Love is Boomerang
華やかなパーティー会場に向かう途中、アンジェリークはレヴィアスを見つけた。 「では、私はここまでで…」 一緒について来てくれていた使用人も彼を見つけると2人の邪魔はするまいと 微笑みながら下がっていった。 「ええ。ありがとう」 レヴィアスと話していたスーツ姿の使用人もアンジェリーク達に気付いたようで 一言二言話してその場を後にした。 「レヴィアス」 いつもながらレヴィアスの正装姿には見惚れてしまう。 艶やかな黒は彼の髪同様に彼を引き立たせている。 「すまなかったな。今日は遅くなって…」 「ううん。こうして途中まででも来てくれたじゃない」 いつものように差し伸べられた腕にアンジェリークは自分の腕を絡ませて微笑んだ。 こんな風にエスコートされるのは今日で最後…。 そう思うと瞳や喉の奥が熱くなってきて、慌てて俯いてやりすごした。 (アリオスと行くって決めたのに…) アリオスを好きな気持ちは嘘じゃない。 でもレヴィアスのことだって本当に好きで…。 考え始めると出口のない迷路に迷い込みそうになってしまう。 「アンジェ…」 「な、なに?」 珍しく口数が少なく俯いていたせいか、彼が安心させるように少女の名を呼んだ。 「心配するな。 今日はただのパーティーだ」 「え…」 「我はまだお前に求婚もしていないし、お前の気持ちも我にはない」 「…レヴィアス…でも…私、レヴィアスのこと…本当に好きよ」 彼があまりにも…それこそ他人事のように冷静に言い切るものだから 思わず口を挟んでしまっていた。 まるで自分がレヴィアスのことをなんとも思っていないような言い方は 聞いている方が寂しかった。 アリオスを選んだはずなのにこんなことを言うのは無責任かもしれないと思ったけれど それでも嘘偽りのないアンジェリークの気持ちだった。 少女の優しさと甘さにレヴィアスはふっと笑う。 「お前の『好き』は…まだ我の求めるものとは違うからな…」 「………」 今までのような兄を慕うようなものではなくなったが、 恋愛感情と呼べるまでは育ってはいない。 その手前、ようやく男として意識した程度のものだろう。 レヴィアスの言葉にアンジェリークは返す言葉が見つからなかった。 また黙り込んでしまった少女の頬に触れ、レヴィアスは微笑んだ。 「宴の主催者の娘がそんな表情でどうする? 婚約披露は延期だ。今夜は何も気にせずパーティーを楽しめばいい」 「うん…」 そのままレヴィアスから頬にキスをもらって、アンジェリークも同じように 彼の頬にキスを返した。 パーティーの前、緊張を解してくれるかのようにいつもそうしていた。 「ありがとう、レヴィアス」 でも…これが最後。 アンジェリークとレヴィアスが会場である広間に現れると 僅かにざわめきが引き、一瞬遅れてまた先程以上のざわめきが会場を埋めた。 大きくなったざわめきの原因が自分達にあることもいつものことだった。 (私…と言うよりはレヴィアスが注目されてるだけなんだけどね…) 社交界で『天使』と謳われる少女はレヴィアスやレイチェルが聞いたなら 頭を抱えそうなことを思いながら、彼にエスコートされて会場内を歩く。 そして、父親であるコレット公やレヴィアスの両親が談笑している輪に まず挨拶に行った。 「ごきげんよう、おじさま、おばさま」 「まぁ今夜もまた一段と可愛らしいわね、アンジェリーク」 実の母親のように見つめてくれるレヴィアスの母親にアンジェリークも微笑んだ。 「ふふ、ありがとうございます。 これレヴィアスが見立ててくれたんですよ」 「よく似合っている。 早く私の娘だと皆に紹介したいくらいだ。なぁ?」 「あぁ、いつでもかまわんぞ」 「父上、公…」 窘めるようなレヴィアスの声に彼らは首を竦める。 「分かっている。 アンジェリークを焦らせるつもりはない」 「気にしないでね、アンジェリーク。 私達はのんびり待っているから」 「…ごめんなさい」 色々な意味を込めてアンジェリークは彼らに謝った。 自分は彼らを裏切るのだ。 しかも…彼らが隠してきたアリオスと共に。 (おじさまとおばさまはアリオスのこと…どう思ってるのかな…) 親子の間に諍いがあったわけではない。 周囲の煩わしさにアリオスが家を出ただけなのだ。 たぶん…きっと表に出さないだけで気にはかけていると思う。 優しい人達だから心配していると思う。 (元気にしてます、て教えてあげたい…) でも、言うわけにはいかない。 教えてもらえなかった自分が彼の存在を知っていてはいけないのだ。 だから…一切の言葉を省いて気持ちだけを込めて謝罪した。 (レヴィアスは…私の好きな人がアリオスだって知ったら…どう思うのかな…) 彼らと共に挨拶に来る人々の話相手となり、しばらくして親友の姿が見えた。 「ごきげんよう、コレット公、アルヴィース夫妻、そしてレヴィアスサマ」 「ごきげんよう、レイチェル」 「今夜もまた素敵なドレスだね」 「ありがとーございます☆」 にっこりと笑うレイチェルも慣れたもので気安く この世界の重鎮達相手に挨拶や世間話をする。 「そろそろアンジェを借りても良いカナ? オトナ達と挨拶ばっかしてても飽きちゃうよ。 クラスメイト達と話してきても良いでしょ?」 「ああ、どうぞ」 親達3人とレヴィアスに少女を連れ出す許可をもらう。 「いってきます」 アンジェリークはアルヴィース夫妻、そして父親を見つめて言った。 「…レヴィアス…」 最後に今夜ずっと傍にいた人を見つめる。 これでお別れなのだ。 「…いってくるね」 「ああ、いっておいで」 何も知らない彼はいつものように微笑んで送り出してくれた。 「アンジェ?」 なぜか元気のないアンジェリークを風通りの良いテラスに連れ出し、 レイチェルは心配そうに声をかけた。 「実は気分悪い?」 「ううん、違うの。大丈夫よ」 アンジェリークは鋭い親友の指摘に慌てて首を振る。 そしてそれに気付いて自分を連れ出してくれたのだと理解した。 「だよねー。 もしそうだったならあの人が気付かないわけないもんね」 「ありがとう…」 「んー。大丈夫なら別にイイんだけどね☆」 「レイチェル…」 彼女にも会えなくなるかもしれないのだ…。 忘れていたわけではなかったが、今になって実感が伴い なんとも言えない気持ちになる。 何も言わずに自分がいなくなったらやはり怒るだろうか。 「どうしたの?」 「…今夜ね、レヴィアスと私の婚約披露がされる予定だったの…」 「エ…?」 小声で話された内容にレイチェルは目を丸くした。 「だって…アナタ他に好きな人が…」 うん、とアンジェリークは頷いた。 「レヴィアスも気付いてた。 だから、待ってくれる…って。…でも…」 「なるほどねー」 消え入りそうに話す少女を見て、レイチェルは納得いったと大きな溜め息を吐き出した。 「あの人も好き。 だけどレヴィアスも…好きなの。 ずっとお兄ちゃんみたいに思ってたはずなのに…」 「今はオトコの人として好きってワケなんだ?」 「…たぶん」 「皮肉だね…。 レヴィアスへの想いに気付かなければ、こんなに悩まず 謎の恋人サンだけ想ってれば良かったのに…」 またはもっと早く気付いていれば、他の人を好きになることもなく 周囲が期待していた通りの道を自主的に迷わず歩んだはずなのに…。 しばらくの沈黙の後、アンジェリークはレイチェルに訊ねた。 「…軽蔑する? 1人の人を好きになれないなんて…」 自信なさげなその表情をレイチェルは明るく笑い飛ばした。 「それはないよ。こればっかりはどーしよーもないしね。 それに…ワタシ的にはアンジェをこんなに悩ませてる男達2人に モンク言ってやりたいくらいなんだけど!」 さすがレイチェル、と言いたくなるような発言にアンジェリークはくすりと笑った。 大の男でもあの2人に対して強くは言えないだろうに…。 「レイチェルったら…」 ようやく笑ってくれた少女を励ますようにレイチェルも笑った。 「2人は悪くないわ。私が優柔不断なだけよ。 でも、そうね…気持ちだけは…自分でもどうしようもないから…。 やりたいようにやってみる」 「そーそー。 けっこうなんとかなるもんだよ」 「本当にありがとう。レイチェル」 これ以上のことは言えないけれど、今夜レイチェルと話せてよかったと本当に思った。 そろそろアリオスとの約束の時間。 アンジェリークは早めに帰宅する客人達に紛れて抜け出す予定である。 不自然にならないように辺りを見回す。 父親とアルヴィース夫妻が招待客と話しているのが見えた。 レイチェルが知り合いと笑っているのが見えた。 「………」 思いを振り切るようにもう一度見渡す。 (レヴィアスがいない…) どんなに大勢の人がいようと、どれだけの人に囲まれていようと 彼を見つける自信があった。 しかし、彼の姿は見つからなかった。 「…もう行かなくちゃ」 そして、アンジェリークは目立たぬように広間を後にした。 「…そろそろか」 アリオスは時計を見ると車から降りた。 たくさんの高級車が並んでいるその端の方に、それらに負けない高級車。 アンジェリークを連れ去る為だけに購入したものである。 今夜、徒歩でこの屋敷を出ていく者などいないだろう。 ここに停まっているような運転手付き高級車で帰る者しかいないはず。 そんなことをしなくても裏口から出れば良い、とアンジェリークは提案したが アリオスは即座に却下した。 「ばーか、そっちの方が悪目立ちするだろ」 膨れる少女に笑いながら言った。 木を隠すなら森の中だと。 アンジェリークは招待客の1人を装って堂々と屋敷を出れば良い、と。 「だって顔見られたらすぐに私だってバレちゃうわよ?」 「帰る客をチェックしてんのは会場の出入り口付近だけだろ。 駐車場辺りまで来ちまえば素通りのはずだぜ。 外灯があるとは言え薄暗いんだ。そうそうバレねぇよ」 「まぁ…そうだけど…」 確かに屋敷の警備状態を思い返してみればそちらの方が良いかもしれない。 アンジェリークはそう思い直して頷いたのだ。 「うまく…いくよね…?」 それでも不安に揺れる瞳がアリオスを見つめる。 「当たり前だ。必ず攫ってやる」 アリオスは安心させるように頷いて口接けた。 すでにアンジェリークが庭の茂みに隠していた荷物はすでに車に積んである。 あとは少女本人を連れ去るだけ。 下調べ通り、この辺りの警備は手薄である。 この後気を付けなければならないのは屋敷の門付近にいる警備くらいだろう。 アリオスはさりげなく、しかし油断なく周囲を見渡しながら車を停めた場所から歩き出す。 ここから少し歩いた庭園の隅であり屋敷の陰にもなるポイントが 待ち合わせ場所である。 少女が1人で車に向かうよりは2人連れの方がまだ見咎められないだろうと 考えたからだった。 「………」 高い位置にある屋敷の窓から明かりが漏れている。 薄明かりの下、アリオスは少女が来るだろう方向を眺めていた。 周囲に人はいない。 屋敷の中に僅かに人の気配はするが気にする類ではない。 監視するような気配も視線も感じない。 感覚を研ぎ澄ませて辺りを探るが何も危険はない。 それは確かなのに…しかし、どこかで胸騒ぎがした。 『うまく…いくよね…?』 不安げに自分を見つめた少女の顔が思い浮かんだ。 「ちっ…まさかこの俺が緊張してんのかよ…」 小さく低く呟く。 「あいつが相手だからか…?」 認めたくないが、そうかもしれない。 自分の半身。双子の兄。 誰を敵にまわしても負ける気などしない自分と、おそらく互角に戦えるだろう相手。 「アリオス…?」 だからアンジェリークが無事に姿を見せた時は、正直ほっとした。 パーティーに出席していたそのままの華やかな姿。 その世界そのものから攫っていくのだと実感する。 「アンジェリーク」 心細そうに名を呼んで、不安げな表情をしていた少女が嬉しそうに微笑んだ。 「よかった。 会えなかったらどうしようかと思った」 「んなわけねぇだろ。 お前さえドジ踏まなきゃな」 真っ直ぐ飛び込んでくる少女を抱き止めてやる。 「もう…」 上目遣いに睨む少女を見ると、こんな事態だというのに笑いがこみ上げてくる。 「くっ…まぁ無事抜け出せたようだし、誉めてやるぜ?」 さっさと行くぞ、とアンジェリークの手を引いて歩き出したアリオスがふいに 少女を抱き寄せた。 「え?」 少々乱暴な扱いに戸惑い、彼を見上げる。 その間にふわりと身体が浮かぶのを感じた。 アリオスが自分を抱いたまま横に飛んだのだと気付いたのは 地面に押し倒された後だった。 「な、なに…アリオス…ど」 起き上がりながら「どうしたの」と言おうとして止まってしまった。 ぽつっ…と温かいものが自分の腕に伝い落ちてきた感覚につられてそこを見る。 そしてその色にぎょっとして上を見上げる。 どうして薄暗いところで見た色なのに鮮やかな赤だと分かってしまうのだろう。 不吉なほど鮮やかな赤。血の色。 顔の右側を伝う一筋のそれにアンジェリークは悲鳴のように叫んだ。 「アリオス!」 「…大声出すな。掠っただけだ。 場所が場所だけに派手に見えるけどな」 「その通りだ。…立て」 自分達以外に誰かいるなど思ってもみなかった。 ましてやそれが『彼』だなんて…。 アンジェリークはアリオスの肩越しに見えた人物が信じられなかった。 信じたくなかった。 …レヴィアスがアリオスを撃ったなんて。 しかし、彼が構えたままの銃を持っているのを見れば疑いようもない。 「久しぶりだな…アリオス」 「ガキの頃以来、だな…レヴィアス」 立ち上がり振り返ったアリオスは不敵な笑みを浮かべたままレヴィアスと対峙した。 〜 to be continued 〜 |
ようやくのプロモシーン! ようやくのアリオスVSレヴィアス! 長かった…ええ、本当に…(苦笑) 私的にアリオスのケガをどういう風に 負わせようか迷ってました。 名前もない脇役にアリオスが大人しくやられるか? いや、うちのアリオスはきっと無言で蹴り倒す…と(笑) 彼にケガ負わせられるのはやっぱり レヴィアスお兄ちゃんかなぁ、と思って こういう展開になりました。 プロモ見る限りでは「何かで頭殴られて流血」っぽいのですけどね。 まぁ、私の読みが違うかもしれないし 絵的にお兄ちゃんがアリオスを殴ってるのも 想像できなかった(したくなかった?)ので 「レヴィアスの撃った銃弾が掠ってあのようなケガを負った」 にしてみました。 ていうか…いきなり撃つのか…レヴィアス…。 当初の予定と違うんだけどなぁ…(苦笑) |