Love is Boomerang
「アリオスっ」 「…なんだよ。その大荷物は」 いつも通りの放課後の待ち合わせ。 公園に現れたアンジェリークはカバン以外に大きな袋を抱えていた。 「ここに来る前にマーケットに行ってきたの。 アリオスにおみやげv」 にこにこ笑顔の少女をアリオスは訝しげに眺めながら、少女には重そうな それをとりあえず受け取った。 片手で抱え、その紙袋を開けてみると中に詰まっているのは様々な食材。 「…これが土産か?」 呆れたように訊ねれば相変わらずの笑顔でアンジェリークは頷く。 「だってこの前アリオスの部屋に行った時、冷蔵庫に何もなかったんだもの」 身体に良くないよ、と真面目な顔で言う。 「あっても面倒で作らねぇよ」 「…なんとなく、そう言われちゃうかなぁ、とは思ったけどね…」 苦笑しながらアンジェリークは彼を見上げる。 きっと外で適当に済ませてしまうのだろう。 もしかしたらきちんと3食摂らない人なのかもしれない。 そう思ってしまったから余計なお世話かと思いつつもこんな行動に出てしまった。 「あ! じゃあ、アリオスさえよければ私が作ってあげる」 特に目的もなく公園を歩き始めて数分。 アンジェリークは名案だとばかりに顔を輝かせた。 「今からアリオスのキッチン借りて…私は夕食にはうちに戻らなきゃいけないけど …作ってあったら面倒じゃないから食べてくれるでしょ?」 「お前な…。前回ので懲りてねぇのか?」 「え?」 「懲りてねぇわけだな…。 わかった。行こうぜ?」 「? うん!」 いまいち腑に落ちない点はあったが、アリオスが頷いてくれたので アンジェリークは嬉しそうに彼の後についていった。 「何かリクエストはある?」 「急に言われても思いつかねぇよ」 「じゃあね、この前調理実習でやったメニューでもいい?」 あんまり楽しそうに言うものだからアリオスもつい笑ってしまった。 「くっ…俺は練習台かよ。好きにしろ」 アンジェリークは野菜の皮をむきながら嬉しそうに話し出した。 「うちじゃ私が厨房に入るの嫌みたいでね…。 せっかく習ったのに全然上達しないんだもん」 「そりゃ料理人やら使用人達は嫌がるだろうな…」 コレット家の令嬢ともあろう者が厨房で働くことなど…。 忙しい時間帯では邪魔になりかねないし、なにより怪我でもされたら困る。 おそらく屋敷の者は後者の意味でアンジェリークが厨房に入るのを 嫌がるのだろうとアリオスは納得した。 「なんでよぉ」 アンジェリークが頬を膨らませてアリオスの方に視線を向ける。 「自分で考えるんだな」 キッチンのすぐ側にある小さなテーブルセットで頬杖を付きながら アンジェリークを見ていたアリオスは肩を竦めて一言だけ言った。 そして彼女のすぐ側へと移動する。 「…わかんない…」 アンジェリークの手元を見れば答は明白である。 …おそろしく危なっかしいのだ。 アリオスもついつい遠くで見守るのが不安で動かざるを得なかった。 「あ、でもね。 レヴィアスにご馳走してあげる時は厨房使わせてくれるんだよ」 「あいつに? お前が作ってやってんのか?」 「うん。 調理実習の後っていつもレヴィアスに作ってあげるの。 『レヴィアスに』って口実作れば皆認めてくれるんだよ。 もう、私よりレヴィアスに甘いんだから…」 (甘いっつーよりもこいつとレヴィアスの邪魔をしないようにしてるだけじゃねぇのか?) 傍から見ればアンジェリークとレヴィアスは公認カップルなのである。 馬に蹴られまいと2人の邪魔をする者はいないだろう。 「あれ? そういえばアリオスも一緒だ」 「なにがだ?」 ふと思いついたようにアンジェリークが皮むきの手を止めてアリオスを見上げた。 「レヴィアスもね、今のアリオスみたいにいつのまにかそこにいるの」 最初は離れて見てるんだけどね…と呟く少女にアリオスはくっと喉で笑った。 「そりゃそうだろ」 「アリオス?」 「お前、危なっかしくて見てらんねぇんだよ。 俺の方がよっぽど包丁の扱い上手いぜ?」 「なっ…」 「ほら、刃物持ったまま余所見すんな? 怪我するぞ」 からかいと心配が混ざった言葉も先の言葉が悪かっただけに あまり効果はなかったようである。 「ア、アリオスのばか〜。 下手だから練習してるんでしょ〜!」 「なんだ、自覚はあったのか。 …ってこら、とりあえず包丁置けって」 「もういいっ。やっぱりレヴィアスにしか作らないもん」 アンジェリークは包丁を下ろすとぷいっと顔を背けてしまう。 からかいすぎたか、とアリオスは内心苦笑した。 しかし、からかう以外の方法をアリオスは見つけられなかった。 そうでもしていないと自分のことを好きだと全身で訴える少女に 触れたくてたまらなくなる。 見守ることのできるレヴィアスをこの点に関してだけは本気で尊敬してしまう。 「アリオスに私の料理、食べて欲しかっただけなのに…もういいっ」 シェフのようにはいかないけれど…一生懸命作って、レヴィアスに 食べてもらって、彼が美味しいと笑ってくれた時、とても嬉しかった。 だから大好きなアリオスともそんな風にできたら、と思っていたのに。 そう涙目でアンジェリークは素直な気持ちを隠さず言う。 「レヴィアスはアリオスみたいないじわる言わないもん…。 直さなきゃいけないとこはちゃんとアドバイスしてくれるし。 上手くできた時は誉めてくれるし…それに…っ〜」 アンジェリークのレヴィアスへの誉め言葉はアリオスの唇に遮られた。 「言ったろ。 俺にはあいつの真似はできねぇって」 突然の激しいキスで黙らされたアンジェリークはアリオスの腕の中で放心状態になった。 「お前の気持ちも有り難いし、料理も食ってみたいとは思うがな…。 今はそれ以上に欲しいもんがあるんだよ」 「な、なに…?」 栗色の頭の上で溜め息が吐かれる。 「鈍すぎるぞ、お前。前回のコトよく思い出してみろ」 「前回って…」 はじめてこのアリオスの部屋に入れてもらって… そして想いを伝え合ってキスをして…。 そこまで思い出してアンジェリークはかぁっと赤くなった顔で彼を見上げる。 「え、あ、あの…続き!?」 「分かっててここに来たわけじゃ…なさそうだよな。 この天然が…」 アリオスは再び溜め息を吐いた。 あの時は…あれだけ盛り上がって、いつそっちへいってもおかしくない雰囲気で アンジェリークも流されてもいい気分だったにも関わらず…キス止まりだったのだ。 アンジェリークの視界に入った時計が現実に引き戻した。 『ア、アリオスっ…待って…。 ダメっ…私、帰らなきゃ…』 ほっとしたような、がっかりしたような気持ちでアンジェリークは帰らなければ ならないことを伝えたのだ。 さすがに事情を分かっていて引き止めることはできない。 だからアリオスは苦笑しながら少女の耳元に魅力的な声で囁いた。 『次ここに来た時は続きをするからな?』 「あのっ…忘れてたわけじゃないんだけど…ヤじゃないんだけど… だって…まだ昼間だよ…?」 あの時は本気でそうなってもいいと思っていた。 今も嫌ではないけれど…いきなり求められても困ってしまう。 もっとこう、あの時のようなそれらしい雰囲気がないと恥ずかしくて 顔も上げられない。 「夜に俺達が会うのかよ?」 「……ムリです…」 もっともなアリオスのセリフにアンジェリークは降参する。 「ったく、俺がせっかく見逃してやろうかと努力してたってのに…。 お前自らことごとく邪魔しやがって…」 甘さを含んだ声にアンジェリークはきょとんと彼を見つめる。 「邪魔?」 「お前俺のことが好きだろ?」 臆面もなく問う彼にアンジェリークも素直に頷く。 「惚れた女がそれを隠さずに自分の部屋にいるんだぜ? かと思えば他の男との仲を見せつけられた挙句、そいつの方が良いとか抜かす…」 「…アリオス…」 アンジェリークは意外なものを見たというように口を開いた。 「……あの…妬いてた…の?」 アンジェリークがレヴィアスのことを純粋に慕っているだけなのを 承知しているはずなのに。 「仕方ねぇだろ。理屈じゃねぇんだ」 アリオス自身でさえ戸惑っている。 これほど何かに執着したことはなかった。 そっけなく言うその表情にアンジェリークはくすくすと笑い出す。 初めて彼をかわいいと思った。 いつも大人でカッコよくて余裕のある男の人。でもそれだけじゃない。 アンジェリークは憮然としたアリオスの首に腕を回して抱きついた。 「いいよ…アリオス…」 さっきまであんなにうろたえていたのに今は自然に言葉にできた。 前回来た時には入らなかった部屋にアリオスに運ばれ、ベッドに下ろされる。 「アリオス…」 同意はしたものの不安そうに揺れる瞳にアリオスはふっと微笑んだ。 「くっ、お前のベッドほどいいもんじゃなくて悪かったな」 目の前の少女やレヴィアスと同じ暮らしを十数年前までしていたアリオスの 言葉にアンジェリークは首を振る。 そして暗に示した彼のらしくもない謝罪にも首を振る。 …本当ならばいつかレヴィアスやどこかの貴族と豪奢な部屋で、ベッドで こうなるはずだったのだろう。レヴィアスのことを思い出し、なぜか少しだけ 胸が痛んだけれどもアンジェリークは言った。 「私はアリオスのベッド、ていうだけで嬉しいよ…」 それから何かに気付いたようにアリオスを見つめる。 「…なんだよ?」 「あの…ここで…他の女の人と……その…」 少女の不安と嫉妬が可愛くてアリオスはその頬にキスをして言ってやった。 「心配すんな。女を部屋に入れたのはお前が初めてだ」 アンジェリークは明らかにほっとした表情で微笑んだ。 「アリオス…大好き」 「…愛してる。アンジェ」 「最近綺麗になったと思いません?」 発言者の視線を追って周囲の少女達は頷いた。 「コレット家のアンジェリークですわね」 クラスメイトの屋敷で定期的に行われるお茶会。 今日は天気も良かったので手入れの行き届いた庭で行われていた。 そこでの注目を自覚なしに浴びていたのは少女達から離れたパラソルの下で 親友と談笑しているアンジェリークだった。 「なにか良い化粧品でも見つけたのかしら?」 「それとも別の方法でしょうか?」 「近々開かれるコレット家で開かれるパーティーではどんなドレスを 用意したのか誰か聞いていて?」 「また『天使』様が殿方の注目を独り占めなさってしまうのかしらねぇ…」 ここでの会話は他愛無いおしゃべりの他には情報収集。 誰もが夜会に出るような少女達だからここでの流行の取り入れなどは重要になる。 このお茶会は未来の貴婦人の夜会での振舞い方の予行演習の場でもあった。 しかし、アンジェリークとレイチェルはどちらかと言えばおしゃべり重視で あまり流行話には興味がなく、話を振られれば答えられる程度には 押さえている、というくらいだった。 「皆、アナタの今度のドレス気になってるみたいね〜。 でも気安く聞けないって感じだね」 「そんなに構える必要ないんだけどなぁ…」 アンジェリークは小さく溜め息を吐いた。 コレット家は貴族の中でも特別なので、どうやらクラスメイトにすら 躊躇されてしまうらしい、というのが悩みでもあった。 「で、どんなの?」 気軽にレイチェルが訊ねるとアンジェリークは首を傾げた。 「まだ見てないの。 出来上がった報告はあったからそろそろ届くと思うんだけど…」 「ふうん。アナタのドレスは私も楽しみにしてるんだからね。 だってドレスもいいんだけどそれ着たアナタはも〜可愛いんだもん☆ 私が男だったら迷わず口説くね」 「ふふ。レイチェルったら…。 私もレイチェルのドレス楽しみにしてるよ。 流行の発信源だもんね」 アンジェリークとレイチェルがあまり皆のように情報収集に熱心でないのは このような理由からだった。 基本的な情報は2人ともすでに仕入れていて… レイチェルの場合は、自分の趣味をそれに加えて新しい流行を作ってしまう。 アンジェリークの場合は、レイチェルのようなことはしないが自分の雰囲気に ぴったりするものを選ぶのでそれだけで人目を引いてしまうのである。 「ところで例の謎の恋人さんとはどうなった?」 お茶を飲んでいたアンジェリークは危うくむせそうになった。 「どうって……」 「最近アナタちょっと変わったからね。 あ、イイ意味で、だよ? だからその人の影響かなぁって思っただけ」 「変わった…かな?」 自覚のない少女は不思議そうに呟くだけだったが。 「あ。何度かごはん作りに行ったよ」 「え…」 結局料理を途中で中断してしまったあの日の別れ際にアリオスが言ったのだ。 『また作りに来いよ』 『アリオス?』 『じゃないと上達しねぇだろ?』 『もう、アリオスの意地悪』 軽く叩こうとしたその手を掴まれ真っ直ぐ見つめられ、アンジェリークは 顔が赤くなるのを自覚した。 (さっきまでもっとすごいことしてたのに…なんで…) 『少々不安があるけどな…あいつに作ったものもう一度作ってみろよ。 味見してやるぜ』 『……アリオスったら』 素直ではない彼の言葉にアンジェリークは吹き出してしまう。 『うん。今度はちゃんと作るね』 そして約束通り何度か作りに行っている。 「ちゃんと…できた?」 不安そうに聞くレイチェルにアンジェリークは頬を膨らませる。 「も〜、レイチェルまでそんなこと言う?」 「だって授業中のアナタを見る限りじゃねぇ…」 「ひどい〜。 ちゃんとどれもレヴィアスと一緒におさらいしたんだし、大丈夫だもん」 「レヴィアスと一緒に…ね」 聞いてはいたがそれもすごいと感心してしまう。 あのレヴィアスを厨房に立たせるなど…。 微笑ましいと見守ってやるべきなのか なんと恐ろしいことを、と忠告してやるべきなのか…。 迷った結果、レイチェルは本人達が良いならそれで良しとしようと 傍観体勢に入っている。 「? なんかあっちの方、ざわついてない?」 「何かあったのかな…?」 「うるさいって程じゃないけど落ち着かない、みたいな」 ふいにレイチェルが視線を上げたのでアンジェリークもその異変に気がついた。 そしてその後、騒ぎの原因が自分にあることを知った。 「レヴィアス…」 少女達のお茶会に父兄など男性が来ることは多くもなく少なくもなく と言った程度だったが今回は別格だった。 「そろそろお前が帰る頃だと思ってな…。 寄ってみたらここまで来ることになった」 どこかしら不本意そうな彼の表情にアンジェリークはくすりと笑う。 学校公認のお茶会なのでこれといった心配もないので、 少女達の熱い視線を浴びたくないレヴィアスが来た事は数える程しかなかった。 「お迎えが来たみたいだね、アンジェ」 レイチェルは時計を見て手を振る。 確かにお開きの時間はもうすぐである。 「うん。レヴィアスに送ってもらうから…今日はここで、ね」 そしてクラスメイト達に挨拶をしてレヴィアスの車へと向かう。 寄り添う2人の後姿を見つめながら誰ともなく溜め息をついた。 「レヴィアス様…素敵ねぇ」 「本当にアンジェリークが羨ましいわ」 「でも、あんなにお似合いの2人もそうそういませんしね…」 そんな周囲の羨望の眼差しを眺めながらレイチェルは1人別の溜め息を吐いた。 (でも、アンジェが好きなのは別の人なんだよね…) 「珍しいね。レヴィアスがここに来るなんて」 「お前の屋敷に行く通り道だったんでな。 ついでに拾っていこうかと思っただけだ。 余計な真似だったか?」 広い車内でアンジェリークは隣に座るレヴィアスを見上げる。 「ううん。ありがとう。 全然会えないわけじゃないけど…レヴィアスけっこう忙しいもんね。 だから迎えに来てくれるのは嬉しい」 天使の微笑みにレヴィアスも微笑を返す。 「だったら良かった」 よく周囲の者は彼を怖いだとか冷たいだとか言うけれど… この優しい笑みを見たら絶対そんなこと思わないはずなのに…。 そうアンジェリークはいつも思っていた。 言ってみたこともあるのだが、レヴィアスには 「誰にでも愛想を振りまけるか」とすっぱり切られてしまった。 「どうした?」 じっと見上げる少女にレヴィアスが声をかける。 「ん…レヴィアスの笑顔大好きよ」 「そうか?」 「うん」 優しくてひどく安心する。 「お前の笑顔の方がよほど人に幸せを与えると思うがな」 「そう? レヴィアスも幸せになる?」 「ああ」 嬉しそうに笑うアンジェリークを見ていると心が温かくなる。 「お前は泣き虫だがそれ以上に笑顔が多いからな」 感情表現が豊かな少女が愛おしい。 「それは小さい頃のことでしょ〜。 今はそんなに泣かないもん」 「どうだか…。 ついこの前も泣いていたのを見たと思ったが」 「う…」 そう言えばそんな気もするし、レイチェルの前でもアリオスの前でも 泣いたような記憶がある…。 「…それでも小さい時よりは泣かなくなったはずよ」 「ふっ、そう膨れるな」 「レヴィアスがそうさせたんじゃない〜」 「お前は笑顔の方が似合う」 「…レヴィアス」 黒髪の隙間から輝く金と翡翠の瞳に見つめられて、 アンジェリークはただ彼を見つめ返す。 「いつまでもその笑顔を我に見せてくれ」 「レヴィアス…当たり前じゃない」 真摯な眼差しと祈りにも似た言葉になぜか泣きそうになった。 屋敷に着くまでの間に眠ってしまったアンジェリークを見つめ レヴィアスは苦笑した。 「本当に笑っていてくれるかどうか…怪しいものだな」 自分の肩に凭れる少女に囁く。 「…それでも我はお前を愛している」 〜 to be continued 〜 |
レヴィアスの出番が…この回では 予定してたほど多くなかったです(苦笑) ごめんね、お兄ちゃん。次回こそ! 彼の一人称どうしようか迷いましたが アリオスと違いをつけるためこちらに。 「俺」というレヴィアスも捨てがたいのですが…。 3話のその後どうなった?という質問が あったのでそれに答えるべく書いていたら…。 前半部分、アリオスが出張ってくれました。 本当は冒頭部分にちょっと出るだけで今回の メインはレヴィアスだったはずなのに。 「主役は俺だ」と主張したかったのでしょうか(笑) おかげでまだプロモシーンに入れない…。 |