boomerang

出会いは偶然と…そして少女の勘違いから始まった。
アンジェリークは学校帰り、親友のレイチェルと寄り道をして別れるところだった。
「じゃあ、また明日ね…あっ、レヴィアス!」
親友の後方によく知る人物を見つけてアンジェリークはついその名を声に出した。
どこ?とレイチェルは振り向くが生憎彼女には雑踏の中に彼の姿を
見つけ出すことはできなかった。
「あー、アナタの大好きなレヴィアスお兄ちゃんね」
「レイチェルったら…」
「まったく…『アルヴィース家のレヴィアス』をそんな風に言えるのはアナタくらいだよネ。
 ほら、見失っちゃう前に追いかけなよ」
バイバイ、と手を振られてアンジェリークは頷き、その背中を追った。



それなりに混んでいる通りなので、走ることはできなかったが
人々の間をすり抜けて彼を追いかける。
しかし長身な彼だけあって歩幅も大きく、なかなか差が縮まらない。
「レヴィアスっ!」
最終的にはほとんど小走りになりながらアンジェリークは彼の腕を捕まえた。
割と頻繁に会える間柄なので必死になることもないのだが、今日は別だった。
僅かに驚いた表情で見下ろす青年にアンジェリークは肩で息をしながら真剣な顔で尋ねる。
「どうしちゃったの!?
 その髪…」
大好きな艶やかな闇色の髪が今は銀色になっている。
「こっちも神秘的で素敵だけど…」
黒髪から銀髪にするのは大変である。
アンジェリーク自身は自分の髪を加工したことはないが、友人の
中には髪の色を変えておしゃれを楽しんでいる者もいるので多少は知っていた。
黒から銀に変える場合は、一度髪の色を抜いてその後に銀に染めるのだ。
しかもその色の調合が難しく、なかなか綺麗な銀は出せないのだ。
当然髪も傷む。
「この銀色、綺麗だけど…さらさらの髪は? 無事?」
「おい…」
青年の戸惑いにはお構いなしに背伸びをして確かめるように指先を伸ばす。
「あれ?」
それは以前と同じ触り心地だった。
ひっかかることなく艶やかな髪を梳いてアンジェリークは
ほっとすると同時に首を傾げる。
いったいどんな技を使ったのだろう、と。

「誰だか知らねぇが気はすんだか?」
「え?」
再びアンジェリークは?マークを浮かべる。
「レヴィアス…?」
「人違いだ」
「レヴィアスじゃ…ないの?」
大きな目を丸くしてアンジェリークはそろそろと青年の腕から手を離し、呆然と呟く。
確かに話し方とか雰囲気とか微妙に違う気もするけれど…。
「こんなにそっくりなのに……瞳だって…声だって…」
「顔がそっくりってことは骨格もそうだろ。
 だったら声も似てておかしくねぇよ」
「また…私をからかってるんじゃ…ない、よね…?」
自分で聞いておきながらそれはないだろうと思えるので自然と問いも弱くなる。
レヴィアスはこういう類のからかい方はしない。
しかし特徴的な金と翡翠の瞳を持つ者がそうそういるとも思えなかった。
「『レヴィアス』とやらじゃなくて悪かったな。正真正銘別人だ」
じっと見上げるアンジェリークに彼は苦笑した。
「俺はアリオス」
「アリオス…」
確かめるようにアンジェリークは彼の名を鈴のような声でなぞる。
そしてごめんなさい、と頭を下げた。

「ごめんなさい…呼び止めちゃって…」
しゅんとうなだれる仕種が叱られた子犬のようでアリオスはふっと笑った。
「別に気にしてねぇよ。特に急いでたわけでもねぇしな」
「それなら…よかった」
今度はアンジェリークが心底ほっとしたように微笑んだ。
くるくる変わる表情は見ていて好ましい。
素直に育ってきた少女なのだと分かる。
「そんなに血相変えて追ってきたところを見ると
 あいつの恋人かなんかか?」
「ち、違うよっ。
 レヴィアスは…お兄ちゃんみたいな感じで…」
その仕種をアリオスが楽しんでいるとも知らずに真っ赤になって首を振り…
そしてふと何かに気付いたようにぴたりと止まった。
「レヴィアスを…知ってるの?」
『あいつ』という呼び方は知っている人物に対して使われるものである。
「まぁ…ちょっとな」

それ以上を言ってくれない彼をアンジェリークは見上げていた。
コレット一族とアルヴィース一族は両家とも名門中の名門貴族で
家ぐるみの付き合いがあり、アンジェリークは幼い頃からレヴィアスと
共に育ってきたとも言える。
レヴィアスの近くに彼にそっくりなアリオスがいたなら例え会うことが
なくても噂くらいは自分も聞くはずである。
しかし、そんなことは今までなかった。
「…言えないこと?」
だったら聞かないよ、と残念そうに微笑む。
先程の年相応、もしくはそれ以下の真っ直ぐな表情とは違う、いくらか
大人びた諦めの笑み。
なぜかそんな顔をさせたくなくてアリオスはわざと軽口を言った。
「子供はもう帰る時間だろ」
「もうっ、誤魔化さないでよ」
アンジェリークは頬を膨らませた。
「くっ、そんな顔してっと本当にガキだな」
「もう…」
ふい、と道を歩いていく人の流れへ視線を逸らせてアンジェリークは黙り込んだ。

自分と関わりの深いレヴィアスをはじめ、アルヴィースの誰からも
アリオスの名は聞いたことがない。
だけどこんなにもそっくりで、しかもアリオスはレヴィアスを知っているようである。
今まで自分に隠されている何かがあったのだと確信できた。
どうでもよい他人じゃないからこそ、知りたいと思う。
でも…。
「気になるけど…私が知っちゃいけないことなら聞かないよ。
 レヴィアスの迷惑になるかもしれないんでしょ?
 それはヤダもの」
少女の表情からどれだけレヴィアスを慕っているのかが手に取るように分かる。
「アリオスも言っちゃうとまずいことなんでしょ?」
「…別に」
今度はアリオスが視線を逸らせた。
「ただ…こんな道端でするような話でもねぇし、
 かと言ってこれ以上お前をのんびり引き止めて話すほどの時間もねぇだろってだけだ」
もう日が暮れかけている時間。
お嬢様学校の制服を着た少女を連れてどこかに行くわけにもいかない。
制服は派手ではなくてもそれだけで目立つものである。
ましてや有名お嬢様学校の制服では看板を背負って歩いているようなもので…。
人の注目を浴びながらする話ではないし、帰宅が遅いと
屋敷で家族や使用人が心配するはずである。
「それはそうだけど…」

彼が絶対に話さないと言っているのではないらしい、と感じてアンジェリークは
歯切れ悪く頷いた。
彼の話を聞きたいけれどもう帰らなければならない。
アリオスはひとつ息を吐いて言ってやった。
「お前にその気があるなら…そのうち仕切り直して話してやるよ」
「ホント?」
「ああ」
「そうだな…今度の日の曜日にするか?」
「うん、大丈夫。
 待ち合わせ時間と場所は私が決めて良い?」
「へぇ、意外にしっかりしてるな」
口の端を上げるアリオスにアンジェリークは頬を膨らませた。
「これでも17年間お嬢様やってるんですからね」
家族のように親しいレヴィアスに似ているとは言え、初めて会ったばかりの人物。
また会いたいとは思うし、信じているけれどもなんらかのワナかもしれないという事態も
想像しておかなくてはならない。そのように躾けられてきた。
コレット家の人間であるだけで周囲からはそれなりの価値もあり、危険もある。
少し前にクラスメイトが身代金目的の誘拐未遂にあったばかりだ。用心もする。

「別に俺はどっちでも良いんだぜ?
 たいして面白くもねぇ話をしないですむんだしな」
やめるか?と皮肉げに微笑まれ、アンジェリークは慌てて首を振る。
「や、やめないっ。
 とても気になるし…アリオスは信じて大丈夫だと思うし」
「くっ、冗談だ」
ここで本音を言ってしまうあたりがまだまだ修行不足で、
しかし少女らしくてほっとさせられる。
自分の危険に無頓着すぎても問題だが、利口過ぎても面白くない。
少女を気に入りはじめたアリオスはぽんと栗色の頭に手を置きながら言った。
「お前が決めろよ。
 待ち合わせ場所と時間」
うん、と頷き、少しだけ考えてアンジェリークはお茶の時間を提案した。
「ここを真っ直ぐ行ってひとつ目の交差点を右に曲がるとカフェがあるの。
 15時に…そこでどう?」
「OK」
「じゃあ、今度の日の曜日に…」

「待てよ」
「?」
帰ろうとして呼び止められてアンジェリークは首を傾げた。
「俺はまだお前の名前、知らないぜ?」
「あっ」
すごく自然に会話をしていたのですっかり気にしていなかった。
お前呼ばわりできる人物などレヴィアスをはじめ、数える程度しかいないのに、
アリオスは当たり前のようにそう呼んでいたことに今更気付いた。
レヴィアスと似ているせいだろうか。
初対面のはずなのにちっとも嫌ではなかった。
「ごめんなさい。私はアンジェリーク。
 アンジェリーク・コレット」
花のようにふわりと笑って改めて自己紹介する。
「アンジェリーク、か…」
「……?
 うん」
レヴィアスと同じ声。
安心するはずなのにこの人に呼ばれると心が穏やかでいられない。
そんな自分に戸惑いながら、しかしその意味にまでは気付かずにいた。

「あ…そうだ。
 レヴィアスや他のやつらには俺のことを言うなよ?」
「どうして?」
「今度会った時に話してやれば分かると思うが、少しばかり面倒なんだよ」
「そう…」
「秘密を守れないようならこの話はナシだ」
「誰にも内緒ね。わかった。守る」
秘密の関係、という状況にどこかわくわくしたものすら感じる。
アンジェリークは深く考えることもなく頷いた。




日は暮れかかると落ちるのが早い。
アリオスはアンジェリークを屋敷の近くまで送ってやった。
やはりそこに着くまでに辺りは夕闇に包まれてしまった。
「送ってくれてありがとう。またね」
アリオスは嬉しそうに笑って手を振る少女が門をくぐるまで見送り、
その姿が見えなくなると銀に輝く前髪をかきあげ、誰にともなく呟いた。
金と翡翠の瞳が細められる。
「よりによってコレット家かよ…。
 マジで面倒なことになるな」


                                       〜 to be continued 〜



ミナミさん、エビ。さんのお言葉に甘えて
参加させていただきました「Stayコンテンツ」。
運営期間終了の為、自サイトに移行となりましたが…
ミナミさん、エビ。さん、本当にお誘いありがとうございました!

タイトルは最初本気で「愛はブーメラン」
にしようと思ってました(笑)
アリオスファンによる2002年流行語大賞は
間違いなくこれではないかと私は思っております(笑)
でもそうするとこのStayコンテンツの素敵な雰囲気を
私1人で壊してしまいそうだったので、ちょっとカッコつけて
英語にしてみるという小細工を…。

しかしレヴィアス… 1話では名前しか出てこない…(苦笑)




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