Love is Boomerang

「ね、なんか最近いいコトあった?」
「え?」
学校でのランチタイム。
カフェテラスの一角でレイチェルの問いにアンジェリークはきょとんと聞き返す。
「だ〜って、ここのところ授業終わったらすぐ帰っちゃうしさー」
楽しげににっこりと笑ってレイチェルは人差し指を突きつけた。
「さてはオトコだな?」
「っ!」
親友の一言にアンジェリークは傍目にも分かるほどうろたえる。
「な、なんで…違うよっ、レイチェルったら…そんな事…」
「あはは…アンジェったらホントにウソ下手なんだから」
何とか言い逃れようと口を開くが言葉が出てこない。
「………私、そんなにウソ、下手かな…」
しばらくして諦めたようにぽつりと呟いた。
あまりにしゅんとしてしまったその様子にレイチェルは首を傾げながら的確に答えた。
「…?
 普段は平気だけど追求されればボロが出るってタイプだよね」
「………」
「デモ! 別に問題ないでしょ?
 素直が取り柄のアナタじゃない。恋人ったって隠す必要もないしー。
 だいたいアナタとレヴィアスが今更くっついたって誰もが
 『ああ、やっとか』くらいにしか思わないよ?」
なぜか落ち込んでしまった親友に対してフォローをしようとした
レイチェルだが、その甲斐もなくアンジェリークはさらに視線を落としてしまう。

「アンジェ?
 いったいどうしたの?」
自分としてはちょっとひやかして、そしておめでとうと言ってあげるつもりだったのだが…。
どうやらそんな雰囲気ではないらしい。
「…の」
「え?」
ようやく口を開いて出た囁きが小さくて聞き取れず、レイチェルは聞き返した。
泣きそうな顔でアンジェリークはもう一度言った。
「…レヴィアスじゃ…ないの」
「ええっ!」
レイチェルはつい大声を出してしまい、しまったと首を竦める。
慌てて声を潜める。
「ちょ、ちょっと待ってよ…?
 レヴィアスじゃないっていったいいつの間に…」

あまりにも意外な告白に言った本人よりも聞かされた相手の方が動揺してしまう。
社交界でアンジェリークは『天使』と謳われ、多くの男性貴族から注目を浴びている。
しかし常にその側にはレヴィアスがいたため、誰も表立ってアプローチはできなかったはずだ。
身分的に彼に対抗できる者などそうそういないし、何よりアンジェリーク自身が懐いている。
彼以上に少女に釣り合う者などいないと誰もが憧れつつも諦めていた。
「あの人からアナタを奪おうとする命知らずはどこの誰よ…?」
呆れたようにレイチェルが呟くとアンジェリークは真っ赤な顔で首を振った。
「あの…レイチェル、違うの…」
「え?」
「そんなんじゃなくてね…。えーと…恋人、とかじゃなくて…。
 ただ何度か会ってるだけ、なんだけど…」
「それでも、それってデートでしょ」
「………そう、かな…?」
学校帰りに会ってカフェや公園で話をして、夕食前の門限までには帰る。
それだけでそう呼んでもいいものだろうか、とどこかのんびりとアンジェリークは首を傾げる。
「それより、その相手よ!
 どこの誰?」

心配するように問うレイチェルを見つめてアンジェリークは瞳を伏せた。
「……ごめんね」
「アンジェ?」
「本当にごめんね。…言えない。
 そこまでは言えないの…」
「アンジェ…」
「あの、そのうち…きっと…言えるようになるから…だから…」
「OK。待ってるよ」
それ以上何も聞かずにぽん、と肩に置かれた手が優しくて
アンジェリークは今度こそ泣き出してしまった。





「目、赤いぞ」
待ち合わせ場所である公園の芝生に寝転がっていたアリオスは
アンジェリークが近づいてくると分かっていたようなタイミングで瞳を開いた。
そして、からかうような気遣うような口調で言ったのだ。
「へへ…ちょっと、ね。一応冷やしてたんだけどなぁ」
「ったく、これじゃいつもみてぇに外ふらつくのもできねぇな」
再び瞳を閉じ、昼寝を決め込んでしまうかのような彼の仕種を眺めながら
アンジェリークは問いかけた。
「なんで?」
「俺がお前を泣かしてるみてぇだろうが」
途端にくすくすと笑い出す少女に今度はアリオスが不機嫌そうに問う。
「なんだよ?」
「だって、アリオスがそんなこと気にするとは思わなかったんだもの」
泣いた理由を追求されなかったことにほっとしつつアンジェリークは笑った。
「…言ってろ。
 とりあえず出歩けねぇとなるとあとは…」

「アリオス」
これからどうするか、と思案中のアリオスにアンジェリークは声をかけた。
「なんだよ」
「どうしてこっちを見てくれないの?
 そんなに今日は眠い?」
最初に瞳を開けただけで、ずっと目を合わせてくれない。
「ここでお昼寝にする?」
「くっ、ばーか」
心配して提案したのに返された言葉はこれだった。
「なっ…」
「これだからお子様はな…」
「なによぉ」
「せめてそこ退くか座るかすればいいのにな」
「アリオス?」
言ってることが分からないとばかりにようやく瞳を開いた彼の表情を読もうとする。
アリオスはそんなアンジェリークを見上げ、口の端を持ち上げた。
「白のレース」
「?」

「………っ…ア、アリオスのばか〜っ! 」
首を傾げていたアンジェリークが数秒後に慌てて一歩下がり、
短いスカートの裾を両手で押さえた。
うっかり手離されたカバンがアリオスの上に落ちる。
「っ…こら、アンジェリーク」
「ご、ごめんなさい〜…じゃなくって!
 どうして言ってくれないのよ。アリオスのえっち〜」
耳まで赤く染めながらアンジェリークは頬を膨らませる。
「ばっちり見えるからどうにかしろって?」
「………う」
それはそれで恥ずかしい。
何も言わず、瞳を閉じ続けていた彼の合図に気付けなかった
自分の落ち度のような気もしてくる。
さっさとアリオスが起き上がれば問題なかったのだということにまでは
気付かないアンジェリークだった。


「とりあえずそれ冷やさねぇとな」
ようやく落ち着いてきたアンジェリークにアリオスは言った。
「うん…。でも…」
外で氷など冷やすものを調達し、それを目元に当てておくというのは…
気が進まない。悪目立ちすることこのうえない。
それには彼も同意見だったらしく、肩を竦めて立ち上がった。
「…仕方ねぇ。
 俺の部屋、来るか?」
「いいの?」
なんとなく…入ってはいけないものだと思っていたアンジェリークは
意外そうに聞き返した。その表情にアリオスは苦笑した。
「言っとくが何もねぇぞ」
「氷があれば十分よ」



部屋に入れてもらえるのは彼に心を許してもらえているようで純粋に嬉しかった。
「本当に何もないんだ…」
ソファに座ってアンジェリークは素直な感想を述べた。
アリオスの部屋はリビングと寝室だと思われる部屋とキッチンやバスルームなど
必要最低限のスペースと物しか存在しない。
たくさんの部屋と物に囲まれているアンジェリークにはそれが新鮮だった。
よく言えばさっぱりしている。悪く言えば殺風景。
「最初にそう言っただろうが。がっかりしたか?」
コーヒーと氷を持ってきたアリオスは苦笑しながらそれらを手渡した。
「ううん。嬉しいよ?」
「嬉しい?」
なぜアンジェリークがそんな風に思えるのか分からずアリオスは聞き返す。
「アリオスの部屋は入っちゃいけないトコだと思ってたの。
 その…いろいろあるから」
アンジェリークはアルヴィース家のごたごたを濁して話した。
父親やレヴィアス達がアリオスの件をアンジェリークに隠し通していることも
ずっと心に引っかかっている。
「それに、自分の部屋に他人を入れるのってできないでしょ?
 少なくとも私は心を許した人でなきゃダメだもの。
 …だからね、アリオスがここに入れてくれて嬉しい」
「んな大層なもんでもないけどな。
 ほら、ちゃんと冷やせ」
「はぁい」


しばらくして素直に氷袋を目元に当てるアンジェリークを眺めながらアリオスは呟いた。
「まぁ…確かにお前はここに来るべきじゃなかったよな」
最悪の状況だな、と苦々しく小さく付け足された独り言をしっかり聞いてしまい、
アンジェリークは氷を手から滑らせ落としてしまった。
「え…?」
実は仕方なく連れてきてくれただけで、やはり自分は歓迎される立場では
ないのだろうか、と不安そうにその瞳が揺れる。
「ごめんなさい!
 私、すぐに帰るからっ…」
アリオスの迷惑も考えずに嬉しがって自己嫌悪に陥りそうになる。
やっと目元の腫れが引いてきたのに、再び涙が滲んでくる。
それを見られたくなくてカバンを掴んで立ち上がろうとした。
「もう、ここには来ないようにするから…だから…嫌いにならないで…っ」

「…この馬鹿」
部屋を出ようとしたアンジェリークは立ち上がることすらできなかった。
アリオスがアンジェリークを閉じ込めるように少女が座っていたソファの背に
両手をついたせいだった。
後ろはソファ。左右はアリオスの腕。正面にはアリオス。
アンジェリークは動きようがなくて浮かした腰を再びソファに落ち着かせる。
しかし、目の前のアリオスを見ることはできずに俯いてしまう。
「迷惑かけてごめんなさい…。
 もう帰るから…そこ退いて?」
「帰るなら送ってやる」
いつもなら嬉しい言葉だが今はその優しさが辛かった。
今は彼の顔を見ることができないし、こんな自分を彼に見られたくない。
1人で帰る、と言おうとしたがアリオスが続けた言葉の方が早かった。
「ただし、誤解を解いてからだ」

「…誤解?」
涙に濡れた瞳で間近にある金と翡翠の瞳を見つめ返す。
「だって…私、ここにいちゃいけないんでしょ?
 …迷惑、なんでしょ?」
「だからそれが誤解だって言ってんだ」
「?」
「この状況は俺じゃなくてお前にとってまずいんだよ」
「どうして?」
アリオスと会っていることも今彼の部屋にいることも
自分の家やアルヴィース家には知られることはない。
大丈夫なはずだ、と主張する少女にアリオスはわざとらしく大きな溜め息をついた。
「これだからお嬢様育ちは…。
 あいつも側にいながらどういう教育してたんだか…」
アンジェリークの顎を捉えるとそのまま上向かせ、掠めるように唇を重ねた。
「無防備すぎるぞ」
「アリオス…」
キスされた驚きよりもいつか見た自嘲気味な彼の笑みにアンジェリークの胸が痛む。


「これ以上痛い目に遭いたくなかったらもうここへは来るな。
 …そういうことだ」
今度はあっさりとアンジェリークを解放し、アリオスは立ち上がった。
「帰るんだろ? 行くぞ」
「……じゃ、ない…もん」
「アンジェリーク?」
逆に今度は動こうとしない少女にアリオスが仕方なく歩み寄った。
視線を合わせるべく、再び膝をつく。
「痛い目なんかじゃないもん…」
アンジェリークは膝の上で拳をきゅっと握って繰り返した。
「キ、キスくらい…私だって、はじめてじゃないんだし、
 ぜ、全然…平気なんだからっ」
真っ赤になって、強がって、一生懸命に告げようとしている。
何を言いたいのか見当もつかなかったが、アリオスは遮ることなく少女の話を聞いていた。
「私は…へ、平気だもん。
 だから…そういう理由で…アリオスから手を離さないで」
気遣われているのに突き放されたようで哀しい。
「アンジェリーク…」
「好き、なの…。アリオスが好き。
 …ごめんなさい。ダメだって分かってたのに…」
嫌われるかも、と思った瞬間に足元が崩れるような恐怖を覚えた。
彼の立場と自分の立場は分かっている。
踏み込んではいけないと分かっていたはずなのに…
もう隠し切れない。


「アンジェリーク…」
予想外の告白に常に冷静なアリオスはらしくもなく心が揺らいでいた。
必死に強がって…告白するくせに謝って…。
(参った…)
愛しくてたまらない。
緊張に震えている少女の手を取り、その指先に口接ける。
「アリオス…?」
「…降参だ」
「?」
きょとんとするその表情にアリオスは微笑んだ。
「もう後戻りはできないぜ?」


華奢な身体を抱きしめて、アンジェリークだけに聞こえるように囁く。
彼からの告白にアンジェリークは嬉しそうに頬を染めた。
「アリオス…」
それが可愛くてアリオスは再び唇を重ねた。
「…っ…!?」
ふいにアンジェリークがびくりと肩を震わせ、慌てたように抵抗する。
「なんだよ?」
「…だって!
 …その……」
不満げにアリオスが解放してやるとアンジェリークは言葉に困りながら瞳で訴える。
「キスくらい平気だったんじゃねぇのか?
 それともレヴィアス以外は受け付けられねぇか…」
冷めたような、それとも燃えているような、なのか判断しかねる瞳の色に
アンジェリークは戸惑いながら首を振る。
「そんなこと…。
 だって…アリオス……舌、入れるんだもん……」
「ばーか。舌使わねぇでなにが面白い…」
びっくりした、と素で言う少女をアリオスは呆気に取られたように見つめた。

「………アンジェリーク…」
「なに?」
疲れたように髪をかき上げるアリオスにアンジェリークは首を傾げた。
「お前、レヴィアスとしたことあるんだろ?」
「うん。だって昔から私のエスコートはレヴィアスがしてくれたもの」
その返事にアリオスの脳裏には1つの答が浮かび上がった。
「お前が言ってたのって挨拶のキスじゃねぇか?」
「挨拶は挨拶でもちゃんとしたキスだもん。
 私のファーストキスでもあるんだし」
むくれたようにアンジェリークが言い返す。
「で、それって人前でしかしてねぇだろ」
「…そうよ」
夜会などの挨拶の一種として自然に身に付けていたものである。


「アリオス…?」
さっきまで怖いくらいに不機嫌だった彼が今では肩を震わせくっくと笑っている。
「なるほどな」
「な、なんなの…いったい…?」
「てっきりあいつに仕込まれてるもんかと思ったぜ」
「?」
あくまでも彼は牽制用としてしか少女に触れなかったのだ。
人前でできることしかしていない。
2人きりでそれをやったら、湧き上がる欲求を抑えることなどできないだろう。
それ以上を求めてしまう自信がある。自分も、そしておそらく彼も。
「初めて俺はあいつを尊敬してやってもいいって思ったぜ」
アルヴィース家の跡継ぎを立派にこなしていても「そんなもんだろ」くらいにしか
思わなかったものだが…。
「その忍耐力には尊敬する。
 お前、あいつに大事にされてんだな」
「?」
「もっとも…そうやって大切に育てたお前を俺が横から掻っ攫うんだから
 相当の覚悟が必要だな」
「アリオス…よく分からないんだけど…
 でもレヴィアスは優しいよ。大好き」
「道理でこうやって純粋に懐かせることができたわけだ」
意味ありげにアリオスが微笑む。
レヴィアスと同じ顔。しかし違う表情。
「俺にはあいつの真似はできねぇ」
もしも自分がアルヴィースを継ぐことになって少女の側で過ごしてきたなら…
おそらく…手を出していた。
レヴィアスのように牽制するだけではきっと足りなくて
自分なしでは生きられないように少女に教え込んでいただろう。
(アンジェリークに手を出すやつがいないからって
 大事にしすぎたのが敗因だな、レヴィアス)


悪いと思わないわけではないが自分も彼女に惹かれてしまった以上、遠慮する気はない。
「アンジェリーク」
「なぁに?」
頬に額に口接けられ、くすぐったさにくすくすと笑いながらアンジェリークが視線を上げる。
「今度は逃げんなよ?」
艶やかな笑みを浮かべ、アリオスはアンジェリークの唇を奪った。



                                    〜 to be continued 〜




アリオス本領発揮…?(笑)
というか宣戦布告…かな。
ようやくプロモシーンを書く準備ができたかな?という感じですね。
早くプロモシーン書きたいんですが
そこにいくまでに色々と準備が必要なのが
文字表現の手間でしょうか…(苦笑)

そろそろアリオスVSレヴィアスに入っていくかと…。
レヴィアスもちゃんと動き出します!
アリオスのプロモだけどやっぱりレヴィアスにも
見せ場は欲しいですよねぇ。
おかげでアンジェがアリオスとレヴィアスの間で
悩むことになるのですが…。


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