Love is Boomerang
「レヴィアス…」 パーティーの時の正装姿とは違う。白のスーツをもう少しラフに着たその姿。 先程彼が見つからなかった理由が分かった。 会場にいる彼を見つけられなかったのではなく、彼が会場にいなかったのだ。 きっと自分がレイチェルと一緒にレヴィアスの傍を離れた時から…。 アンジェリークはアリオスの背に庇われながらレヴィアスを見つめた。 そしてアリオスを見上げる。 今でも白い肌を伝っている血が痛々しい。 静かに現れた警備の人間達がいつの間にか周りを囲んでいた。 しかし、彼らですら主であるレヴィアスとそっくりのアリオスに 戸惑いを隠せないようだった。 そして彼らの服にアンジェリークは内心首を傾げる。 (うちの屋敷の人達じゃない…。 レヴィアスの個人的なガードマン…?) そういえばパーティー会場に行く時、レヴィアスと一緒にいた人も あんな服だった気がする。 「なるほどな…。 すべてお見通しだったってワケか?」 敵に囲まれても相変わらずの表情でアリオスは苦笑した。 確かについさっきまでは警備はいなかった。 「お前の発砲が合図ってとこだろ」 下手に彼らが隠れていたならアリオスは気付いていた。 アリオスに気付かれることのないレヴィアスだけが外にいたのだ。 絶対に失敗しない自信が彼にはあったのだろう。 「さすがだな、アルヴィース公爵様? 撃つ瞬間までこの俺に気配を気付かせないとは…」 レヴィアスはアリオスの言葉には沈黙で肯定する。 アンジェリークを見ていれば、今日何かあるのは薄々感づいていた。 だとしたら自分が注意を払って阻止するだけである。 「アンジェリークに手を出す命知らずがどこの誰かと思えば… まさかお前だったとはな、アリオス」 レヴィアスは何事もなかったかのように銃をしまい、口を開いた。 「アンジェリークを第一に庇ったのは誉めてやるが杞憂だな。 我がアンジェリークに怪我をさせるわけがない。 また、お前をすぐに殺してやるほど我は甘くない」 避けられて当然だとばかりの冷たい微笑。 「馬鹿が…何のためにお前は家を出た?」 「レヴィアス…!」 アリオスに庇われていたアンジェリークが逆に彼を庇おうと前に出る。 「待って! とにかく手当てをさせて」 「アンジェ…お前は俺の後ろに下がってろ」 「黙ってられないよ。 それに…本当に手当てしないと…」 まだ血が止まっていない傷口を涙の滲んだ瞳で見つめる。 「その程度、命に別状はない。手当てを急ぐ必要もないだろう」 冷たい表情そのままのレヴィアスにそれでもアンジェリークは食い下がる。 「でも…」 「アンジェリーク」 アンジェリークの声を遮るようにレヴィアスが呼んだ。 強くもないし、脅すような口調でもない。 しかしびくりと身体を竦め、アンジェリークは彼を見つめる。 「こちらへ来るんだ」 行けない。 行けるわけがない。 アンジェリークは答えずに首を横に振った。 レヴィアスは小さく溜め息をつくとゆっくりと2人の前へやってきた。 応戦すべく身構えたアリオスだが、周りを囲んでいた男達が邪魔をする。 大人しく捕まってたまるかと何人かを退けたが…。 動き回る間合いすら取らせぬ人海戦術に動きを封じられ、羽交い絞めにされる。 「くそっ、触んなっ」 「アリオス!」 「アンジェリーク!」 アンジェリークの腕はレヴィアスに捕らえられている。 2人の距離は次第に引き離される。 「やだ! レヴィアス、ひどい…こんな…」 掴む腕は決して強くはないのに抵抗を許してくれない。 アリオスの側に駆け寄りたいのに逃がしてくれない。 もう手を伸ばしても届かない。 「やだってば! アリオス、アリオス!」 必死に振り返って呼ぶ少女の声が悲しいくらいによく通る。 「アンジェリーク…」 「アリオスはケガしてるのに! こんな…こんなレヴィアスなんか嫌いなんだから!」 言った少女の方がぼろぼろ泣きながら叫んだ。 「いつもの優しいレヴィアスはどこにいっちゃったの…? アリオスを…アリオスをどうするのっ?」 不安に胸が締め付けられる。 躊躇せず銃を撃つ人なのだ。 「アリオス!」 アンジェリークはレヴィアスに捕らえられたまま彼を振り返った。 何度も彼の名を呼ぶ。 少女が泣いているのに何もできない屈辱にアリオスの表情が悔しげに歪む。 「アンジェリーク!」 「レヴィアス! アリオスを…放して。お願い…だから…ひどいこと、しないで…」 泣きじゃくりながら訴える。 「お願い…私の…大事な、人なの…っ」 「アンジェリーク…少しの間、黙っていてくれ」 「っ!」 「てめぇ!」 アリオスが取り押さえていた男達を振り払いかねない様子でレヴィアスに吼えた。 パニック気味に泣き喚く少女を黙らせるため、文字通り口を塞いだレヴィアスの 行為はアリオスを怒らせるには十分だった。 「俺の女だ。触るな」 「たいした面の皮だな…」 「なんだと…?」 見下したようにアリオスを一瞥し、呆然としている少女の瞳を覗き込む。 「レヴィアス…お願い、アリオスにひどいことしないで」 いきなり唇を奪った自分に対する非難も忘れて、 一途にそれだけを訴える少女に小さく笑う。 「それはアリオス次第だな」 「え…?」 「我はお前を守る為ならどんな悪魔よりも冷酷になる」 「?」 レヴィアスの言う意味が分からずアンジェリークは首を傾げる。 「まず聞こうか。 今夜のコレット家令嬢誘拐の目的は?」 「レヴィアス?」 「はっ、何言ってやがる」 取り押さえられたままのアリオスはレヴィアスの問いを笑って一蹴した。 「誘拐? どうしてそうなるんだよ。お嬢様の家出の手伝いだろ? 別の言い方があるとすれば『駆け落ち』くらいだぜ」 少女の心は自分にある。 勝ち誇ったように口の端を上げるアリオスをレヴィアスは表情も変えずに見返した。 「本当にそうだと言えるのか?」 「レ、レヴィアス…本当よ。 本当に…誘拐みたいに無理矢理じゃなくて、私が…ここを出ようと…」 アンジェリークもレヴィアスの真意が分からないまま、自分の気持ちを白状した。 「お前の気持ちは嘘ではなかろうよ」 だが…と、一瞬だけ少女のために和らげた瞳はすぐに鋭くアリオスを見つめる。 「こちらもある情報を確認している」 「ある情報…?」 「なんだよ、それは?」 アリオスとアンジェリークの問いにレヴィアスは答えた。 嘘など見透かしてみせると言わんばかりの真摯な金と翡翠の瞳で。 「とある筋の者がアルヴィース家とコレット家の婚約を阻止しようとしている、とな。 そしてその依頼をお前が受けたということも…」 一瞬、いや、しばらくアンジェリークはレヴィアスの言葉の意味を考えていた。 まるで知らない国の言葉を聞いた時のように頭に入ってこない。 (私とレヴィアスを婚約させたくない人がいて…? …アリオスはその人の依頼を受けて…?) つまり…彼が近付いてきたのはすべて仕組まれたことだったというのだろうか? でも、彼に声をかけたのは自分の方で…。 それすらアリオスの計算通りに動かされていただけだということなのだろうか? この気持ちも…すべて…? 「ウソ…ウソよっ!」 だってアリオスはあんなに優しく笑ってくれた。 好きだと言ってくれた。愛してくれた。 すべて自分の心を奪うためだけの芝居だったというだろうのか? 「そんなの…信じない!」 否定はするものの縋るような瞳がアリオスを見つめる。 彼が一言否定してくれれば、それを信じられる。 「…んなデタラメ信じてんじゃねぇよ。 アルヴィース公爵様ともあろうお方が」 アリオスはいつも通りの飄々とした態度で口の端を上げた。 「お前はその件に関わっていないと?」 「神に誓ってもいいぜ?」 アンジェリークはほっと息を吐いた。 そして彼の返事を聞くまで呼吸すら忘れていたことに気が付いた。 「くっ…」 「レヴィアス?」 「何がおかしい?」 優雅さすら滲ませて喉で笑う青年にアンジェリークとアリオスの視線が集まる。 「我やお前が神に誓ってどうする?」 「………」 「レヴィアス…?」 「この少女に…アンジェリークに誓えるか?」 「…っ!」 レヴィアスは余裕の笑みを浮かべ、視線で少女を示す。 アリオスが珍しく凍りついたのをアンジェリークは気付いてしまった。 きっと他の人達は気付かなかっただろう僅かな表情の変化だったが、 アンジェリークとレヴィアスだけは気付いていた。 「誓えぬのか?」 「………」 アンジェリークは最後の望みを繋ぐようにアリオスを見つめた。 しかし、彼の金と翡翠の瞳は逸らされた。 アンジェリークが理解し、傷付くにはそれで十分だった。 「そういうことだ…アンジェ」 レヴィアスの声が虚ろに頭に響く。 衝撃が大きすぎてさっきまであんなに溢れていた涙も出てこない。 「お前が我を憎んでも、婚約を拒んでも構わぬ。 我が望むのはお前の幸せだけだ」 失恋の痛みを与えるのは分かっていたが、彼女が騙されたり 下らぬ輩の思惑に巻き込まれるのをみすみす放っておくわけにはいかない。 「レヴィアス…私…」 「とりあえず部屋に戻って休め」 屋敷へ戻るように背中に添えられた大きな手がアンジェリークを促した。 そうするべきなのだと分かっている。 それでもアリオスを振り返った。 「アリオス…」 どんな表情をしたら良いのか分からない。 泣いたら良いのか、怒れば良いのか…。 ぽつりと彼の名を呟く。それしかできない。 「…アリオス…」 本当に好きだと思った。 家を捨ててもかまわないと思った。 この気持ちは嘘じゃない。 でもアリオスは…違ったのだ。 彼を見つめながらそんなことをぼんやりと考えていると 今頃、涙がぽろぽろ零れだしてきた。 「レヴィアス…お願い。アリオスに手当てを…。 アリオスはこのまま無事に帰して」 未練がましいと思う。 だけど彼にはこれ以上怪我をしてほしくなかった。 「アンジェリーク…」 アリオスは泣きじゃくる少女を見つめた。 自分が傷つけた少女。 自分が今夜負ったケガなど比べようもないひどい傷。 なのに少女は少女のままで。 度が過ぎるほどのお人好し。 そしてそんな少女だからこそ自分は…。 レヴィアスに再度促されて屋敷へ向かいかけたその背中に叫んだ。 「アンジェリーク!」 びくりと少女の肩が震え、躊躇いながらも振り向いた。 「お前に誓う! 俺はお前に嘘はついてない!」 「アリオス…?」 「明日、お前を攫いに来る」 金と翡翠の瞳にはいつもの光が宿っていた。 「くっ…今夜このザマで言えることか…?」 「言うさ。 もう後戻りはできねぇしな」 アンジェリークを見つめ、以前に自分が言った言葉を思い出す。 『もう後戻りはできないぜ?』 あの時に覚悟は決めたのだ。 「アンジェリーク、出かける準備しとけ」 「………」 アンジェリークはどう返事をしたら良いのか困ってしまった。 代わりにレヴィアスが苦笑する。 「アンジェリークを連れて行けると思うのか?」 少女の信頼を失くしたまま、レヴィアス達が彼女を守っている状況で。 「ああ」 「面白い…。 足掻いてみろ」 アリオスの正面切っての宣戦布告にレヴィアスは頷いた。 〜 to be continued 〜 |
この回でレヴィアスの株が上がるのか アリオスの株が下がるのか ってどっちにしろアリオスが不利…?(笑) 私の場合、書いてる途中で少々 予定外の方向に話が流れることがあるのですが…。 アリオスに恨まれそうですが、これは この話を書き始めた時からの決定事項でした。 ごめんね、アリオス。 次回にアンジェを攫う見せ場があるから…。 |