私は彼と戦った。
宇宙を救うため、とか女王としての役目とかそんな大層な考えは頭になかった。
ただ彼に会いたくて。
彼との未来を自分の望むかたちにしたくて。
私もアリオスと同じだったのかもしれない。
ある意味みなさんを裏切っていた。
彼はもうどんな言葉も受け入れてくれなかった。
そして本気で戦えと私に言った。
それが彼のためだと…。
だから私は戦ったの。
彼が望んだ戦い、それに勝ったうえで彼と話がしたくて。
…ただ彼が欲しかっただけ。
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「私と彼…レヴィアスだけにしていただけませんか?」
最後の決戦。
ついに膝をついた彼の前に、皆から庇うようにアンジェリークは立った。
「馬鹿を言わないでくれ。
お嬢ちゃんはいったいどうなるんだ!?」
オスカーの言葉はこの場にいる全員のものだった。
しかしアンジェリークは頭を下げ、繰り返した。
「私は大丈夫です。
ですから…お願いします」
これだけは譲らない、そんな光を宿している瞳に誰もが戸惑いを隠せなかった。
しかしそれがどんなに危険なことか、そしてその結果を考えると誰も頷けなかった。
ここで頷いてもらえなかったら、彼を連れて自分がここを出て行く、
そんなことまで考え始めたとき、彼女の思考を読んだかのようにセイランがため息をついた。
「君が決定したことを否定する権利なんて僕にはない。
ただし忠告はさせてくれ。
…気をつけてくれよ」
広い空間に二人きり。
しかしそこは沈黙が支配していた。
話がしたかったのに、何から話せばいいのか、わからなかった。
「…………っ」
彼の名前さえ呼べない。
目の前にいるのはレヴィアス・ラグナ・アルヴィース。
でもずっと旅をしてきた彼はアリオスでもあって…。
初めて会った時、彼に呼べと言われた名はアリオスで…
そして一緒に過ごしてきた間、ずっと呼んでいた名も、アリオスで…。
しかし彼はアリオスは偽者だと言った。
そんな奴はいなかったのだ、忘れろと。
(レヴィアスもアリオスも私にとっては本物なの。
どっちも同じ、私の好きな人なのに)
どちらかの名を呼べば、どちらかを否定してしまうようで呼べなかった。
「……とどめを刺せ。
アンジェリーク」
沈黙を破ったのは彼のほうだった。
その声に即座に反応する。
「いやよっ。
できるわけない…そんなこと…言わないでっ」
最後の戦い、勝つつもりでいたが、彼を殺すつもりはなかった。
それくらいなら自分が死んだ方がましだと思っていた。
なのに彼は追いうちをかけるようなセリフを言う。
悲しいのか悔しいのかわからないが、涙があふれてくる。
その涙を拭いもせず、アンジェリークは彼をじっと見つめる。
「もうやめようよ…。
私はあなたにとどめを刺せない。絶対にしない」
そんな彼女の視線から逃れるかのように瞳を伏せ、自嘲気味に笑う。
「全く…どこまでも甘い。
お前の愛したアリオスはもういないというのに…」
「いるじゃない、今、私の目の前に。
『あなた』が私の愛してる人よ」
しかし、彼が瞳を開いた時、その色に感情は読み取れなかった。
「戦いに敗れたとはいえ、まだ我には…お前を眠らせる力ぐらいある。
やつらもそれに気付いていたからこそ我と二人きりになるのを止めたのだろう」
「………」
「我の命を絶たなかったこと、死して後悔するがいい」
「そんな哀しい顔しないで」
「!」
アンジェリークは今にも魔導を解き放とうとしている彼に抱きついた。
「後悔なんてしないわ」
背伸びをして彼の首にきゅっと腕をまわす。
「私の命を捧げることであなたの魂が少しでも救われるなら…。
あなたの傷が癒されるなら…。
もう…何もいらないから。
でも…そんな哀しい顔はしないで…」
新宇宙で待っているレイチェル。
女王陛下やロザリア様、待っている皆の事が頭になかったわけではなかった。
しかしここで死んでもかまわないと本気で思った。
どちらかを選べといわれたら、悩みはするけれども、彼を選べる自分がいた。
(彼を愛した時点で私は女王失格だったのかもしれない…)
「…なにを馬鹿なことを」
「だって、好きな人一人救えなくて女王なんかできるわけないじゃない。
もっとふさわしい女王を探した方がいいかもしれないじゃない」
困惑する彼にアンジェリークは泣きながら訴える。
「…確かにあなたにとどめを刺す力が私にはあるわ。
でもね。そんなことしたら、私この先一生笑えなくなる。
誰も愛せなくなる。
女王の資格なんてなくなるわ。
だったら…」
自分を引き離そうとする彼へのかすかな抵抗代わりに、彼のマントを握り締める。
「私はあなたを…選ぶわ。
あなただけを。
だから……」
「…俺を選ぶ…か」
祈りにも似たアンジェリークのことばに彼は苦笑した。
「遥か昔に聞いたようなセリフだな。
もう…忘れていた」
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お前も同じことを言うのか…。
そう言ってくれたあいつは俺をおいて逝ってしまった。
そして今お前も自ら俺に殺されようとしている……。
―――――殺せるわけがない―――――
愛しいと思う相手を手にかけることなどできない。
そうするくらいなら自分が消える方を望む。
お前が涙をにじませ訴えた通りだ。
『アリオス!』
今もお前の俺を呼ぶ声が頭から離れない。
一人で進んでおきながら、振り向いて俺を呼ぶ姿も。
どこにいても一番に俺を見つけて、見せる笑顔も。
俺は…俺の本当の心は……
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「……我は正統なる血を受け継ぐ皇帝。
愛などに殉じることはできぬ」
冷たい声でアンジェリークの手を振り払う。
そして少し躊躇ったあと告げた。
「だが…俺の心がお前を求めるのもまた事実」
「…だったら…好きなら抱きしめてよっ。
愛してるならキスしてよ!」
いままでみたいに…。と最後は消え入りそうな声でしゃくりあげる。
「一緒にいようよ。
あなたを傷つけた宇宙なんか放って、私の宇宙一緒に育てていこうよ。
私とあなたと私の親友と…。
それでいいじゃない…」
(わかってる。これは単なるわがまま。でも…
離れたくない。失いたくない)
「そばにいてよ…」
ポロポロ溢れてくる涙を止められず、顔を覆いながらも言い続ける。
「オーロラもまだ一緒に見ていないのに」
それはかつて交わした約束。
お互い本気で願ったのに叶えられなかった約束。
「!!」
最初、突然のことに抱きしめられているという事実に気付けなかった。
「……レヴィアス…?」
見上げた顔はそのまま引き寄せられ唇を奪われた。
「ん……」
情熱的なキスの後、アンジェリークは真っ赤になってため息をもらした。
彼はそんな彼女を胸に抱き、言い聞かせるように名前を呼ぶ。
「アンジェリーク。
…俺は皇帝となるために生きてきた」
皇帝になることこそが唯一たる生の目的だった。
…彼女に会うまでは。
「そのために罪を犯し続けてきた。
罪人である俺がお前と一緒にいることはできない」
今の自分の存在は彼女を汚してしまう。
「ならば、残された道はひとつ」
一度抱きしめる腕に力を込め、その次の瞬間、軽く彼女を突き放した。
舞うマントと空を裂くような風にアンジェリークはハッとして、叫ぶ。
「いやっ。やめてぇっ!」
最後の一瞬、彼と視線が絡む。
「また会おう。アンジェリーク」
その瞳はとても優しくて…。
それがとても悲しくて…。
「いやぁ……!
レヴィアス………アリオス!」
そのまま座り込み、ただ泣くことしかできなかった。
〜to
be continued〜
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