Love is Boomerang
屋敷に戻ると使用人からレヴィアスが来ているという話を聞いた。 「レヴィアスが来てるの?」 「はい」 アンジェリークはぱっと顔を輝かせて彼女にレヴィアスのいる部屋を訊ねた。 「お嬢様。その前に着替えてくださいよ?」 「はぁい」 「それでなくとも今日は夕食の時間にぎりぎりの帰宅ですのに…」 母親のような侍女にアンジェリークは首を竦める。 「でも、今日はレイチェルと寄り道するから遅くなるって言ったわよ?」 「そうですが…やはりお帰りが遅いと心配になります」 「もう…心配性ね」 くすりと笑ってアンジェリークは自室に入った。 そしてしばし考える。ただでさえこんな様子なのだから初対面の男の人と 2人きりで会う約束をした事など絶対に言えないな、と。 (言ってもいい、て言われてもきっとアリオスのことは言えなかっただろうなぁ) だから今度の日の曜日は適当に理由を作って出かけなければ…。 急いで着替えたアンジェリークは教えられた部屋のドアをノックした。 「アンジェリークです」 父親の入室の許可にアンジェリークはドアを開ける。 「レヴィアスがここにいると聞いて…」 「ああ、ここに…。 もう話は終わったことだし、アンジェリークに譲ってやるか」 「お父様ったら…」 彼は2人でゆっくり食堂に来るよう言い置いて部屋を出て行った。 「今日レヴィアスが来るなんて知らなかったわ」 少し恨めしげに言うとレヴィアスは苦笑しながらアンジェリークを側に呼び寄せた。 「お前が学校に行っている間に邪魔することになったんでな。 それよりも今日は帰りが遅かったんだな」 「うん。レイチェルとちょっと街に…」 「あまり遅くならないようにするんだぞ」 「レヴィアスまで…みんな過保護なんだから」 「何があるか分からぬからな」 レヴィアスの言葉にアンジェリークは内心頷く。 本当に…何があるか分からない。 レヴィアスの来訪がいつものように前もって知らされていたならば、 学校が終わって真っ先に屋敷に駆け戻っていただろう。 今日はたまたまレイチェルと街を歩いていて…そしてアリオスに出会った。 「どうした?」 「ううん…なんでもない」 慌てて首を振ってアンジェリークはレヴィアスに尋ねた。 「それより、今日は夕食も一緒に食べられるの?」 「ああ。そういうことになった」 「そう。じゃあ行こう?」 レヴィアスは嬉しそうに腕に抱きつく少女の髪を撫でてやった。 「ふふ。やっぱりレヴィアスの手、安心する」 アリオスに触れられた時は、嫌ではなかったがなんだか落ち着かなかった。 「…何かあったのか?」 「え? な、何にもないよ」 見透かされそうな金と翡翠の瞳にアンジェリークは慌てて首を振る。 そして僅かに胸が痛むのを感じる。 彼に隠し事をするのはこれが初めてだった。 日の曜日。 アンジェリークは約束の時間に約束の場所を訪れた。 「アリオス…」 すでに席に着き煙草を片手に窓の外を眺めていた彼に 目を奪われてアンジェリークは声をかけられなかった。 絵になるほどサマになっている、という理由だけではなく 彼の纏う空気に躊躇いを覚えてしまった。 切れるような鋭い眼差しと外界を拒絶するような雰囲気。 それをあえて無視してアンジェリークは微笑んだ。 「目立ちすぎよ。アリオス」 「よぉ」 何のことだと問う瞳にアンジェリークはくすりと笑う。 「店内の女の人の注目の的じゃない」 「気にしてたらキリねぇぞ」 なんでもないことのように肩を竦め、席を立ちアンジェリークの椅子を引いてやる。 「あ、ありがとう…」 「ったく、そんなこと考えてぼうっと突っ立ってたのかよ」 丁寧な仕種とは裏腹な言葉にアンジェリークは対応に困ってしまう。 しかし、文句よりも驚きの方が勝ってしまった。 「私が来てたこと気付いてたの?」 彼はずっと外を向いていたのに。一度もこちらを向かなかったのに。 「当たり前だろ」 不敵に笑う彼をやっぱり只者ではない、と思ったアンジェリークだった。 「…だったら声かけてくれたらよかったのに…」 そうすれば彼を前に躊躇う必要など…立ち尽くす必要などなかったのに。 「で、本題に入りましょ」 ケーキセットを注文した後、アンジェリークが身を乗り出す。 「くっ、そんなに気張るなよ」 「だって…すごく気になってしょうがなかったんだもの。 あの日からずっと…」 授業中でも家でも心のどこかでずっと考えていた。 「あの人とあなたはいったいどういう関係なの?」 じっと見つめるアンジェリークの視線を受け止めていたアリオスは ふと顔を背け、窓の外を見る。 「もう、なんで目、逸らすのぉ」 まるでからかわれているよう。 アンジェリークが頬を膨らませて言うとケーキセットを運んできた ウェイトレスが苦笑混じりに微笑んだ。 「よろしいですか?」 「あ、は、はいっ。ごめんなさいっ」 テーブルを挟んで間近で見つめ合っていたので、注文の品を 置くに置けなかったのだ。 アリオスがそれに気付いて至近距離の見つめ合いに終止符を打ったのだが…。 加えて可愛い痴話げんかのようなやりとり。 少女が来るまでは綺麗だが近寄りがたい印象しか与えなかった アリオスだけにそう思わせてしまうものがあった。 ウェイトレスの優しい笑みにアンジェリークは誤解されていることに気がついた。 「誤解されちゃったじゃない…」 真っ赤になった顔を両手で押さえてアンジェリークは呟いた。 「俺は何もしてないぜ?」 「………う〜」 確かに詰め寄った自分に非があるのかも、とアンジェリークは それ以上何も言えずに唸る。 「本当なら人のいない場所の方がいいんだがな…」 「え…」 今までのからかいの笑みを消して呟いた彼の表情にどきりとする。 「まぁ、ここでも大丈夫だろ」 人の多い場所ほど他人の会話など気にされないものだし、 この店はそれなりにテーブルとテーブルのスペースが保たれている。 「その前に俺にも聞かせろよ」 「なに?」 「あいつとお前の関係は?」 それは先程アンジェリークがアリオスに投げかけた問いとまったく同じもの。 アンジェリークは戸惑いながらも正直に答えた。 「この前も言った通りよ。 うちと親しいから…小さい時から一緒で、お兄ちゃんみたいな…」 「そうか? お前はあいつのことすごく慕っているように見えたがな」 「うん。好きよ」 なんの躊躇いもなく即答する。 そこにあるのは本当に恋愛感情ではなく親愛の情なのだと見て取った アリオスは分かった、とばかりに頷いた。 「それともう一度念を押しておく。 絶対に俺のことは言うなよ」 「…うん」 アンジェリークは胸の痛みを自覚しつつ頷いた。 レヴィアスに隠し事を持つ。嘘をつかなければならなくなる。 それは辛いが自分だけ何も知らないままなのはもっと辛い。 「約束は守るわ」 真剣な瞳で誓う少女を数秒見つめ、アリオスはひとつ息を吐いた。 「…あいつは俺の双子の兄だ」 「え…」 「俺はあいつの弟ってことだ」 アリオスは言い方を変えてもう一度告げた。 大きな瞳をさらに大きくしてアンジェリークは呆然としている。 「そんなの…初めて聞く…」 嘘だ…冗談だろう、と笑いたかった。 しかし、真剣な彼の瞳を見るととてもそんなことは言えない。 「だって…どうして…私、レヴィアスとしか…会ったこと…」 組んでいた手が震える。 「誰からもあなたの事、聞かなかった…。 レヴィアスでさえ何も…」 もしかしたら血縁関係にあるのかも、とは予想していたが こんなに近い関係だったとは思わなかった。 なぜならずっとレヴィアスは一人息子だと思っていた。 弟がいたなんて知らなかった。 レヴィアスも彼の家族も…親しいのに何も聞いたことがない。 アンジェリークの両親もアルヴィースと付き合いは長いのだから 知っていてもおかしくはない。なのにそんな話を聞いたことはない。 自分だけが知らなかった。 「そりゃそうだろ。 アルヴィースにとって俺の話はタブーだからな」 衝撃を受けている少女にアリオスはたいしたことではないように言う。 「………?」 「ガキの頃から俺もあいつも優秀だった。 だからこそやっかいだった」 一族に優秀な人材が多いに越したことはないが、直系でそれは 跡継ぎ争いの種となる。 まだ兄と弟がはっきりと分かれば長男を立てることができるが 同じ日同じ時間に生まれた双子ではそれもやりにくいものがあった。 まだアンジェリークが生まれる前、彼らが幼い頃からレヴィアス派とアリオス派に 分かれて本人達家族以外の周囲の人間が争っていた。 「いろんな刺客が来て大変だったぜ?」 説得力のない笑みでアリオスは肩を竦める。 「身の危険はしょっちゅうだったからな」 「そんな…」 「年々エスカレートしていくそういう面倒はさすがにうざったくてな」 「………」 「お前が生まれた頃か、物心つくかつかないかって頃か? まぁ、そんな頃に俺達で結論を出した」 「結論…」 「ああ。あいつが家を継ぐ。俺はその権利を放棄するってな。 周りのやつらはすげぇ驚いてたな」 「放棄って…」 「言葉の通りだ。はっきり言って俺の性格に合わねぇんだよ。 だからあいつに押し付けて俺は家を出た」 「アリオス…」 「んなカオすんなって。 確かに家を出てアルヴィースの名は捨てたが、別に生活に 困ったことはねぇんだからな」 信頼できる人間を後見人に付けられ養育費だとか十分な生活資金を 与えられたうえでのことだった。 「あいつには悪いが、こっちの生活の方が自由で俺は助かったな」 「…そんなことがあったの…」 アンジェリークはテーブルを見つめながらぽつりと呟いた。 「家を出てから一度もレヴィアスやおじさまおばさまには会ってないの?」 「ああ」 「そう…」 「学生の間はまだ後見人を通して俺や家の動向は知らされてたはずだが 自立してからはもう関係ねぇな」 「………」 「あー、だからそんな顔するなって。 お前に同情されるほど悪い暮らしじゃねぇんだから」 むしろ気に入っているくらいなんだがな、と眉を顰めてアリオスは言った。 「やっぱり言うべきじゃなかったかもな…」 「同情だなんて…そんな…私…」 「気にすんなっつってもお前を悩ませることになるのは 分かりきってたことだし」 「………」 「いいか。とにかく、これはもう昔にカタがついたことなんだ。 今更お前があれこれ考える必要なんてねぇんだよ」 「うん…」 「もう味薄くなってるんじゃねぇか? それ」 「え?」 水滴のたくさんついたグラスを顎で示し、新しいのを頼むか?とアリオスが訊ねる。 「う、ううん。大丈夫」 話題を変えてもらってアンジェリークはアイスティーを一口飲んだ。 そして自分が喉が渇いていたことに気付いた。 さっきまでは彼の話に夢中でそれどころではなかった。 大好きなケーキも手付かずのままである。 もはやあまり食べる気分ではないのだが…。 そんなアンジェリークの心中を察してかどうか… ちょうど良いタイミングでアリオスに釘を刺された。 「残すなよ」 「アリオス?」 「ガキはたくさん食べねぇと大きくなれねぇぞ」 「もう、アリオスったら。 言われなくても食べますよーだ」 しばらくして、アンジェリークはフォークでケーキを切りながら声をかけた。 「ねぇ…アリオス」 「ん?」 片肘をついて、窓の外を見ていた横顔がこちらに向けられる。 「今更だけど…どうして話してくれたの?」 「くっ、本当に今更だよな」 せがんだ張本人からのこの質問にアリオスは苦笑した。 「だって…。せがんだからって誰にでも話せるコトじゃないじゃない」 「確かにな…」 珍しい自嘲気味な笑みがとても印象的だった。 「適当に誤魔化しゃいいものをどうして話しちまったんだか…」 半眼を伏せた後、アンジェリークを見つめる。 その眼差しに捕らわれる。 「お前だからだろうな…。 あいつと親しい、あいつをよく知っているお前だから…」 「アリオス…」 彼の真っ直ぐな視線にアンジェリークはどこか落ち着かないものを 感じてしまい、視線を逸らし慌てて言葉を繋ぐ。 「あ、あのアリオスっ。 私、もうそろそろ帰らなきゃ…。 でも、また…今度はレヴィアスのこと話してあげるよ」 「まったく…お人好しなお嬢様だな」 アンジェリークと別れた後、アリオスは苦笑交じりに呟いた。 会えない分、自分がレヴィアスの話をしてあげるから、と一生懸命な表情で 言う少女に勘違いだと指摘してやる気も失せた。 そんな感傷的な気持ちはアリオスにはないのだが… ただあのひたむきさを無碍にするのは気が進まなかった。 だから約束してしまった。 また会うことを。 「…まずいな」 アンジェリークは迎えに来た車の窓から外を眺めていた。 『送るか?』 アリオスにそう言ってもらえて嬉しかった。 本当はもうちょっと一緒にいられたら良かったと思うのだけれど…。 今日はレイチェルと約束をしている、と言って出てきたので 先日のように帰りが遅くならないように待ち合わせ場所に 迎えが来ることになっていたのである。 (でもいいか…。また会えるし…。 そしたらどんな話をしてあげよう…) 「楽しかったようですね? お嬢様」 小さい頃から世話になっている運転手の声にアンジェリークは首を傾げる。 「え?」 「そんな顔をなさっていますよ」 「え、そう…?」 アンジェリークはぱっと顔を押さえた。 くすくすと笑う運転手にアンジェリークは敵わないな、と笑う。 真剣な話をしている時はさすがにそんな場合ではなかったが、 普通に話している時は楽しいと思える。 からかわれてばっかりな気もするけれど居心地は良い。 レヴィアスとは違う居心地の良さにアンジェリークは素直に頷いた。 「うん…とても楽しかった」 〜 to be continued 〜 |
ようやく序章が終わった?みたいな雰囲気です(苦笑) だんだん自分でもどのくらいの長さに なるんだか把握できなくなってきたような…。 え〜と、このお話…あくまでもアリオスのプロモ創作なので レヴィアスよりもアリオスの出番の方が多いです…。 これだけは先に謝っておきます〜。 |