労使間の合意形成に向けて
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従業員に対する情報提供と説明の確保、従業員の世代に応じた対応、証拠の保全という手順を踏んでいく慎重さが必要です。
労使間の合意形成に向けて |
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退職金制度を設けるか設けないか、設ける場合にはどのような内容にするかは原則として企業が自由に決めることができます。しかしながら、いったん就業規則(退職金規程)に定めてしまった場合は労働基準法上の賃金となり、退職金規程に定める内容の退職金を支払わないときは、労働基準法第24条に違反することになります。(30万円以下の罰金)
また、民事上は規程どおりの退職金を支払わなければ債務不履行となります。
関連通達
労働協約、就業規則、労働契約等によって予め支給条件が明確である場合の退職手当は法第11条の賃金であり、法第24条第2項の「臨時の賃金等」に当たる。(昭22.9.13 発基17号)
退職金不払の書類送検事例
「解雇76人の退職金不払い/元鉄鋼会社社長を書類送検」(2003年8月18日 共同通信)
大阪南労働基準監督署は18日までに、解雇した従業員76人分の退職金計約6億2,000万円を支払わなかったとして、労働基準法違反(退職金不払い)容疑で、国光製鋼(大阪市住之江区)と同社の元社長(65)を書類送検した。調べによると、国光製鋼は業績不振から資金繰りに行き詰まり約58億円の負債を抱えたため、昨年12月末までに、会社を任意整理し、全従業員76人を解雇したが、退職金を支払期限の今年1月14日までに支払わなかった疑い。同社は工場敷地を売却して資金を調達しようとしたが、買い手がつかなかったという。
一度定めた退職金規程の内容を変更することはできるのでしょうか。従業員に有利に変更する場合はともかく、退職金という従業員にとって重要な労働条件を一方的に従業員に不利な内容に変更する場合は、裁判所は企業に対して、「高度の必要性」と「労使間の利益調整手続き」を要請する極めて高いハードルを設けています。
就業規則による労働条件の不利益変更の最高裁判例
「新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない。そして、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。右の合理性の有無は、具体的には、@就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度(変更の内容)、A使用者側の変更の必要性の内容・程度(変更の必要性)、B変更後の就業規則の内容自体の相当性(社会的相当性)、C代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況(代償措置)、D労働組合等との交渉の経緯(交渉経緯)、E他の労働組合又は他の従業員の対応(多数従業員の受容)、F同種事項に関する我が国社会における一般的状況等(世間相場)を総合考慮して判断すべきである。」(第四銀行事件 H 9. 2.28 最高二小判決)
それでは、退職金制度を見直すことは不可能なのでしょうか。退職金規程(就業規則)は契約です。契約は両当事者の合意で成り立っています。その内容を変更するには両者が変更内容についてあらためて合意すれば良いわけです。すなわち、個々の従業員の同意を得ることが出来れば、従業員にとって不利益な変更であっても、許されるということになります。
従業員の同意を得るという話になると日頃の信頼関係がものを言います。従業員に信頼されている社長であれば同意を得るのはそれほど困難なことではないでしょう。しかしながら、いくら信頼されているという自信があっても、突然朝礼で「退職金制度を減額変更した。」と一方的に通告するようなことは絶対に避けてください。その場は丸く収まっても、企業の法的・経済的リスクが無くなるわけではありません。
従業員に対する情報提供と説明の確保、従業員の世代に応じた対応の実施、証拠の保全、という手順を踏んでいく慎重さが必要です。労使の合意形成に向けての手順を以下に説明していきます。
●従業員に対する情報提供と説明の確保
社長自ら、見直しの背景(現在の金利情勢では現行の退職金制度を維持することが企業の存続にとって大きなリスクになっていること、現行制度の仕組みと額の水準、基本給比例方式では年功序列であり貢献度を反映しにくいこと、世代間の不公平があること、現行制度を維持すると賞与や昇給を抑制せざるを得ないことなど)を情報提供し、見直しの狙い(経営を圧迫せず、持続可能な制度に改正し、環境変化に耐えうる経営基盤を強化し、社員の将来的な雇用の安定を図ること、成果主義の流れに対応し、貢献度を反映できる制度とし、会社にとっても個人にとっても良い方向にすることなど)を誠意をもって説明すべきです。ただし、突然、社員説明会を開催するというのはお勧めできません。まずは、見直しの検討を始めることをアナウンスしてください。そのうえで各部門の管理職を中心とした検討チームを設けます。従業員のリーダー格を節目で参加させることも良いでしょう。一定の時間を掛けて叩き台を立案します。叩き台が出来たら、従業員説明会を開催し、社長自ら、語って下さい。従業員の意見をアンケートで聴取するなどして、検討チームで成案を完成させます。第2回目の社員説明会を開き、最終案を説明し、従業員から同意書を回収します。
●従業員の世代に応じた対応の実施
退職金についての認識には世代間の温度差があります。公的年金への関心と似ています。ここに、高年齢者雇用開発協会が「定年到達者等の就業実態に関する調査」(1993年)で定年退職者の退職一時金の使途を調査した結果があります。(複数回答)
退職後の生活費 | 49.9% |
不時の備え | 42.3% |
家の建築・購入・修理 | 35.9% |
子供の結婚費用 | 18.8% |
子供の養育費 | 3.2% |
事業の資金 | 1.7% |
その他 | 5.5% |
これを見ていただくと退職金は定年後の生活設計の柱になっていることがわかります。おそらく50歳代の従業員は金額も計算して定年後の生活設計に織り込んでいることでしょう。退職金について権利意識が強く「既得権」と認識しています。一方、20代、30代は退職金制度の存在を知っている程度です。したがいまして、退職金の見直しでは50歳代の従業員が最もデリケートな世代となります。
ここで大事なことは「既得権」を保護することです。それをせずに移行すれば、従業員との間でトラブルが起きてしまうからです。仮に新規程を平成16年4月1日から施行するとします。その場合は「平成16年4月1日の時点において、現規程により発生している退職金額」を保障することです。
それでも、どうしても納得が得られなければ、猶予期間を設定することになります。「新規程は平成16年4月1日から旧規程を廃止して新規程を採用する。ただし、10年間の猶予期間を設け、その間は新規程と旧規程を比較して、いずれか高い方とする」と定めることになります。そうすれば50歳代の従業員は見直しには無関係になります。
なお、新規程施行以降の新入社員には、中途採用も含めて、新規程を適用することはなんら問題ありません。
●証拠の保全
人の心は立場が変れば変化します。特に退職金は退職しないと権利が発生しないものです。5年、10年と時間が経ってから、従業員ではなく元従業員に対して支給するものです。その時になって約束が違うということになっては困ります。やはり、書面による証拠を残しておくべきです。検討チームの議事録、説明会の資料、きちんと情報提供を受け同意したという同意書などが残っていれば安心ではないでしょうか。
最後に、新退職金規程に従業員代表の意見書を添付して労働基準監督署へ届出します。これで、退職金制度の見直しは完了します。
その際、「従業員代表」をきちんと選ぶことが大切です。従業員代表は、挙手、投票等の民主的な手続きで選ぶことになっています。その手続きを経ずに行った退職金規程の変更は無効となる可能性がありますのでご留意ください。
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